King Gnuの軌跡① 【Srv.Vinci時代~インディーズ時代】

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King Gnuを聴いて「人生が変わった」音楽を愛して40年の著者が綴った『KingGnu入門』の決定版!「KingGnuって何?」という方も、既に「ヌー民」の方もこれを読めばKingGnuの曲をさらに楽しめる事間違いナシ!!

King Gnu入門 〜全人類必聴の歴史的革命バンド〜 【メンバーと軌跡編】はこちらから!

著者:渡辺和歌

1970年生まれ。音楽を愛して40年。中学時代は『ベストヒットUSA』を欠かさずチェック。当時の洋楽ヒット曲をラジオから録音しお気に入りのカセットテープを作成。ビートルズのアルバムは全て揃え『イエロー・サブマリン』などのビートルズ映画上映会にも欠かさず参加。中森明菜さんのファンで歌詞を耳コピして書き起こしていた。中島みゆき、中森明菜、尾崎豊、サカナクション、大島保克、元ちとせにも傾倒。King Gnuを聴いて生き方が変わるほどの感銘を受ける。現在はラジオやテレビ出演、SNSやライブなどでチェックしKing Gnuを追いかけている。

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この章ではKing Gnuの軌跡を【Srv.Vinci時代~インディーズ時代】【『Flash!!!』~『Prayer X』】【メジャーデビュー後】と3ページに分けてお伝えします。

このページではKing Gnuの前身のバンドであるSrv.Vinci時代~インディーズ時代の活動についてお伝えします。

 

年表 ~Srv.Vinci時代~

 

年月 出来事
2015年 Srv.Vinci始動
2015年9月 1st AL『Mad me more softly』発売
2016年7月 Daiki Tsuneta Millennium Parade(DTMP) 1st AL『http://』発売
2016年9月 『トーキョー・カオティック』発売
2017年3月 アメリカのイベント出演

※2015年~2019年4月までの全体年表はこちらのページ

 

Srv.Vinci時代の活動

 

▼「Srv.Vinci時代の活動」項目では赤い矢印のところを解説

 

King Gnuの前身バンド「Srv.Vinci」

 

King GnuにはSrv.Vinci(サーバ・ヴィンチ)という前身バンドがあります。

2015年、King Gnuのキーパーソン常田大希(つねた だいき)さんがSrv.Vinciとして活動を開始。

ドラムの石若駿さん(SONGBOOK PROJECT・CRCK/LCKSなど多数)をはじめ、様々な才能あふれるミュージシャンが関わりましたが、メンバーチェンジを経て現在の4人体制に固まり、2017年に改名という流れです。

その間に、Srv.Vinci名義でアルバム1枚とミニアルバム1枚、常田大希さんのソロプロジェクト「Daiki Tsuneta Millennium Parade(DTMP)」名義でアルバム1枚がリリースされています。

Srv.Vinciとは“サーバ上のレオナルド・ダ・ヴィンチ”という意味。

イタリア・ルネサンス期の芸術家であり“万能の天才”レオナルド・ダ・ヴィンチがもし、パソコンを使ったら?というようなコンセプトなので、とくに初期、1枚目のアルバム『Mad me more softly』は先鋭的です。

▼アルバム『Mad me more softly』REMIX

 

歌やメロディーに重きを置いた「多くの人々に受け入れられるような音楽」というよりも、先鋭的なサウンドに重きを置いた音楽でした。

MVの映像も含めると”最先端のコンセプチュアルアート”といったほうがしっくりくるほど芸術的なセンスが研ぎ澄まされています。※コンセプチュアルアート=前衛芸術

しかも常田大希さんはソロプロジェクトDaiki Tsuneta Millennium Parade(DTMP)を始動し、さらに「芸術性」「先鋭的なサウンド」に重きを置いた音楽を極めます。歌やメロディーに重きを置き、多くの人々に受け入れられるようなわかりやすい音楽とは真逆の方向に進みます。

▼この時のKing Gnuの楽曲の例『Prêt&Porter』芸術性に重きが置かれているように感じる

 

それゆえエッジの効いた(鋭く尖った)感性の持ち主にしか伝わりづらい……という課題が生まれたかもしれません。

「芸術は難しい」と感じる多くの層”大衆”には届かない、受け入れられない。

平たく言うとあまり売れなかったわけです。

 

「芸術」から「大衆向け」に方向転換

 

ここで”サーバ上のレオナルド・ダ・ヴィンチ”こと現代の鬼才・常田大希さんは考えたことでしょう。どんなに優れた・ぶっ飛んだ・イケてる音楽でも「聴いてもらわなければ話にならない」と。

自然な流れで「先鋭的で多様なサウンドでありながら、わかりやすい歌詞やメロディーを楽しむ人にも刺さるような音楽」路線へ。

常田さんの心の内は「J-POPで勝負する!」と煮えたぎっていたのではないでしょうか。現代の日本で、大規模な会場で音楽を聴いてもらおうと思ったら「J-POPしかない」という考え方もできますから。

Srv.Vinciの2作目『トーキョー・カオティック』はKing Gnuの原型となるサウンドに変化したように思われます。

▼アルバム『トーキョー・カオティック』収録「Vinyl」

 

2015年5月頃から既にKing Gnuの4人でライブは行われていましたが、固定メンバーになって方向性が定まり、変化があったのではないでしょうか。

メンバー情報は後述しますが、常田さんの幼なじみで1学年下の井口理(いぐち さとる)さんがフロントマン(バンドの顔となる存在)になったところが大きなポイント。

常田さん・井口さんのツインボーカルのうち、井口さんには井上陽水さんなどのJ-POPもよく聴いていたという強みがありました。

▼井上陽水:1948年生まれ。代表曲は「少年時代」

 

新生ともいえるSrv.Vinciは、2017年3月に『SXSW』(サウスバイサウスウエスト)のJAPAN NIGHT(ジャパンナイト)というアメリカ・テキサス州オースティンでのイベントに参加。

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その後、ニューヨークやロサンゼルスなど7か所でこのイベント主催のアメリカツアーを敢行しています。

 

年表  ~インディーズ時代~

 

年月 出来事
2017年4月 King Gnuに改名
2017年7月 『FUJI ROCK FESTIVAL』出演
2017年10月 1stアルバムリリース
2017年11月 常田参加の米津玄師アルバムリリース
2018年1月 初ワンマンライブ

※2015年~2019年4月までの全体年表はこちらのページ

 

インディーズ時代の活動

 

▼「インディーズ時代の活動」の項目では赤い矢印のところを解説

King Gnuに改名

 

バンド名のKing Gnuは「ヌーの王様」という意味です。

ヌーはアフリカの草原・サバンナに生息する、ウシ科ヌー属の草食動物。ウシカモシカやワイルドビーストといった別名もあり、水牛・バッファロー・バイソンとは別種です。

▼ヌー

 

サバンナには乾季と雨季があり、ヌーは春になると食料を求め、大群をなして大移動します。小規模から大規模の群れへ。

King Gnuというバンドのコンセプトは「ヌーの群れの大移動」のようにたくさんの人についてきてほしい・広まってほしい・聴いてもらいたいというわけです。

ヌーの群れの先頭をキングと名づけるところが、わかりやすくてヤンチャでお茶目。

中学時代に1学年先輩だった常田さんは井口さんに「ガタイMAX」というあだ名をつけていたそうですが、180cmの大男・井口さんのイメージが「King Gnu」そのものだったのかもしれません。

こうしたバンドコンセプトの転換が見事にクリーンヒットし、2017年4月の改名前後からKing Gnuは音楽業界や目ざとい音楽通が絶賛する存在となります。

 

『FUJI ROCK FESTIVAL』/ファーストアルバム

 

2017年7月には、日本最大級の音楽フェス『FUJI ROCK FESTIVAL』(フジロック)にも出演。(ちなみにそのステージは新人の登竜門ROOKIE A GO-GO(ルーキー・ア・ゴーゴー)でしたが、翌年2018年にはメインステージのRED MARQUEE(レッドマーキー)へと大躍進を遂げています。)

さらに2017年10月にはファーストアルバム『Tokyo Rendez-Vous』をリリース。

▼『Tokyo Rendez-Vous』(画像クリック商品詳細へ。無料聴き放題期間有)

 

表題曲の『Tokyo Rendez-Vous』と双璧をなすキラーチューンの『Vinyl』(ビニール)は、パーソルテンプスタッフのCMソングにも起用されました。

▼『Vinyl』MV

 

米津玄師からのプロデュース依頼

 

既に音楽業界や音楽通のあいだでは「とんでもないバンドが現れた」と騒がれていたわけですが、米津玄師さんもそのひとり。

自身4枚目のアルバム『BOOTLEG』(ブートレグ)に収録されている「爱丽丝」(アリス)のプロデュース・アレンジ・ギターを常田大希さんに依頼したのです。

▼2017年11月リリース米津玄師4枚目アルバム『BOOTLEG』(画像リンク先で試聴可能)

▼米津玄師『BOOTLEG』クロスフェード(5:05~)爱丽丝

 

ハチ名義のボーカロイド時代から非常に凝ったサウンド作りをしてきた米津玄師さん。当時から熱狂的なファンはいましたが、まだ少数派。大衆を巻き込んで大ヒットしたのは松任谷由実さんの『Hello, my friend』を意識したという『Lemon』でした。

▼『Lemon』MV

 

「歌詞やメロディーに重きを置いた音楽」と「先鋭的なサウンド」、「大衆性」と「芸術性」、この狭間で葛藤する先鋭的な音楽家として、米津玄師さんと常田大希さんは非常に通じ合うところがあったのでしょう。

「爱丽丝」では「先鋭的なサウンド」と「芸術性」を存分に追求したと考えられます。

 

初のワンマンライブ

 

アメリカツアーも敢行し、数々の名だたるフェスや、複数のアーティストが出演する”対バンライブ”などでも話題になっていたKing Gnu。

満を持して初ワンマンライブを行ったのは2018年1月、東京・渋谷WWWでのことでした。

チケットが即日完売という事態になり、約2か月後の3月には追加公演が東京・渋谷WWWXで開催。

まだヌーの群れは決して巨大とは言えないものの、「ライブ演奏がすさまじい」という評判は浸透していきました。

『King Gnu入門【メンバーと軌跡編】』目次へ  (全16ページ)

 

 

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著者:渡辺和歌

1970年生まれ。音楽を愛して40年。中学時代は『ベストヒットUSA』を欠かさずチェック。当時の洋楽ヒット曲をラジオから録音しお気に入りのカセットテープを作成。ビートルズのアルバムは全て揃え『イエロー・サブマリン』などのビートルズ映画上映会にも欠かさず参加。中森明菜さんのファンで歌詞を耳コピして書き起こしていた。中島みゆき、中森明菜、尾崎豊、サカナクション、大島保克、元ちとせにも傾倒。King Gnuを聴いて生き方が変わるほどの感銘を受ける。現在はラジオやテレビ出演、SNSやライブなどでチェックしKing Gnuを追いかけている。

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