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はじめに
第1章 落語の定番
第2章 とにかく笑える落語演目集
第3章 色んなジャンルの落語演目集
第4章 落語をもっと楽しむ
著者:なかむら治彦
本業は4コマ漫画家兼イラストレーター。学生時代から筋金入りの落語ファン。1998年「第1回新作落語大賞」に落語脚本を投稿し、大賞を受賞。その後は「尾張家はじめ」のペンネームで落語作家兼ライターを副業に。現在、隔月パズル雑誌『漢字道』(イード)で落語4コマを連載中。著書は『落語まんが寄席』(新星出版社)他。
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落語を楽しむ為の基礎知識
伝統芸能の世界は「定番」の宝庫です。
「定番」という言葉には、「お決まり」とか「お馴染み」といったニュアンスも含まれます。
安定感が抜群で、長年親しまれ、斬新さは無い代わりに様式美を備えた物を「定番」と呼びます。日本古来の伝統芸能はいずれもそれに該当すると考えてよいでしょう。
そのうちの一つである古典落語には、現代では使わない古い言い回しや、昔そのままの呼称がよく出てきます。
例えば江戸の歓楽街の代名詞・吉原を、落語の登場人物たちは「なか」と呼びます。
一説には吉原一帯が堀で囲まれていて大門という出入口からしか入れず、「大門の中」が「なか」と略されたと言われますが、これなど解説が無ければ何のことかさっぱり分かりません。
古い言葉を古いまましゃべることは、普通に考えれば観客に優しい演出ではありません。しかし落語では、古い言葉をまじえながらも、会話の流れや状況描写によって言葉の前後を補い、意味を想像させます。
これは「想像のエンタテインメント」である落語ならではの強みでしょう。
逆に言えば、やたら説明を重ねることで崩れてしまう様式美が、落語という話芸にはあるということです。
このページでは、そんな江戸時代の情緒をストーリーで存分に感じる為の基礎知識と、それらの知識が出てくる落語演目の数々を、項目別に分けて紹介していきましょう。
武士と落語
江戸時代の落語に登場するお決まりの設定は、ちょんまげに着物姿の登場人物と、この時代特有の「士農工商」という身分制度です。
▼登場人物のイメージ
そして士農工商の一番上が武士階級です。
落語における武士の人間性は必ずしもステレオタイプではなく、個性に溢れています。
例えば
『粗忽の使者』(そこつのししゃ)に登場する地武太治部右衛門(じぶた じぶえもん)は、よそのお屋敷に使者として出たものの、口上(話すこと)を忘れてしまう粗忽者(そこつもの:そそっかしい人)ですし、
『松曳き』(まつひき)の殿様と家老は揃ってあわて者と来ています。
また『井戸の茶碗』では、浪人(仕事を失った武士)に身を落としながらも実直さは変わらない初老の武士が、その実直さのあまり騒動を大きくしてしまいます。
1.粗忽の使者
2.松曳き
3.井戸の茶碗
また一方で落語の武士は、身分を笠に着て庶民にいばり散らす悪役にもなります。
『たがや』では人混みの中を馬で無理やり通過しようとして町人と喧嘩になり、
『巌流島』では狭い渡し舟の中でトラブルを起こして船頭や同乗者を困らせます。
このタイプの武士は、たいてい町人にやられてしまう結末をたどります。
4.たがや
5.巌流島
そうかと思うと、『柳田格之進』(やなぎだ かくのしん)に出てくる貧しい浪人(仕事を失った武士)・柳田格之進は、商家の番頭から大金を盗んだとの嫌疑を向けられる侮辱を受けながら、グッと抑える心の葛藤を見せます。
6.柳田格之進
どの武士がベストかは聴く人の好みで変わると思いますが、ストーリーの面白さで言えば『7.井戸の茶碗』のハッピーエンドな感じがおすすめでしょう。
真面目な武士の性格に困惑する屑屋(=紙くずなどを売買する商人)の立ち回りと、徐々にスケールアップしていく展開がこの物語の聴き所です。
珍しい仕事と落語
大名や武士は現代で言う政治家や公務員のような存在ですが、それ以外にも、古典落語には江戸時代ならではの多種多様な職種が登場します。
当時の空気を感じさせる職業としては、遊廓の花魁(おいらん)、たいこ持ち、習い事の稽古屋、呉服屋、質屋、大工、左官、髪結い、駕籠屋(かごや)、船頭、馬方、僧侶、相撲取り、等々まだまだあります。
いろいろな落語に出てくる長屋(江戸時代の集合住宅)のお婆さんがたいてい生業にしている糊屋(ご飯粒から洗濯用の糊を作って売る)もそうした仕事の一つでしょう。
同じく落語のメインキャラクターである泥棒は、現代の報道に従うと「無職」かもしれません。
中には泥棒以上に怪しい商売も出てきて、『あくび指南』の「あくびを教える師匠」とか、『睨み返し』の「借金取りを怖い顔で撃退する」なんて仕事、落語以外では考えられませんね。
7.あくび指南
8.睨み返し
一方、江戸時代に無くてはならなかった職業に、担ぎの商人があります。
昔の小売業者のほとんどは店舗を持たず、天秤棒の前後に売り物の荷を下げて、売り声を挙げながら町内を担いで回るという移動販売を主流にしていました。
振り売りとか棒手振り(ぼてふり)とも呼ばれました。
担ぎの商人が登場する落語のうち、名作と言われる落語が『唐茄子屋政談』(とうなすや せいだん)です。
遊び人の若旦那が勘当され、心身ともボロボロになっていた所を親戚のおじさんに助けられ、そのおじさんの指導で唐茄子(かぼちゃ)を一生懸命売り歩いたことで、更生を認められて勘当が解かれるという話です。
商売のリアルな難しさを道楽者の若旦那が肌で感じるくだりは、きっと現代人でも共感できることでしょう。
9.唐茄子屋政談
旅と落語
江戸時代が舞台の古典落語で描かれている生活様式の中で、特に現代との差が激しいジャンルと言えば、旅の様式と、お金の単位かもしれません。
当時の旅の様式は十返舎一九(じっぺんしゃ いっく)の『東海道中膝栗毛』などでも描かれているように、陸路の移動手段で徒歩か駕籠(かご)か馬ぐらいのシンプルなものでした。
十返舎一九によって書かれた滑稽話集。主人公は弥次郎兵衛と喜多八で現代でも「弥次喜多」などの愛称でアニメや漫画のキャラクターなどとして登場する。
▼十返舎一九
水路(海路)は船があったとはいえ大半が荷物の輸送用でしたし、空路は当然ありません。
そんなシンプルな旅ですから、落語に登場する旅模様も極めてのんびりしていました。
中でも上方落語(関西の落語)の『三十石』は、京都の伏見から淀川を三十石船に乗って大阪にたどり着く、その行程に起きた事を淡々と紀行エッセイのように綴った内容です。
クライマックスに船頭が朗々と唄い上げる舟唄には、旅の情緒すら感じます。東京では落語家・三遊亭円生師匠(故人)らが十八番にして、『三十石』の叙情性を東京でも広めました。
10.三十石
その他では、友達二人で歩く『二人旅』、馬が出てくる『三人旅』、旅先の宿屋が舞台となる『宿屋の仇討ち』(別題『宿屋仇』)などが有名な旅ネタです。
11.二人旅
12.三人旅
13.宿屋の仇討ち
お金と落語
そしてもう一つ、江戸時代のお金の単位につきましては、とてもややこしいので要点だけ説明します。
江戸時代のお金は金貨(両・分・朱)・銀貨(匁=もんめ)・銭貨(貫・文)の3種類の通貨が並行して利用されました。
金貨は主に位の高い武士、銀貨は主に位の低い武士と商家、銭貨は主に庶民が利用していて、相互の換金は町の両替屋が行いました。
落語ではよく一獲千金を狙うストーリーが多く出てきますが、そこで使われるのはたいてい金貨(両)です。
富くじが当たる『富久』も、高価なみかんを買う『千両みかん』も、登場人物の身分に関わらずすべて金貨です。恐らく昔は民間的にも「大金=金貨」だったのでしょう。
14.富久
15.千両みかん
その一方では、庶民が主役の『時そば』はちゃんと一杯16文、つまり銭貨でした。
落語を楽しく聴くにあたってはそのへんの事情はあまり深く詮索しない方が気楽かもしれません。
16.時そば
お金の関わる落語としては、『宿屋の富』(別題『高津の富』)をおすすめしておきましょう。
主人公の男がなけなしの金で買った富くじが千両の大当たりで、それを知った時の演技と心の動揺が実に面白く描かれています。
17.宿屋の富
ちなみに、明治になるとお金の単位は円・銭・厘に統一されます。もし「この落語の舞台は江戸か明治か」と悩んだ時は、お金の単位に注意して聴いてみてください。
今回紹介した落語を聴くベストシチュエーション
最後に、江戸情緒漂う定番の名作落語を聴くにあたって、ベストのシチュエーションをお教えしましょう。
江戸の情景を言葉だけで思い浮かべるのは、なかなか至難の業です。聴く側の想像力ももちろんですが、演者の方にもかなりの技量を要します。
従って、もしライブでそうした名演高座に遭遇できたとしたら、あなたは確率的にもかなりラッキーだったと考えてよいと思います。
そんな奇跡の高座に巡り合うまで通い続けるのは大変だ、という人には、かつて名人と称された落語家さんたちのCDを聴くことをおすすめします。
ここでおすすめに挙げた演目では、三遊亭円生(さんゆうてい えんしょう)師匠、古今亭志ん朝(ここんてい しんちょう)師匠、五代目 柳家小さん(やなぎや こさん)師匠(いずれも故人)などのCDが多数出ていますので、探して聴いてみてください。
※参考
『大江戸ものしり図鑑』(花咲一男監修・主婦と生活社)
次のページでは落語でよく登場するキャラクターについて解説。知ればもっと落語を楽しめるはずです。
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第1章 落語の定番
第2章 とにかく笑える落語演目集
第3章 色んなジャンルの落語演目集
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