KANとは ~稀有な存在のソングライター~

 

 

KANとは ~基本情報~

名前 KAN
本名 木村 和(きむら かん)
生年月日 1962年9月24日
出身地 福岡県福岡市
デビュー年/曲 1987年4月アルバム『テレビの中に』でデビュー。
1990年9月にリリースされた8枚目シングル「愛は勝つ」がフジテレビ系「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」の挿入歌として人気を博す。累計売上201.2万枚を記録(1991年度オリコン年間3位)。1991年には第33回日本レコード大賞を受賞し、同年の紅白歌合戦にも出場。


▼『よければ一緒に』PV

 

「愛は勝つ」という国民的大ヒット曲を持つKANさん。

KANさんの名前は知らなくても「愛は勝つ」という楽曲は、多くの人が知っているのではないかと思います。

この曲が大ヒットしてから、もう30年近くなりますので、当時のことを知らない若い世代の方はKANさんの事をよく知らないかも知れません。

また、あまりにも「愛は勝つ」が大ヒットしすぎて、KANさんの他の楽曲やKANさんというシンガーソングライターそのものについてもよくわからない、という人もいるかと思います。

 

日本の「ビリー・ジョエル」「天才であり変態」

 

私はKANさんの事を「日本のビリー・ジョエル」「天才であり変態」と思っています。

「変態」という言葉はいい意味で使っています。

大ヒット曲があるとそれに縛られて本来の自分が出せなくなることもあるかと思います。ただ、KANさんには「大ヒット曲の呪縛」というものがなく、自由に様々な楽曲を生み出しています。

「愛は勝つ」が、KANさんの全てではありません。

他の曲を知ることで「こんな素晴らしい曲があったのか」と、KANさんの才能に気づかされるのではと思います。

KANさんを知れば知るほど「愛は勝つ」が、KANさんの一面にしかすぎないことがわかると思います。

KANさんはビリー・ジョエルとの出逢いで、本気で音楽を志すようになりました。KANさんは自らが尊敬するビリー・ジョエルのように、とてもピアノが上手で、ピアノ一本で音楽を伝えられる人です。

 

ビリー・ジョエル

1949年生まれ。アメリカ出身のシンガーソングライター。全世界で1億5000万枚以上のレコード・セールスを記録。1973年にリリースのアルバム「ピアノ・マン」が大ヒットとなる。

▼「ピアノ・マン」公式MV

 

ピアノをさらに勉強するために音楽活動を一時休止し、フランスへ留学していたこともありました。その際には「フランス人になりたいという夢を叶えるため」という、KANさんらしいユーモア溢れるふざけたコメントも残しています。

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実はKANさんは、とっても遊び心満載のエンターテインメント精神溢れる人なのです。

 

エンターテインメント精神溢れる人物

 

ライブは「弾き語り編」「バンド編」の2種類に分かれています。

弾き語り編は、KANさんのピアノ1本でライブ(またツアーが)行われます。

バンド編では多くの趣向を凝らし、バンドメンバーと共にエンターテインメント性の高いステージを繰り広げています。

 

衣装に凝っていることでも有名。

でも、奇抜な衣装や、ちょっとしたおふざけがあっても、KANさんの基礎には素晴らしい音楽センスがあるから、何をやっても許されるのです。

▼奇抜な衣装の例

 

KANさんは、アーティストの友達も多く、若い世代のアーティストからはリスペクトされている存在。

 

KANさんをリスペクトするアーティストの例

Mr.Childrenの桜井和寿/TRICERATOPSの和田唱/山崎まさよし/ASKA(CHAGE and ASKA)/スターダスト・レビュー/杉山清貴/馬場俊英/などなど…。

 

お互いのライブに参加したり、コラボ楽曲などもあります。

KANさんがいろいろなことをしているので、スターダスト・レビューの根本要さん※からは「才能の無駄遣い」と言われています。

また、KANさんは、中国語、イタリア語、フランス語も勉強していて、日常会話には困らないほど。

旅行にもよく行っていて、ラジオ番組では旅先でのエピソードや、現地で買ったCDなどをかけたりしています。

 

スターダスト・レビュー根本要

スターダスト・レビューの代表曲はシングル売上約15万枚の『木蘭の涙』。カルピスのCMに『夢伝説』起用され世間に広く認知された。デビュー35周年を迎えた現在も年間70本を超える全国ツアーを展開してる。根本要は同バンドのボーカル。(関連;『スターダスト・レビュー入門』(全14ページ)

 

筆者とKANの出逢い

 

私が初めてKANさんを知ったのは、1987年のセカンドシングルでありアルバム「No-No-YESMAN」にも収録されている『BRACKET』という曲です。

 

▼「BRACKET」

 

NHKの人気音楽番組「JUST POP UP」でピアノを弾きながら歌っているのを見て「めちゃめちゃいい曲!」と感動しました。

イントロ、間奏にたっぷりピアノが使われていて、その軽快さ美しさに一目ぼれ、というか一聴ぼれしたのです。ボーカルはもちろん間奏のスキャットが新鮮で、激しく足を動かしながらピアノを弾く姿もとても印象的でした。

 

スキャットとは

主にジャズで使われる歌唱法で「ダバダバ」「ドゥビドゥビ」など意味のない音を即興的につないで歌うこと。

▼スキャットで有名な楽曲。スキャットマン・ジョン『スキャットマン』

 

すぐにアルバムを買って聴きこみましたが、この頃のKANさんは、まだそんなには世間に知られていませんでした。

後に「愛は勝つ」が大ヒットした時に、「才能がある人は、やはり世の中に出ていくのだな~」と思いました。

類まれなる才能の持ち主で、稀有な存在であるKANさんの魅力についてお伝えしたいと思います。

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1990年代とはどんな時代だったのか?

 

このWebonでは1990年代と当時のJ-POPシーンについて語ります。

このページでは筆者がなぜ1990年代J-POPが好きなのか、なぜ魅力的だと思うのか、どういった思い入れがあるかなどをお伝えいたします。

 

1990年代の主要な出来事一覧

 

年代 出来事
1990 『ちびまる子ちゃん』放送開始/スーパーファミコンがヒット/大学入試センター試験開始
1991 バブル崩壊/「お立ち台」ディスコジュリアナ東京オープン/『東京ラブストーリー』『101回目のプロポーズ』等のトレンディドラマが全盛期
1992 日本人宇宙飛行士の毛利さんが宇宙へ/『美少女戦士セーラームーン』放送開始/学校週5日制スタート
1993 コギャルブーム/Jリーグ開幕/ポケベル普及
1994 ドラマ『家なき子』アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』が放送/プレイステーション発売
1995 阪神淡路大震災/地下鉄サリン事件/Windows95発売
1996 アムラー/プリクラ登場/たまごっちブーム
1997 消費税5%に引き上げ/映画『タイタニック』『もののけ姫』ヒット
1998 長野オリンピック/お笑いコンビパイレーツの『だっちゅーの』が流行る
1999 iモードサービス/「2000年問題」が提起される/『だんご3兄弟』約290万枚の大ヒット

 

はじめに

 

「あのころに戻りたい」そんなふうに思えるかけがえのない時間が、誰の心にもあるでしょう。

時折心を傾け懐かしむだけで「明日からまた頑張ろう!」と思える、いつも心の奥で自分を支えている「あのころ」。

今回語るのは筆者にとっての「あのころ」。

1990年代当時のJ-POPシーンです。

筆者は1980年代後半生まれ。物心がつき思春期を迎えるまでの、人生で最も色濃く、単純に楽しかった時間、多感な時期を過ごしたのが90年代にあたります。

近年、90年代を彩ったアーティストたちがだんだんと姿を消していくのを見て、平成の終わりとともに自分の青春の終わりを感じています。

いつからでしょうか、ドラマやバラエティ番組を心待ちにしなくなり、CDも買わなくなってしまいました。自分自身も変わったくせに「時代が変わったのだな」と、世の中のせいにして勝手に寂しがっている日々です。

戻りたい。時々強くそう思います。

 

1990年代はどんな時代だったのか?

 

「1990年代とはどのような時代だったか?」当時を知る人はなんと答えるでしょうか。

良い時代であったかどうかは別として、間違いなく“アツイ”時代であったと私は思います。

1990年代は「アムラー」「コギャルブーム」「Jリーグブーム」「インターネット文化の浸透」など数々のブームが起こった点に、「アツさ」(=若者の熱量)を感じます。

 

【1990年代のアツい出来事】

●アムラー:1995年をピークに流行。歌手の安室奈美恵のファッションを模倣する若者が多く登場した。
●コギャルブーム:1996年頃から本格的にブーム。コギャルは、金髪にして肌を黒くする「ガングロ」というスタイルが特徴
●Jリーグブーム
:Jリーグは日本のプロサッカーリーグ。1993年に設立
●インターネット文化の浸透
:1992年に日本初のウェブサイト誕生。1997年にYahoo!Japanサービス開始

▼1990年代登場したコギャル

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By pepewk – https://www.flickr.com/photos/jennywebber/272217707/, CC 表示 2.0, Link 

 

現在より娯楽が少なかったことも要因にもあるとは思いますが、なんでもブームになった時代とも言えると思います。ひとつのことに注ぐ熱量が、現代とはけた違いだなと感じております。

1990年代はバブル経済の崩壊」「阪神淡路大震災」「松本サリン事件」「少年犯罪の増加」など、暗いニュースが多かった時代です。それに屈せずエンターテインメントを楽しんでいた、そういうエンタメ文化の「アツさ」を私は感じていました

音楽面においてはGLAY EXPO(音楽史上最大動員数)」「宇多田ヒカルファーストアルバム「First Love」(歴代アルバム最大セールス)」など、数々の新記録が生まれました。

ミリオンセラーも他の年代に類を見ない連発でした。音楽については、次の章からたっぷりと語らせていただきます。

 

1990年代は始まりと終わりの時代であったことは間違いないでしょう。

元号が変わり、たった数年で90年代に突入。同時に世紀末という大きな節目、ひとつの終わりに向かって進むというどこか不思議な空気をまとっていました。

そもそも1999年には人類が滅亡するとも言われていたのだから、パッと咲いて消える花火のように、 いけいけどんどんの精神が誰の心にも少しくらいあったのかもしれません。

 

1999年には人類が滅亡する噂

「1999年7月に人類が滅亡する」という「ノストラダムスの大予言」という都市伝説が広く流布していた。

 

だからでしょうか。

私よりいくらか年上の世代、この時代まさに青春を送った若者たちは、流行に非常に敏感であったし、楽しむ天才・楽しみを創り出す天才であったように思います。

変化する時代についていくばかりか、自分たちでブームを生み出していました。現に彼らは今もパワフルであり、パイオニアであり続けています。

美魔女ブーム、女性の起業ブームといった現在の流行のはしりとしていわゆる「アムロ世代」の女性たちが今も輝き続けています。

 

美魔女ブーム
驚くほど若く見える40代以上の女性」を指す言葉。2008年頃メディアで多く取り上げられ話題になる。

 

また

●バンドブームを彩った90年代デビューバンドがいまも現役でいること
●同じく90年代デビューのアイドルがいまも“アイドルとして”現役でいること
●90年代デビューのアクターが今も“主演として”現役で活躍していること

は、以前では考えられなかったことだなとも思っています。

 

そして歌は世につれ世は歌につれ。

90年代のJ-POPシーンは実にアツイものでした。

「90年代感」といえば伝わる人もいるでしょう。いずれのヒット曲も、まごうことなき「90年代感」をまとっています。

聴いた瞬間、それこそイントロから「あの時代」に一気に引き戻されます。90年代のJ-POPが放つ引力はある意味「力技」です。

 

1990年代は終わったが音楽は生き続ける

 

90年代はとうに終わりました。

リスナーだった我々も、もう子どもでなければ若くもない。憧れた当時の彼らの年齢などはるか昔に追い越してしまいました。

それでも名曲たちは、一瞬で私を無垢な子どもに引き戻してくれる。多感な女の子にしてくれます。

今も街角でふいに90年代の曲に出会う。すると思い出す情景や匂いもあれば、新しく生まれる感情もあります。

私たちは、生きている間にそれを何度も繰り返します。

曲と再会するたびに新しい側面が何通りも見えてきます。当時の想い出を多角的な方向から振り返ることができ、想い出が増えたように感じます。

 

時代を超え、発売当初には産まれていなかった子どもが口ずさんでいたりします。

私たちが愛した名曲はそうして永遠に生きていくのです。

音楽は変わらない「核」を持ちながらも、変化してゆくものなのだとつくづく感じました。

なんとなく元気のない時代だからこそ、そして新しい時代のはじまりを迎える今だからこそ、1990年代のJ-POPが放つ“力技”のメッセージを伝えたいのです。

 

次の章からは実際のヒット曲を例に出し、その魅力やヒットの背景を独自に解説していきます。ぜひ改めて聴いていただきたいですし、ともに語りついでもらいたいです。

当時を知らない世代には90年代の名曲とパワーを伝えたいです。

そして一番の願い。

読んでいただく方とほんのひととき一緒に、あの時代へ戻りたいです。

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ファンが伝える!邦楽ミュージシャン入門

 

Webonでは音楽ファンの方が様々な邦楽ミュージシャンの入門コンテンツを作成しています。

ファンの方によって作られた、ミュージシャンへのリスペクトと愛がこもった入門コンテンツを読めば、そのアーティストのことをより深く学べることでしょう。

このページは、邦楽ミュージシャンの入門コンテンツをデビュー年代ごとにまとめたものです。ぜひ、お気に入りのミュージシャンを探してみてくださいませ。

 

70年代デビュー

 

 『山下達郎』入門 ~極上の音楽空間~(全14ページ) 

山下達郎さんは「音の職人」「音楽界の宝」と称されます。テレビやライブの映像を解禁しないため、動く達郎さんが観られるのはライブだけ!プレミアムチケットになっているライブの魅力をお伝えします。

 

▼『山下達郎入門』はこちらより

 

 スターダスト・レビュー入門 ~日本一のライブバンドと言える理由~(全14ページ) 

数百本の音楽ライブに足を運んだ筆者が「日本一のライブバンド」と称するスターダストレビュー。その理由を知ればきっとライブ会場に足を運びたくなるはず!

 

▼『スターダスト・レビュー入門』はこちらより

▼ダイジェスト版はこちら!

 

80年代デビュー

 

 『岡村靖幸』入門 ~超個性的シンガーの魅力に迫る~(全13ページ) 

「岡村靖幸」は、DAOKO、小出祐介などと若手アーティストとのコラボで再び注目を集めていますが「あのスーツのおじさんは誰?」と思っている方も多いかと思います。岡村さんはとても魅力的なアーティストですが、その反面少し気持ち悪くもあります。岡村さんの場合はむしろその気持ち悪さが「かっこいい」のです。

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▼『岡村靖幸入門』はこちらより

 

 『角松敏生』入門 ~こだわり抜かれたサウンドの世界~(全15ページ) 

角松さんはキラキラとしたおしゃれなサウンドが特徴で「シティポップの貴公子」と称されることも。手掛けた楽曲である『WAになっておどろう』は長野オリンピックのテーマソングになりました。世間的な知名度はあまりありませんが、音楽のクオリティの高さなどから、音楽関係者のファンも多いです。こだわりの抜かれたサウンドの世界に、角松サウンドの世界に触れてみてはいかがでしょうか。

 

▼『角松敏生入門』はこちらより

▼ダイジェスト版はこちら!

 

近年の邦楽ロック事情を知る

 

 邦楽ロック入門 ~近年注目のおすすめバンドを聴こう~(全12ページ) 

近年の邦楽ロックでは「エモい」「ボーカロイド」など多くの注目すべき熱いジャンルがあります。ジャンルごとのおすすめアーティストを知ることで、自分の好みに応じた楽しい邦楽ライフをお過ごしください!

 

▼『邦楽ロック入門』はこちらより

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5分でわかる!角松敏生 ~ファンが語る概要と魅力~

 

このページでは「角松敏生」がどんなミュージシャンなのかを大体5分で理解できるように概要とともに魅力をお伝えします。

もちろん角松敏生さんを5分で説明しきるのは困難ですので、さらに深く知りたい方は『角松敏生入門』をご覧ください。

※このページはWebon編集部福永角松敏生ファン歴20年以上のしあ氏による『角松敏生入門』の内容をまとめたものです。

 

▼『角松敏生 入門』(全15ページ)

 

 

角松敏生とは ~クオリティが高い!知る人ぞ知るミュージシャン~

名前 角松敏生(かどまつ  としき)
生年月日 1960年8月12日
出身地 東京都渋谷区代々木
デビュー年/曲 1981年にシングル『YOKOHAMA Twilight Time』アルバム『SEA BREEZE』でデビュー

 

角松敏生さんは1981年デビューのシンガーソングライターです。

キラキラとしたおしゃれなサウンドが特徴で、デビュー当時は「シティポップの貴公子」というキャッチコピーがついていました。

手掛けた楽曲『WAになっておどろう』はNHK「みんなのうた」で話題になり、長野オリンピックのテーマ曲になりました。

角松さんは「杏里」「西城秀樹」「中山美穂」をはじめとした多くのアーティストに楽曲提供をしており、杏里さんに提供した『悲しみがとまらない』が大ヒット(1984年のオリコン年間19位)。

 

▼悲しみがとまらない:杏里さんの代表曲のひとつ(提供曲について詳しくはこちら

 

角松さんにはとても熱狂的なファンが多く、音楽のクオリティの高さなどから音楽関係者のファンも多いです。

ただ、世間一般的にはあまり知名度がありません。

なにしろ長い音楽生活の中で代表曲というものがありません。それが世間での評価につながっていない理由の一つであると思いますし、この辺りは角松さん本人も自虐的に語る部分です。

しかし一度でも「角松敏生のサウンド」に触れてもらえれば、その素晴らしさにきっと感動してもらえるはずだと思います。こだわりにこだわりぬき、決して妥協しないその音創りは音楽マニアにはたまらないものなのです。

 

角松敏生氏のサウンド魅力について詳しくはこちら!

 

フュージョン界に大きな影響を与える!

 

角松敏生さんは1987年、1990年に2枚のインストゥルメンタル(歌のない曲)アルバムを発表し、とても高い評価を受けました。

 

▼1987年リリース「SEA IS A LADY」(画像クリックで商品詳細へ)

▼1990年リリース「Legacy of You」(画像クリックで商品詳細へ)

 

このアルバムはフュージョン界に大きな影響を与えました。

 

フュージョンとは

フュージョンは音楽のジャンルで電子楽器を使用したジャズのようなもの。

▼日本で活躍するフュージョンバンド「T-SQUARE」の代表曲

 

 

1980年代前半に「ザ・スクエア(現T-SQUARE)」などによるフュージョンブームが起こりましたが、1980年代後半にはそのブームも停滞気味でした。

そんなフュージョンブームが停滞気味の中、シンガーソングライターの角松さんがインストアルバムをリリースしたことで大きな話題となりました。

この頃はフュージョンやインストを聴くファン層と、歌物を聴くファン層とには割と隔たりがあったように思います。

ですが、角松さんがインストアルバムをリリースすることにより大きな話題を呼びました。角松ファンはもちろん、普段フュージョンを聴かない層にもフュージョンの門戸を広げることになりました。

ちなみに1987年リリースの「SEA IS A LADY」は2017年に「SEA IS A LADY 2017」としてリメイクされ、日本ゴールドディスク大賞の「インストゥルメンタルアルバム・オブ・ザ・イヤー」を受賞しています。

 

▼アルバム「SEA IS A LADY 2017」(画像クリックで商品詳細へ)

 

ギタリストとしての角松敏生氏の魅力について詳しくはこちら!

 

謎の覆面バンドとして活動した?

 

角松敏生さんは活動を無期限休止としている時期がありました。

その時に、「角松敏生」という名を伏せて謎の覆面バンド「AGHARTA」として活動していました。

AGHARTAの楽曲『WAになっておどろ』がNHK「みんなのうた」に採用されたこともあり大きな話題となります。そして『WAになっておどろう』は長野オリンピックのテーマソングになりました。

 

「AGHARTA」の活動について詳しくはこちらのページで解説

 

ぜひ聴いて欲しい!定番の名曲10選!

 

角松さんに名曲が多くあります。ここでは定番の名曲をいくつかご紹介します。

 

▼厳選!定番の名曲10選

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曲名 収録アルバム
NO End Summer GOLD DIGGER(1985)
Tokyo Tower GOLD DIGGER(1985)
Girl in the Box 1981~1987(1993)
初恋 T’s 12 INCHES(1986)
Take You To The Sky High Breath From The Season 2018~Tribute to Tokyo Ensemble Lab~(2018)
飴色の街 Reasons for Thousand lovers(1989)
IZUMO INCARNATIO(2002)
浜辺の歌 1998~2010(2011)
ハナノサクコロ Fankacoustics(2004)
RAMP IN T’s BALLAD(1985)

 

NO End Summer

 

『NO End Summer』は角松ファンの間でもとても人気の高い名曲。

ピュアな想いが綴られたスイートなラブソング。

ラストの

「Love is you Love is me Love is the neighbor Love is the everything」

のコーラスはライブではみんなで大合唱。

聴くたびに感動する、とてもとても大切な曲です

 

Tokyo Tower

 

角松敏生さんの定番曲のひとつ『Tokyo Tower』。

ラップから始まるこの曲のカッコよさと言ったら!

まだラップが今ほど認知されていなかった1985年当時、ラップやスクラッチを取り入れた角松敏生を代表する、最高にファンキーでダンサブルなナンバー。

歌詞の内容がセクシー。リリース当時NHKでは放送禁止に。

歌詞がセクシーすぎるから?と思っていたのですが、商標名だから連呼するのはダメなんだそう。

 

Girl in the Box

 

『Girl in the Box』も角松敏生を代表する楽曲。

オリジナルアルバムには未収録ですがとても人気の高い曲。

「箱入り娘」をこれほどカッコよく歌うアーティストがいたでしょうか(笑)

夜10時になると、好きな女性が自分の手をすり抜けていってしまうもどかしさが描かれています。

こちらもNHKで放送禁止に。

私は、なんとなく門限破りを推奨するような歌詞だから?と思っていたのですが、「気が狂いそうさ」という部分がダメだったそうです。

ライブでは、ラストの部分でみんなで何度もジャンプするのが楽しい!

 

角松敏生氏の定番の名曲について詳しくはこちら!

 

ライブで用意しておきたい「紙ヒコーキ」

 

角松ライブに参加する際に、用意しておきたいのが紙ヒコーキです。

「TAKE YOU TO THE SKY HIGH」の時には観客は一斉にステージに向かって紙ヒコーキを飛ばします。

カラフルな色の紙ヒコーキが飛ぶかう光景は、とても楽しく美しい。

特に2階席前方から見る光景は圧巻です。

 

 

私が初めて行った角松さんのライブで、座席が2階の1列目真ん中だったんです!

そこで見た、紙ヒコーキが一斉に舞う姿は鳥肌ものでした。

後ろからも降ってくるし、下を見ればぐるぐると舞っているし、あの光景は今でもはっきりと覚えています。

何度も何度も紙ヒコーキを折り飛ばしてきたので、折り方も紙の選び方も上手くなりました(笑)

 

角松敏生氏のライブの魅力について詳しくはこちら!

 

以上、角松敏生さんの紹介でした。

『角松敏生入門』では角松敏生さんのことをさらに深く知ることができます。ぜひともご覧くださいませ!

▼『角松敏生』入門(全15ページ)

 

角松敏生入門の目次著者

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP K-POP 洋楽 演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

お問い合わせはこちらから

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5分でわかる!スターダスト・レビュー ~ファン歴24年が語る概要と魅力~

 

このページでは「スターダスト・レビュー」がどんなバンドなのかを大体5分で理解できるように概要とともに魅力をお伝えします。

もちろんスターダスト・レビューさんを5分で説明しきるのは困難ですので、さらに深く知りたい方は『スターダスト・レビュー入門』をご覧ください。

※このページはWebon編集部福永スタレビファン歴24年のしあ氏による『スターダスト・レビュー入門』の内容をまとめたものです。

 

▼しあ氏 著『スターダスト・レビュー入門』(全14ページ)

 

スターダスト・レビュー(スタレビ)とは

基本情報

グループ名 スターダスト・レビュー
通称 スタレビ
メンバー ・根本要(ボーカル/ギター)写真右から2番目
・柿沼清史(ベース/ボーカル)写真左から2番目
・寺田正美(ドラムス/ボーカル)写真左
・林“VOH”紀勝(パーカッション/ボーカル)写真右
デビュー 1981年5月25日シングル『シュガーはお年頃』アルバム『STARDUST REVUE』でデビュー

▼スターダスト・レビュー(スタレビ)の代表曲「木蘭の涙」

 

スターダスト・レビューってどんなバンド?

 

スターダスト・レビュー(通称スタレビ)は、男性4人組の音楽グループ。

1984年にリリースされた『夢伝説』カルピスのCMに起用され世間に広く認知されました。

 

▼『夢伝説』ライブ映像

 

代表曲は1993年にリリースされシングル売上約15万枚の『木蘭の涙』。2005年にはニッカウヰスキーのCMにアコースティックバージョンの『木蘭の涙』が起用されました。

 

▼スターダスト・レビュー(スタレビ)の代表曲「木蘭の涙」

 

ただ、スターダスト・レビューは知名度は高いとは言えません。ファン歴24年のしあ氏は以下のように語ります。

「私はスタレビの大ファンなのですが、初めて会う人と好きなアーティストの話になった時には必ず『知らないかもしれませんが~』という枕詞を使ってしまいます。これは『スタレビファンあるある』で、私だけではなく多くのファンに通ずるスタレビの知名度の低さゆえの悲しい性なんです。」

ライブ鑑賞歴数百本のしあ氏はスタレビを「日本一のライブ・バンド」であると思っているそうです。

その理由は「今まで行ったアーティストのライブはどれも全てよかったです。本当に感動したもの、楽しかったものが多く、どのライブが一番よかったと比べられるものではありません。

でも、スタレビと比べるとどのライブもスタレビを超えないんですよね。スタレビの他にも大好きなアーティストはたくさんいるけれど、私にとってスタレビは殿堂入りしていて絶対王者なんです。私は今までスタレビにがっかりしたことがないんです。盲目的なファンではありませんが、スタレビの悪いところが見つからないというのでしょうか。」

スタレビは、デビュー35周年を迎えた現在も年間70本を超える全国ツアーを展開しています。ライブ・パフォーマンスに定評があるバンドなのです。

 

スタレビのライブはなぜ日本一なの?

 

スターダスト・レビューはどんなにキャリアを積み重ねても決しておごらず常に低姿勢で、1曲1曲終わるごとのお辞儀は深く、ファンへ感謝の言葉を投げかけます。

「『高い音楽性と低い腰』これこそがスタレビの生命線であり、それがここまでライブバンドとしてのキャリアを積み重ねることができた要因だと思うのです。」としあ氏は語ります。

 

スタレビがライブに力を入れてきたのは、CDの売り上げやTV出演を主な活動場所にしなかった・・・できなかったから。でも、そのことで全国各地で確実にファンを増やし、そのライブパフォーマンスは年々高くなり、今では「日本屈指のライブバンド」と呼ばれています。

 

スタレビのライブは誰もが楽しめるエンターテイメント性も魅力です。

スタレビのボーカル・根元要さんは「知らない曲はみんな新曲です」と言います。曲を知らなくても大丈夫、それでも十二分に楽しめるのがスタレビライブなのです。

スタレビのライブは通常のツアーだと3時間半~4時間近くなりますが、そんな長時間を感じさせない全然飽きさせないライブです。

 

▼ライブの魅力の詳しい解説はこちら!

 

ボーカル根本要のMCが面白い!?

 

スターダスト・レビューを語るとき「根本要さんのトーク」は絶対に欠かせません。要さんのおもしろいトークは誰もが認めるところです。

 

気配りがあり、決して人を傷つけないトークで笑いを起こして、みんなを笑顔にします。

要さんは、スタレビのことを自虐的に語ることがありますが、ファンは目の前で自虐ネタを言われても全然嫌な気持ちになりません。要さんは自虐を言いながらも、スタレビのファンに対して最大の感謝があるのです。

以下は数年前のライブでの、根本要さんのMC

「今さ、ここでコンサートやってるじゃん? 今、街中に出たらスタレビのファンは一人もいないよ。 だってみんなここに来てるんだもん。ここの人たちがすべてだもん。 みんなおかしいよ、だってスターダスト・レビューに出会うって、プールに落ちたコンタクトレンズを拾うようなものじゃん? なかなか見つけようと思っても見つけられないよ?」

これにはみんな大爆笑。

「みんなおかしいよ、お前らおかしい」

は、要さんがよく言う言葉。

みんなおかしいと言われながらもファンは喜んでいます。

 

▼根本要氏のMCの魅力について詳しくはこちら!

 

ファンへの愛の深さがすごい!

 

スタレビはファンへの愛が深いです。それはCDやチケット代などにも表れています。

とにかくスタレビはファンの金額的負担を少なくしたいそう。アーティストやミュージシャンはそんなに儲けなくていい、できるだけ価格を安く、というのがスタレビのモットー。

スタレビほどキャリアを積むと、チケット代も8,000円~9,000円台になるかと思いますが、ツアーのチケット代はいまだに6,000円台。

さらに25歳以下と65歳以上、障がい者と介助者1名は1,000円キャッシュバックしています。

 

▼スタレビのファンへの愛の深さについてさらに知りたい方はこちら!

 

スタレビおすすめの名曲

 

スターダスト・レビューの代表曲と言えば「木蘭の涙(もくれんの涙)」を思い浮かべる方が多いと思います。しかし、スタレビにはこの「木蘭の涙」以外にも隠れた名曲、おすすめの曲があります。

 

▼ファン歴24年が厳選!おすすめの曲8選

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曲名 収録アルバム
トワイライト・アヴェニュー TO YOU -夢伝説-
Best Wishes
と・つ・ぜ・んFall In Love THANK YOU
Syncopation Love Goodtimes&Badtimes
HELP ME
KEEP ON ROLLIN’
約束 B.O.N.D.
春キャベツ 太陽のめぐみ
道 ~The Song For Us~ SHOUT

 

『トワイライト・アヴェニュー』は1983年にリリースされたスタレビ初期のヒット曲。スタレビファンのしあ氏はこの曲の魅力について以下のように語ります。

「女性目線で「友達から恋人へと発展できない恋のせつなさ、悲しみ」が歌われているのですが、要さんの優しいボーカルがとてもよく合っていて切なくなります。」

「この曲はアカペラバージョン(楽器無しで歌のみ)で歌われることも多く、それもとっても素晴らしいのですが、バンドバージョンのほうが曲の良さをより実感できると思います。」

▼トワイライト・アベニューのバンドバージョン

 

また『と・つ・ぜ・んFALL IN LOVE』は、スタレビのライブでは外せない、欠かせない大人気曲。

「1、2 He we go Jump!!!!! 」

のボーカルの根本要さんの掛け声とともに、みんなでジャンプするのが最高に楽しい曲。

 

 

▼おすすめの名曲8選、全ての曲の詳しい魅力の紹介はこちら!

 

以上、スターダスト・レビュー(スタレビ)の紹介でした。『スターダスト・レビュー入門』では、スターダスト・レビューのことをさらに深く知ることができます。

▼『スターダスト・レビュー入門』(全14ページ)

 

スターダスト・レビュー入門の目次著者

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。お問い合わせはこちらから

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山下達郎のライブで感動した言葉

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山下達郎さんは『クリスマス・イブ』で有名なミュージシャン。達郎さんはテレビに出演しないため、動く姿を観れるのはライブだけ。チケットは入手困難であり「音の職人」と称される達郎さんのライブは「極上の音楽空間」。

『山下達郎』入門 ~極上の音楽空間~(全14ページ)はこちらから!

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40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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私は何度も山下達郎さんのライブに行っています。このページではライブで聞いた達郎さんの言葉で感動したものをいくつかご紹介します。

ライブでの発言を知ることで人間性がわかり、より達郎さんの魅力を知ることができるかと思います。そして、ライブにも参加してみたくなると思います。

 

※ちなみに参加したライブは全て「大分iichiko総合文化センターグランシアタ」で行われたものです。

大分iichiko総合文化センターグランシアタ

大分iichiko総合文化センターグランシアタは、通称「大分グランシアタ」と呼ばれます。大分県立総合文化センターの大ホールです。

▼大分県立総合文化センター


By 大分帰省中投稿者自身による作品, CC 表示 3.0, Link

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ギタリスト佐橋佳幸とは

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山下達郎さんは『クリスマス・イブ』で有名なミュージシャン。達郎さんはテレビに出演しないため、動く姿を観れるのはライブだけ。チケットは入手困難であり「音の職人」と称される達郎さんのライブは「極上の音楽空間」。

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40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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前ページでは山下達郎さんのバンドメンバーについてご紹介しました。

このページではギタリスト佐橋佳幸さんについてより詳しくご紹介いたします。

達郎さんのライブは佐橋佳幸さんのギターを間近を聴ける機会でもあります。私は佐橋さんを大大大好きで、歌を歌わないギタリストの中で日本一のギタリストだと思っています。

ぜひ、佐橋さんの魅力を知りより山下達郎さんのライブを楽しんでいただきたいです。

また佐橋さんとスターダスト・レビューの要さんが組んだユニット「本日のおすすめ」を知れば佐橋さんのことをより深く知ることができるでしょう。

▼スターダスト・レビューについては別Webonで詳しく解説!

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山下達郎のライブ参加ミュージシャンの魅力

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山下達郎さんは『クリスマス・イブ』で有名なミュージシャン。達郎さんはテレビに出演しないため、動く姿を観れるのはライブだけ。チケットは入手困難であり「音の職人」と称される達郎さんのライブは「極上の音楽空間」。

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40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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山下達郎さんのライブの魅力、達郎さんの歌はもちろんのこと、豪華なメンバーによる演奏も楽しみの一つです。

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達郎さんのライブは1曲の間奏なども長く、ミュージシャンのプレイがたっぷり楽しめるのもとっても嬉しいところです。

私は達郎さんのライブを「極上の音楽空間」と思っています。

おそらくミュージシャンのプレイを聴けば「極上の音楽空間」の意味が分かると思います。ライブは「今この場所で達郎さんの歌やメンバーの出す音に酔いしれている」といった感じを体験する事ができます。

山下達郎さんを支えるミュージシャンの魅力を知ることで、さらにライブを楽しめることでしょう。

 

現在の山下達郎バンド

難波弘之(ピアノ)

名前 難波 弘之(なんば ひろゆき)
生年月日 1953年9月9日
出身地 東京都豊島区巣鴨
備考 音楽家・SF作家。東京都音楽大学の教授を務めている。多くのアニメ・ドラマの音楽を担当する。山下達郎のコンサートツアーにも参加している。

▼難波弘之 SF短編集『飛行船の上のシンセサイザー弾き』(画像クリックで商品詳細へ)

 

難波弘之さんは1979年から達郎さんのライブ、レコーディングに参加する名キーボーディスト。

達郎さん以外にもさまざまなアーティストのサポートをしており、音楽ファンで彼の名を知らない人はいないのではないかと思われる程の存在。

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山下達郎のライブの基本情報と魅力 ~極上の音楽空間~

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山下達郎さんは『クリスマス・イブ』で有名なミュージシャン。達郎さんはテレビに出演しないため、動く姿を観れるのはライブだけ。チケットは入手困難であり「音の職人」と称される達郎さんのライブは「極上の音楽空間」。

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40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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山下達郎さんがCDなどの音楽制作と共に力を入れているのがライブです。

2008年からはそれまで中断していたライブツアーを再開し精力的に活動しています。

もし少しでも興味があるなら…山下達郎のライブは絶対に参加した方がいい!!

達郎さんのライブは、極上の音楽空間なのです。

 

この章では4ページにわたって達郎さんのライブの魅力を感じていただければと思います。このページでは山下達郎のライブの基本情報とともに「極上の音楽空間」であるライブの魅力を紹介いたします。

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山下達郎おすすめの名曲⑤ 【カバー編】

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山下達郎さんは『クリスマス・イブ』で有名なミュージシャン。達郎さんはテレビに出演しないため、動く姿を観れるのはライブだけ。チケットは入手困難であり「音の職人」と称される達郎さんのライブは「極上の音楽空間」。

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著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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この章では達郎さんの楽曲を

定番】【隠れた名曲】【鈴木雅之への提供曲】【ジャニーズへの提供曲】【カバー

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とジャンルに分けて5ページにわたって紹介します。

 

達郎さんのカバーされた楽曲もとても素晴らしいです。

私は自分の好きなアーティストの曲を他のアーティストがカバーする時に、そこにリスペクトがあるかどうかとても気になります。

達郎さんをカバーしたアーティストの中でも、このページで紹介する2曲は達郎さんに対するリスペクトが感じられるし、とても素晴らしいものなのでご紹介したいと思います。

 

槇原敬之『LOVE SPACE』

名前 槇原 敬之(まきはら のりゆき)
生年月日 1965年(昭和40年)5月18日
出身地 大阪府高槻市
デビュー 1990年にシングル『NG』とアルバム『君が笑うとき君の胸が痛まないように』でデビュー。
2006年に男性ソロ歌手としてアルバム総売上枚数歴代1位の記録を塗り替える。自身最大のヒット曲は『どんなときも』。

▼『どんなときも』

▼山下達郎バージョン

曲名 LOVE SPACE
リリース年月 1977年6月25日(アルバム『SPACY』)
時間 4分42秒

 

『LOVE SPACE』はドラマーの村上ポンタ秀一氏の活動30周年記念アルバム『My Preasure』に収録されています。

 

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