TOKIOの90年代のおすすめの名曲7選

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ジャニーズファン歴25年で『なぜ90年代J-POPはあんなにアツかったのか?』の著者であるシン氏が90年代ジャニーズという存在を紐解く!「少年隊」「光GENJI」が築いたジャニーズの礎とは?「SMAP」「V6」「TOKIO」「KinKi Kids」の軌跡とおすすめ楽曲をジャニーズと共に青春を過ごしてきた筆者視点で語る!

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著者:シン アキコ

30代前半女性。ジャニーズファン歴25年。70年代、80年代、90年代の邦楽を愛している。著書『なぜ90年代J-POPはあんなにアツかったのか?: J-POP愛して25年の著者がヒット曲を徹底分析 (Webonブックス) 』

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前ページでは90年代における「TOKIO」について解説をいたしましたが、このページでは90年代の「TOKIO」のおすすめの名曲を紹介します。

 

TOKIOの90年代のおすすめの名曲7選

「LOVE YOU ONLY」作詞:工藤哲雄 作曲:都志見隆

 

「LOVE YOU ONLY」は1994年9月リリースのTOKIOのデビュー曲。アニメ「ツヨシしっかりしなさい」のオープニングで、オリコン週間3位。

 

徐々に疾走感を増すようなイントロが印象的。

キーボードの音づくりもこだわっている。

制作は、初期のTOKIOを支えた工藤哲雄と、80年代から活躍している名作曲家・都志見隆によるもの。

都志見はジャニーズアイドルへの楽曲提供は少ないが、光GENJI、TOKIOへは複数の楽曲を提供しており、いずれも人気曲となっている。

 

アニソンへの歌詞提供が多い工藤らしい、分かりやすくキャッチーな歌詞に、山口・城島・長瀬の甘い声が非常にマッチしている。

「ジャニーズのデビュー曲」に相応しく、ピュアでまっすぐな魅力をもつ楽曲。

歌詞がファンへの愛ともとることができる内容であり、TOKIOの歴史を語る上では欠かせない存在の楽曲だ。

コードはさほどメジャーではないが、これほどストレートでハッピーなラブソングは他にはない。

アイドルのデビュー曲の最高傑作だと思う。

 

「うわさのキッス」作詞:工藤哲雄 作曲:都志見隆

 

「うわさのキッス」は1995年4月にリリースされたTOKIOの3枚目のシングル。アニメ「キテレツ大百科」のエンディングであり、オリコン週間2位。

同じく工藤氏、都志見氏による作品。

長瀬・山口のツインボーカルに加え、サビでは松岡による「イエイイエイ」という掛け合いが入る。

ここでカメラに抜かれる松岡の逆立てた髪にバンダナ、丸いサングラスなどが印象的で、その奇抜な格好が当時話題になった。

城島・国分によるコーラスワークも良く、TOKIOというグループの形が出来上がってきた時期の楽曲ともいえる。

どこか昭和歌謡の懐かしさを感じさせる、聴けば必ずクセになる曲。

 

「フラれて元気」作詞:和気優 作曲:神郡健

 

「フラれて元気」は1997年2月にリリースされたTOKIOの11枚目のシングル。オリコン週間5位で、1997年の年間86位。

松岡主演ドラマ「サイコメトラーEIJI」の主題歌として、ドラマとともにヒットした。

楽曲が流れるエンディングバックでは、サスペンスの要素を含むドラマの雰囲気とは異なり、メインキャスト三名(松岡、V6井ノ原、元ジャニーズジュニア小原)が踊るシーンもあった。

シングルをリリースした97年には、長瀬がメインボーカルをつとめ、メンバーに一部ソロパートがある形が定着していた。

同曲は、シングルとしては初めて松岡のソロ歌唱がある。

男くささ、情けなさ、若さと勢いのある歌詞がTOKIOによく似合う。

 

「Love & Peace」作詞:岡部真理子 作曲:樋口了一

 

「Love & Peace」は1998年5月にリリースされたTOKIOの14枚目のシングルで、オリコン週間9位。

こちらも松岡主演ドラマ「LOVE&PEACE」の主題歌。

同ドラマには当時ジャニーズジュニアだった生田斗真も出演している。コメディ要素を含んだドラマにマッチした、ポップな楽曲。

歌詞にはロックンロールのテイストを少々感じさせる。

アレンジャーとして、ミュージシャンであり名プロデューサーの佐久間正英も名を連ねていることにも注目したい。

豊富な音づかいと、色気の出てきた長瀬の歌唱、メンバーとのユニゾンなど、バンドらしい形が出来上がってきたころの楽曲と言える。

ジャケット写真でスーツを着用しているのも印象的だった。

メンバーそれぞれのメディア露出も増え、この頃にはリリースする曲が次々とヒットを記録した。

 

「君を想うとき」作詞:渡辺なつみ 作曲:渡辺未来

 

女性による作詞・作曲らしい、ロマンチックで優しい歌詞が良い。

これまでシングルではポップな楽曲を中心にリリースしてきたTOKIOとしては初のラブバラードである。

そのぶん、両A面「Oh!Heaven」(こちらも松岡主演ドラマ「天国に一番近い男」主題歌)では、ジャジーなテイストで新境地を開拓しながらも存分にハジけている。

ラブバラードとしては、長瀬自身は97年にソロプロジェクト「Tomoya with 3T」として「Eternal Flame」をリリースしている。

長瀬は時期によって歌唱方法を変えており、2019年現在ではバラードにさえ力強さを感じさせる歌唱方法で歌う。

この「君を想うとき」あるいは「Eternal Flame」には、繊細で甘くささやくような歌唱が残っており、当時の長瀬が持っていた程よい色気と透明感を感じさせる声がたまらない。

 

「何度も夢の中でくり返すラブ・ソング」作詞・作曲・編曲:忌野清志郎

 

「何度も夢の中でくり返すラブ・ソング」は1999年6月にリリースされたTOKIOの16枚目のシングルで、オリコン週間7位。

冠番組「ザ!鉄腕!DASH!!」の企画をきっかけに誕生した、あの忌野清志郎とタッグを組んだ名作。

当時まだ中学生だった筆者にとって、忌野清志郎の奇抜な存在感と不思議な説得力は圧倒的なものだった。

「この人からこんなにも優しい歌詞と曲が生まれるのか」と、筆者を忌野ワールドへと導いてくれた個人的な思い入れの強い楽曲である。

 

まるで君はラブ・ソング
たったひとつの愛のメロディー
傷ついたちっぽけな僕に いつでも勇気をくれるよ

引用:TOKIO「何度も夢の中でくり返すラブ・ソング 」作詞:忌野清志郎

 

街のざわめきや溢れるほどの情報に、人々が踊らされたり、君が迷いそうなことがあっても大丈夫、僕がいるよという内容の歌詞なのだが、とにかく世界観が優しい。そして、まっすぐで純粋だ。

 

「愛の嵐」作詞・作曲:布袋寅泰

 

「愛の嵐」は1999年11月にリリースされたTOKIOの18枚目のシングルで、オリコン週間10位。

布袋寅泰による、これまでのTOKIOになかった正統派ロック。

松岡主演ドラマ「サイコメトラーEIJI2」の主題歌として起用された。

こちらも個人的な想い出で申し訳ないのだが、筆者が初めてTOKIOを観たライブの1曲目が「愛の嵐」であり、その衝撃を未だ忘れることができない。

ジャニーズのステージらしく、特効と同時に登場した長瀬を見て、その抜群のスタイルと整った顔立ちにとにかく驚いた。

※特効=「特殊効果」の略。炎や花火、レーザーやスモークなどステージ演出のための効果。特効はジャニーズのステージでは必ずと言っていいほど取り入れられています。この「愛の嵐」のときは爆発音と白煙を使っており、それは「音玉」などと呼ばれるようです。

 

当時、友人とバンドを組みベースを担当していた筆者は山口の演奏を見つめていたし、ドラマーだった友人は松岡のプレイに見入っていた。

国分は笑顔とサービス精神をいつも忘れず、寡黙にギターをかき鳴らす城島はやけにカッコよく見えたものだ。

ライブ自体も、デビューから5年ほどとは思えない完成度だった。

バラエティ、音楽いずれにも長けたTOKIOならではのパフォーマンスであったといえる。

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TOKIOの軌跡

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この章では90年代活躍したジャニーズグループ「SMAP」「TOKIO」「V6」「KinKi Kids」の軌跡と楽曲を紹介します。

このページからは「TOKIO」の軌跡と楽曲を紹介していきます。

 

「TOKIO」90年代簡易年表

年月 出来事
1994年9月 「LOVE YOU ONLY」でCDデビュー
1994年12月 「第45回NHK紅白歌合戦」出場
1995年4月 3枚目シングル「うわさのキッス」リリース。アニメ「キテレツ大百科」のED。オリコン2位。
1995年11月 冠番組「鉄腕!DASH!!」スタート
1997年2月 11枚目シングル「フラれて元気」が松岡昌宏主演ドラマ「サイコメトラーEIJI」の主題歌に。オリコン5位。
1997年5月 12枚目シングル「Julia」が国分太一主演ドラマ「せいぎのみかた」のオープニングに。オリコン10位。
1998年5月 14枚目シングル「Love & Peace」が松岡昌宏主演ドラマ「LOVE&PEACE」の主題歌に。オリコン9位。
1999年11月 18作目シングル「愛の嵐」が松岡昌宏主演ドラマ「サイコメトラーEIJI2」の主題歌に。オリコン10位。
2001年5月 22枚目シングル「メッセージ」でオリコン初の1位獲得。

 

TOKIOの軌跡

デビュー

 

「ダテに待たせたワケじゃない」という、期待いっぱいのキャッチフレーズを背負い、1994年「LOVE YOU ONLY」でデビューしたTOKIO。

男闘呼組以来、ジャニーズでは2組目のバンドスタイルをとるアイドルとして注目を浴びました。

91年にジャニーズ事務所に入所した長瀬智也を除く4人は、少年隊のバックダンサーや光GENJIのバックバンドの経験を豊富に積んでおり、今で言うジャニーズジュニアにおいてはベテラン的存在でした。

デビュー曲の「LOVE YOU ONLY」は2019年現在においてもTOKIO最大の52万枚の売上を誇っています。

いきなりアニメの主題歌に起用されたかと思うと、デビューからわずか2ヶ月で日本武道館公演を、年末には紅白歌合戦初出場を果たしました。

 

冠番組「鉄腕!DASH!!」

 

翌1995年には、冠番組「鉄腕!DASH!!」(のちに改名。現在の「ザ!鉄腕!DASH!!」)がスタート。

深夜枠の30分番組から始まり、じわじわと視聴率が上昇、1998年には日曜のゴールデン枠へと進出しました。

定番企画だった電車とのリレー対決や「〇〇でどこまで行けるか」シリーズといったチャレンジ企画に、NGなしの体当たりで挑むTOKIOは「日本一身体を張るアイドル」として男女問わず人気を獲得していきます。

番組を通し、5人はそれぞれの個性を視聴者に強く印象づけました。

まだ20代ながら、おじさんキャラを世間に定着させたリーダーこと城島茂。

肉体派でスポーツ万能・兄貴肌の山口達也。

バラエティやドラマはもちろん、ダンスに歌にと器用タイプの国分太一は、ジャニー喜多川社長からも「逸材」と評された存在です。

料理上手でなんでも器用、ジャニーズらしくないのにジャニーズへの憧れや愛は人一倍強い松岡昌弘。

抜群のスタイルと美しい容姿からは想像もつかない天然ボケっぷりを世間に知られることとなった長瀬智也。

彼らの魅力は、バラエティで見せる「素の姿」と、ひとたび楽器を持てばガラリと表情が変わるパフォーマンスとのギャップです。

にぎやかな5人で構成されたバンドは、ジャニーズにJ-POP界にと新たな風を吹き込んでいきます。

 

メンバー主演のドラマ主題歌が軒並みヒット

 

TOKIOの楽曲は、メンバー主演のドラマ主題歌に起用される機会に多く恵まれました。

松岡・長瀬のふたりはとくに、これまでのジャニーズとはひと味違う、長身でワイルドな「いかにもヒーロー」という役柄を演じられる存在。

一方でコミカルな演技にも定評があり、90年代から2000年代初頭にかけてはまさにひっぱりだこの状態でした。

いまでも彼らに演技の仕事は絶えませんね。

コメディからシリアスまで様々なドラマの主演に抜擢され、そのほとんどの主題歌をTOKIOが担当。

▼TOKIOの主演ドラマの主題歌例

年月 ドラマ
1997年2月 「フラれて元気」 松岡昌宏主演ドラマ「サイコメトラーEIJI」主題歌
1997年5月 「Julia」 国分太一主演ドラマ「せいぎのみかた」オープニング
1998年5月 「Love & Peace」 松岡昌宏主演ドラマ「LOVE&PEACE」主題歌
1999年11月 「愛の嵐」 松岡昌宏主演ドラマ「サイコメトラーEIJI2」主題歌
2001年10月 「DR」 長瀬智也主演ドラマ「ハンドク!!!」主題歌

 

彼らの楽曲はあらゆる世代の視聴者にとって耳なじみのあるものになりました。

それゆえ一般層にも知られている曲が多いのですが、意外にもオリコンチャートで初登場1位を獲得したのは2001年の「メッセージ」が初めてのことでした。

 

TOKIOの音楽と魅力

 

デビュー曲「LOVE YOU ONLY」以降はスマッシュヒットが続きましたが、TOKIOにとっての大ヒット曲・代表曲は何かと問われれば正直、難しいところもあります。

チャート順位だけを見れば、他のグループほど目を見張るような記録には恵まれていないという見方もあるでしょう。

しかし、確実に記憶には残っている。

当時、毎週楽しみにしていたドラマやバラエティとともに、多くの人のなかでTOKIOの楽曲は生きている。

現在も活躍するジャニーズのグループにおいてTOKIOは、楽曲にしろ個人にしろ、ジャニーズファン以外にもっとも受け入れられ、愛されている存在といえるかもしれません。

 

楽曲の特徴

 

TOKIOの楽曲は、これまでのジャニーズ制作陣とは異なる作家が目立ちます。

数々のアニメソングの作詞を手掛けた工藤哲雄氏をはじめ、クレジットには他のジャニーズアイドルとはひと味違う名前がずらりと並びます。

▼TOKIOに楽曲提供アーティストの例

リリース年 アーティスト 曲名
1994年 工藤哲雄 「LOVE YOU ONLY」
2006年 中島みゆき 「宙船」
2007年 甲斐よしひろ 「ひかりのまち」
2007年 長渕剛 「青春 SEISYuN」
2008年 椎名林檎/東京事変 「雨傘」
2010年 TUBE(前田亘輝・春畑道哉) 「-遥か-」

 

それゆえ、TOKIOの楽曲はジャニーズらしいというよりも「TOKIOらしい」。そう言えるのではないでしょうか。

各々の楽器が見せ場を持てるようなアレンジ、とにかく前へ前へというポジティブな歌詞、誰もが口ずさみやすいキャッチーなメロディ。

ボーカル・長瀬が年齢を重ね、大人の魅力を放つようになると、バンドのサウンドも本格的なものになっていきます。

全員がソングライターであるTOKIO。

現在はシングル・アルバム問わず、楽曲制作やMVの企画・制作に至るまで自分たちで行っています。

本格的なバンドとしてオリジナルの世界を確立しつつあるTOKIOには、やはり新曲のリリースを期待してしまいます。

欠けてしまったメンバーの「音」を、他のミュージシャンに任せるのは簡単なことでしょう。

でもそれはTOKIOの音ではない。

それほどメンバーというのは「代わりがいない」存在。

楽曲リリースがないことは寂しいけれど、5人でなければTOKIOではないとも思う。

とても複雑な心境で待つ日々です。

 

“ジャニーズのバンド”としてのTOKIO

 

まだデビュー初期のころのこと。当時のジャニーズとしては異端ともいえる、サングラス&バンダナといった格好で寡黙にビートを刻む松岡は、カメラが回ってくるタイミングでスティックを回してみせることがよくありました。

城島、山口、国分も、カメラ目線と笑顔は欠かしません。

コンサートでは、フライングしながら楽器を演奏することもありました。

一部は当てぶりもあったでしょうが、あくまで当時の彼らは「ジャニーズのバンド」。

エンターテインメントであることはもちろん、アイドルでありなおかつバンドであることの両立を模索していたのでしょう。

特に彼ら4人は、ジャニーズのエンターテインメントを誰よりも間近で見てきた存在なのですから。

 

長瀬はというと、デビュー当時のトレードマークは短パン。

デビュー曲はまだまだ歌唱も頼りなく、ツインボーカルとして多くのパートを山口が歌唱しています。

けれど、長瀬をTOKIOのボーカルに決めたことこそ、ジャニー喜多川社長の功績であると思います。

私はかつて、まだジャニーズジュニアであった長瀬が、あるグループのバックダンサーを務めている映像を見たことがあります。

ダンススキルに秀でているわけではない、むしろ苦手なほうなのではないかと思うほど振り付けも危うい長瀬でしたが、なぜだかとにかく目をひくのです。

ジュニアらしからぬ長身、おどろくほど整った顔立ち、そして全力で「演じる」ようなダンス。

彼は画面のどこで踊っていても、たとえ上手くはなかろうとも、同世代のなかでは目立ちすぎてしまう。

目を奪われるというのはこういうことかと、彼の存在感やオーラに圧倒された記憶があります。

 

すでに形が出来つつあった先輩グループのボーカルというのは、まだ15歳の少年にとって恐れ多いポジションだったことでしょう。

しかし長瀬にとってはこれ以上ない適所であったと思います。

ステージを経験するたびに着実に度胸をつけていく長瀬は「ボーカル」としてどんどん成長し、ポジションを確立するようになります。

デビューからたった数年で、TOKIOのセンター、TOKIOのボーカルは長瀬しかいない、そんな存在になりました。

いまTOKIOは、空を飛ぶこともなければ派手な衣装に身をつつむこともほとんどない。

けれど目を引く「魅せ方」がある。

ジャニーズ×バンドの答えは、TOKIOそのものだと言えるでしょう。

 

次のページではTOKIOの90年代のおすすめの名曲をご紹介します。

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