JAGATARAとは ~1980年代を駆け抜けた江戸アケミ率いる伝説のバンド~

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鶏やヘビを食いちぎるなどの過激なパフォーマンスで注目を浴びたJAGATARA。精神疾患を患いながらも奇跡の復帰を遂げた江戸アケミ。そして死まで。1980年代を駆け抜けた伝説のバンドの軌跡をお伝えします!

JAGATARA入門 ~ヘビを食いちぎる!?1980年代を駆け抜けた伝説のバンド~ はこちらから!

著者:積 緋露雪

1964年生まれ。音楽雑誌「CDで~た」の執筆・編集・企画を担当。ライター歴20年以上。小説『審問官』シリーズ出版。

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JAGATARA/江戸アケミの基本情報

JAGATARAとは

名前 JAGATARA(じゃがたら)
別名 ・江戸&じゃがたら
・エド&じゃがたらお春
・財団呆人じゃがたらお春
・財団法人じゃがたら
・暗黒大陸じゃがたら
リーダー 江戸アケミ
活動期間 1979年~1990年
メンバー ・江戸アケミ(ヴォーカル)
・EBBY(ギター)
・OTO(ギター)
・ナベ(ベース)
・テイユウ(ドラムス)
・篠田昌已(サックス)
・ヤヒロトモヒロ(パーカッション)
・村田陽一(トロンボーン)
・エマーソン北村(キーボード)
・南流石(コーラス)
・政野早希子(コーラス)
旧メンバー ・川辺徳行(ドラムス)
・尾島秀紀(ギター)
・金田トメ善裕(キーボード)
・SAMMY(ドラムス)
・吉田哲治(トランペット)
・ユカリ(コーラス&サックス)
・長嶌BEM宏(サックス)
・ホワチョ(パーカッション)
・オナガミドリ(パーカッション)
・奥村恵子(パーカッション)
メンバーを見れば分かる通りの大所帯のバンドとなっています。パンクやファンクを始め、レゲエ、アフリカ音楽、ラテン音楽など様々な“ビート”をリーダーの江戸アケミが標榜し、それを体現した日本では稀有なバンドです。JAGATARAはリーダーの江戸アケミの風呂場での溺死により解散しました。

江戸アケミとは

本名 江戸正孝(えど まさたか)
出身地 高知県中村市(現・四万十市)
生年月日 1953年7月1日
没年 1990年1月27日(享年36)
教師になるべく、明治大学文学部に入学しましたが、その講義のあまりのつまらなさに辟易。何とか卒業はしています。江戸アケミは幼児期に洗礼を受けたクリスチャンでしたが、後に棄教します。「音楽に救われたいんだよ」という江戸アケミの言葉が残されています。1983年から1985年の間、遂に堪えきれずに精神疾患にかかり音楽活動を休止し、高知県で療養生活を送ります。音楽活動再開後、精力的に活動するも精神疾患は根治せず。睡眠薬を常時服用。1990年1月27日に湯船で溺死しているのを発見されました。

 

JAGATARAのリーダー 故・江戸アケミという人物

 

「JAGATARA(じゃがたら)」というバンドを知っている人は熱烈なJAGATARAのファンでしょう。

JAGATARAの楽曲のほとんどはリーダーでヴォーカルの江戸アケミが作っていました。それは時に聴くものを挑発し、時に都市生活者の悲哀を歌ったり、また、社会に対する憤りをビートに乗せてぶちまけたり、といったもので、その歌詞の言葉がざくっと胸に突き刺さるのです。

 

江戸アケミという人は根が非常に真面目なために中々“妥協する”ということができず、社会の中では生きづらさをずっと引きずっていた人でした。

だからこそ江戸アケミが書く曲は

身につまされるもの、

その生きづらさをストレートに歌詞にしたもの、

そして社会との軋轢と何とか折り合いを見つけようともがく様を歌詞にして“ビートに乗る”ことで“自由”もしくは“解放”を希求してやまなかったのだと思います。

 

JAGATARAの活動

 

以下ではJAGATARAの「活動初期」から「江戸アケミが事故死し解散」に至るまでの活動を簡単にお伝えいたします。

活動内容を通して江戸アケミの生き方を知ればJAGATARAの作品の魅力が伝わるのではないかと思っております。

 

活動初期

 

JAGATARAのファンであれば知らない人はいないと思いますが、JAGATARAがライヴ・ハウスで活動を始めた初期、江戸アケミは「鶏やシマヘビを食い千切る」「自分で自分をカミソリで切りつけ、時に病院に運ばれる」などその過激でグロテスクなライヴ・パフォーマンスを行い、話題となります。

観客は“怖い物見たさ”で満席だったのですが、江戸アケミは次第にそれにいらだちました。

江戸アケミは音楽で勝負したかったのです。

しかし、観客は“流血”を見たくて集まりました。サービス精神が異常に旺盛な江戸アケミは観客の希望に応え続けていたのです。

 

 

1stアルバム「南蛮渡来」の衝撃

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クレジットでは“暗黒大陸じゃがたら”となっていますが、JAGATARAの1stアルバム「南蛮渡来」が1982年に発表されます。

この「南蛮渡来」はパンク、ファンクはもちろんのこと、レゲエなどのビートに乗せての江戸アケミの歌詞の破壊力が物凄く、今も名盤の誉れ高い一枚です。

 

 

江戸アケミが心を病む

 

それはライヴ・ツアーを回っている最中に突然訪れました。

前述したとおり、江戸アケミは1983年から1985年の間、病気療養を余儀なくされました。

リーダー不在のJAGATARAは活動休止をせざるを得ず。しかし、メンバーは江戸アケミの復帰を信じて腕を磨いていました。

 

 

 

2nd「裸の王様」/ 3rd「ニセ予言者ども」リリース

 

江戸アケミの精神疾患は根治していませんでしたが、メンバーに乞われて1985年に音楽活動を再開します。そして、1987年に2ndアルバム「裸の王様」、3rdアルバム「ニセ予言者ども」を立て続けに発表します。

▼2ndアルバム「裸の王様」(画像クリックで商品詳細へ)

▼3rdアルバム「ニセ予言者ども(画像クリックで商品詳細へ)

 

いずれのアルバムも名盤の誉れ高いアルバムです。

特に「ニセ予言者ども」はとてもよくできたアルバムです。

 

4th「それから」でメジャー・デビュー

 

JAGATARAは「それから」(1989年)でメジャー・デビューします。

▼アルバム「それから」(画像クリックで商品詳細へ)

しかし、それに関して江戸アケミは素直に受け容れることができずにいらだちます。そして、皮肉なことにメジャー・デビューがバンド内に隙間風を吹かせることになります。

 

【コラム】江戸アケミがメジャーデビューを受け容れられなかった理由

江戸アケミは元来「商業主義」「制約がある」メジャーでの活動を否定していました。メジャー・デビューが決まっても江戸アケミはそれが中々受け容れられず、心は屈折していました。インディーズでの好き放題の活動を望んでいたのです。しかし、そんな江戸アケミも最終的には投げやりながらもメジャーでの活動を受け容れました。複数のレコード会社からメジャー・デビューを打診されていたJAGATARAはくじを引くように適当にレコード会社を選んで、メジャー・デビューをしました。それがインディーズでの活動に執着していた江戸アケミの最後の足掻きだったのです。

 

 

江戸アケミの死

 

5th「ごくつぶし」(1989年12月6日)という壮大無比(=圧倒的に他と比べるものがないの意)なアルバムを発表後、すぐに次作のレコーディングに入りますが、その最中に江戸アケミが事故死します。1990年1月27日のことでした。

 

【コラム】「ごくつぶし」は壮大無比なアルバム

「ごくつぶし」は壮大無比なアルバムです。その理由はまず、20分を超えるナンバーが2曲収録されていることです。1曲は「スーパースター」の生死を彷徨う魂の様子を具体的に表現し、演奏もラテン音楽からアフロ・ビートまでを含めたこれまでの日本になかったビート。「スーパースター」の甦生物語が歌われています。その歌詞は壮大で唯一無二の楽曲なのです。

もう1曲は江戸アケミが再び、精神疾患に蝕まれつつあった中、世界がどのように見えるのかを直截(ちょくさい:まわりくどくなくずばりということ)に表現したナンバーで、演奏は、フリー・ジャズか現代音楽に通じるとても独創的な演奏なのです。それはもう「狂気」としかいえないナンバーです。そんな楽曲を未だかつて発表したアーティストはいません。

 

そして、JAGATARAは江戸アケミの死後に「おあそび」(1990年7月21日)というアフリカなどのミュージシャンとコラボレーションをしたアルバムを発表します。

このアルバムには江戸アケミが生前レコーディングしたナンバーが収録されています。「おあそび」には江戸アケミが生前レコーディングしたナンバーをリミックスしたものなども収録されています。

このアルバムの発表後にJAGATARAは解散します。

 

江戸アケミに見る“真面目に生きることの壮絶さ”

 

江戸アケミは何をするにも生真面目で、江戸アケミの短い一生を見ると「真面目に生きることは壮絶である」ということをまざまざと見せつけられます。

そして、江戸アケミがこの世に残した作品の数々は、どれも江戸アケミの遺言に聞こえてしまうのです。

例えば「やりたいことがたくさん残ってる」などという歌詞は江戸アケミの遺言としか受け止められないのです。

また、江戸アケミは真摯にライヴにきた観客と向き合っていたためにその歌はいずれも重みがあり、江戸アケミが書く歌詞は優れて深い思索の末に書かれたものが多く、聴くものの心を揺さぶるのです。心して聴かないと軽く江戸アケミの歌のパンチにぶん殴られてしまいます

このWebonでは江戸アケミが率いたJAGATARAの軌跡と共に、作品を紹介していきます。江戸アケミの生き様、JAGATARAの歌の破壊力を伝えられればと思います。

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著者:積 緋露雪

1964年生まれ。音楽雑誌「CDで~た」の執筆・編集・企画を担当。ライター歴20年以上。小説『審問官』シリーズ出版。

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