90年代ジャニーズ入門 ~ファン歴25年が語る~


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はじめに

90年代ジャニーズの魅力をジャニーズファン歴25年で「なぜ90年代J-POPはあんなにアツかったのか?」の著者のシン氏が紐解いていきます。

90年代ジャニーズの魅力を伝えたい理由

第1章 歴史

90年代の音楽界やアイドル市場でジャニーズの人気を不動のものとした背景には80年代にデビューした「少年隊」「光GENJI」「男闘呼組」の存在と功績がありました。彼らを語らずして90年代のジャニーズを語ることはできません。

ジャニーズブームの歴史

第2章 ジャニーズブームを作った礎

この章ではジャニーズ人気の礎を築いた「少年隊」「光GENJI」について解説するとともに、それぞれのグループの初心者におすすめの名曲をご紹介します。

少年隊の功績
初心者におすすめ少年隊の名曲9選
光GENJIの功績
初心者におすすめ光GENJIの名曲12選
初心者におすすめ男闘呼組の名曲4選

第3章 90年代ジャニーズの軌跡と名曲

この章では90年代活躍したジャニーズグループ「SMAP」「TOKIO」「V6」「KinKi Kids」の軌跡とおすすめ楽曲をご紹介します。

SMAPの軌跡
SMAPの90年代のおすすめの名曲5選
TOKIOの軌跡
TOKIOの90年代のおすすめの名曲7選
V6の軌跡
V6の90年代のおすすめの名曲10選
KinKi Kidsの軌跡
KinKi Kidsの90年代のおすすめの名曲5選 ~『A album』編~

著者 シン アキコ

30代前半女性。ジャニーズファン歴25年。70年代、80年代、90年代の邦楽を愛しています。著書『なぜ90年代J-POPはあんなにアツかったのか?: J-POP愛して25年の著者がヒット曲を徹底分析 (Webonブックス) 』

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KinKi Kidsの90年代のおすすめの名曲5選 ~『A album』編~

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ジャニーズファン歴25年で『なぜ90年代J-POPはあんなにアツかったのか?』の著者であるシン氏が90年代ジャニーズという存在を紐解く!「少年隊」「光GENJI」が築いたジャニーズの礎とは?「SMAP」「V6」「TOKIO」「KinKi Kids」の軌跡とおすすめ楽曲をジャニーズと共に青春を過ごしてきた筆者視点で語る!

『90年代ジャニーズ入門~ファン歴25年が語る~』(全15ページ)はこちらから!

著者:シン アキコ

30代前半女性。ジャニーズファン歴25年。70年代、80年代、90年代の邦楽を愛している。著書『なぜ90年代J-POPはあんなにアツかったのか?: J-POP愛して25年の著者がヒット曲を徹底分析 (Webonブックス) 』

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前ページでは90年代における「KinKi Kids」について解説をいたしました。このページでは90年代の「KinKi Kids」のおすすめの名曲を『A album』の中から厳選して紹介します。

 

名盤『A album』

 

『A album』は1997年7月にリリースされたKinKi Kidsのデビューアルバム。

先述のとおり、デビュー前のKinKi Kidsが歌ってきたオリジナル曲と本作のために書き下ろされた楽曲で構成される。

作家陣もジャニーズではおなじみのそうそうたるメンバー。

これらの楽曲がリリースされずにいたとは実に信じがたいことだ。

いずれも、シングル表題曲をとってもおかしくない名曲ばかりである。

そこへ、まったくの新曲である「硝子の少年」でデビューというのだから、当時の彼らへの期待値の高さや、ジャニー喜多川氏のプロデュース力の高さがうかがえる。

オリジナル曲もアルバム収録にあたりリテイクされており、まさにデビュー当時、18歳のふたりの歌声を味わうことができる。

驚くべきは、10代とは思えぬ色気のある声。

デュオの宿命だが、KinKi Kidsの楽曲にはソロパートも多い。

しかし、KinKiの歌唱で特筆すべきはユニゾンの美しさだ。

「KinKi Kids」というひとつの声を、彼らはデビューの時点ですでに手に入れていた。

出来るなら全曲レビューしたいほどの名盤なのだが、数曲ピックアップしてご紹介していく。

 

KinKi Kidsの90年代のおすすめの名曲5選(A album編)

「せつない恋に気づいて」作詞:MIZUE & HIDE 作曲:寺田一郎

 

「せつない恋に気づいて」はドラマのワンシーンを切り取ったような美しい歌詞がピアノの旋律に映えるスローバラード。イントロからギュッと心をつかまれる。

楽曲のキーワードは「雨」。

別れた人を今でも想う、忘れられない想いが歌詞に溢れている。

もとはアップテンポの曲で「ローコン(ローソンの懸賞による無料のコンサート)」のCMにも起用された。

さらにストリングスやブラスを加えたアレンジverが2014年にリリースされた14枚目のオリジナルアルバム『M album』に収録。コンサートでも久しぶりに披露しファンを喜ばせた。

 

「kissからはじまるミステリー」作詞:松本隆 作曲:山下達郎

 

「kissからはじまるミステリー」は堂本剛の人気を確固たるものにし、20年以上が経った今も支持され続ける大ヒットドラマ「金田一少年の事件簿」の主題歌。

作詞・作曲はデビュー曲「硝子の少年」と同じ松本隆、山下達郎の名コンビがつとめた。

ベースサウンドが印象的なスタイリッシュなイントロがコンサート会場に響き渡ると、ファンから大声援が沸き起こる。

デビュー20周年ツアーのオープニングも飾った、不動の人気を誇る名曲だ。

少々のマイナーチェンジはありつつも「君がほしい」のフレーズで指をさす振り付けも当時のまま歌われ、ファンは熱狂した。

いつも、いつまでも「KinKi Kidsらしさ」の原点はこの楽曲にあるのかもしれない。

 

「DISTANCE」作詞:山本英美 作曲:MARK DAVIS

 

「DISTANCE」はディスコサウンドや当時流行のユーロビートを思わせる、どこか懐かしさのあるサウンド。

クールな楽曲ながらファンの掛け合いもあり、KinKi Kidsにはめずらしい“アゲ曲”のひとつと言える。

彼らが17歳のころに楽曲は完成しており、光一主演によるフジテレビ系スペシャルドラマ「艶姿!ナニワの光三郎七変化」の主題歌にもなった。

 

当時の、若さあふれるギラギラとしたパフォーマンスは、新たなファンの心をつかむには充分すぎるほどに魅力的で、彼らの人気をまたひとつ押し上げた曲だ。

今でもごくまれにコンサートで披露され、ファンにとっては「待ってました」の名曲。

普段はおとなしめのKinKiファンも、このときばかりは大きく声を上げ、高く手を伸ばす。

KinKi Kidsも、そんなファンとの掛け合いを楽しんだり当時の振り付けを少々見せてくれたりと、今では柔和な表情を浮かべながらパフォーマンスする楽曲だ。

 

「FRIENDS」作詞:森浩美 作曲:羽場仁志

 

「FRIENDS」はKinKi Kidsがダブル主演をつとめたドラマ「若葉のころ」の主題歌。

ストリングスを用いた美しいイントロも、ドラマの雰囲気にぴったりの曲。

アレンジャーには、ジャニーズとなじみの深い船山基紀も名を連ねている。

「若葉のころ」のエンディングバックに映る、バスケットボールや談笑をする素顔のKinKi Kidsの姿が印象的だった。

ドラマの内容がシリアスであっただけに「FRIENDS」の優しい歌唱と、彼らがこぼす笑顔、白いTシャツが似合うはじける若さに誰もが心ときめいたものだ。

彼らの印象が、この17歳ごろで止まっているという人も多い。

それほど10代後半のKinKi Kidsが残した功績や世間に与えた衝撃が大きかったということだろう。

 

「たよりにしてまっせ」作詞:吉田みなを・村雨まさを 作曲:服部良一

 

最後はあえてこの楽曲でしめたいと思う。

「たよりにしてまっせ」は、もとは1956年に笠置シヅ子によって歌われた曲を、ヒップホップ調にアレンジしたものである。

彼らがデュオとしてパフォーマンスするようになった当初から歌われてきた、まさに「KinKi Kids」のはじまりの曲といえる。

 

当初は歌もダンスもたどたどしく、緊張で目も泳ぎ、どこか自信なさげな硬い表情で歌い踊っていた。

それもそのはず、まだ中学生だったのだから。

まだ幼い彼らは、本格的にアイドルとして活動するべく東京へとやってきた。

押しも押されぬ人気でどんどんと前へ出てきたが、元は引っ込み思案な少年たちだ。

そんな彼らが経験を積み、自信を得るにつれ「たよりにしてまっせ」のパフォーマンスにも変化が出てくる。

ファンを楽しませる余裕、自分をアピールするテクニックを身に着けた彼らは、とてもデビュー前とは思えない存在感を放っていた。

2008年に行われた「キンキキッズ緊急全国ツアー KinKi youコンサート。」では、同曲を当時の振り付けのままに全力で歌うというファンサービスを見せてくれた。

「たよりにしてまっせ」と歩んだ歴史、関西からやってきたふたりの少年の歴史、すべてが今のKinKi Kidsを作っている。

 

以上、シンアキコ氏による「90年代ジャニーズ入門」でした。90年代ジャニーズがどのような存在かをお伝えしてきました。おすすめ楽曲を聴くことでさらに理解が深まると思いますので、実際に聴いてみてはいかがでしょうか。

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V6の90年代のおすすめの名曲10選

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前ページでは90年代における「V6」について解説をいたしました。このページでは90年代の「V6」のおすすめの名曲を紹介します。

 

V6の90年代のおすすめの名曲10選

「愛なんだ」作詞:松井五郎 作曲:玉置浩二

 

「愛なんだ」 は1997年1月にリリースされたV6の5枚目のシングル。オリコン週間1位で、1997年の年間50位。

「愛なんだ」 はV6の転機ともなった楽曲。

当時、玉置氏主演のドラマに井ノ原が出演しており、玉置氏自身から「曲作らせてよ」と話があったという。

歌詞は、ジャニーズの楽曲ではおなじみの松井五郎氏による。

押し付けないポジティブや優しさ…背中を押す、寄り添う歌詞は彼ならではのものと言える。

歌い出しは、坂本によるソロ歌唱。そのため、メンバー全員で坂本をカメラ前に押し出すのが定番である。

デビュー当初は、歌唱中に笑顔をみせることが少なかった森田だが「愛なんだ」の歌唱ではメンバーと楽しそうにふざけたり、笑う姿が見られるようになった。

 

「GENERATION GAP」作詞:藤井フミヤ 作曲:藤井尚之

 

「GENERATION GAP」 は1997年11月にリリースされたV6の8枚目のシングルで、オリコン週間1位。バラエティ番組「学校へ行こう!」のテーマソング。

藤井兄弟によるユニット「F-BLOOD」による作品。「学校へ行こう!」のテーマソングに起用された。

今でいう「ゆとり世代」「さとり世代」(当時、その言葉は存在しなかったが)を指すような、どこか活力のない若者への思いのようでもあり、逆に若者世代から見た「オトナ」への思いのようにもとれる歌詞である。

いずれにせよ「分かり合おう、手を取り合おう」という若者をターゲットにした番組の「学校へ行こう!」にぴったりの名曲だ。

楽曲最後には、V6とジャニーズジュニアで大きなハートマークのフォーメーションをとることもあった。

 

「翼になれ」作詞・作曲:奥居香

 

「翼になれ」 は1998年7月にリリースされたV6の10枚目のシングルで、オリコン週間3位。

プリンセスプリンセス奥居香の作詞、作曲によるポップな楽曲。

イントロや間奏には少々ハードな音も用いられ、彼らの見せ場であるダンスやアクロバットを引き立てる。

当時まさに快進撃をみせていた「V6」というグループを表現したかのような歌詞が印象的。

ぼく達は全員違う夢を見て わりとジタバタしてるんだ
そりゃメチャクチャ恐いけど 戦ってんだ
見た目より案外はりきってるんだ
実は密かに燃えてんだ
胸の奥で育ててた野望のカケラ 翼になれ

引用:V6「翼になれ」作詞:奥居香

この曲のサビでは腰に仕込んだ布を広げるという見せ場があるのだが、なかなかうまく広がらないことがあり、ミュージックステーションでは爆笑NGシーンとして取り上げられることもあった。

 

「Over」作詞:20th Century 作曲:菊池一仁

 

「over」 は1998年11月にリリースされたV6の11枚目のシングルで、オリコン週間1位を獲得した。

カミセン主演ドラマ「PU-PU-PU-」の主題歌として起用。

シングルとして初めて、作詞をトニセンがつとめている。

作曲者である菊池一仁は、TRFやEvery Little Thing、浜崎あゆみなど90年代後半から00年代初頭にかけてヒット曲を多く手掛けており、V6へも複数楽曲を提供している。

「over」は、Aメロ~Bメロと少しずつ力強さが増し、悩みが晴れていくようなサビが印象的。聴く人を、優しく前向きな気持ちにさせてくれるバラードである。

大サビでは、主旋律を歌うトニセンと、カミセンのコーラスが交わる。

誰もが真似できる、手を使ったサビの振り付けもトニセンの案によるもの。

 

「Believe Your Smile」作詞:菊池一仁・六ツ見純代 作曲:菊池一仁

 

「Believe Your Smile」 は1999年3月にリリースされたV6の12枚目のシングル。オリコン週間1位で1999年の年間55位。

当時ジャニーズジュニアであった嵐・二宮和也、元関ジャニ∞・渋谷すばるがダブル主演をつとめたドラマ「あぶない放課後」の主題歌に起用された楽曲。

「これぞジャニーズ!これぞV6!」というとにかくポップな曲で、後輩アイドルにも歌い継がれている。

ダンス、アクロバットの見せ場も多く、ジャニーズファン独特の「PPPH」という合いの手も打ちやすい。

イントロで大歓声があがる、不動の人気曲だ。

 

「太陽のあたる場所」作詞:BANANA ICE 作曲:BANANA ICE・笹本安詞

 

「太陽のあたる場所」 は1999年7月にリリースされたV6の14枚目のシングル。オリコン週間3位で1999年の年間66位。

カミセン主演「新・俺たちの旅Ver.1999」の主題歌。

Aメロは坂本によるラップ、Bメロは井ノ原ソロからユニゾンへ、サビはメンバー全員によるユニゾンという形をとっている。

後半には転調し、カミセンによる若さあふれるラップパートを経て、大サビではラップとサビが交差するドラマチックな構成を展開する。

これまでのV6にも、他のジャニーズアイドルにもなかった新しいタイプの楽曲。

97年頃を期にジャニーズには、時代の変化もあってか、ラップやヒップホップテイストを取り入れた楽曲が増えている。

「太陽のあたる場所」は99年リリースだが「ジャニーズはこういう曲も歌う」という先駆けとなった曲といえる。

 

「逃亡者-FUGITIVE-」作詞:中山加奈子 作曲:星野靖彦

 

「逃亡者-FUGITIVE-」は1996年8月にリリースされた1stアルバム『SINCE 1995 〜 FOREVER』の記念すべき1曲目を飾った曲。

作詞にはプリンセスプリンセスの中山加奈子、作曲・編曲にはテクノミュージシャンでありV6の楽曲ではおなじみの星野靖彦が名を連ねる。

一言でいえば「とにかくカッコイイ」曲だ。

愛する女性をあらゆる苦難から守る男らしさを描いたストーリーだが、女性作詞家ならではの、ほどよくキザな言葉がしっくりとくる。

厚みのあるロックサウンドは、V6の持ち味であるダンスにも映え、起承転結のある分かりやすいサビはジャニーズファンの好きなポイントを突いている。

V6ファン以外にも必ず受ける曲だ。

 

「Can do! Can go!」作詞:山田ひろし 作曲:川上明彦

 

「Can do! Can go!」は1998年2月にリリースされたV6の2ndミニアルバムの『SUPER HEROES』の1曲目の曲。

バラードを思わせる静かなメロディから、一気に最高潮までテンションをあげていくイントロも聴きどころの名曲。

歌詞は、青春時代特有のモヤモヤうだうだするくすぶった心を歌っており、非常に共感できる内容だ。

最終的にはポジティブへと引き上げてくれるところがV6の楽曲ならではといえる。

ジャニーズジュニアの冠番組・主演映画のテーマソングであり、ミュージックステーションをはじめとした音楽番組でもジャニーズジュニアが歌唱する機会が多かったため「V6の曲である」という認識は世間もそうだが、ジャニーズファン内、とくにジャニーズジュニアファン内では認識が低かったと思われる。

アルバム曲ということも影響していたと思うが、当時は「ジャニーズジュニア」という単語がメディアに乗るたびに同曲がBGMに用いられるほどだったので、ジュニアのオリジナル曲かのような扱いだった。

V6の楽曲がジャニーズジュニアにカバーされやすいというのは、楽曲がキャッチーであることや当時活動しているグループのなかではV6がもっとも「王道ジャニーズ」(歌って踊り、アクロバットができる)であった証拠かもしれない。

ジャニーズとして、アイドルとして活動していくなかで、V6の曲を練習し披露する機会をもつことは、ジュニアにとって得るものが多かったのだろうと推測する。

実際、ジュニアのオーディションの課題曲としてもV6の楽曲が使われることが多かったという。

 

「GOAL」作詞:小林和子 作曲:Eddy Blues

 

「GOAL」は1997年8月にリリースされたV6の2ndアルバム『NATURE RHYTHM』に収録された曲。

そして「トニセン」こと「20th Century」の楽曲である。

さすが、当時から安定した歌唱を聴かせてくれる。生音と電子音が絶妙に絡まった、いわゆるテケテケとしたサウンドも90年代のV6らしい。

グループでは年長組の3人による楽曲であるため、歌詞の内容も大人っぽさ、男らしさを感じさせる。

Eddy Bluesは「本気がいっぱい」の作曲も手掛けているが、実はミュージシャンであり名プロデューサーの織田哲郎氏のこと。さすが、キャッチーなサビを生み出す天才である。

 

「大丈夫」作詞:Coming Century 作曲:星野靖彦

 

「大丈夫」は1996年2月にリリースされたV6の2枚目のシングル「MADE IN JAPAN」のB面に収録された、年少組3人(森田・三宅・岡田)の楽曲。

まだ10代のメンバーによる、若く瑞々しい歌詞が印象的である。聴いていると不思議と勇気が湧いてくるのだ。

「大丈夫」は、長いイントロも聴きどころ。3人それぞれに見せ場を持たせ、テレビでパフォーマンスする(見せる)ことを前提として作られているようにも感じる。

振り付けも「真似できないことはない」絶妙なセンをついていて、「複雑な振りやアクロバットを魅せるV6」とうまく差別化をはかったポップな路線が当時の3人に合っている。

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TOKIOの90年代のおすすめの名曲7選

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前ページでは90年代における「TOKIO」について解説をいたしましたが、このページでは90年代の「TOKIO」のおすすめの名曲を紹介します。

 

TOKIOの90年代のおすすめの名曲7選

「LOVE YOU ONLY」作詞:工藤哲雄 作曲:都志見隆

 

「LOVE YOU ONLY」は1994年9月リリースのTOKIOのデビュー曲。アニメ「ツヨシしっかりしなさい」のオープニングで、オリコン週間3位。

 

徐々に疾走感を増すようなイントロが印象的。

キーボードの音づくりもこだわっている。

制作は、初期のTOKIOを支えた工藤哲雄と、80年代から活躍している名作曲家・都志見隆によるもの。

都志見はジャニーズアイドルへの楽曲提供は少ないが、光GENJI、TOKIOへは複数の楽曲を提供しており、いずれも人気曲となっている。

 

アニソンへの歌詞提供が多い工藤らしい、分かりやすくキャッチーな歌詞に、山口・城島・長瀬の甘い声が非常にマッチしている。

「ジャニーズのデビュー曲」に相応しく、ピュアでまっすぐな魅力をもつ楽曲。

歌詞がファンへの愛ともとることができる内容であり、TOKIOの歴史を語る上では欠かせない存在の楽曲だ。

コードはさほどメジャーではないが、これほどストレートでハッピーなラブソングは他にはない。

アイドルのデビュー曲の最高傑作だと思う。

 

「うわさのキッス」作詞:工藤哲雄 作曲:都志見隆

 

「うわさのキッス」は1995年4月にリリースされたTOKIOの3枚目のシングル。アニメ「キテレツ大百科」のエンディングであり、オリコン週間2位。

同じく工藤氏、都志見氏による作品。

長瀬・山口のツインボーカルに加え、サビでは松岡による「イエイイエイ」という掛け合いが入る。

ここでカメラに抜かれる松岡の逆立てた髪にバンダナ、丸いサングラスなどが印象的で、その奇抜な格好が当時話題になった。

城島・国分によるコーラスワークも良く、TOKIOというグループの形が出来上がってきた時期の楽曲ともいえる。

どこか昭和歌謡の懐かしさを感じさせる、聴けば必ずクセになる曲。

 

「フラれて元気」作詞:和気優 作曲:神郡健

 

「フラれて元気」は1997年2月にリリースされたTOKIOの11枚目のシングル。オリコン週間5位で、1997年の年間86位。

松岡主演ドラマ「サイコメトラーEIJI」の主題歌として、ドラマとともにヒットした。

楽曲が流れるエンディングバックでは、サスペンスの要素を含むドラマの雰囲気とは異なり、メインキャスト三名(松岡、V6井ノ原、元ジャニーズジュニア小原)が踊るシーンもあった。

シングルをリリースした97年には、長瀬がメインボーカルをつとめ、メンバーに一部ソロパートがある形が定着していた。

同曲は、シングルとしては初めて松岡のソロ歌唱がある。

男くささ、情けなさ、若さと勢いのある歌詞がTOKIOによく似合う。

 

「Love & Peace」作詞:岡部真理子 作曲:樋口了一

 

「Love & Peace」は1998年5月にリリースされたTOKIOの14枚目のシングルで、オリコン週間9位。

こちらも松岡主演ドラマ「LOVE&PEACE」の主題歌。

同ドラマには当時ジャニーズジュニアだった生田斗真も出演している。コメディ要素を含んだドラマにマッチした、ポップな楽曲。

歌詞にはロックンロールのテイストを少々感じさせる。

アレンジャーとして、ミュージシャンであり名プロデューサーの佐久間正英も名を連ねていることにも注目したい。

豊富な音づかいと、色気の出てきた長瀬の歌唱、メンバーとのユニゾンなど、バンドらしい形が出来上がってきたころの楽曲と言える。

ジャケット写真でスーツを着用しているのも印象的だった。

メンバーそれぞれのメディア露出も増え、この頃にはリリースする曲が次々とヒットを記録した。

 

「君を想うとき」作詞:渡辺なつみ 作曲:渡辺未来

 

女性による作詞・作曲らしい、ロマンチックで優しい歌詞が良い。

これまでシングルではポップな楽曲を中心にリリースしてきたTOKIOとしては初のラブバラードである。

そのぶん、両A面「Oh!Heaven」(こちらも松岡主演ドラマ「天国に一番近い男」主題歌)では、ジャジーなテイストで新境地を開拓しながらも存分にハジけている。

ラブバラードとしては、長瀬自身は97年にソロプロジェクト「Tomoya with 3T」として「Eternal Flame」をリリースしている。

長瀬は時期によって歌唱方法を変えており、2019年現在ではバラードにさえ力強さを感じさせる歌唱方法で歌う。

この「君を想うとき」あるいは「Eternal Flame」には、繊細で甘くささやくような歌唱が残っており、当時の長瀬が持っていた程よい色気と透明感を感じさせる声がたまらない。

 

「何度も夢の中でくり返すラブ・ソング」作詞・作曲・編曲:忌野清志郎

 

「何度も夢の中でくり返すラブ・ソング」は1999年6月にリリースされたTOKIOの16枚目のシングルで、オリコン週間7位。

冠番組「ザ!鉄腕!DASH!!」の企画をきっかけに誕生した、あの忌野清志郎とタッグを組んだ名作。

当時まだ中学生だった筆者にとって、忌野清志郎の奇抜な存在感と不思議な説得力は圧倒的なものだった。

「この人からこんなにも優しい歌詞と曲が生まれるのか」と、筆者を忌野ワールドへと導いてくれた個人的な思い入れの強い楽曲である。

 

まるで君はラブ・ソング
たったひとつの愛のメロディー
傷ついたちっぽけな僕に いつでも勇気をくれるよ

引用:TOKIO「何度も夢の中でくり返すラブ・ソング 」作詞:忌野清志郎

 

街のざわめきや溢れるほどの情報に、人々が踊らされたり、君が迷いそうなことがあっても大丈夫、僕がいるよという内容の歌詞なのだが、とにかく世界観が優しい。そして、まっすぐで純粋だ。

 

「愛の嵐」作詞・作曲:布袋寅泰

 

「愛の嵐」は1999年11月にリリースされたTOKIOの18枚目のシングルで、オリコン週間10位。

布袋寅泰による、これまでのTOKIOになかった正統派ロック。

松岡主演ドラマ「サイコメトラーEIJI2」の主題歌として起用された。

こちらも個人的な想い出で申し訳ないのだが、筆者が初めてTOKIOを観たライブの1曲目が「愛の嵐」であり、その衝撃を未だ忘れることができない。

ジャニーズのステージらしく、特効と同時に登場した長瀬を見て、その抜群のスタイルと整った顔立ちにとにかく驚いた。

※特効=「特殊効果」の略。炎や花火、レーザーやスモークなどステージ演出のための効果。特効はジャニーズのステージでは必ずと言っていいほど取り入れられています。この「愛の嵐」のときは爆発音と白煙を使っており、それは「音玉」などと呼ばれるようです。

 

当時、友人とバンドを組みベースを担当していた筆者は山口の演奏を見つめていたし、ドラマーだった友人は松岡のプレイに見入っていた。

国分は笑顔とサービス精神をいつも忘れず、寡黙にギターをかき鳴らす城島はやけにカッコよく見えたものだ。

ライブ自体も、デビューから5年ほどとは思えない完成度だった。

バラエティ、音楽いずれにも長けたTOKIOならではのパフォーマンスであったといえる。

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SMAPの90年代のおすすめの名曲5選

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今回はSMAPの「ぜひ聴きなおしてみてほしいおすすめの90年代シングル」5曲を解説してまいります。

シングルだけみても90年代だけで実に30枚以上もリリースされており、セレクトにはかなり苦労しました。

SMAPの音楽を作った方々についても触れながらお伝えしますので、SMAPについて深く知るきっかけになればと思います。

 

SMAP90年代のおすすめの名曲5選

「君色思い」作詞・作曲:林田健司

 

1994年1月リリースのSMAPの11枚目シングル「君色思い」は林田健司による提供曲。オリコン週間5位。

林田健司によるSMAPへの楽曲提供は

「$10」(10枚目シングル。1993年リリース。オリコン週間5位。)
「KANSHAして」(16枚目シングル。1995年リリース。オリコン週間1位)

などヒット曲が並ぶ。

また、彼の楽曲をジャニーズアイドルがカバーすることも多く、林田健司はジャニーズとは縁の深いアーティストだ。

 

「君色思い」はこれまでのジャニーズにない「音痴」というキャラクターを自虐する中居による歌い出しが聴きどころ。

彼のソロ歌唱は「free bird」「世界にひとつだけの花」など2000年以降のシングル曲では聴くことのできる機会が増えている。実に優しい歌声だ。

「君色思い」は、香取が声優として出演したアニメ「赤ずきんチャチャ」の主題歌として、子ども世代にも人気を得た。

 

「君は君だよ」 作詞:小倉めぐみ 作曲:谷本新

 

1993年9月にリリースされたSMAPの9枚目シングル「君は君だよ」。オリコン週間7位。

 

作詞を担当したのはSMAPへの歌詞提供の多い小倉めぐみ。

彼女の詞は美しく、優しさに溢れている

先述した「がんばりましょう」や「それじゃまた」をはじめ、なかには「正義の味方はあてにならない」などユーモラスな歌詞も提供している。

「君は君だよ」もぜひ、歌詞に注目してもらいたい1曲だ。

SMAPはいつもこうして、人々の背中をそっと押す。

「がんばれ」と言ってしまうのではなく、個々の存在を認めてくれる。

そういう歌を歌えるのがSMAPだ。

 

優しさにあふれた歌詞を最大限に活かす、谷本新によるメロディ。

彼もSMAPをはじめ数々のアーティストへの楽曲提供を行っている。

ジャニーズへの楽曲提供も古くから行っているが、90年代後半~00年代という、ジャニーズ音楽の変換期においても数々名作を生み出しており、ジャンルを問わず幅広い楽曲を制作している。

 

「どんないいこと」作詞:大倉浩平 作曲 :庄野賢一

 

「どんないいこと」は1995年9月にリリースされたSMAPの18枚目シングル。オリコン週間1位であり、1995年の年間63位。

「どんないいこと」はドラマか映画のワンシーンが浮かぶような、丁寧に紡がれた歌詞が印象的。当時のSMAPにとっては前作「しようよ」に引き続き、大人っぽいテイストの楽曲といえる。

活動の後期においても歌唱される機会が多く、当時こそスマッシュヒットであったが、非常に長く愛された楽曲だ。

タイトルはもちろん、サビにも使用される「どんないいこと」という言葉。

解釈を聴き手に任せた秀逸な言葉である。

「うまくいかないときは落ち込むのさ」という歌詞をサラッと歌える、SMAPがもつ等身大の魅力と楽曲の世界観が非常にうまくマッチしている。

 

「オリジナルスマイル」作詞:森浩美 作曲:MARK DAVIS

 

「オリジナルスマイル」は1994年4月にリリースされたSMAPの13枚目シングル。オリコン週間2位で、1994年の年間60位。

東日本大震災の際、日本中へのエールとして歌われた楽曲。

 

SMAPの楽曲ではおなじみの森浩美が作詞を担当。

なかなか売れずに苦戦しているSMAPへのエールとして、そして彼らがもつ反骨精神にぴったりだとして制作したという歌詞。

元は木村出演の「オロナミンC」のCMのために作られた楽曲だったという。

問い合わせが殺到した末にリリースの運びとなった「オリジナルスマイル」は、SMAPを代表する作品となった。

 

「みんな出来れば楽してズルもしたいさ」
「山程ムカつくこと毎日あるけど 腐ってたらもうそこで終わり」
「笑顔抱きしめ ココロに活力 腹の底から笑い飛ばせ」

引用:SMAP「オリジナルスマイル」作詞:森浩美

 

正しいことばかり言うわけではない、決して優等生ではない、やや荒っぽい口調さえも、まさに新しいアイドル・SMAPだからこそ歌える曲。

くすぶる心をたきつけてくれるような、アツイ楽曲だ。

 

「SHAKE」作詞:森浩美 作曲:小森田実

 

「SHAKE 」は1996年11月にリリースされたSMAPの23枚目のシングル。オリコン週間1位、1997年の年間19位。

 

5人となったSMAPは、別の道を行く森と「1番で居続けること」を誓った。

そして確かにそこから、SMAPは快進撃を始めるのだ。

「SHAKE」は、SMAPの後輩であれば皆が踊れるほどの振り付けも特徴的。

これはジャニーズの振り付けを多く担当しているサンチェによるもの。

しかしSMAPのダンスには彼らにしかない茶目っ気と色気がある。

振り付けもバラバラで揃っていないことが多いのですが、それさえも「SMAP」なのだと思わせてしまう個性こそトップアイドルのなせる業だと思います。

歌詞もまた特徴的だ。

アイドルの楽曲において「恋愛」はよくあるテーマだが、この当時のSMAPが歌う恋愛には年齢相応の色気とリアリティがある。

たとえば「青いイナズマ」「ダイナマイト」などがそうだ。

これもまた、他のアイドルにはなかった表現であろう。

「SHAKE 」のサビの歌詞はやはり森浩美といったところ。

ただただハッピーな気持ちを、言葉にできないとき、人はこんな心境になることもある。

語彙力をなくしてしまうほどの多幸感を、きちんと言葉で表している。

「チョーベリベリ」など当時の流行語が入っているのも、SMAPの歴史を感じさせて良い。

 

ちなみに「SHAKE」の作曲者である小森田実は別名義「コモリタミノル」を含めると実に数多くのアーティスト、アイドルに楽曲提供を行っている。

SMAPでいえば「たいせつ」「ダイナマイト」「らいおんハート」「BANG! BANG! バカンス!」など、ジャンルを問わずヒット曲を手掛けている。

歌うもの、聴いているもの、誰もが笑顔になるハッピーな曲だ。

 

【コラム】SMAPの楽曲の特徴

SMAPはタイトルに魅力がある楽曲が多いのも特徴。例えば「それが痛みでも」「こんなに僕を切なくさせてるのに」「まったくもう」といった日本語のタイトルを持つ楽曲は、なんだか続きが気になる、ドラマチックな予感を抱かせます。一方で「歯が痛い!」「僕の冷蔵庫」「シャンプー3つ」などタイトルだけではまるで内容を想像できず、なんだか無性に気になってしまうものまで、SMAPのシングルおよびアルバムのジャケットには“聴いてみたい”と思わせるタイトルがずらりと並んでいるのです。

 

アルバムにも多数の名曲が!

 

実はSMAPはアルバムにも多数の名曲があります。

むしろ、アルバムこそ名曲の宝庫といっても過言ではありません。

一例を下記にあげます。

「MY CHILDHOOD FRIEND ~鏡の中のRadio」では私の愛するミュージシャンであり作詞家、久保田洋司氏による切ない歌詞に注目していただきたいです。

▼アルバムの名曲の一例

「Run! Run! Run!」「Shake U Up」「さよならの恋人」「真夜中のMERRY-GO-ROUND」「Part Time Kiss」「悲しくて眠れない」「君が何かを企んでいても」「MY CHILDHOOD FRIEND ~鏡の中のRadio」「君と僕の6ヶ月」「ひと駅歩こう」…

 

これでもほんの一部なのですが、SMAPはとにかくシングル・アルバムいずれもリリース枚数が多く、いずれも名曲ばかり。

ご紹介した曲をきっかけに、ぜひともSMAPの曲を聴いてみてください。

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初心者におすすめの男闘呼組の名曲4選

Webon紹介目次著者
ジャニーズファン歴25年で『なぜ90年代J-POPはあんなにアツかったのか?』の著者であるシン氏が90年代ジャニーズという存在を紐解く!「少年隊」「光GENJI」が築いたジャニーズの礎とは?「SMAP」「V6」「TOKIO」「KinKi Kids」の軌跡とおすすめ楽曲をジャニーズと共に青春を過ごしてきた筆者視点で語る!

『90年代ジャニーズ入門~ファン歴25年が語る~』(全15ページ)はこちらから!

著者:シン アキコ

30代前半女性。ジャニーズファン歴25年。70年代、80年代、90年代の邦楽を愛している。著書『なぜ90年代J-POPはあんなにアツかったのか?: J-POP愛して25年の著者がヒット曲を徹底分析 (Webonブックス) 』

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前ページでは90年代ジャニーズの礎を築いた「少年隊」「光GENJI」について解説してきましたが、このページではジャニーズの礎を築いたもう一つのグループ「男闘呼組」のおすすめの名曲をご紹介します。

 

「DAYBREAK」作詞:大津あきら 作曲:MARKDAVIS

 

「DAYBREAK」は男闘呼組のデビュー曲であり、レコード大賞最優秀新人賞受賞曲。

作曲はジャニーズおなじみ、Mark Davisというペンネームを持つ馬飼野康二。

ジャニーズカウントダウンコンサートでも披露される定番曲であり、男闘呼組のギターである岡本健一とその息子・圭人(Hey!Say!JUMP)のコラボでも話題になった。

男闘呼組のコーラスワークが映えるロックナンバー。

 

「TIME ZONE」作詞:大津あきら 作曲:MARKDAVIS

 

「TIME ZONE」は男闘呼組唯一のCMタイアップとして、時計メイカー「セイコー」のCMで使用された。

ライブの定番曲であり、すべてのライブで歌われた。

こちらも作曲はMark Davisによる。

ジャニーズの後輩たちもカバーしており、変声期を迎える前の元関ジャニ∞・錦戸亮をはじめジャニーズジュニア黄金期(90年代後半)メンバーによりテレビ・ライブで頻繁に披露された。

ソロパート、コーラスワークのバランスも良く「男らしさ」「力強さ」を感じさせる。

 

「不良」作詞:大津あきら 作曲:高槻真裕

 

「不良」は、歌唱力に定評のある成田のソロ曲。

男闘呼組は実質、成田・高橋のツインボーカルバンドといっても良いほどふたりの歌唱力と独特の声に魅力があり、その実力はジャニーズ史上に残るものと言ってよい。(ただし、抜群に容姿端麗であり、特徴的なギタープレイで人気を集めた岡本は一般層からも注目度が高く、ソロを割り当てられることも多かった)

ハスキーな声が映える名バラード。

まさに「不良」を歌った、笑顔のない渋みのある歌唱は男闘呼組ならでは。

当時のジャニーズが歌うには異色のナンバーであったと言える。

 

「Midnight Train」作詞:安藤芳彦 作曲:熊谷安廣

 

「Midnight Train」は「DAYBREAK」(4種発売)のカップリングの1曲。

深夜の駅、電話越しに別れを告げながらも、もう一度やり直そうとする男女を描いたドラマチックな楽曲。

かつてジャニーズジュニアの人気グループだった「MAIN」(現・嵐メンバーの相葉、松本、二宮、俳優の生田斗真。グループ名はそれぞれの頭文字をとったもの)が舞台「スタンドバイミー」で披露し、当時を知らない若手ファンの間でも人気が定着した。

 

さて、この章ではジャニーズの礎を築いた「少年隊」「光GENJI」「男闘呼組」をご紹介してきましたが、次の章からは90年代活躍したジャニーズグループ「SMAP」「TOKIO」「V6」「KinKi Kids」の軌跡と楽曲をご紹介します。

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少年隊の功績 ~ジャニーズ随一のエンターテインメント集団~

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ジャニーズファン歴25年で『なぜ90年代J-POPはあんなにアツかったのか?』の著者であるシン氏が90年代ジャニーズという存在を紐解く!「少年隊」「光GENJI」が築いたジャニーズの礎とは?「SMAP」「V6」「TOKIO」「KinKi Kids」の軌跡とおすすめ楽曲をジャニーズと共に青春を過ごしてきた筆者視点で語る!

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30代前半女性。ジャニーズファン歴25年。70年代、80年代、90年代の邦楽を愛している。著書『なぜ90年代J-POPはあんなにアツかったのか?: J-POP愛して25年の著者がヒット曲を徹底分析 (Webonブックス) 』

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1980年代後半から1990年代にかけてのジャニーズの活躍はめざましいものがありました。

この章ではジャニーズ人気の礎を築いた「少年隊」「光GENJI」について解説します。

このページでは「少年隊」について解説します。

 

ジャニーズ随一のエンターテインメント集団・少年隊

メンバー ・錦織一清(1965年5月22日生まれ)通称:ニッキ 写真左
・植草克秀(1966年7月24日生まれ)通称:カッちゃん 写真中央
・東山紀之(1966年9月30日)通称:ヒガシ 写真右
デビュー 1985年「仮面舞踏会」でデビュー
ジャニーズ最長の活動歴のグループ。最大のヒットソングは「仮面舞踏会」で、1986年シングル売上の3位。2枚目のシングル「デカメロン伝説」が1987年シングル売上26位。6枚目シングル「君だけに」は1987年シングル売上10位。1986年に初演された舞台「PLAYZONE」は少年隊の代名詞とも言える。

 

1985年に「仮面舞踏会」でデビューした少年隊。

メンバーである東山紀之に「出会ったときからすでに完成されていた天才」と言わしめる稀代のエンターテイナー・ニッキ。

ジャニー喜多川社長自らスカウトしたという甘いマスクに秘めたストイックさで「とにかく練習」を貫くヒガシ。

3人のなかではいじられキャラながら、いつも一番のアイドルスマイルを見せてくれるカッちゃん。

今でも仲の良い、バランスのとれた3人組は、しっかりとオチのある軽快なトークも魅力のひとつ。

さんざん話して笑いをかっさらったかと思いきや、いざ歌い始めるとガラッと表情を変え、スタジオをあっという間にシアターに変えてしまうのです。

 

並外れた身体能力

 

なんといっても少年隊の特徴は、全員が並外れた身体能力の持ち主であること。

当時は生演奏、生歌が当たり前の時代。

激しいダンスとアクロバットを行いながら歌い上げるのはもちろんのこと、マイクを高く放り投げてキャッチするニッキおなじみのパフォーマンスや、カメラから走って逃げてフレームアウトするという遊び(もちろんキメはばっちりキメる)までしていたというのだから驚きです。

歌って踊れるアイドルはジャニーズ以外にもたくさんいます。

今も昔も。

しかしこれほどまでに完成度の高い本格的なパフォーマンスをテレビで魅せることができるアイドルは、少年隊以前も以降も存在しないと思うのです。

彼らの活躍があってこそ「ジャニーズ」が世間に一目置かれる存在になった。そう言っても過言ではないと思います。

彼らに憧れてジャニーズを志した少年や、「姉がヒガシのファンで履歴書を送った」とジャニーズのオーディションを受けたジャニーズタレントもいます。

こうして未来につながっていくのがまた、ジャニーズの不思議な縁というところでしょうか。

 

「解散」という定説を破る存在

 

2006年の「想 SOH/自分で選んだ明日をゆく」以降、少年隊としての楽曲リリースや3人での活動がないのはやはり寂しいところ。

しかし、いくつになってもグループであり続ける姿は、全ジャニーズファンの希望です。

「アイドルはある程度の年齢になれば解散しそれぞれの道をゆくべき」

そんな定説を破り続ける少年隊が好きです。

それぞれが、外部で高い評価を受け、活躍し羽ばたいていても、あくまで“少年隊の”錦織一清であり、植草克秀であり、東山紀之である。

それは、ファンにとってはなによりも重要なことなのですから。

 

次のページではそんな「少年隊」を知る上で聴いていただきたいおすすめの名曲をご紹介します。

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初心者におすすめの少年隊の名曲9選

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ジャニーズファン歴25年で『なぜ90年代J-POPはあんなにアツかったのか?』の著者であるシン氏が90年代ジャニーズという存在を紐解く!「少年隊」「光GENJI」が築いたジャニーズの礎とは?「SMAP」「V6」「TOKIO」「KinKi Kids」の軌跡とおすすめ楽曲をジャニーズと共に青春を過ごしてきた筆者視点で語る!

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前ページではジャニーズブームの礎を築いた「少年隊」について解説をいたしましたが、このページではまずは聴いてほしい「少年隊」のおすすめの名曲を紹介します。

 

初心者におすすめの少年隊の名曲9選

「仮面舞踏会」作詞:ちあき哲也 作曲:筒美京平

 

「仮面舞踏会」は昭和を代表するコレオグラファー(振付師)・西条満の代表作。

西条満といえば、フォーリーブス「ブルドッグ」のゴムベルトを用いたアクションなど、ジャニーズアイドルに斬新な振り付けを与えた天才振付師。

 

「仮面舞踏会」におけるダンスの特徴としてまず挙げられるのは、歌前のポージングから歌終わりのキメまで、世界観が完璧に統一されていること。

少年隊の3人がマスクを投げ捨てるシーンから、一音一音もれなくポーズをはめ込んでいる。

「これが昭和の日本なのか」と驚くほど複雑なことをやってのけている。

腰振りや、マイクスタンドを蹴り飛ばすアクション、目まぐるしく変わるフォーメーション、3人そろってのバック宙…たった1曲なのに、話題になった振りを挙げればキリがない。歌詞と曲とコレオ(振付)がこれ以上なくマッチした楽曲。

この楽曲を完璧にパフォーマンスしてみせた少年隊には「スゴイ」の一言しかない。

デビュー曲に懸ける情熱が伝わってくる。せひ目で見て楽しんでほしい。

 

「デカメロン伝説」作詞:秋元康 作曲:筒美京平

 

「デカメロン伝説」も目で見て楽しい1曲。

相当難しい振り付けをなんでもない顔でこなす姿にはもはや脱帽。

タイトルは中世イタリアの創作詩「デカメロン(十日物語)」に由来しており、歌詞のなかにもそれを示唆するワードがある。

少年隊の楽曲がもつエキゾチシズムを代表する1曲。

イントロの「ワカチコ(実際は「ワカチコン」)」というフレーズは、錦織の提案で吹き込まれたもの。

 

「君だけに」作詞:康珍化 作曲:筒美京平

 

甘い言葉を紡がせれば右に出る者はいない、康珍化作詞による極上のラブソング。

イントロ・アウトロで指を鳴らす振り付けが印象的だった。

バラードだからこそ魅せることのできる、しなやかで表情のあるダンス・歌声がみどころ。

ソロパートが多いため、3人の声を聞き分けるにはもってこいの楽曲。

舞台や後輩アイドルのコンサートではアップテンポにアレンジして歌われることもある。

 

「Let’s Fight」作詞:宮下智 作曲:宮下智

 

「Let’s Fight」はアルバム『PLAYZONE’89 Again』に収録。後輩アイドルにも歌い継がれ、ジャニーズファンにはおなじみ。

男らしさあふれるエネルギッシュな楽曲だが、作詞作曲は女性ソングライター宮下智がつとめている。

宮下はジャニーズへの楽曲提供が多く、2019年現在のデビュー組においてもっとも若手であるKing & Princeにも楽曲を提供するなど、幅広い世代に愛されている。

 

 

「まいったネ、今夜」作詞:宮下智 作曲:宮下智

 

「まいったネ、今夜」は「ザ・ベストテン」のスタジオを一瞬にしてシアターに変えた1曲。

指先まで表情をもつロマンチックで丁寧なダンスに注目してほしい。

「Let’s Fight」同様、宮下智による作品であり、少年隊の「まいったネ、今夜」や田原俊彦「チャールストンにはまだ早い」など宮下によるジャズテイストの人気ナンバーはジャニーズファンの間で人気が高い。

 

「PGF」作詞:及川眠子 作曲:井上ヨシマサ

 

「PGF」は20枚目のシングル「Oh!」のB面。

PGFとは「Positive Girl Friend」の頭文字をとったもの。

いわゆるジャニーズジュニア黄金期(95年~)に重なるリリースということもあり、当時のジャニーズジュニアたちにカバーされジャニーズ定番ソングになった。

 

「湾岸スキーヤー」作詞:秋元康・山下達郎・ODAYALANE  作曲:山下達郎・ODAYALANE

 

「湾岸スキーヤー」は山下達郎の楽曲をカバーしたシングル。

フジテレビ系列の長野オリンピック放送テーマソングであり、当時は耳にする機会も多かった。

「湾岸スキーヤー」については、なによりも有名なエピソードとしてミュージックステーションにおけるJ-FRIENDS(TOKIO、V6、KinKi Kidsによる阪神淡路大震災へのチャリティー活動を目的とした期間限定ユニット)との共演が挙げられる。

当時すでに人気アイドルだった3グループが少年隊のバックダンサーをつとめる姿はファンにとっては斬新なものであり、J-FRIENDSの一部メンバーにとっては懐かしさや憧れを胸に秘めた夢の共演。

ジャニーズファンの間では今も伝説として語り継がれている。

 

「情熱の一夜」作詞:松井五郎 作曲:馬飼野康二

 

活躍の中心をミュージカルに置いていた少年隊が、一般層にもその健在ぶりを見せつけた一曲。

パフォーマンス力の高さはそのままに、大人の魅力でファンを魅了した。

タイトルの通り、情熱的かつキャッチーなメロディが耳に楽しい。

作詞作曲はジャニーズおなじみのゴールデンコンビである松井五郎、馬飼野康二によるもの。

 

「君がいたころ」作詞:Platina 作曲:馬飼野康二

 

東山紀之主演ドラマ「お前の諭吉が泣いている」主題歌。

ちなみに前作「ロマンチックタイム」は自身の冠番組「少年隊夢」の主題歌に、98年の人気バラード「愛と沈黙」は堂本光一主演ドラマ「ハルモニア」の主題歌にと、当時の少年隊の曲は主題歌への起用が多かった。

以後5年半シングル発表はなく、続く2006年の「想 SOH」以降2019年までシングルリリースはない。次作が待たれる。

 

さてここまでは90年代ジャニーズの礎を築いた「少年隊」について解説してきましたが、次のページでは「光GENJI」について解説していきます。

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光GENJIの功績 ~社会現象を巻き起こした最後のビッグアイドル~

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ジャニーズファン歴25年で『なぜ90年代J-POPはあんなにアツかったのか?』の著者であるシン氏が90年代ジャニーズという存在を紐解く!「少年隊」「光GENJI」が築いたジャニーズの礎とは?「SMAP」「V6」「TOKIO」「KinKi Kids」の軌跡とおすすめ楽曲をジャニーズと共に青春を過ごしてきた筆者視点で語る!

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1980年代後半から1990年代にかけてのジャニーズの活躍にはめざましいものがあります。

この章ではジャニーズの人気の礎を築いた「少年隊」「光GENJI」について解説しておきたいと思います。

このページでは「光GENJI」について解説します。

 

社会現象を巻き起こした最後のビッグアイドル・光GENJI

メンバー 【光】
・内海光司(1968年1月11日生まれ)
・大沢樹生 (1969年4月20日生まれ)
【GENJI】

・諸星和己(1970年8月12日生まれ)
・佐藤寛之(1970年11月2日生まれ)
・山本淳一(1972年2月28日生まれ)
・赤坂晃(1973年5月8日生まれ)
・佐藤敦啓(1973年8月30日生まれ)
【GENJI 元メンバー】
・田代秀高
デビュー 1987年「STAR LIGHT」でレコードデビュー
「パラダイス銀河」「ガラスの十代」「Diamondハリケーン」で1988年オリコン年間シングル売上1位から3位までを独占。1988年「パラダイス銀河」で第30回日本レコード大賞を受賞。

 

「光GENJI」といえば、当時を知らない世代であってもその名前を耳にしたことがあるでしょう。

黄色い声援のなかをローラースケートで駆け巡る、まさに流星のような7人組。

ローラースケートを履いたままのバック転や高い跳躍など、ローラースケートの概念もダンスの概念もぶち破った存在といえます。

光GENJIの当時の人気は凄まじいもので

「メンバーが自宅を出て学校に行くまでどんどんファンがついてくるため集団登校のようになっていた」

「ローラースケートがバカ売れした」

「あまりの人気ぶりに、未成年メンバーが20時以降の生放送に出演できるように『労働基準法』が変わった」

といったエピソードが多数あります。

 

「光」と「GENJI」からなる「光GENJI」

 

「光GENJI」は、

元イーグルスとして活動していた「光」内海光司、大沢樹生の年長組と、

年下組である「GENJI」諸星克己、山本淳一、佐藤寛之、赤坂晃、佐藤敬啓(当時表記)で結成。

後年には、諸星以外のGENJIメンバーからなる「SAY’S」がCDデビューを果たすなど、7人いるからこそのフォーメーションや組み合わせが楽しめるグループでもありました。

 

光GENJIが、最年少である佐藤(啓)のために作られたグループであることは有名な話。デビュー曲では、まだ表情に幼さの残る佐藤(啓)がセンターをとっています。

両端を内海、大沢の長身・年長・先輩コンビが務めることで全体が締まる。

「光」はとにかく見栄えのよいコンビでした。

振り付け通りにキッチリ踊る内海と、感情的にアドリブを加えて踊る大沢という本来かみ合わないはずのシンメトリーでしたが、この2人が両端・前方にいるフォーメーションは安心感がありました。

これぞ「光GENJI」という感じがします。

 

光GENJIの顔「諸星」

 

もっとも元気がよくおしゃべりで、無茶なパフォーマンスも全開のアイドルスマイルでやりきるかーくんこと諸星は、セカンドシングル「ガラスの十代」以降センターポジションを務めることになり光GENJIの顔となります。

派手なヘアアクセサリーやダンスにおける大きなアクション、そしてどんなときでも笑顔を欠かさない諸星は、誰よりも目立つ存在でした。

光GENJIは、ローラーを履いてのパフォーマンス力の高さや衣装の早替えなど観るものを飽きさせないスキルをきわめていたほか、なによりもその「笑顔」が印象的です。

諸星自身ものちに「自分たちが最後のアイドル」と語っていたように、多忙をきわめる毎日においても元気と笑顔を欠かさず、いつも全力でやりきる。

ちょっとカッコ悪いことさえ、全力でやり切るからカッコいい。光GENJIはそういうアイドルでした。

 

最年少の「アッくん」

 

当時最年少で、メンバーからいじられてはむくれていたアッくんこと佐藤アツヒロ(現在表記)は、いまやジャニーズ事務所では大先輩。

舞台の仕事をメインに置きながらも、ときおり後輩たちとパフォーマンスを披露しています。

ローラースケートを履いて自由自在に走り、踊る姿は当時よりさらにブラッシュアップ。

“お兄さんになってしまったアッくん”になんだか寂しい気持ちを抱きながらも、内海光司と佐藤アツヒロがいまもジャニーズ事務所に在籍していること、カウントダウンコンサートやジャニーズ舞台でアッくんがローラーを履いてくれることは「いつかまた光GENJIを」というファンの生命線でもあるような気がします。

 

現在の光GENJI

 

光GENJIメンバーは、いまもそれぞれの場所で光GENJIの楽曲を歌い継いでいます。

目にもとまらぬ早さで過ぎていった怒涛の8年間と、解散。

ファンの方はよくない噂も耳にしたでしょうが、彼らが彼らなりに「光GENJI」という想い出、青春を、大切に大切に胸の奥にしまっていることでしょう。

 

7人にしかない「光GENJI」という青春。

あの輝かしい時間を、満員のアリーナを、割れんばかりの声援を、知っているのは7人だけです。

簡単に想い出の箱を開きたくないと言ったメンバーの言葉も、分かるような気がします。

解散していなければデビュー30周年を迎えているはずの2016年には「メンバー7人で会っている」という嬉しい言葉が聞かれました。

今も光GENJIを待っているファンはたくさんいます。いつか必ずまた、その姿を見せてほしいものです。

 

次のページではそんな「光GENJI」を知る上で聴いていただきたいおすすめの名曲をご紹介します。

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初心者におすすめの光GENJIの名曲12選

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前ページではジャニーズブームの礎を築いた「光GENJI」について解説をいたしましたが、このページではまずは聴いてほしい「光GENJI」のおすすめの名曲を紹介します。

※「光GENJISUPER5」の楽曲は除いてご紹介。「光GENJISUPER5」は「光GENJI」のメンバー大沢樹生・佐藤寛之が脱退した後に、残ったメンバー5人(内海光司・諸星和己・山本淳一・赤坂晃・佐藤敦啓)で活動する際に使っていたグループ名。

 

初心者におすすめの光GENJIの名曲12選

「ガラスの十代」作詞:飛鳥涼 作曲:飛鳥涼

 

「ガラスの十代」は2ndシングルながら、アクロバットや衣装の早替えなどジャニーズおよび光GENJIの持つスキルをふんだんに取りこんだ完成度の高いパフォーマンスに注目の1曲。

カメラワークや歌割り(=誰がどこを歌うかなどを決めたもの)をうまく利用し、観客を飽きさせることなくローラースケートの着脱や早替えを行っていた。

楽曲には随所にガラスを思わせる破裂音が用いられている。

 

光GENJI SUPER5のラストコンサートでは赤坂晃のソロコーナーで披露。

オリジナルアレンジと振り付けでファンを魅了した。

こちらのアレンジも実に良い。

「ガラスの十代」は光GENJIの代表曲として、今も後輩アイドルたちに歌い継がれている。

 

「パラダイス銀河」作詞:飛鳥涼 作曲:飛鳥涼

 

「パラダイス銀河」も飛鳥涼による楽曲。

光GENJIのもつ明るさ、若さ、パワーをすべてつめこんだ、当時の彼らが歌うことで完成したともいえる楽曲。

光GENJIが持つ、圧倒的な無敵感を感じることができる。

サビにおける、7人で円になってのローラースケート滑走は、ローラースケートという武器をめいっぱい活用した画期的なパフォーマンス。

疾走感が楽曲の良さをさらに引き立てる。

おもちゃ箱のように次から次へと展開していく間奏も見どころ・聴きどころ。

 

「Graduation」作詞:飛鳥涼 作曲:CHAGE

 

「Graduation」は2ndシングル「ガラスの十代」カップリング。

コンサート本編のラストを飾る曲としても定番。

光GENJI SUPER5のラストコンサートでも本編最後に歌われた。

 

また、ジャニーズジュニア黄金期における、初のジュニア単独コンサートでも本編最後は「Graduation」が用いられた。

TOKIO(城島、山口、国分)V6(坂本、長野、井ノ原)からなる「平家派」が番組で披露したことで人気が再燃。

※平家派・・・光GENJI『剣の舞』のバックダンサーグループであり、「スケートボーイズ」出身のメンバーを中心に結成されたジャニーズジュニア内グループです。

 

「Hurry Up」作詞:飛鳥涼 作曲:飛鳥涼

 

「Hurry Up」は年下組であるGENJIが歌唱。

デビュー前のKinKi KidsもNHKの音楽番組「アイドルオンステージ」で披露していた。

 

少年の声が良く映える明るい楽曲ながら、部分的に取り入れられたマイナーコードが甘酸っぱさや切なさを演出している。

電車で一目ぼれした女の子を想う恋の歌であるが、歌詞のリアリティ(共感)とファンタジーのバランスが絶妙。

 

デビュー曲「STAR LIGHT」をはじめとし、光GENJI初期のヒット曲には飛鳥涼の存在が欠かせない。

とくにデビュー曲「STAR LIGHT」から「ガラスの十代」「パラダイス銀河」の3曲続けてのヒットは光GENJIブームを決定づけた。

 

「太陽がいっぱい」作詞:大江千里 作曲:大江千里

 

「太陽がいっぱい」は「格好悪いふられ方」で知られるシンガーソングライター大江千里が作詞作曲を担当した、美しい起承転結が印象的な楽曲。

リリースされた1989年の賞レースでいずれも大賞を受賞し、レコード大賞では金賞を受賞した光GENJIの代表曲でもある。

「太陽がいっぱい」のフレーズで、身体を傾け手を伸ばすポーズも流行した。

サビのワンフレーズにローラースケートで歩く振り付けがある。

ムーンウォークというと大げさかもしれないが、無重力空間を泳いでいるかのような目の錯覚を起こす。

歌詞にもちょうど「泳いで」というワードが用いられているからなおさらだ。

機会があればぜひ見てほしい。

 

「ヒットパレード・ボーイ」作詞:森若香織 作曲:森若香織

 

「ヒットパレード・ボーイ」は山本淳一がソロで歌った曲。

歌詞と楽曲、山本のハイトーンや歌唱が非常にマッチしている。

アイドルという立場である少年が歌うことで完成する楽曲。

近年あまり歌われていないが、ぜひ現ジャニーズにも歌ってほしいと願う。

 

「Rabbit Train」作詞:三浦徳子 作曲:佐藤準

 

「Rabbit Train」はジャニーズソングのファンタジー楽曲担当とも言える三浦徳子による作詞。

三浦氏は現在もSexy Zoneなど若い世代に独特の世界観を持つ歌詞を提供している。

「Rabbit Train」も、ジャニーズが歌い継いでいる楽曲のひとつ。

デビュー前のKinKi Kidsやタッキー&翼、嵐の一部メンバーも歌ってきた。

 

歌詞は「どういうこと?」と思わずこぼしてしまいそうになるが、なぜか耳に残って離れないフレーズを書くのが三浦徳子である。

MVも個性的な世界観をもっており、その世界観になかなか理解しがたい点がある。

楽曲は気だるげな雰囲気があり、実は非常に凝ったもの。

随所に取り込まれたピアノのプレイは必聴。

 

「CO CO RO」作詞:森浩美  作曲:馬飼野康二

 

「CO CO RO」はSMAPへ多数の歌詞を提供している森浩美が作詞。

作曲はジャニーズソングではおなじみ馬飼野康二。

パフォーマンス面では7人が組む複雑なフォーメーションが見どころ。

くるくると隊形を変化させていくのだが、誰ひとりとして足元や後方を見ることなくカメラに笑顔を向け続ける。

想像を絶する練習量と互いの信頼がなければ成し得ない技だ。

 

「さよならの情熱」作詞:三浦徳子 作曲:土橋雅樹

 

「さよならの情熱」もジャニーズソングではおなじみ三浦徳子による作詞。

「好きな女性が恋人に傷つけられている姿を見ていられない、僕のほうにおいでよ」という募る想いを描いた楽曲だが、「さよならの情熱」というタイトルの印象が強いためかコンサートの後半で使用されることが多い。

大沢・佐藤(寛)の卒業コンサートでも歌われた。

好きな女性への一途な想いがまっすぐに伝わる名曲だが、三浦徳子が作詞をしていることもあってか、この曲も程よいファンタジーテイストを残しており、リアルすぎないのが良い。

 

「三日月の夜に…」作詞:佐藤敦啓 作曲:もりくん

 

「三日月の夜に…」は最年少である佐藤敦啓作詞によるナンバー。

スタンドマイクを持ち自由自在に走り回り、歌うメンバーの姿が印象的。

全員にソロパートがある。

後期の光GENJIらしい、少年から男性へと脱皮した彼らの歌唱や表情が楽しめる。

 

「勇気100%」作詞:松井五郎 作曲:馬飼野康二

 

「勇気100%」は光GENJI後期の大ヒット曲。

人気アニメ「忍たま乱太郎」の主題歌として起用され、ジャニーズの後輩グループに多数カバーされている。

B面の「微笑みをあずけて」は、勇気100%をバラードアレンジしたもの(歌詞も異なる)。

ジャニーズソングおなじみのゴールデンコンビによる楽曲であり、松井五郎は光GENJI以降多数のジャニーズアイドルへ歌詞提供を行っている。

「僕たちが持てる輝き 永遠に忘れないでね」という歌詞には、光GENJIファンならぐっとこみあげるものがあるだろう。

 

「Meet Me」 作詞:タケカワユキヒデ 作曲:タケカワユキヒデ

 

「Meet Me」は、タケカワユキヒデらしい美しい歌詞が印象的な楽曲。

楽曲そのものは明るい雰囲気をもっているが、コンサート終盤で歌われることが多い点や「バイバイ」を多用した切ない歌詞が、光GENJI後期や解散を思い出させる。

コンサートではメンバーが会場中を所せましと走り回り、ファンを喜ばせた。

 

さてここまでは90年代ジャニーズの礎を築いた「少年隊」「光GENJI」について解説してきましたが、次のページではジャニーズの礎を築いたもう一つのグループ「男闘呼組」のおすすめの名曲をご紹介します。

『90年代ジャニーズ入門』目次へ  (全15ページ)



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