JAGATARAの軌跡① 【ヘビを食いちぎる過激パフォーマンス!伝説のアルバム「南蛮渡来」】

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鶏やヘビを食いちぎるなどの過激なパフォーマンスで注目を浴びたJAGATARA。精神疾患を患いながらも奇跡の復帰を遂げた江戸アケミ。そして死まで。1980年代を駆け抜けた伝説のバンドの軌跡をお伝えします!

『JAGATARA』入門 はこちらから!

著者 積 緋露雪

1964年生まれ。音楽雑誌「CDで~た」の執筆・編集・企画を担当。ライター歴20年以上。小説『審問官』シリーズ出版。

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今は亡き江戸アケミが率いたJAGATARAを知っている人は熱狂的なJAGATARAのファンだと思います。

JAGATARAはこれからというときに江戸アケミが亡くなってしまいました。「伝説」と化して歴史に固定化されることを嫌っていた江戸アケミ自身にとっては不本意かもしれませんが、今やJAGATARAというバンドは「伝説」と化しています。

このページでは最初のギグから名盤の誉れ高い伝説のデビュー・アルバム「南蛮渡来」発表までの軌跡をお伝えします。

▼このページで紹介する出来事

年月 出来事
1979年 最初のギグ
1980年 過激なパフォーマンスに走る
1982年5月 デビューアルバム「南蛮渡来」
全体年表はこちら(クリックorタップで開く)
年月 出来事
1979年 最初のギグ
1980年 過激なパフォーマンスに走る
1982年5月 デビューアルバム「南蛮渡来」
1983年5月 シングル「家族百景」
1983年 スタジオ制作
1983年11月頃~ 江戸アケミ精神疾患発症・JAGATARA活動休止
1985年9月 「アースビート伝説85」江戸アケミ出演(復帰の第一歩)
1987年3月 アルバム「裸の王様」リリース
1987年12月 アルバム「ニセ予言者ども」
1988年4月 アルバム「それから」でメジャーデビュー
1989年12月 アルバム「ごくつぶし」(江戸アケミ生前最後のアルバム)
1990年1月 江戸アケミ死亡
1990年7月 アルバム「おあそび」

 

【1979年】最初のギグ

 

JAGATARAというバンドが活動を開始したのは1979年のことでした。

JAGATARAのファースト・ギグといわれているのが1979年3月8日、東京都世田谷区上馬にあったライヴ・ハウス「ガソリンアレイ」での“江戸&じゃがたら”とのバンド名で“猫だまし演芸一座ジョイントコンサート”と銘打って行われたギクです。

当時のJAGATARAは音楽性に脂がのっていた頃のJAGATARAのアフロビート(ジャズやファンクの要素を下地としたアフリカ音楽)とファンク・ビートがはね暴れるものとはかなり違っていてロックンロール色が強いものだったようです。

メンバーもJAGATARAの音楽の核となるメンバーであるOTO(村田尚紀・ギター)などはまだ参加していませんでした。

一方で江戸アケミはアメリカ南部のブルージーなロックがしたくて、メンバー募集の告知をしていました。江戸アケミの根本にはブルースがあったのです。

 

【1980年】江戸アケミが過激なライヴ・パフォーマンスへ走る

 

JAGATARAの原型ができた1980年。

江戸アケミは当時、全盛だったパンク・ロック(1970年代半ばにアメリカで誕生した過激で攻撃的なロック)を標榜していました。

しかし、生真面目で大変な照れ屋だった江戸アケミはライヴでのMCが大の苦手。それでもMCをするのですが、その際いわゆる“親父ギャグ”を飛ばします。

しかし、それがあまりにもくだらなくて客からヤジが飛びます。

あるときそれに窮した江戸アケミは何を思ったかマイクに頭をゴツンとぶつけたのです。

それが観客にウケてしまったのが運の尽きだったのです。

この自虐的なパフォーマンスはエスカレートせざるを得ないのです。

それというのも、観客は前と同じパフォーマンスでは満足しないものです。

江戸アケミは生真面目で照れ屋であった反動で異常なまでにサービス精神があったために、観客がはやし立てれば、それに応じてより過激なパフォーマンスをしてしまうのでした。

初めはマイクにゴツンと頭をぶつけていたものが、激しくマイクに頭をぶつけるようになり、それを観客が喜んだのです。

観客が喜べば、江戸アケミは何でもしてしまうのです。

 

さらに過激になるライヴ・パフォーマンス

 

観客は江戸アケミの自虐的なパフォーマンス見たさに大勢やってきていました。

江戸アケミのライヴ・パフォーマンスにより、ライヴ・ハウスはいつも観客でいっぱいだったそうです。

江戸アケミのライヴ・パフォーマンスは観客の求めを満足させるために更に更に過激さを増していきました。

鶏やシマヘビを食いちぎりそれを食らって、そして自らをフォークやカミソリで切りつけ、時には出血多量で救急車で病院に運ばれるまで、自虐的な江戸アケミのライヴ・パフォーマンスは過激になっていきました。

また、ときには他のバンドのライヴに殴り込んでは血だらけでぶっ倒れたり、全裸になったりもしていました。

観客には“江戸アケミ信者”のような人たちが現れ、怖いもの見たさでライヴ・ハウスは大盛況だったと言われています。

 

初めは江戸アケミ本人がやりたくてやっていたパフォーマンスでしたが、江戸アケミは次第にそんなパフォーマンスに嫌気がさしてきて、本心ではやりたくなくなっていたのです。

しかし、観客がはやし立てるから過激なパフォーマンスをしてしまうのでした。

江戸アケミは当時、負の連鎖の中にいました。

1980年8月、負の連鎖を断ち切ろうと江戸アケミは過激なパフォーマンスはもう金輪際やめて、音楽で勝負する決意をします。

そして時を同じくしてJAGATARAの音楽の核となるOTOが加入します。

この後、JAGATARAは“暗黒大陸じゃがたら”と名乗り、ツアーを敢行し、全国のライヴ・ハウスを巡ります。

 

【1982年5月】「南蛮渡来」リリース

 

まだ、インディーズという言葉もほとんど知られていない時代の1982年、JAGATARAは暗黒大陸じゃがたら名義でファースト・アルバム「南蛮渡来」をリリースします。

▼アルバム「南蛮渡来」(画像クリックで商品詳細へ)

このアルバムは少なからず、業界関係者だけでなく一般のJAGATARAのファンに衝撃を与えるものだったのです。

例えば音楽雑誌『ロッキング・オン』の編集者兼代表取締役でラジオのパーソナリティとしても知られている渋谷陽一氏に高く評価されました。

渋谷陽一氏のラジオ番組に出演したり、音楽評論家中村とうよう氏にも高く評価されたりと「南蛮渡来」は発表当時、日本を代表する音楽評論家に高く評価されたのです。

 

南蛮渡来はどんなアルバム?

 

「南蛮渡来」は“日本人てくらいね、性格がくらいね”という言葉とサックスが強烈な印象の「でも・デモ・DEMO」のファンク・ナンバーで始まります。

この中で、親しい人やどうでもいい人に対して別れを言って“せこく生きてちょうだい”と突き放す江戸アケミ。

これは思うに過去の自分自身に対しての惜別の言葉にもとれます。

更にいえば江戸アケミが書く歌詞はどれもが江戸アケミの遺言のように思えて仕方がないのです。実際に曲を聴けば、それが伝わってくることでしょう。

 

ノイジーなパンク・ナンバーの「季節のおわり」では“何かがちがう”社会への反抗が歌い上げられ、「BABY」ではパンキッシュなファンク・ビートに乗せて、江戸アケミの思いの丈をがなるように歌われています。

 

そして大槻ケンジらにカヴァーされ愛されている名曲「タンゴ」

“都会の隅で”生きてゆく生きづらさをアフロビートによるアレンジのレゲエ・ナンバーとしてその不合理を切々と江戸アケミが歌い上げています。

 

社会に対する敵愾心むき出しのパンク・ナンバーの「アジテーション」は、他者との関係の破綻から見えてくる社会の嘘くささに対する“アジテーション”です。

パンク・ナンバーの「ヴァギナ・FUCK」では卑猥な言葉で聴くものをアジテーションしています。

パンキッシュなレゲエ・ナンバーの「FADE OUT」も“息苦しくてかなわない”日常に対する反抗の歌で、そんな終わらない日常から逃れられないことに嫌気がさして仕方がない様が言葉を吐き出すように歌われています。

 

終曲は一転してこれまた名曲「クニナマシュ」です。

“人類ミナ兄弟”とアフロビートに江戸アケミは心底乗ることに集中しています。

そして「クニナマシュ」では女声がうまく使われています。

「クニナマシュ」は次第にカオス状態になっていって有名な“ぼくたちは光の中でチャチャチャ”というフレーズを女声が歌い、その中を江戸アケミが息苦しそうに“あいつの躰に 火をつけろ”とあまりに残酷な“祭り”を煽って終わりを迎えます。

なお、1989年にCDが再々発売された際にボーナストラックとして「元祖家族百景」「ウォークマンのテーマ」が収録されました。

 

さて、ここまでは名盤「南蛮渡来」のリリースまでの活動を振り返ってまいりましたが、次のページではシングル「家族百景」リリースから、江戸アケミの精神疾患の発症の経緯などをお伝えします。

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著者 積 緋露雪

1964年生まれ。音楽雑誌「CDで~た」の執筆・編集・企画を担当。ライター歴20年以上。小説『審問官』シリーズ出版。

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JAGATARAとは ~1980年代を駆け抜けた江戸アケミ率いる伝説のバンド~

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鶏やヘビを食いちぎるなどの過激なパフォーマンスで注目を浴びたJAGATARA。精神疾患を患いながらも奇跡の復帰を遂げた江戸アケミ。そして死まで。1980年代を駆け抜けた伝説のバンドの軌跡をお伝えします!

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著者:積 緋露雪

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JAGATARA/江戸アケミの基本情報

JAGATARAとは

名前 JAGATARA(じゃがたら)
別名 ・江戸&じゃがたら
・エド&じゃがたらお春
・財団呆人じゃがたらお春
・財団法人じゃがたら
・暗黒大陸じゃがたら
リーダー 江戸アケミ
活動期間 1979年~1990年
メンバー ・江戸アケミ(ヴォーカル)
・EBBY(ギター)
・OTO(ギター)
・ナベ(ベース)
・テイユウ(ドラムス)
・篠田昌已(サックス)
・ヤヒロトモヒロ(パーカッション)
・村田陽一(トロンボーン)
・エマーソン北村(キーボード)
・南流石(コーラス)
・政野早希子(コーラス)
旧メンバー ・川辺徳行(ドラムス)
・尾島秀紀(ギター)
・金田トメ善裕(キーボード)
・SAMMY(ドラムス)
・吉田哲治(トランペット)
・ユカリ(コーラス&サックス)
・長嶌BEM宏(サックス)
・ホワチョ(パーカッション)
・オナガミドリ(パーカッション)
・奥村恵子(パーカッション)
メンバーを見れば分かる通りの大所帯のバンドとなっています。パンクやファンクを始め、レゲエ、アフリカ音楽、ラテン音楽など様々な“ビート”をリーダーの江戸アケミが標榜し、それを体現した日本では稀有なバンドです。JAGATARAはリーダーの江戸アケミの風呂場での溺死により解散しました。

江戸アケミとは

本名 江戸正孝(えど まさたか)
出身地 高知県中村市(現・四万十市)
生年月日 1953年7月1日
没年 1990年1月27日(享年36)
教師になるべく、明治大学文学部に入学しましたが、その講義のあまりのつまらなさに辟易。何とか卒業はしています。江戸アケミは幼児期に洗礼を受けたクリスチャンでしたが、後に棄教します。「音楽に救われたいんだよ」という江戸アケミの言葉が残されています。1983年から1985年の間、遂に堪えきれずに精神疾患にかかり音楽活動を休止し、高知県で療養生活を送ります。音楽活動再開後、精力的に活動するも精神疾患は根治せず。睡眠薬を常時服用。1990年1月27日に湯船で溺死しているのを発見されました。

 

JAGATARAのリーダー 故・江戸アケミという人物

 

「JAGATARA(じゃがたら)」というバンドを知っている人は熱烈なJAGATARAのファンでしょう。

JAGATARAの楽曲のほとんどはリーダーでヴォーカルの江戸アケミが作っていました。それは時に聴くものを挑発し、時に都市生活者の悲哀を歌ったり、また、社会に対する憤りをビートに乗せてぶちまけたり、といったもので、その歌詞の言葉がざくっと胸に突き刺さるのです。

 

江戸アケミという人は根が非常に真面目なために中々“妥協する”ということができず、社会の中では生きづらさをずっと引きずっていた人でした。

だからこそ江戸アケミが書く曲は

身につまされるもの、

その生きづらさをストレートに歌詞にしたもの、

そして社会との軋轢と何とか折り合いを見つけようともがく様を歌詞にして“ビートに乗る”ことで“自由”もしくは“解放”を希求してやまなかったのだと思います。

 

JAGATARAの活動

 

以下ではJAGATARAの「活動初期」から「江戸アケミが事故死し解散」に至るまでの活動を簡単にお伝えいたします。

活動内容を通して江戸アケミの生き方を知ればJAGATARAの作品の魅力が伝わるのではないかと思っております。

 

活動初期

 

JAGATARAのファンであれば知らない人はいないと思いますが、JAGATARAがライヴ・ハウスで活動を始めた初期、江戸アケミは「鶏やシマヘビを食い千切る」「自分で自分をカミソリで切りつけ、時に病院に運ばれる」などその過激でグロテスクなライヴ・パフォーマンスを行い、話題となります。

観客は“怖い物見たさ”で満席だったのですが、江戸アケミは次第にそれにいらだちました。

江戸アケミは音楽で勝負したかったのです。

しかし、観客は“流血”を見たくて集まりました。サービス精神が異常に旺盛な江戸アケミは観客の希望に応え続けていたのです。

 

 

1stアルバム「南蛮渡来」の衝撃

 

クレジットでは“暗黒大陸じゃがたら”となっていますが、JAGATARAの1stアルバム「南蛮渡来」が1982年に発表されます。

この「南蛮渡来」はパンク、ファンクはもちろんのこと、レゲエなどのビートに乗せての江戸アケミの歌詞の破壊力が物凄く、今も名盤の誉れ高い一枚です。

 

 

江戸アケミが心を病む

 

それはライヴ・ツアーを回っている最中に突然訪れました。

前述したとおり、江戸アケミは1983年から1985年の間、病気療養を余儀なくされました。

リーダー不在のJAGATARAは活動休止をせざるを得ず。しかし、メンバーは江戸アケミの復帰を信じて腕を磨いていました。

 

 

 

2nd「裸の王様」/ 3rd「ニセ予言者ども」リリース

 

江戸アケミの精神疾患は根治していませんでしたが、メンバーに乞われて1985年に音楽活動を再開します。そして、1987年に2ndアルバム「裸の王様」、3rdアルバム「ニセ予言者ども」を立て続けに発表します。

▼2ndアルバム「裸の王様」(画像クリックで商品詳細へ)

▼3rdアルバム「ニセ予言者ども(画像クリックで商品詳細へ)

 

いずれのアルバムも名盤の誉れ高いアルバムです。

特に「ニセ予言者ども」はとてもよくできたアルバムです。

 

4th「それから」でメジャー・デビュー

 

JAGATARAは「それから」(1989年)でメジャー・デビューします。

▼アルバム「それから」(画像クリックで商品詳細へ)

しかし、それに関して江戸アケミは素直に受け容れることができずにいらだちます。そして、皮肉なことにメジャー・デビューがバンド内に隙間風を吹かせることになります。

 

【コラム】江戸アケミがメジャーデビューを受け容れられなかった理由

江戸アケミは元来「商業主義」「制約がある」メジャーでの活動を否定していました。メジャー・デビューが決まっても江戸アケミはそれが中々受け容れられず、心は屈折していました。インディーズでの好き放題の活動を望んでいたのです。しかし、そんな江戸アケミも最終的には投げやりながらもメジャーでの活動を受け容れました。複数のレコード会社からメジャー・デビューを打診されていたJAGATARAはくじを引くように適当にレコード会社を選んで、メジャー・デビューをしました。それがインディーズでの活動に執着していた江戸アケミの最後の足掻きだったのです。

 

 

江戸アケミの死

 

5th「ごくつぶし」(1989年12月6日)という壮大無比(=圧倒的に他と比べるものがないの意)なアルバムを発表後、すぐに次作のレコーディングに入りますが、その最中に江戸アケミが事故死します。1990年1月27日のことでした。

 

【コラム】「ごくつぶし」は壮大無比なアルバム

「ごくつぶし」は壮大無比なアルバムです。その理由はまず、20分を超えるナンバーが2曲収録されていることです。1曲は「スーパースター」の生死を彷徨う魂の様子を具体的に表現し、演奏もラテン音楽からアフロ・ビートまでを含めたこれまでの日本になかったビート。「スーパースター」の甦生物語が歌われています。その歌詞は壮大で唯一無二の楽曲なのです。

もう1曲は江戸アケミが再び、精神疾患に蝕まれつつあった中、世界がどのように見えるのかを直截(ちょくさい:まわりくどくなくずばりということ)に表現したナンバーで、演奏は、フリー・ジャズか現代音楽に通じるとても独創的な演奏なのです。それはもう「狂気」としかいえないナンバーです。そんな楽曲を未だかつて発表したアーティストはいません。

 

そして、JAGATARAは江戸アケミの死後に「おあそび」(1990年7月21日)というアフリカなどのミュージシャンとコラボレーションをしたアルバムを発表します。

このアルバムには江戸アケミが生前レコーディングしたナンバーが収録されています。「おあそび」には江戸アケミが生前レコーディングしたナンバーをリミックスしたものなども収録されています。

このアルバムの発表後にJAGATARAは解散します。

 

江戸アケミに見る“真面目に生きることの壮絶さ”

 

江戸アケミは何をするにも生真面目で、江戸アケミの短い一生を見ると「真面目に生きることは壮絶である」ということをまざまざと見せつけられます。

そして、江戸アケミがこの世に残した作品の数々は、どれも江戸アケミの遺言に聞こえてしまうのです。

例えば「やりたいことがたくさん残ってる」などという歌詞は江戸アケミの遺言としか受け止められないのです。

また、江戸アケミは真摯にライヴにきた観客と向き合っていたためにその歌はいずれも重みがあり、江戸アケミが書く歌詞は優れて深い思索の末に書かれたものが多く、聴くものの心を揺さぶるのです。心して聴かないと軽く江戸アケミの歌のパンチにぶん殴られてしまいます

このWebonでは江戸アケミが率いたJAGATARAの軌跡と共に、作品を紹介していきます。江戸アケミの生き様、JAGATARAの歌の破壊力を伝えられればと思います。

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KANさんのライブ【バンド編】の6つの魅力

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KANさんは200万枚を超える大ヒット曲「愛は勝つ」で有名ですが、この曲はKANさんのほんの一面に過ぎないのです。ファン歴30年がKANさんの魅力を人柄・ライブ・楽曲に分けて徹底解説!

『KAN』入門 ~「愛は勝つ」だけじゃない!天才であり変態!類まれなソングライター~はこちらから!

著者:しあ

40代後半女性。KANのファン歴30年。1988年「BRACKET」を聴いて感動したのが出逢い。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。

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『KAN入門』目次へ  (全12ページ)

 

この章ではKANさんのライブの魅力をお伝えします。

KANさんのライブは大きく分けて【バンド編】と【弾き語り編】があります。

こちらのページでは【バンド編】のライブについてお伝えします。

大ヒット曲の「愛は勝つ」はピアノの前に座って演奏するので、そのイメージが強いと思いますが、ライブでのKANさんはスタージを右に左に動き回ります。

ライブでのKANさんの楽しさおもしろさを知っていただければと思います。

 

バンド編とは

 

KANさんのライブは「弾き語り編」「バンド編」の2種類に分かれています。

弾き語り編はKANさんのピアノ1本でライブ(またツアー)が行われます。

バンド編では多くの趣向を凝らし、バンドメンバーと共にエンターテインメント性の高いステージを繰り広げています。

 

バンド編の6つの魅力

① とにかく楽しい

 

KANさんはとにかく人を楽しませるセンスが抜群。

そして自分自身もとても楽しんでいるのです。

「真面目にふざける」それがKANさんで、エンターテインメント性に長けたライブをしているのです。

一言で言い表すのは困難ですがトークにしろパフォーマンスにしろ、KANさんはとにかく面白いのです。

※KANさんの面白さは第3章の楽曲紹介を読めばユーモアセンスが伝わるでしょう。ページはこちら

 

② とにかくよく動く

 

「愛は勝つ」が大ヒットした時のイメージで、ずっと座ってピアノを弾きながら歌っている姿を想像するかもしれません。

しかし、KANさんはずっとピアノを弾きながら歌っているわけではありません。

ステージを右に左に動きながら楽しませるのです。

一曲の中でも、ピアノを弾きながら歌っては、立ってステージを動きながら歌い、またピアノに戻って歌うということをしていて、とにかくその姿がおもしろいしすごいのです。

 

③ ダンスが上手い

“KANさんのライブ【バンド編】の6つの魅力” の続きを読む

King Gnuの軌跡① 【Srv.Vinci時代~インディーズ時代】

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King Gnuを聴いて「人生が変わった」音楽を愛して40年の著者が綴った『KingGnu入門』の決定版!「KingGnuって何?」という方も、既に「ヌー民」の方もこれを読めばKingGnuの曲をさらに楽しめる事間違いナシ!!

King Gnu入門 〜全人類必聴の歴史的革命バンド〜 【メンバーと軌跡編】はこちらから!

著者:渡辺和歌

1970年生まれ。音楽を愛して40年。中学時代は『ベストヒットUSA』を欠かさずチェック。当時の洋楽ヒット曲をラジオから録音しお気に入りのカセットテープを作成。ビートルズのアルバムは全て揃え『イエロー・サブマリン』などのビートルズ映画上映会にも欠かさず参加。中森明菜さんのファンで歌詞を耳コピして書き起こしていた。中島みゆき、中森明菜、尾崎豊、サカナクション、大島保克、元ちとせにも傾倒。King Gnuを聴いて生き方が変わるほどの感銘を受ける。現在はラジオやテレビ出演、SNSやライブなどでチェックしKing Gnuを追いかけている。

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『King Gnu入門【メンバーと軌跡編】』目次へ  (全16ページ)

 

この章ではKing Gnuの軌跡を【Srv.Vinci時代~インディーズ時代】【『Flash!!!』~『Prayer X』】【メジャーデビュー後】と3ページに分けてお伝えします。

このページではKing Gnuの前身のバンドであるSrv.Vinci時代~インディーズ時代の活動についてお伝えします。

 

年表 ~Srv.Vinci時代~

 

年月 出来事
2015年 Srv.Vinci始動
2015年9月 1st AL『Mad me more softly』発売
2016年7月 Daiki Tsuneta Millennium Parade(DTMP) 1st AL『http://』発売
2016年9月 『トーキョー・カオティック』発売
2017年3月 アメリカのイベント出演

※2015年~2019年4月までの全体年表はこちらのページ

 

Srv.Vinci時代の活動

 

▼「Srv.Vinci時代の活動」項目では赤い矢印のところを解説

 

King Gnuの前身バンド「Srv.Vinci」

 

King GnuにはSrv.Vinci(サーバ・ヴィンチ)という前身バンドがあります。

2015年、King Gnuのキーパーソン常田大希(つねた だいき)さんがSrv.Vinciとして活動を開始。

ドラムの石若駿さん(SONGBOOK PROJECT・CRCK/LCKSなど多数)をはじめ、様々な才能あふれるミュージシャンが関わりましたが、メンバーチェンジを経て現在の4人体制に固まり、2017年に改名という流れです。

その間に、Srv.Vinci名義でアルバム1枚とミニアルバム1枚、常田大希さんのソロプロジェクト「Daiki Tsuneta Millennium Parade(DTMP)」名義でアルバム1枚がリリースされています。

Srv.Vinciとは“サーバ上のレオナルド・ダ・ヴィンチ”という意味。

イタリア・ルネサンス期の芸術家であり“万能の天才”レオナルド・ダ・ヴィンチがもし、パソコンを使ったら?というようなコンセプトなので、とくに初期、1枚目のアルバム『Mad me more softly』は先鋭的です。

▼アルバム『Mad me more softly』REMIX

 

歌やメロディーに重きを置いた「多くの人々に受け入れられるような音楽」というよりも、先鋭的なサウンドに重きを置いた音楽でした。

MVの映像も含めると”最先端のコンセプチュアルアート”といったほうがしっくりくるほど芸術的なセンスが研ぎ澄まされています。※コンセプチュアルアート=前衛芸術

しかも常田大希さんはソロプロジェクトDaiki Tsuneta Millennium Parade(DTMP)を始動し、さらに「芸術性」「先鋭的なサウンド」に重きを置いた音楽を極めます。歌やメロディーに重きを置き、多くの人々に受け入れられるようなわかりやすい音楽とは真逆の方向に進みます。

▼この時のKing Gnuの楽曲の例『Prêt&Porter』芸術性に重きが置かれているように感じる

 

それゆえエッジの効いた(鋭く尖った)感性の持ち主にしか伝わりづらい……という課題が生まれたかもしれません。

「芸術は難しい」と感じる多くの層”大衆”には届かない、受け入れられない。

平たく言うとあまり売れなかったわけです。

 

「芸術」から「大衆向け」に方向転換

 

ここで”サーバ上のレオナルド・ダ・ヴィンチ”こと現代の鬼才・常田大希さんは考えたことでしょう。どんなに優れた・ぶっ飛んだ・イケてる音楽でも「聴いてもらわなければ話にならない」と。

自然な流れで「先鋭的で多様なサウンドでありながら、わかりやすい歌詞やメロディーを楽しむ人にも刺さるような音楽」路線へ。

常田さんの心の内は「J-POPで勝負する!」と煮えたぎっていたのではないでしょうか。現代の日本で、大規模な会場で音楽を聴いてもらおうと思ったら「J-POPしかない」という考え方もできますから。

Srv.Vinciの2作目『トーキョー・カオティック』はKing Gnuの原型となるサウンドに変化したように思われます。

▼アルバム『トーキョー・カオティック』収録「Vinyl」

 

2015年5月頃から既にKing Gnuの4人でライブは行われていましたが、固定メンバーになって方向性が定まり、変化があったのではないでしょうか。

メンバー情報は後述しますが、常田さんの幼なじみで1学年下の井口理(いぐち さとる)さんがフロントマン(バンドの顔となる存在)になったところが大きなポイント。

常田さん・井口さんのツインボーカルのうち、井口さんには井上陽水さんなどのJ-POPもよく聴いていたという強みがありました。

▼井上陽水:1948年生まれ。代表曲は「少年時代」

 

新生ともいえるSrv.Vinciは、2017年3月に『SXSW』(サウスバイサウスウエスト)のJAPAN NIGHT(ジャパンナイト)というアメリカ・テキサス州オースティンでのイベントに参加。

その後、ニューヨークやロサンゼルスなど7か所でこのイベント主催のアメリカツアーを敢行しています。

 

年表  ~インディーズ時代~

 

年月 出来事
2017年4月 King Gnuに改名
2017年7月 『FUJI ROCK FESTIVAL』出演
2017年10月 1stアルバムリリース
2017年11月 常田参加の米津玄師アルバムリリース
2018年1月 初ワンマンライブ

※2015年~2019年4月までの全体年表はこちらのページ

 

インディーズ時代の活動

 

▼「インディーズ時代の活動」の項目では赤い矢印のところを解説

King Gnuに改名

 

バンド名のKing Gnuは「ヌーの王様」という意味です。

ヌーはアフリカの草原・サバンナに生息する、ウシ科ヌー属の草食動物。ウシカモシカやワイルドビーストといった別名もあり、水牛・バッファロー・バイソンとは別種です。

▼ヌー

 

サバンナには乾季と雨季があり、ヌーは春になると食料を求め、大群をなして大移動します。小規模から大規模の群れへ。

King Gnuというバンドのコンセプトは「ヌーの群れの大移動」のようにたくさんの人についてきてほしい・広まってほしい・聴いてもらいたいというわけです。

ヌーの群れの先頭をキングと名づけるところが、わかりやすくてヤンチャでお茶目。

中学時代に1学年先輩だった常田さんは井口さんに「ガタイMAX」というあだ名をつけていたそうですが、180cmの大男・井口さんのイメージが「King Gnu」そのものだったのかもしれません。

こうしたバンドコンセプトの転換が見事にクリーンヒットし、2017年4月の改名前後からKing Gnuは音楽業界や目ざとい音楽通が絶賛する存在となります。

 

『FUJI ROCK FESTIVAL』/ファーストアルバム

 

2017年7月には、日本最大級の音楽フェス『FUJI ROCK FESTIVAL』(フジロック)にも出演。(ちなみにそのステージは新人の登竜門ROOKIE A GO-GO(ルーキー・ア・ゴーゴー)でしたが、翌年2018年にはメインステージのRED MARQUEE(レッドマーキー)へと大躍進を遂げています。)

さらに2017年10月にはファーストアルバム『Tokyo Rendez-Vous』をリリース。

▼『Tokyo Rendez-Vous』(画像クリック商品詳細へ。無料聴き放題期間有)

 

表題曲の『Tokyo Rendez-Vous』と双璧をなすキラーチューンの『Vinyl』(ビニール)は、パーソルテンプスタッフのCMソングにも起用されました。

▼『Vinyl』MV

 

米津玄師からのプロデュース依頼

 

既に音楽業界や音楽通のあいだでは「とんでもないバンドが現れた」と騒がれていたわけですが、米津玄師さんもそのひとり。

自身4枚目のアルバム『BOOTLEG』(ブートレグ)に収録されている「爱丽丝」(アリス)のプロデュース・アレンジ・ギターを常田大希さんに依頼したのです。

▼2017年11月リリース米津玄師4枚目アルバム『BOOTLEG』(画像リンク先で試聴可能)

▼米津玄師『BOOTLEG』クロスフェード(5:05~)爱丽丝

 

ハチ名義のボーカロイド時代から非常に凝ったサウンド作りをしてきた米津玄師さん。当時から熱狂的なファンはいましたが、まだ少数派。大衆を巻き込んで大ヒットしたのは松任谷由実さんの『Hello, my friend』を意識したという『Lemon』でした。

▼『Lemon』MV

 

「歌詞やメロディーに重きを置いた音楽」と「先鋭的なサウンド」、「大衆性」と「芸術性」、この狭間で葛藤する先鋭的な音楽家として、米津玄師さんと常田大希さんは非常に通じ合うところがあったのでしょう。

「爱丽丝」では「先鋭的なサウンド」と「芸術性」を存分に追求したと考えられます。

 

初のワンマンライブ

 

アメリカツアーも敢行し、数々の名だたるフェスや、複数のアーティストが出演する”対バンライブ”などでも話題になっていたKing Gnu。

満を持して初ワンマンライブを行ったのは2018年1月、東京・渋谷WWWでのことでした。

チケットが即日完売という事態になり、約2か月後の3月には追加公演が東京・渋谷WWWXで開催。

まだヌーの群れは決して巨大とは言えないものの、「ライブ演奏がすさまじい」という評判は浸透していきました。

『King Gnu入門【メンバーと軌跡編】』目次へ  (全16ページ)

 

 

目次著者

著者:渡辺和歌

1970年生まれ。音楽を愛して40年。中学時代は『ベストヒットUSA』を欠かさずチェック。当時の洋楽ヒット曲をラジオから録音しお気に入りのカセットテープを作成。ビートルズのアルバムは全て揃え『イエロー・サブマリン』などのビートルズ映画上映会にも欠かさず参加。中森明菜さんのファンで歌詞を耳コピして書き起こしていた。中島みゆき、中森明菜、尾崎豊、サカナクション、大島保克、元ちとせにも傾倒。King Gnuを聴いて生き方が変わるほどの感銘を受ける。現在はラジオやテレビ出演、SNSやライブなどでチェックしKing Gnuを追いかけている。

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5分でわかる!スターダスト・レビュー ~ファン歴24年が語る概要と魅力~

 

このページでは「スターダスト・レビュー」がどんなバンドなのかを大体5分で理解できるように概要とともに魅力をお伝えします。

もちろんスターダスト・レビューさんを5分で説明しきるのは困難ですので、さらに深く知りたい方は『スターダスト・レビュー入門』をご覧ください。

※このページはWebon編集部がスタレビファン歴24年のしあ氏による『スターダスト・レビュー入門』の内容をまとめたものです。

 

▼しあ氏 著『スターダスト・レビュー入門』(全14ページ)

 

スターダスト・レビュー(スタレビ)とは

基本情報

グループ名 スターダスト・レビュー
通称 スタレビ
メンバー ・根本要(ボーカル/ギター)写真右から2番目
・柿沼清史(ベース/ボーカル)写真左から2番目
・寺田正美(ドラムス/ボーカル)写真左
・林“VOH”紀勝(パーカッション/ボーカル)写真右
デビュー 1981年5月25日シングル『シュガーはお年頃』アルバム『STARDUST REVUE』でデビュー

▼スターダスト・レビュー(スタレビ)の代表曲「木蘭の涙」

 

スターダスト・レビューってどんなバンド?

 

スターダスト・レビュー(通称スタレビ)は、男性4人組の音楽グループ。

1984年にリリースされた『夢伝説』カルピスのCMに起用され世間に広く認知されました。

 

▼『夢伝説』ライブ映像

 

代表曲は1993年にリリースされシングル売上約15万枚の『木蘭の涙』。2005年にはニッカウヰスキーのCMにアコースティックバージョンの『木蘭の涙』が起用されました。

 

▼スターダスト・レビュー(スタレビ)の代表曲「木蘭の涙」

 

ただ、スターダスト・レビューは知名度は高いとは言えません。ファン歴24年のしあ氏は以下のように語ります。

「私はスタレビの大ファンなのですが、初めて会う人と好きなアーティストの話になった時には必ず『知らないかもしれませんが~』という枕詞を使ってしまいます。これは『スタレビファンあるある』で、私だけではなく多くのファンに通ずるスタレビの知名度の低さゆえの悲しい性なんです。」

ライブ鑑賞歴数百本のしあ氏はスタレビを「日本一のライブ・バンド」であると思っているそうです。

その理由は「今まで行ったアーティストのライブはどれも全てよかったです。本当に感動したもの、楽しかったものが多く、どのライブが一番よかったと比べられるものではありません。

でも、スタレビと比べるとどのライブもスタレビを超えないんですよね。スタレビの他にも大好きなアーティストはたくさんいるけれど、私にとってスタレビは殿堂入りしていて絶対王者なんです。私は今までスタレビにがっかりしたことがないんです。盲目的なファンではありませんが、スタレビの悪いところが見つからないというのでしょうか。」

スタレビは、デビュー35周年を迎えた現在も年間70本を超える全国ツアーを展開しています。ライブ・パフォーマンスに定評があるバンドなのです。

 

スタレビのライブはなぜ日本一なの?

 

スターダスト・レビューはどんなにキャリアを積み重ねても決しておごらず常に低姿勢で、1曲1曲終わるごとのお辞儀は深く、ファンへ感謝の言葉を投げかけます。

「『高い音楽性と低い腰』これこそがスタレビの生命線であり、それがここまでライブバンドとしてのキャリアを積み重ねることができた要因だと思うのです。」としあ氏は語ります。

 

スタレビがライブに力を入れてきたのは、CDの売り上げやTV出演を主な活動場所にしなかった・・・できなかったから。でも、そのことで全国各地で確実にファンを増やし、そのライブパフォーマンスは年々高くなり、今では「日本屈指のライブバンド」と呼ばれています。

 

スタレビのライブは誰もが楽しめるエンターテイメント性も魅力です。

スタレビのボーカル・根元要さんは「知らない曲はみんな新曲です」と言います。曲を知らなくても大丈夫、それでも十二分に楽しめるのがスタレビライブなのです。

スタレビのライブは通常のツアーだと3時間半~4時間近くなりますが、そんな長時間を感じさせない全然飽きさせないライブです。

 

▼ライブの魅力の詳しい解説はこちら!

 

ボーカル根本要のMCが面白い!?

 

スターダスト・レビューを語るとき「根本要さんのトーク」は絶対に欠かせません。要さんのおもしろいトークは誰もが認めるところです。

 

気配りがあり、決して人を傷つけないトークで笑いを起こして、みんなを笑顔にします。

要さんは、スタレビのことを自虐的に語ることがありますが、ファンは目の前で自虐ネタを言われても全然嫌な気持ちになりません。要さんは自虐を言いながらも、スタレビのファンに対して最大の感謝があるのです。

以下は数年前のライブでの、根本要さんのMC

「今さ、ここでコンサートやってるじゃん? 今、街中に出たらスタレビのファンは一人もいないよ。 だってみんなここに来てるんだもん。ここの人たちがすべてだもん。 みんなおかしいよ、だってスターダスト・レビューに出会うって、プールに落ちたコンタクトレンズを拾うようなものじゃん? なかなか見つけようと思っても見つけられないよ?」

これにはみんな大爆笑。

「みんなおかしいよ、お前らおかしい」

は、要さんがよく言う言葉。

みんなおかしいと言われながらもファンは喜んでいます。

 

▼根本要氏のMCの魅力について詳しくはこちら!

 

ファンへの愛の深さがすごい!

 

スタレビはファンへの愛が深いです。それはCDやチケット代などにも表れています。

とにかくスタレビはファンの金額的負担を少なくしたいそう。アーティストやミュージシャンはそんなに儲けなくていい、できるだけ価格を安く、というのがスタレビのモットー。

スタレビほどキャリアを積むと、チケット代も8,000円~9,000円台になるかと思いますが、ツアーのチケット代はいまだに6,000円台。

さらに25歳以下と65歳以上、障がい者と介助者1名は1,000円キャッシュバックしています。

 

▼スタレビのファンへの愛の深さについてさらに知りたい方はこちら!

 

スタレビおすすめの名曲

 

スターダスト・レビューの代表曲と言えば「木蘭の涙(もくれんの涙)」を思い浮かべる方が多いと思います。しかし、スタレビにはこの「木蘭の涙」以外にも隠れた名曲、おすすめの曲があります。

 

▼ファン歴24年が厳選!おすすめの曲8選

曲名 収録アルバム
トワイライト・アヴェニュー TO YOU -夢伝説-
Best Wishes
と・つ・ぜ・んFall In Love THANK YOU
Syncopation Love Goodtimes&Badtimes
HELP ME
KEEP ON ROLLIN’
約束 B.O.N.D.
春キャベツ 太陽のめぐみ
道 ~The Song For Us~ SHOUT

 

『トワイライト・アヴェニュー』は1983年にリリースされたスタレビ初期のヒット曲。スタレビファンのしあ氏はこの曲の魅力について以下のように語ります。

「女性目線で「友達から恋人へと発展できない恋のせつなさ、悲しみ」が歌われているのですが、要さんの優しいボーカルがとてもよく合っていて切なくなります。」

「この曲はアカペラバージョン(楽器無しで歌のみ)で歌われることも多く、それもとっても素晴らしいのですが、バンドバージョンのほうが曲の良さをより実感できると思います。」

▼トワイライト・アベニューのバンドバージョン

 

また『と・つ・ぜ・んFALL IN LOVE』は、スタレビのライブでは外せない、欠かせない大人気曲。

「1、2 He we go Jump!!!!! 」

のボーカルの根本要さんの掛け声とともに、みんなでジャンプするのが最高に楽しい曲。

 

 

▼おすすめの名曲8選、全ての曲の詳しい魅力の紹介はこちら!

 

以上、スターダスト・レビュー(スタレビ)の紹介でした。『スターダスト・レビュー入門』では、スターダスト・レビューのことをさらに深く知ることができます。

▼『スターダスト・レビュー入門』(全14ページ)

 

スターダスト・レビュー入門の目次著者

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。お問い合わせはこちらから

山下達郎のライブ参加ミュージシャンの魅力

Webon紹介目次著者

山下達郎さんは『クリスマス・イブ』で有名なミュージシャン。達郎さんはテレビに出演しないため、動く姿を観れるのはライブだけ。チケットは入手困難であり「音の職人」と称される達郎さんのライブは「極上の音楽空間」。

『山下達郎』入門 ~極上の音楽空間~(全14ページ)はこちらから!

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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『山下達郎入門』目次へ  (全14ページ)

 

山下達郎さんのライブの魅力、達郎さんの歌はもちろんのこと、豪華なメンバーによる演奏も楽しみの一つです。

達郎さんのライブは1曲の間奏なども長く、ミュージシャンのプレイがたっぷり楽しめるのもとっても嬉しいところです。

私は達郎さんのライブを「極上の音楽空間」と思っています。

おそらくミュージシャンのプレイを聴けば「極上の音楽空間」の意味が分かると思います。ライブは「今この場所で達郎さんの歌やメンバーの出す音に酔いしれている」といった感じを体験する事ができます。

山下達郎さんを支えるミュージシャンの魅力を知ることで、さらにライブを楽しめることでしょう。

 

現在の山下達郎バンド

難波弘之(ピアノ)

名前 難波 弘之(なんば ひろゆき)
生年月日 1953年9月9日
出身地 東京都豊島区巣鴨
備考 音楽家・SF作家。東京都音楽大学の教授を務めている。多くのアニメ・ドラマの音楽を担当する。山下達郎のコンサートツアーにも参加している。

▼難波弘之 SF短編集『飛行船の上のシンセサイザー弾き』(画像クリックで商品詳細へ)

 

難波弘之さんは1979年から達郎さんのライブ、レコーディングに参加する名キーボーディスト。

達郎さん以外にもさまざまなアーティストのサポートをしており、音楽ファンで彼の名を知らない人はいないのではないかと思われる程の存在。

“山下達郎のライブ参加ミュージシャンの魅力” の続きを読む

邦楽ロックおすすめバンド23選 【エモいバンド編】

Webon紹介目次著者
邦楽ロックが大好きな筆者が邦楽ロックの基礎知識やおすすめのバンドなどを解説!

邦楽ロック入門 ~近年注目のおすすめバンドを聴こう~はこちらから!

著者:寺井まさき

めまぐるしい人生を駆け抜けられたのは「邦楽ロック」に救われてから。その魅力を一人でも多くの人に伝えたい。あなたなりの感じ方で邦楽ロックを楽しみ、好きになってもらえたら嬉しいです!お問い合わせはこちらから

 

『邦楽ロック入門』目次へ  (全12ページ)

 

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この章(第2章)では4ページにわたって近年の邦楽ロックの魅力がわかるおすすめのバンド23選を【人気バンド】【ガールズバンド】【エモいバンド】【ボーカロイド】とジャンル別に分けて紹介しております。

恐るべき速さで邦楽ロックの流行は変化しています。ここではぜひともおさえて欲しい、近年、邦楽ロック界で熱いジャンルである【エモいバンド】について紹介します。

 

エモいとは

 

「エモい」とはいわゆる若者言葉の一つで、英語の「emotional」を由来とした「感情が揺れ動かされた状態」を表す形容詞です。

よく「感情が揺れ動かされたとき」や「言葉でうまく表現できないとき」などプラスの意味で用いられます。いかにもSNSが発達した時代を生きる若者が使いそうな言葉ですよね(笑)

 

【編集部コラム】2018年流行語となった「エモい」
株式会社マイナビが運営するメディア『マイナビティーンズ』の調査によると「2018年10代女子が選ぶ流行ったコトバ」の1位に「エモい」が選ばれました。(参考:https://www.mynavi.jp/news/2018/11/post_18473.html

「エモい」は「このバンドエモい!」「歌詞がエモい!」など音楽に使用されるのが一般的でしたが、最近では「ファッション」「写真」「文章」「表情」など様々なところで使われています。

 

そんな「言葉ではうまく表現できないけど、感情が動かされて良い」と称されるバンドが今話題となっています。

 

おすすめのエモいバンド

16 クリープハイプ

バンド名 クリープハイプ
結成年 2001年
メンバー 尾崎世界観(ボーカル/ギター)
小川幸慈(ギター)
長谷川カオナシ(ベース/コーラス)
小泉拓(ドラムス)
備考 2003年リリースの『憂、燦々』は資生堂アネッサCMに起用され話題になる。日本テレビドラマ「そして、誰もいなくなった」映画「帝一の國」「代々木ゼミナール」のCMなど数多くのタイアップを行う。
▼映画「帝一の國」主題歌の『イト』MV

邦楽ロック界でエモいバンドの代表格といえば「クリープハイプ」が挙げられます。

高音が特徴的な歌声と、女々しい歌詞がなんともいえない世界観を生み出しています。(ちなみにボーカルは尾崎世界観という名前です。)

例えば、『欠伸』という曲は、女性が性行為時に男性器を咥える姿を、欠伸として表現しています。(笑)

 

▼クリープハイプ『欠伸』MV

 

字面だけではただの卑猥な曲としか感じられないでしょうが、曲として聴いてみると哀愁漂うバンドの雰囲気を感じられるのでぜひ聴いてみてください!

 

17 My Hair is Bad

バンド名 My Hair is Bad(マイヘアーイズバッド)
結成年 2008年
メンバー 椎木知仁(ボーカル/ギター)
山本大樹(ベース/コーラス)
山田淳(ドラムス)
備考 バンド名の由来は、結成当時にメンバーの山本が範馬刃牙(格闘マンガのグラップラー刃牙の主人公)のような髪型で「My Hair is Bad?」と言っていたのがきっかけ。

My Hair is Badは【人気バンド編】でも紹介しましたが、このバンドはエモいバンドとしても注目していただきたいです。

 

My Hair is Badは今話題のエモいバンドの一つです。

『真赤』という彼らを代表する人気曲では

 

▼My Hair is Bad『真赤』MV

<ブラジャーのホックを外す時

だけ心の中まで分かった気がした>

という歌いだしで始まるので驚きです。

 

My Hair is Badは、現代の若者が共感できるような、ストレートであり、かつ繊細な心理描写を曲にして歌うエモいバンドです。今「エモさを求める若者」を中心に大人気なのでおさえておくべきバンドです。

 

その他注目のエモいバンド

【編集部コラム】まだまだいる!邦楽ロックの注目のエモいバンド

魅力的なエモいバンドは他にも多くいます。ここではWebon編集部が選んだ今後注目のエモいバンドを紹介します。

18 ONE OK ROCK

ONE OK ROCKはエモいと評判のバンドです。2005年から活動している日本のロックバンドで海外でも人気が高いです。「キミシダイ列車」では熱いメッセージが込められており「エモい」と言える曲でしょう。

▼キミシダイ列車

 

19 reGretGirl(リグレットガール)

reGretGirlは2014年結成のスリーピース(3人組)バンド。「次世代センチメンタル・ギター・ロック・バンド」とも称される。切なく女々しい歌詞が特徴のバンド。リアルな失恋を描いた「ホワイトアウト」はYouTubeの再生回数が600万回を越えている。

 

20 忘れらんねぇよ

2008年結成のバンド。2015年頃には「エモいバンド」と称されていました。下ネタが多く、リア充に対する妬みがつまった自虐的な歌詞が特徴のバンドです。ボーカルの心のこまった叫びが非常に「エモい」です。

 

次のページでは【エモいバンド】と同じように邦楽ロックで近年話題である【ボーカロイド】についてお伝えします。

『邦楽ロック入門』目次へ  (全12ページ)

 

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目次著者

角松敏生の歴史③ 凍結中の活動

Webon紹介目次著者
角松敏生氏をご存知ですか?洗練されたサウンドを今もなお創り続けるシンガーソングライターです。高校一年生から角松氏を追いかける著者が角松敏生氏の魅力に迫ります!

『角松敏生』入門 ~こだわり抜かれたサンウンドの世界~はこちらから!

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP K-POP 洋楽 演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

お問い合わせはこちらから

 

『角松敏生入門』目次へ  (全15ページ)

 

凍結中はベストアルバムをリリースした後に、女性ヴォーカリスト発掘プロジェクト「VOCALAND」や覆面バンド「AGHARTA」としての活動を行います。このページでは、解凍に至る流れを知ることができます。

 

▼このページで解説する時代

 

角松敏生の歴史 凍結中の活動

 

年表

年月 出来事
1993年1月 無期限活動休止
1993年10月 ベスト盤リリース
1995年8月 「AGHARTA I」
1996年7月 「VOCALAND」
1997年5月 「ILE AIYE~WAになっておどろう」
1997年9月 「VOCALAND 2」
1997年11月 吉沢梨絵「Never Gonna Miss You」
1998年2月 長野オリンピック
1998年5月 解凍

 

【1993年】ベスト盤「1981-1987」をリリース

 

活動を凍結することになり、例えば飲食店など音楽以外の仕事も考えたそうですが、事務所の説得などもあり、音楽の仕事は続けることに。

 

武道館ファイナルライブの編集、凍結後にリリースされたベスト盤(ベストアルバム)「1981-1987」などを制作。

“角松敏生の歴史③ 凍結中の活動” の続きを読む

邦楽ロックおすすめバンド23選 【ガールズバンド編】

Webon紹介目次著者
邦楽ロックが大好きな筆者が邦楽ロックの基礎知識やおすすめのバンドなどを解説!

邦楽ロック入門 ~近年注目のおすすめバンドを聴こう~はこちらから!

著者:寺井まさき

めまぐるしい人生を駆け抜けられたのは「邦楽ロック」に救われてから。その魅力を一人でも多くの人に伝えたい。あなたなりの感じ方で邦楽ロックを楽しみ、好きになってもらえたら嬉しいです!お問い合わせはこちらから

『邦楽ロック入門』目次へ  (全12ページ)

 

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この章(第2章)では4ページにわたって近年の邦楽ロックの魅力がわかるおすすめのバンド23選を【人気バンド】【ガールズバンド】【エモいバンド】【ボーカロイド】とジャンル別に分けて紹介いたします。

このページではおすすめのガールズバンドを紹介します。女性は共感したり、男性は曲を通して女性の気持ちを知ったりかわいい姿に癒やされてみてはいかがでしょうか。

 

近年のガールズバンド

 

邦楽ロックは当然、男性だけのもではありません。

ただ「ロック」は「荒々しくてかっこいいもの」としてのイメージが強かった時代もあったようです。現代では荒々しく男らしい雰囲気でクールに歌うガールズバンドがあれば、女の子の気持ちをポップに歌っているガールズバンドもいます。

邦楽ロックが女の子の間で人気が出ることに比例して、ガールズバンドとしてデビューする女の子も増えてきています。

 

ガールズバンドの変遷:年表を見ながら曲を聴いていけば近年のガールズバンドの立ち位置がなんとなくわかるかと思います。

メジャーデビュー年 アーティスト
1982年 ZERDA 『ミラージュ・ラバー』でデビュー
1985年 SHO-YA
1986年 プリンセスプリンセス
1989年にリリースされた「プリンセスプリンセス」の7枚目のシングル『Diamond』は100万枚を突破する。ガールズバンドのパイオニア的な存在。
1989年 JITTERIN’JINN
1989年 LINDBERG
1992年 少年ナイフ
1997年 the brilliant green
1998年 Hysteric Blue 『春〜spring〜』でブレイク
2000年 GO!GO!7188
2001年 ZONE
2008年 SCANDAL
2010年代以降はやSCANDALの登場やアニメ『けいおん』の影響により、ガールズバンドブームが起きたと言われている。

▼アニメ「けいおん」

2010年 赤い公園
2012年 SILENT SIREN
2013年(デビュー・アルバムリリース) SHISHAMO

 

おすすめガールズバンド

8 yonige

バンド名 yonige(よにげ)
結成年 2013年
メンバー 牛丸ありさ(ボーカル/ギター)
ごっきん(ベース/ーラス)
備考 『アボカド』はYouTubeで再生数900万回を突破している。2018年に au 三太郎CMシリーズのCMソング『笑おう』が話題になる。
▼『笑おう』

 

yonigeは「今一番熱いガールズバンド」と言っても過言ではないです。ライブのチケットは完売になるほどの人気で、全国の様々なフェスにも引っ張りだこです。

このバンドの特徴は何と言っても歌詞です。彼女たちの代表曲『アボカド』にも、その特徴があらわれています。

 

▼『アボカド』MV

 

<バイバイ 全部知ってる

バイバイ あの狭い部屋

バイバイ まだ怒ってる?

バイバイ 君に投げつけたアボカド>

 

ようは、彼氏とけんかした時にアボカドを投げつけたんですね。しかもこれは実話らしいから怖いですね(笑)

アボカドを投げつけるシーンが印象的であるものの、この曲は「彼氏と別れた女性のリアルな心情」が歌われていることがわかります。

この曲は男性としても女性の気持ちを知る上でとても参考になるとともに、サビの「アボカド」というフレーズが耳に残る、そんなインパクトのある曲です。

男性は彼女にアボカドを投げつけられないように、この曲を聴いて女性の気持ちをよく理解するのがよいでしょう!

 

9 FINLANDS

バンド名 FINLANDS(フィンランズ)
結成年 2012年
メンバー 塩入冬湖(ボーカル/ギター)
コシミズカヨ(ベース)
備考 北海道日本ハムファイターズのTVCMに『さよならプロペラ』が起用され話題になる。

このバンドは、現在はそこまで知名度は高くありません。

しかし、そのポテンシャルたるや半端ない。今後人気絶頂間違いなしの注目のガールズバンドです。

FINLANDSの特徴は声です。高音の「キュッ」とした歌声が聴いていて耳障りがよく、癖になります。また歌詞もすごく独特でエモいです。

代表曲『ウィークエンド』は、歌声とエモい歌詞が相まって、独特のFINLANDSワールドが形成されているので聴いてみる価値ありです。

 

▼『ウィークエンド』MV

 

10 チャットモンチー

バンド名 チャットモンチー
結成年 2000年(2018年解散)
メンバー 橋本絵莉子(ボーカル/ギター)
福岡晃子(ベース/コーラス)
備考 女性ロックバンドでは史上最短となるメジャーデビューから2年4か月での日本武道館2days公演を行う。映画『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』アニメ『BLEACH』など多くのタイアップ曲を手掛ける。

チャットモンチーと言えば、近年のガールズバンドの代表的な存在であると思います。しかしそんなチャットモンチーが2018年に完結(解散)しました。

時代の流れを感じ、ただただ寂しいばかりです。

彼女たちの代表曲に『シャングリラ』という曲があります。

 

▼『シャングリラ』MV

 

<シャングリラ 幸せだって叫んでくれよ

意地っ張りな君の泣き顔 見せてくれよ

シャングリラ まっすぐな道で転んだとしても

君の手を引っ張って離さない 大丈夫さ>

 

健気でちょっぴりドジな女の子が彼氏と幸せそうに騒ぐ姿が目に浮かぶ、ポップでかわいらしい一曲です。

 

その他注目のガールズバンド

【編集部コラム】魅力的なガールズバンドは他にもいる!

魅力的なガールズバンドは他にも多くいます。ここではWebon編集部が選んだ今後注目のガールズバンドを紹介します。

 

11 ポルカドットスティングレイ

ポルカドットスティングレイの代表曲は『テレキャスター・ストライプ』です。この曲は映画「恋は雨上がりのように」の劇中歌にも使用され、MVは1000万回以上の再生数されています。

▼恋は雨上がりのように

同MVでは、その美貌が評判の女性ボーカルの雫(しづく)さんの白シャツ、浴衣、バニーガールと次々に変わる衣装にも注目です!

 

12 Roselia(ロゼリア)

「Roselia(ロゼリア)」はスマートフォン向けゲーム『BanG Dream!』に登場する、ストイックで高い技術を誇る本格派バンドです。

▼アニメ『BanG Dream!』

Roseliaはゲーム(またはアニメ) の中のバンドですが、 その担当声優たちがゲームを飛び出してガールズバンド「Roselia」として活動しています。声優であることを感じさせない演奏技術で、日本のロックシーンでも注目の存在です。

 

13 Hump Back(ハンプ バック)

Hump Backは、大阪出身のスリーピース(3人組)バンドです。2009年に高校の軽音部より結成されました、日本最大規級の野外ロックフェス「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2018」への出演も果たしました。

ボーカルの林萌々子(はやし ももこ)さん。歌詞での一人称は「私」ではなく「僕」。少年のような透き通った歌声に魅了されます。

 

14 CHAI

「NEOかわいい」をコンセプトに掲げる。ツインボーカルのマナさんとカナさんは双子。2017年には全米ツアーを行い、国内のみならず海外にも活躍の場を広げています。個性的なガールズバンドに興味がある方は注目のバンドです。

 

15 tricot

tricotは2010年に3人で結成されたガールズバンド。現在は男性が1人加わり4人組のバンドです。2018年にはUSツアーを実施し、海外でも活躍しております。

tricotのボーカルの中嶋イッキュウさんは、BSスカパーの番組「BAZOOKA!」の企画で生まれた「ジェニーハイ」というバンドのメンバーとしても活躍しています。

▼ジェニーハイ『片目で異常に恋してる』MV

ジェニーハイのメンバーは、小藪一豊(お笑い芸人)、野性爆弾川島(お笑い芸人)、川谷絵音(ゲスの極み乙女。)、新垣隆(現代音楽家)。デビュー曲「片目で異常に恋している」はYouTubeで900万回を超える再生数を記録しております。tricotと合わせて注目していきたいバンドです!

 

このページではおすすめのガールズバンドを紹介しました。魅力的なガールズバンドの曲を聴いてみて、邦楽ロックを好きになっていただければ幸いです。

次のページでは近年注目されている【エモいバンド】を紹介いたします。

『邦楽ロック入門』目次へ  (全12ページ)

 

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目次著者

邦楽ロックおすすめバンド23選 【人気バンド編】

Webon紹介目次著者
邦楽ロックが大好きな筆者が邦楽ロックの基礎知識やおすすめのバンドなどを解説!

邦楽ロック入門 ~近年注目のおすすめバンドを聴こう~はこちらから!

著者:寺井まさき

めまぐるしい人生を駆け抜けられたのは「邦楽ロック」に救われてから。その魅力を一人でも多くの人に伝えたい。あなたなりの感じ方で邦楽ロックを楽しみ、好きになってもらえたら嬉しいです!お問い合わせはこちらから

『邦楽ロック入門』目次へ  (全12ページ)

 

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先程のページでは邦楽ロックのおすすめの曲を紹介しました。

ここからは4ページにわたって近年の邦楽ロックの魅力がわかるおすすめのバンド23選を【人気バンド】【ガールズバンド】【エモいバンド】【ボーカロイド】とジャンル別に分けて紹介いたします。

このページでは人気の邦楽ロックバンドを紹介します。知ることでさらに邦楽ロックにはまっていただければと思います。

 

1 My Hair is Bad

 

バンド名 My Hair is Bad(マイヘアーイズバッド)
結成年 2008年
メンバー 椎木知仁(ボーカル/ギター)
山本大樹(ベース/コーラス)
山田淳(ドラムス)
備考 バンド名の由来は、結成当時にメンバーの山本が範馬刃牙(格闘マンガのグラップラー刃牙の主人公)のような髪型で「My Hair is Bad?」と言っていたのがきっかけ。

 

「My Hair is Bad」。とても覚えやすいバンド名ですよね(笑)

私もはじめて聞いた時は「何だそのバンド名(笑)」と思いました!

 

▼My Hair is Badのライブの様子

 

作詞作曲をつとめるボーカルの椎木知仁(しいき ともみ)が「その時思っていることや感じていること」を自らが弾くギターの旋律に乗せて語ることが「熱い」と評判です。

また「歌詞が女々しい」ことでも有名です。そのため男性だけでなく若い女性からも評価が高いバンドです。

ボーカルの椎木知仁は「作詞をしているというより、その時ごとに感じた気持ちを日記のようなイメージで歌にして歌っている」とのことです。どうりでまっすぐな女々しさがあるわけですね(笑)

代表曲には『真赤』という曲があります。

 

▼『真赤』MV

 

<ブラジャーのホックを外す時

だけ心の中まで分かった気がした>

 

こんな歌いだしで曲が始まります!びっくりしますよね!イヤホンで聴くことをおすすめします!

 彼女と別れた男の心情を「熱く」そして「女々しく」歌っている1曲です。

 

2 sumika

 

バンド名 sumika(すみか)
結成年 2013年
メンバー 片岡健太(ボーカル/ギター)
黒田隼之介(ギター/コーラス)
荒井智之(ドラムス)
小川貴之(キーボード/コーラス)
備考 アニメ映画『君の膵臓をたべたい』の主題歌。テレビアニメ『ヲタクに恋は難しい』のオープニングを手掛ける。『フィクション』はYouTubeで1200万再生を超える。

 

sumikaはとてもポップで、誰からも好かれる「アンパンマン」のようなイメージのバンドです。キーボードのサウンドが特徴的で「明るい曲」は「ポップで明るい気分」に、「落ち着いた曲」は「しっとりと和やかな気持ち」になれる曲が多いです。

 

▼sumikaのライブの様子

 

「楽しめる曲」というものがモットーにあり、どんな年齢の観客でも置いてけぼりになることなく楽しめる「サーカス」のようなライブを行うバンドです。代表曲に『「伝言歌」』という曲があります。

 

 

これは大切な人に感謝の気持ちを伝える曲で、私が大好きなライブで盛り上がる曲です。

 

<伝えたい全部あなたに

全部伝えてこの言葉よ迷わないように

伝えたい今の私の半分以上が

あなたで出来ていたと気付いたから>

 

「大切な人に感謝の気持ちを伝えていますか?」という、人として大切なことを教えてくれる、そんな印象的な歌詞です。

 

3 マカロニえんぴつ

 

バンド名 マカロニえんぴつ
結成年 2012年
メンバー はっとり(ギター/ボーカル)
高野 賢也(ベース)
田辺 由明(ギター)
長谷川 大喜(キーボード)
備考 2012年にはっとりを中心に結成。メンバーは全員洗足学園音楽大学出身。

 

マカロニえんぴつは先述した2つのバンドよりはまだ少しマイナーです。

 

▼「マカロニえんぴつ」のライブの様子

 

先日ライブに行った私はこの目と耳でライブを楽しみ、そして確信しました。このバンドは今後絶対人気が出る!!!特徴は何と言ってもその「エモさ」。

「エモい」とは簡単に言うと「感情ではうまく表現できないけどいい!」という感情です。つまりは「うまく表現できないけど、なんか心にグッとくるんだよな」という気持ちです。

今邦楽ロック界で人気のバンドは「エモさ」を持っているバンドが非常に多いです。「マカロニえんぴつ」はエモさを特に持っているバンドの一つと言えます。

 

エモさを持ったバンドの解説は第3章にて!(現在は第2章)
 

 

ボーカル・はっとりのエモーショナルな声と、ちょっと女々しくてセンチメンタルな部分が垣間見える歌詞、そしてキーボードの多彩な音色で彩られたバンドサウンドが多くの若い女性を虜にしているバンドです。

『鳴らせ』という曲があり、これはライブで盛り上がる定番曲です。

▼『鳴らせ』MV

 

MVがなんといってもエモいです!そしてはっとり(ギター&ボーカル)のビジュアルが濃い!(笑)

そんな見た目とは相まってピアノの繊細な音が心地よい一曲です。

 

その他注目人気バンド

これはボックスのタイトルです。
注目すべき邦楽ロックのバンドは他にもたくさんいます。下記は、2019年も注目のアーティストをWebon編集部がピックアップしてお伝えします。

4 Yogee New Waves(ヨギーニューウェーブス)

]2013年に結成したバンドです。「新世代のシティポップバンド」として注目されています。近年のシティポップのブームを牽引するバンドのひとつです。シティポップとは「都会的で洗練された音楽」と言えるような日本特有の音楽のジャンルで1980年代に流行しました。シティポップ再評価の動きと共に、このバンドに注目してみてください。

 

5 King Gnu(キングヌー)

King Gnuは2017年に東京藝術大学出身の常田大希(つねた だいき)を中心に結成された4人組バンド。数々の大型フェスに出演し、独自のセンスが光る「トーキョー・ニュー・ミクスチャー」と称されるサウンドが注目を浴びています。

 

6 ズーカラデル

2015年に結成されたスリーピースバンド(3人組のバンド)。タワーレコードがブレイクするアーティストを発掘する「タワレコメン」で2018年の邦楽1位に輝く。代表曲は「アニー」。

 

7 THE ORAL CIGARETTES(ジ・オーラル・シガレッツ)

2010年結成。2018年にリリースされたアルバム『Kisses and Kills』はオリコン初登場1位を獲得しました。「BKW(番狂わせ)」を掲げ、アグレッシブなライブパフォーマンスがロック界で大きな注目を集めています。

 

以上私がおすすめする、今の邦楽ロックを代表するバンドでした。 

興味を持ってくれた方はぜひ聴いてみてください!考えるのではなく感じてください。そして音楽を全身で味わってください!

次のページではおすすめのガールズバンドを紹介します。

 

『邦楽ロック入門』目次へ  (全12ページ)

 

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