シベリウス「フィンランディア」 初心者にもわかりやすく解説

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「クラシック音楽」と聞くとなんだか難しそうで敷居も高い。でもクラシック音楽を作っている作曲家だって人間です。面白いエピソードもたくさんあるんです。有名曲と作曲家を知りクラシック音楽を楽しみましょう!

「クラシック音楽初心者入門 ~有名曲・作曲家を学ぼう!~」はこちらから!

著者:めーぷる

国立大学医学部で大学生活を楽しみつつ、プログラマーとライターの仕事も手掛けています。幼少期からピアノとヴァイオリンを習っており、クラシック音楽、ジャズ、洋楽と幅広いジャンルの音楽に親しんでいます。趣味は幅広く、音楽の他にもバドミントン、スキー、スポーツ観戦、海外ドラマ、料理、カフェ巡りなど多岐にわたります。お問い合わせはこちらから

 

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<まずは聴いてみよう!>

クラシックの名曲を通じてクラシック音楽の魅力を学んでいきましょう!

今回はシベリウス「フィンランディア」です。最初に音楽を聴いてから、記事を読むことでクラシックへの理解が増すことでしょう。また、聴きながら読むことでさらに理解が増すと思いますので是非。

 

 

さて、このページでクラシック音楽初心者入門もいよいよ最後です。

最後を飾るのにふさわしいドラマティックな曲として、今回は作曲家シベリウスの「フィンランディア」をご紹介します。

 

シベリウスという作曲家はクラシック音楽の作曲家であるとはいえ、20世紀後半まで生存していた比較的最近の作曲家であるということができるでしょう。

これまでにご紹介してきた他の作曲家の曲と比べてどのような違いがあるのかも考えながらお楽しみください。

 

ジャン・シベリウス

▲ジャン・シベリウス

 

ジャン・シベリウスは19世紀の半ばごろにフィンランドで生まれました。

 

 

幼いころから音楽演奏に親しみ、姉や弟とともに合奏(がっそう:2つ以上の楽器)で一緒に演奏するなどして楽しんだりしていたそうです。

 

シベリウスは20歳の時ヘルシンキ音楽院に入学し、本格的に音楽を学び始めました。

 

ヘルシンキ音楽院(シベリウス音楽院)
ヘルシンキ音楽院はスウェーデンの首都であるヘルシンキにある音楽学校のこと。フィンランド内の優秀な音楽家の全てがこの学校から輩出されていると言っても過言ではないと言われている。シベリウスを輩出したことから「シベリウス音楽院」に改称されている。

▼シベリウス音楽院

 

在学中、フィンランドを飛び出して、ウィーンやベルリンに留学して様々なコンサートやオペラ公演に通ったり、様々な音楽家との交流を深めたりと積極的に活動していたようです。

そうして、他国の音楽への知見も深まったシベリウスはだんだんと自分の祖国であるフィンランドの音楽に着目するようになります

 

 

フィンランドに帰国した後はフィンランドの民族叙事詩「カレワラ」をモチーフにした「クレルヴォ交響曲」という楽曲を発表し、大成功をおさめます。

その功績も認められ、ヘルシンキ音楽院の作曲の教師として採用されました。

 

民族叙事詩「カレワラ」
「カレワラ」は、民間説話をまとめたもので、フィンランド語の文学の中で最も重要な位置の一つを占める。シベリウスをはじめ、多くの知識人に大きな影響を与えた。

▼カレワラ物語―フィンランドの国民叙事詩 単行本(画像クリックで商品詳細)


 

演奏禁止になる程の影響力

 

このように作曲家として順調にキャリアを歩んでいたシベリウスですが、30歳の半ばになると時代の荒波に揉まれることとなります。

 

ロシア(当時ロシアはフィンランドを支配していました)とフィンランドの関係が悪化し、国内では愛国運動が盛んになっていったのです。

そのような中シベリウスは歴史劇の音楽を担当し、劇の成功に多大な貢献し、彼の音楽も聴衆や評論家から熱狂的な賞賛と強い支持を獲得しました。

 

 

シベリウスはその功績によって国内では英雄として扱われることとなります。

このときの曲を交響詩としてまとめた曲こそが今回ご紹介する「フィンランディア」なのです。

また、当時フィンランドを支配していたロシアは「フィンランディア」によって愛国運動が加速することを恐れ、演奏禁止処分としたそうです。

そのようなエピソードからもこの曲の影響力の大きさが伺えます。

 

ロシアのフィンランドの関係悪化の背景と「フィンランディア」の影響力
当時フィンランドはロシアに支配されており圧政に苦しんでいました。

1899年にはロシア語の習得を強制する政策が進められました。こういった背景もあって、芸術家たちが作品によってフィンランドの民族的文化の尊さを主張する行動に乗り出すようになったそうです

シベリウスの「フィンランディア」もこうした背景があって誕生し、国民の士気を高めることに大いに貢献し、精神的な支柱の役割を果たしたと言われています。

 

「フィンランディア」の大成功の後も、シベリウスは交響曲やフィンランドの神話に基づいた交響詩、室内楽、ピアノ曲、ヴァイオリン協奏曲、声楽曲と非常に多岐にわたるジャンルの曲を開拓していきました。

 

「フィンランディア」の構成と魅力

▼フィンランディア

 

「フィンランディア」は先ほども述べた通り、支配国ロシアに対する敵対心・母国フィンランドへの愛国心の高まりが表現された曲です。

 

冒頭は金管楽器(きんかんがっき:ラッパなどの唇の振動によって音を出す管楽器)によって重厚で陰鬱な旋律が奏でられ、そこにティンパニと木管楽器もそこに加わっていきます。

 

▼ティンパニ

▼木管楽器の例

 

その後、金管楽器とティンパニがこの曲の行く先を暗示しつつ、テンポも上がっていき、緊迫感が高まっていきます。

闘争への機運の高まりを表現しているのでしょう。

 

その後、曲調は一転し、非常にエネルギッシュな展開へと移行していきます。

途中の勝利を祝うかのようなメロディーは「フィンランド賛歌」と呼ばれています。

「フィンランド賛歌」は非常に有名なフレーズであり、「第二の国歌」とも言われています。

 

 

この曲の魅力はやはりエネルギッシュな主部にあるということができるでしょう。

シベリウスが主部において明るい曲調を選んだのは、国家間の険悪なムードに引きずられることなく、逞(たくま)しく時代を生き抜いていこうというシベリウスのメッセージであるということができるでしょう。

 

 

さて、今回はシベリウス「フィンランディア」についてご紹介いたしましたがいかがでしたでしょうか。

支配国との対立に翻弄された難しい時代の中でも逞しく生き抜いたフィンランド人たちの姿を想像しつつお楽しみください。

 

Amazon PrimeAmazon Music Unlimited会員でも聴くことができます。

 

以上、「クラシック初心者入門 ~有な曲・作曲家を学ぼう!~」でした!いかがでしたでしょうか?

名曲や作曲家には必ず背景があり、それを知って聴くと違う角度からクラシックを楽しむことができると思います。是非今後も様々な曲を聴き、そしてその背景を知り、クラシックを存分に楽しんでいただければと思います!

 

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岡村靖幸のPV  ~EPICソニーのPV創り~

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歌手として強烈な個性を放ち、時には「気持ち悪い」とも称される「岡村靖幸」。デビュー前から岡村靖幸をリアルタイムで見てきた筆者が、その魅力を紐解きます。

『岡村靖幸』入門 ~超個性的シンガーの魅力に迫る~ はこちらから

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP K-POP 洋楽 演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。お問い合わせはこちらから

 

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EPICソニーのプロモーション戦略

 

岡村さんの所属していたレコード会社、EPICソニーはプロモーションなどメディア戦略がとても上手かったと思います。

1980年代半ばには、プロモーションビデオ(PV)がたくさん制作されるようになりました。

 

今ではミュージックビデオ(MV)と呼ぶことが多いですが、当時はPV、ビデオクリップと呼んでおり、「ミュージックトマト」「ビデオジャム」などPVを流す番組も人気でした。

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岡村靖幸と伝説のライブ『BEAT CHILD』

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歌手として強烈な個性を放ち、時には「気持ち悪い」とも称される「岡村靖幸」。デビュー前から岡村靖幸をリアルタイムで見てきた筆者が、その魅力を紐解きます。

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伝説のライブ「BEAT CHILD」

 

私が初めて岡村さんのライブを見たのは、伝説のライブ、BEAT CHILDです。

BEAT CHILDは、1987年8月22、23日にかけて熊本県阿蘇にあるアスペクタで行われたオールナイトコンサートです。

 

▼写真:熊本県野外劇場(通称:アスペクタ)


photo by chappaless 

 

出演者は岡村さんの他に、佐野元春さん、渡辺美里さん、尾崎豊さん、HOUND DOG、THE BLUE HEARTS、RED WARRIORS、THE STREET SLIDERS、BOØWYなど大人気のアーティストが多く参加しました。

 

当日は大雨の中行われ観客も7万人ぐらいいたことから、今でも伝説として語りつがれているイベントです。

 

私は大分から、友達と総勢7名でこのイベントに参加しました。

大人気のアーティストばかりでしたし、どのアーティストも大好きでした。

 

開演は夕方6時ぐらいだったと思うのですが、開演前に結構な雨が降り、雷も鳴ってすごく怖かったです。

阿蘇の山の上なので空が近くて本当に怖い。

まだ夏の夕方なのに、真っ暗になってきて・・・。

 

そうしたら突然、HOUND DOGの大友さんが出てきて「みんな大丈夫か?」って。

「ここは避雷針があるから絶対雷は落ちないから大丈夫だ」って言ってくれてとても安心しました。

オープニングアクトのTHE HEARTが出て、1番目は新人のTHE BLUE HEARTS。この時は雨は降っていなくて、ヒロトさんもとっても楽しそうでした。

 

THE HEART
日本のロックバンド。1988年にデビューし1992年に解散。

▼CDアルバム「アカシア」(画像クリックで商品詳細へ)

 

THE BLUE HEARTS
1987年に「リンダリンダ」でメジャーデビュー。ボーカルは甲本ヒロト(下記、写真右上)。日本のロック界の伝説的存在。代表曲には「人にやさしく」「TRAIN-TRAIN」などがある。

 

初めて見る「生」岡村靖幸

 

何組か過ぎ、岡村さんの出番の時には雨は結構降ってました。

初めて見る、生岡村靖幸、そのパフォーマンス。

もう最高にカッコよかったです!!

 

シングル「Dog Days」のジャケット写真のパンツを履いていたと思います。

ペールグリーンっていうのかしら・・・その衣装の印象が強くて。

 

 

とにかくキレッキレのダンスと迫力あるボーカル、圧倒的なパフォーマンスに釘付けでした。

勢いというか、気持ちがめちゃめちゃ伝わってきました。

 

確か、いつものように「僕は君とSEXがしたいんだ」なんてことも言っていて、周りの女子から、喜びと気持ち悪さ両方の「イヤーー!!」という悲鳴が起こっていました(笑)

5、6曲歌ったと思いますが「Out of Blue」「Young oh! oh!」「Dog Days」を歌ったのは覚えていて、その3曲を聴けたのがすごくうれしかったです。

 



 

「Dog Days」の歌詞にある「Sunshine」。

大雨だったけど、岡村さんは太陽のようにキラキラと輝いていました。

友達一人を除いて、みんな「岡村ちゃんカッコよかったね~~!!」って言っていました。

残りの一人は、生で見た岡村さんは雑誌やPVより気持ち悪かったそうです・・・。

 

その後さらに雨が強くなり、山の上ということもあり気温が下がり、体調不良の観客も続出しますが、イベントは最後まで行われます。

大トリの佐野元春さんが登場した朝5時ぐらい(?)には朝日が出て、とてもとても感動しました。

 

佐野元春
1980年にシングル「アンジェリーナ」でデビュー。斬新なスタイルの音楽で高い評価を獲得する。代表曲に「サムデイ」などがある。

 

尾崎さんも出演していたので、岡村さんと尾崎さんは楽屋で楽しく過ごしていたかもしれませんね。(二人はとても仲が良かったです)

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岡村靖幸・吉川晃司・尾崎豊の関係性

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歌手として強烈な個性を放ち、時には「気持ち悪い」とも称される「岡村靖幸」。デビュー前から岡村靖幸をリアルタイムで見てきた筆者が、その魅力を紐解きます。

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3人の出会い

 

もともと吉川さんと尾崎さんが親友で、そこに岡村さんが加わったようです。

岡村さんが吉川さんへ曲提供をしたことで知り合い、遊ぶようになり、吉川さんから尾崎さんを紹介されて3人は意気投合、大親友となります。

3人は同じ年で、岡村さんは2人とは19歳の頃に知り合ったそうです。

雑誌のインタビューなどでも、3人それぞれから、お互いの名前がよく出ていました。

 

吉川晃司(きっかわ こうじ)とは

1984年にシングル「モニカ」でデビュー。同曲は映画「すかんぴんウォーク」の主題歌になっている。岡村靖幸は吉川晃司へ楽曲提供をしている。詳しくはこちら

 

尾崎豊(おざき ゆたか)とは

1983年、シングル「15の夜」で高校在学中にデビュー。当時の若者のカリスマ的存在。1996年、26歳という若さでこの世を去る。

 

3人の関係性

 

3人はしょっちゅう飲みに行ったりして遊んでいたそうです。

行きつけのお店は東京、西麻布にあった「RED SHOES」。

 

『RED SHOES』はまだある?
3人のいきつけの西麻布にあったカフェバー『RED SHOES』は1995年に閉店してしまいました。2015年3月より南青山のビル地下1Fで復活を果たしています。

Food&Bar Red Shoes
Food&Bar Red Shoes
ジャンル:ダイニングバー
アクセス:西武池袋線練馬駅北口 徒歩5分
住所:〒176-0001 東京都練馬区練馬1-34-14 山章興産ビル2F(地図

 

「RED SHOES STORY」として尾崎さんの歌のタイトルにもなっています。

 

 

お店をはしごして朝まで飲み歩く事も。

次にどの店に行くのかをじゃんけんで決めたり。

岡村さんが勝ったら踊れる店、吉川さんが勝ったらとことん飲める店、尾崎さんが勝ったら女性を口説ける店・・・。

 

尾崎さんと吉川さんはとてもお酒が強いのですが、岡村さんは当時そんなにお酒が飲めなかったので、大好きなダンスが踊れるディスコに行きたかったそうです。

結局は誰が勝っても、ただただ3人で飲む、というパターンが多く、女性のいるお店にも行かず、飲んだくれていたそう。

吉川さんは当時、朝目が覚めたら地下鉄の階段で寝ていたとか、ごみ捨て場に頭を突っ込んで寝ていて、通学途中の女子学生に注意された、などと話していました。

音楽界で名のある3人なのに、ぐでんぐでんに酔っぱらっているため、悲しいぐらい全然もてなかったそうです。

 

くだらない話から、仕事の悩み、愚痴などを語り合い、同い年ということもあり、とても自然体でいられたみたいです。

それぞれが語るお互いの話で、とても仲がいいことがうかがえていました。

私は3人のこの関係性が大好きでした。

今でも、この時代のことを思うと胸がキュンとします。

 

コンサートでの共演

 

3人が同じステージに揃って立ったことはないのですが、岡村さんと尾崎さんは多くのアーティストが参加した1986年8月の広島平和コンサート「A LIVE HIROSHIMA ‘87」で共演しています。

 

『A LIVE HIROSHIMA ‘87』CD
A LIVE HIROSHIMA ‘87のライブの模様がダイジェストで記録されたCD。岡村靖幸の曲では「Dog Days」が収録されている。

 

このライブはTVでオンエアされたのでそれで見ました。

 

岡村さんの「Young oh! oh!」に尾崎さんが乱入する形で二人で歌ったのですが、これがとてもよかった~~!!

 

 

二人が親友だということは多くのファンが知っていたので、共演はうれしかったですね。

しかも、尾崎さんがあんなに楽しそうに笑うなんて・・・彼自身のステージではあまり見ない表情で、素の尾崎さんが見られた気がします。

はじけまくる尾崎さんを岡村さんもはじける笑顔で見てる・・・二人の仲の良さがうかがえる最高のステージでした。

 

尾崎さんは、渡辺美里さんのステージにも乱入し、美里さんをお姫様抱っこしたりと、意外な素顔を垣間見せていました。

 

岡村靖幸さんは渡辺美里さんに多くの曲提供をしています。詳しくは第1章2ページ目で!

 

きっと、私たちファンが知らないだけで、尾崎さんも岡村さん、吉川さんの前では普通の青年だったんですよね。

ちなみに吉川さんと尾崎さんは、1986年のHOUND DOGの武道館公演に飛び入り参加しています。

 

HOUND DOGとは
1980年「嵐の金曜日」でデビューした大友康平を中心とした日本のロックバンド。代表曲に「ff(フォルテシモ)」などがある。

 

3人の関係性の変化と尾崎豊の死去

 

年齢を重ねて大人になっていき、3人共仕事も忙しく、尾崎さんは結婚し子供も生まれ、吉川さんは事務所を移籍したりとなかなか以前のように泥酔するまで飲むことは無くなっていったそうです。

岡村さんも、自身の音楽活動に加え、他アーティストのプロデュースなどで忙しくなりました。

 

3人で最後に会ったのが、25歳ぐらいの時だそうです。

それからすぐに尾崎さんが26歳という若さで亡くなってしまい、もう3人で会えなくなってしまいます。

 

尾崎さんの葬儀では、吉川さんが弔辞を読んでいます。

岡村さんは

「尾崎の死によって時代が終わったというか、何かが終わったのだと思います。19歳のあの頃、彼らという素敵な同級生に出会えて僕はラッキーでした。」

と語っています。

 

現在の吉川さんとの関係は、以前のように頻繁に会ったりということはないようなのですが、お互い大人になり仕事なども忙しく、ゆっくりと会う機会が減った、ということではないでしょうか。

自分のことに置き換えてみても、学生時代の友達とは頻繁に会う機会が減ってしまうことも。

だけど、仲が悪いとかそういったことではなく、会えば一瞬にして会っていない時間も取り戻せますよね。

きっと、そういう間柄なのではないでしょうか。

 

2014年10月、氣志團の綾小路翔さんが岡村さんと吉川さんとの3ショットをSNSに上げてくれています。

 

吉川晃司さん、岡村靖幸さんと俺。本来ならば尾崎豊さんの場所に俺。泣きます。

綾小路 翔さん(@showayanocozey)がシェアした投稿 –

 

私は、3人のこの関係性をリアルタイムで目の当たりに見ていて、同じ時代を生きられたことにとても感謝しています。

3人それぞれを語る時に、この3人の関係性は絶対に外せません。
高校生の私は、3人のまぶしい姿に憧れを感じて、見ていたように思います。

 

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岡村靖幸のデビュー当時

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歌手として強烈な個性を放ち、時には「気持ち悪い」とも称される「岡村靖幸」。デビュー前から岡村靖幸をリアルタイムで見てきた筆者が、その魅力を紐解きます。

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岡村靖幸のデビュー曲「Out of Blue」(1986)

 

第1章の1ページ目でも書きましたがそもそも岡村さんの名前を知ったのは、吉川晃司さんへの曲提供でした。

 

岡村さんは吉川さん、渡辺美里さんへの曲提供を多く行っており、そこで名前を度々見つけ、とても興味がありました。

 

音楽が好きで、音楽雑誌を読んだり、いろいろとアンテナを張っているとたくさんの情報が入ってきます。

 

私が岡村さんと出会った1985年頃はネットなんてない時代ですから、今よりも情報を得ることに一所懸命だったと思います

岡村さんが、作曲家を経ていよいよシンガーとしてデビューする、ということは音楽雑誌にも取り上げられ注目されていました。

 

 

岡村さんが楽曲を提供していた渡辺美里さんと同じレコード会社「EPICソニー」からデビューするということでした。当時とても勢いのあったEPICソニーですから、プロモーションにも割と力を入れていたと思います。

EPICソニーは全国のレコード店などを通じてPVの上映会、フィルムコンサートをよく行っていたんです。

 

私は、友達とその上映会によく行っていました。

その上映会では、一早く所属アーティストのPVだったり、情報が見られたんですよね。

そこで、期待の新人、岡村靖幸さんのデビュー曲「Out of Blue」のPVを目にするのです。

 

 

「Out of Blue」

 

イントロのギターのフレーズ・・・一瞬で「カッコいい~~!!」と思いました。

曲は文句なしによかったですし、声も、歌い方もカッコいい!と思いました。

 

初めはとても映像が暗くてイマイチ顔がよく見えないんです。

 

雨の中(人工雨)ワンカットでずっと踊りながら歌っていて、最後の方になると少し照明が明るくなり、顔もアップになって、バーンっと、自分でシャツもはだけたりして、とにかくセクシーでカッコよかったですね。

 

 

このPVを見た時は少しだけ、俳優の三上博史さんに似てるって思いました。

 

▼写真:三上博史

 

▼「Out of Blue」を聴きたい方は、画像クリックで商品詳細へ

賛否両論の「Out of Blue」

 

私は「Out of Blue」は本当に名曲だと思い、大大大好きで、後にライブで聴いた時は感動しました。

 

私は岡村さんを「すごくカッコいい」って思ったんですけど、一緒に行った友達は賛否両論、好き嫌いが分かれました。

「気持ち悪い」っていう子もいました。

 

このPVにはそんなに気持ち悪い要素はないのに(笑)

しいていえば、挑戦的な目つきでしょうか?

 

当時は高校生でおこづかいもそんなになく、欲しいレコード全ては買えないのでシングルはレンタルしました。

B面の「幾千年分のPAIN」もよかったし、声や歌い方にとっても魅了されました。

デビューしてからは、音楽雑誌に頻繁に載っていて、PVで見たのと顔の印象が違うなって思ったのと、インタビューでよくエッチな発言もしていたので、少し気持ち悪い要素もありつつ(笑)岡村靖幸という人が段々とわかってきた感じでした。

おかしなことを言っても、基本的に真面目に答えていく岡村さんの姿はとても好印象でした。

 

HOUND DOGの大友康平さんがDJを務めるラジオに、ゲストとして来た時に、前日に(もしくは当日)親知らずを抜いたそうで、ラジオ越しにも声の調子で顔の腫れがわかるほどで、もごもごと、とても申し訳なさそうに話していたのがかわいらしかったです。

 

HOUND DOGとは
1980年「嵐の金曜日」でデビューした大友康平を中心とした日本のロックバンド。代表曲に「ff(フォルテシモ)」などがある。

 

著者は「Young oh!oh!」「Dog Days」でさらに虜に


▲岡村靖幸ファーストアルバム『yellow』(画像クリックで商品詳細へ)

 

ファーストアルバムに収録されていて、3枚目のシングルでもある「Young oh! oh!」(1987)、4枚目のシングル「Dog Days」(1987)はポップでキャッチーな曲で大好きでした。

 


 

私は、どんどんと岡村さんの魅力にとりつかれていきました。

5枚目のシングル「イケナイコトカイ」(1988)は名バラードで多くの音楽ファンの支持を得ました。

 

 

デビューしたての時はその言動から、少しキワモノ扱い?っぽくも無きにしも非ずでしたが、この「イケナイコトカイ」では、曲のクオリティの高さでさらにファン層を広げたと思います。

 

▼岡村靖幸デビュー当時の発表楽曲

曲名 発表年月日
Out of Blue 1986年12月1日
Check Out Love 1987年3月5日
Young oh! oh! 1987年5月21日
Dog Days 1987年7月22日
イケナイコトカイ 1988年2月1日

 

岡村さんを知ったきっかけが吉川晃司さん、と言いましたが、デビュー当時吉川さんと岡村さんは尾崎豊さんも含めて大親友となっていました。

3人それぞれから互いの話がよく出ていたので、そんな話からも岡村さんをより深く知ることができていました。

 

吉川さんは私にとって、音楽を好きになる原点でした。吉川さんが尾崎さんと親友になり、彼の話を良くしていたことから、私は尾崎さんも好きになりました。

なので、この3人の関係性というのは私にとって、とっても意味のある大きなものなのです。

次のページではこの3人の関係性について話していきます。3人の関係性を知る事でさらに岡村さんの事を深く知れることでしょう。

 

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著者:しあ

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ドニー・イェン(甄子丹) 【カンフー映画スター俳優9選⑨】

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カンフー映画を見たことがありますか?ブルース・リー氏やジャッキー・チェン氏は「俳優が武術をする」というよりは、「武術家が演技をする」と表現したほうがしっくりきます。カンフー映画鑑賞歴27年の著者が語ります!

「カンフー映画入門 ~観れば観るほど強くなる!?~」はこちらから!

はじめに

はじめに ~カンフー映画を楽しもう!~

第1章 カンフー映画とは

カンフー映画とは 【カンフー映画の歴史①】

ジミー・ウォング氏の時代 【カンフー映画の歴史②】

ブルース・リー氏の時代 【カンフー映画の歴史③】

ジャッキー・チェン氏の時代「酔拳・蛇拳」 【カンフー映画の歴史④】

ジャッキー・チェン氏の時代「プロジェクトA」 【カンフー映画の歴史⑤】

ジェット・リー氏とドニー・イェン氏の時代 【カンフー映画の歴史⑥】

第2章 カンフー映画スター俳優9選

ジミー・ウォング(王羽) 【カンフー映画スター俳優9選①】

ブルース・リー(李小龍) 【カンフー映画スター俳優9選②】

サモハン(洪金寶、サモ・ハン・キンポー) 【カンフー映画スター俳優9選③】

ジャッキー・チェン(成龍) 【カンフー映画スター俳優9選④】

ユン・ピョウ(元彪) 【カンフー映画スター俳優9選⑤】

ユン・ワー(元華) 【カンフー映画スター俳優9選⑥】

ラム・チェンイン(林正英) 【カンフー映画スター俳優9選⑦】

ジェット・リー(李 連杰) 【カンフー映画スター俳優9選⑧】

ドニー・イェン(甄子丹) 【カンフー映画スター俳優9選⑨】

第3章 カンフー映画を観る方法

カンフー映画を観る方法 【動画配信サービス比較】

第4章 おすすめカンフー映画13選

燃えよドラゴン(1973) 【おすすめカンフー映画13選①】

片腕カンフー対空飛ぶギロチン(1975) 【おすすめカンフー映画13選②】

酔拳(1978) 【おすすめカンフー映画13選③】

豚(とん)だカップル拳(1979) 【おすすめカンフー映画13選④】

ユン・ピョウinドラ息子カンフー(1981) 【おすすめカンフー映画13選⑤】

少林寺(1982) 【おすすめカンフー映画13選⑥】

霊幻道士(1985) 【おすすめカンフー映画13選⑦】

プロジェクトA(1983) 【おすすめカンフー映画13選⑧】

スパルタンX(1984) 【おすすめカンフー映画13選⑨】

七小福(夢に生きた子供達)(1988) 【おすすめカンフー映画13選⑩】

シティーハンター(1993) 【おすすめカンフー映画13選⑪】

イップ・マン 序章(2008) 【おすすめカンフー映画13選⑫】

捜査官X(2011) 【おすすめカンフー映画13選⑬】

第5章 カンフー映画の寄り道話

『七小福』とは 【ジャッキー達の子供時代】

アンジェラ・マオ 【女性カンフー映画スター3選①】

ノラ・ミャオ 【女性カンフー映画スター3選②】

ムーン・リー 【女性カンフー映画スター3選③】

千葉真一 【日本のアクションスター俳優①】

真田広之 【日本のアクションスター俳優②】

第6章 カンフーを習おう!

カンフー(功夫)とは

カンフーの種類 【長拳・南拳・太極拳】

大阪のカンフー教室・カンフー漫画「拳児」

著者:HARUKA

大阪府出身。趣味はドラム。中国武術は現在見習い中です。好きな映画ジャンルはダントツでカンフー映画!小学生の頃にジャッキー映画にはまり、今に至る。カンフースターは映画「霊幻道士」の道士役ラム・チェンイン氏が一番好きです。多くの人に新旧問わずカンフー映画に興味を持ってもらえたら嬉しいです。

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『カンフー映画入門』目次へ  (全38ページ)

 

この章(第2章)ではカンフー映画のスター俳優をご紹介。

このページでは「宇宙最強」と言われたカンフー映画スター俳優、ドニー・イェン氏を紹介します。

 

▼紹介する9人のカンフー映画スター俳優

名前 人物概要 主な出演作品
1 ジミー・ウォング カンフー映画界のレジェンド 「片腕必殺剣」
2 ブルース・リー 「本物」のアクションスター 「燃えよドラゴン」
3 サモハン カンフー映画界の主要人物 「燃えよデブゴン」
4 ジャッキー・チェン 世界のジャッキー 「酔拳」「プロジェクトA」
5 ユン・ピョウ カンフー映画アイドルスター 「ユン・ピョウinドラ息子カンフー」
6 ユン・ワー 中華圏芸能界屈指の名バイプレイヤー 「霊幻道士」
7 ラム・チェンイン 詠春拳の達人 「霊幻道士」
8 ジェット・リー 少林寺ブームの立役者 「少林寺」
9 ドニー・イェン⇐当ページ 遅咲きのカンフー映画スター 「イップマン」

 

ドニー・イェン(甄子丹)

photo by Roger Wo [1]https://www.flickr.com/photos/rogerwo/754841756/

生年月日 1963年7月27日
出身 中国広東省
身長 173㎝
代表作 「イップマン」シリーズ(2008~)
現在 俳優として活躍中

 

【ドニー・イェンってどんな俳優?】

遅咲きながらもすごく努力家なアクションスターだと思います。

ヒットに恵まれない時期もありましたが、映画「イップマン」シリーズが大ヒットして本当に良かったです。

ブルース・リー氏を意識しているというだけあり、カンフー以外にもプロレス技、ボクシングや総合格闘技等を自ら研究しており、映画によって様々な武術を使い分けられることに驚きました。

そして今年55歳にも関わらず、キレッキレの動きには脱帽です。ドニー・イェン氏の動きからは、日々の行いを、手を抜かずに取り組むことの大切さを感じます。

これからも第一線で活躍するアクションスターだと思うので、今後の活躍が楽しみです。

 

主な出演作品

発表年 タイトル
1984 「ドラゴン酔太極拳」
1988 「タイガー刑事」
1990 「タイガーコネクション」
1991 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地黎明」
1995 「精武門」(ドラマシリーズ)
1997 「ドラゴン危機一発‘97」
1998 「ドニー・イェン/COOL
2002 HERO
2005 SPL/狼よ、静かに死ね」
2007 「導火線 FLASH POINT
2008 「イップマン 序章」
2010 「イップマン 葉問」

 

ドニー・イェン氏の略歴

幼少期

 

武術家の母親を持ち、幼いころから武術を習い、父親からはピアノを習う。

ブルース・リー氏の大ファンで、自作のヌンチャクを持って学校へ通っていた。(ブルー・スリーはヌンチャクの使い手)

 

▼ブルース・リー

▼ヌンチャク

 

少年時代は喧嘩が絶えず、両親に心配され、16歳の時にアメリカを離れ、北京市業余体育学校にて2年ほど武術を学ぶ(ブルース・リー氏の場合は渡米だが、この辺りも少しブルース・リーと似ている。)。

この時、同じ学校(北京市業余体育)にジェット・リー氏もいたが、1980年5月にはジェット・リー氏は「少林寺」(’88)の撮影中であったため、顔を合わせることはなかった。

 

▼ジェット・リー氏

▼少林寺(画像クリックでDVD詳細へ)

 

同学校修了後、巨匠ユエン・ウーピン監督のもとへ行き、スクリーンテスト(撮影した映像で成否を決める選考方法)を受けている。(結果ドニー・イェン氏のマトリックス出演は叶わず)

 

ユエン・ウーピン監督
ユエン・ウーピン氏はジャッキー・チェン氏の「蛇拳」「酔拳」で監督デビュー。大ヒット映画「マトリックス」(’99)のカンフーアクション指導をして一躍有名になった。

▼ユエン・ウーピン氏

photo by Slackerwood [Photo Credit: Debbie Cerda, for use with attribution]Master Yuen Woo-ping Uploaded by Teemeah

▼マトリックス(画像クリックでDVD詳細へ)

▼蛇拳(画像クリックでDVD詳細へ)

▼酔拳(画像クリックでDVD詳細へ)

 

主演デビュー

 

その後、ユエン・ウーピン監督「ドラゴン酔太極拳」(’84)にて主演デビューを飾る。

その後アメリカへ戻り、武術家である母親の武術の助手を務めるなどを映画界から離れていた。

数年の後再び香港へ戻り、ユエン・ウーピンの元で「タイガー刑事」(’88)、「タイガーコネクション」(’90)などの作品に出演することで経験を積む。

 

▼タイガー刑事(画像クリックでDVD詳細へ)

▼タイガーコネクション(画像クリックでDVD詳細へ)

 

その後、ツイ・ハーク監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地黎明」(’91)に悪役として出演し、ジェット・リー氏との棍(長い棒の武器)を使った格闘シーンは高く評価された。

だが、ここではまだ大きなブレイクには至らなかった。

 

▼ツイ・ハーク監督

photo by Edmund Yeohttps://www.flickr.com/photos/edmundyeo/3147079208/

▼ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ天地黎明(画像クリックでDVD詳細へ)

 

監督デビュー

 

その後、1990年代後半に入り自ら監督・主演の「ドラゴン危機一発‘97」を発表。

低予算ながらも迫力ある格闘シーンを作り上げ、格闘映画ファンの間で大いに話題になった。

 

▼ドラゴン危機一髪’97(画像クリックで商品詳細へ)

 

続けて監督、主演作品第2弾「ドニー・イェン/COOL」(’98)を発表するものの興行的に振るわず、厳しい時期を迎える。

 

▼ドニー・イェン/COOL(画像クリックでDVD詳細へ)

 

この90年代に撮影した「精武門」(95年発表。「ドラゴン怒りの鉄拳」をリメイクとした香港のテレビドラマ)を通じて日本のアクション映画監督の谷垣健治(たにがき けんじ)氏と出会う。

 

▼精武門(画像クリックでDVD詳細へ)

 

谷垣健治氏

日本のアクション映画監督。アクション監督を務めた主な作品に「宮本武蔵」(ドラマ)、「るろうに剣心」など。

主演、アクション監督をドニー・イェン氏が務める「捜査官X」では、スタントコーディネーターとして、また、逃亡犯役としても出演。

ドニー・イェン氏との繋がりが深く、2018年公開(日本公開未定:2019年2月時点)のドニー・イェン氏主演作「肥龍過江」では監督を務めている。

▼「肥龍過江」予告動画

 

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釈由美子氏主演の「修羅雪姫」(’00)はアクション監督としてドニー・イェン氏、スタントコーディネーター(アクション監督と密接してアクションシーンを調整・制作などする役割)として谷垣健治氏が担当している。

 

▼釈由美子氏

photo by I, Genppy

▼修羅雪姫(画像クリックでDVD詳細へ)

 

このように、2000年代に入るとドニー・イェン氏は俳優としてではなく、アクション監督として裏方として活動し、アクション映画のいろはを吸収していった。

 

俳優としても活躍

 

一方で、チャン・イーモウ監督の超大作「HERO」(’02)にも出演し、再びジェット・リーと格闘シーンを演じ、アクション俳優としても健在であることを強くアピールした。

 

▼チャン・イーモウ氏

photo by Injeongwon

▼HERO(画像クリックでDVD詳細へ)

 

2005年、ウィルソン・イップ監督「SPL/狼よ、静かに死ね」にアクション監督兼刑事役として出演。

共演は気鋭の俳優ウー・ジン氏に香港映画界レジェンドのサモハン氏。

 

▼SPL/狼よ、静かに死ね(画像クリックでDVD詳細へ)

▼ウー・ジン氏

photo by celinahoran

 

この映画において、アクションにプロレス技や総合格闘技の要素を取り入れ大いに話題となり、映画はヒット。

続いて、前作と同様、ウィルソン・イップ監督「導火線 FLASH POINT」(’07)にもアクション監督兼主演として作品を発表。

世界に先駆けて、本格的にアクション映画に総合格闘技を融和させ、香港カンフー映画を刷新させた作品である。

この映画にも谷垣健治氏がスタントコーディネーターとして参加している。

 

▼導火線 FLASH POINT(画像クリックでDVD詳細へ)

 

ドニー・イェン氏は遅咲きながらも、長年努力して培った手腕や演技力が報われ、世界からも高い評価を得て、再び俳優として精力的に活動する。

 

世界的スターへ

 

そして、世界的にもアクション俳優として、ブルース・リー氏やジャッキー・チェン氏等の名優と堂々と並ぶ名声を決定づけた作品が「イップマン 序章」(’08)、「イップマン 葉問」(’10)である。

 

▼イップマン 序章(画像クリックでDVD詳細へ)

▼イップマン 葉問(画像クリックでDVD詳細へ)

 

ドニー・イェン氏は、ブルース・リー氏の師でもあったことで有名な、実在した武術家イップマン氏を演じた。

この作品は興行的にも評価的にも大成功し、瞬く間にドニー・イェン氏は脚光を浴び、時の人となり名実ともに「宇宙最強」の異名がついた。

「イップマン」シリーズはドニー・イェン氏の映画に対する情熱と粘り強さが報われ、光を浴びたた爽快な作品である。

 

ドニー・イェン氏もジェット・リー氏と同様、2020年公開予定の「ムーラン」にて、ムーランの師役にて出演予定と報じられている。

 

▼ムーラン原作(画像クリックでDVD詳細へ)

ドニー・イェン氏作品の視聴方法

 

各動画配信サービスの料金とドニー・イェン氏作品の取り揃え数を表した表です!

TSUTAYA TV Amazon Prime Netflix Hulu dTV U-NEXT
料金(税込/月額) 1007円~ 400円 864円~ 1007円~ 540円 2149円
ドニーイェン

※〇:豊富 △:ややあり ×:ほぼ無し

 

以上、「宇宙最強」と呼ばれたカンフー映画スター俳優、ドニー・イェン氏の紹介でした。次のページではカンフー映画を観るならどの動画配信サービスが良いのか、比較をしています。

『カンフー映画入門』目次へ  (全38ページ)

 

【カンフー映画の取り揃えが豊富なのは「TSUTAYA TV」&「TSUTAYA DISCAS」!】

 

目次著者

はじめに

はじめに ~カンフー映画を楽しもう!~

第1章 カンフー映画とは

カンフー映画とは 【カンフー映画の歴史①】

ジミー・ウォング氏の時代 【カンフー映画の歴史②】

ブルース・リー氏の時代 【カンフー映画の歴史③】

ジャッキー・チェン氏の時代「酔拳・蛇拳」 【カンフー映画の歴史④】

ジャッキー・チェン氏の時代「プロジェクトA」 【カンフー映画の歴史⑤】

ジェット・リー氏とドニー・イェン氏の時代 【カンフー映画の歴史⑥】

第2章 カンフー映画スター俳優9選

ジミー・ウォング(王羽) 【カンフー映画スター俳優9選①】

ブルース・リー(李小龍) 【カンフー映画スター俳優9選②】

サモハン(洪金寶、サモ・ハン・キンポー) 【カンフー映画スター俳優9選③】

ジャッキー・チェン(成龍) 【カンフー映画スター俳優9選④】

ユン・ピョウ(元彪) 【カンフー映画スター俳優9選⑤】

ユン・ワー(元華) 【カンフー映画スター俳優9選⑥】

ラム・チェンイン(林正英) 【カンフー映画スター俳優9選⑦】

ジェット・リー(李 連杰) 【カンフー映画スター俳優9選⑧】

ドニー・イェン(甄子丹) 【カンフー映画スター俳優9選⑨】

第3章 カンフー映画を観る方法

カンフー映画を観る方法 【動画配信サービス比較】

第4章 おすすめカンフー映画13選

燃えよドラゴン(1973) 【おすすめカンフー映画13選①】

片腕カンフー対空飛ぶギロチン(1975) 【おすすめカンフー映画13選②】

酔拳(1978) 【おすすめカンフー映画13選③】

豚(とん)だカップル拳(1979) 【おすすめカンフー映画13選④】

ユン・ピョウinドラ息子カンフー(1981) 【おすすめカンフー映画13選⑤】

少林寺(1982) 【おすすめカンフー映画13選⑥】

霊幻道士(1985) 【おすすめカンフー映画13選⑦】

プロジェクトA(1983) 【おすすめカンフー映画13選⑧】

スパルタンX(1984) 【おすすめカンフー映画13選⑨】

七小福(夢に生きた子供達)(1988) 【おすすめカンフー映画13選⑩】

シティーハンター(1993) 【おすすめカンフー映画13選⑪】

イップ・マン 序章(2008) 【おすすめカンフー映画13選⑫】

捜査官X(2011) 【おすすめカンフー映画13選⑬】

第5章 カンフー映画の寄り道話

『七小福』とは 【ジャッキー達の子供時代】

アンジェラ・マオ 【女性カンフー映画スター3選①】

ノラ・ミャオ 【女性カンフー映画スター3選②】

ムーン・リー 【女性カンフー映画スター3選③】

千葉真一 【日本のアクションスター俳優①】

真田広之 【日本のアクションスター俳優②】

第6章 カンフーを習おう!

カンフー(功夫)とは

カンフーの種類 【長拳・南拳・太極拳】

大阪のカンフー教室・カンフー漫画「拳児」

著者:HARUKA

大阪府出身。趣味はドラム。中国武術は現在見習い中です。好きな映画ジャンルはダントツでカンフー映画!小学生の頃にジャッキー映画にはまり、今に至る。カンフースターは映画「霊幻道士」の道士役ラム・チェンイン氏が一番好きです。多くの人に新旧問わずカンフー映画に興味を持ってもらえたら嬉しいです。

お問い合わせはこちらから

ジェット・リー(李 連杰) 【カンフー映画スター俳優9選⑧】

Webon紹介目次著者

カンフー映画を見たことがありますか?ブルース・リー氏やジャッキー・チェン氏は「俳優が武術をする」というよりは、「武術家が演技をする」と表現したほうがしっくりきます。カンフー映画鑑賞歴27年の著者が語ります!

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はじめに

はじめに ~カンフー映画を楽しもう!~

第1章 カンフー映画とは

カンフー映画とは 【カンフー映画の歴史①】

ジミー・ウォング氏の時代 【カンフー映画の歴史②】

ブルース・リー氏の時代 【カンフー映画の歴史③】

ジャッキー・チェン氏の時代「酔拳・蛇拳」 【カンフー映画の歴史④】

ジャッキー・チェン氏の時代「プロジェクトA」 【カンフー映画の歴史⑤】

ジェット・リー氏とドニー・イェン氏の時代 【カンフー映画の歴史⑥】

第2章 カンフー映画スター俳優9選

ジミー・ウォング(王羽) 【カンフー映画スター俳優9選①】

ブルース・リー(李小龍) 【カンフー映画スター俳優9選②】

サモハン(洪金寶、サモ・ハン・キンポー) 【カンフー映画スター俳優9選③】

ジャッキー・チェン(成龍) 【カンフー映画スター俳優9選④】

ユン・ピョウ(元彪) 【カンフー映画スター俳優9選⑤】

ユン・ワー(元華) 【カンフー映画スター俳優9選⑥】

ラム・チェンイン(林正英) 【カンフー映画スター俳優9選⑦】

ジェット・リー(李 連杰) 【カンフー映画スター俳優9選⑧】

ドニー・イェン(甄子丹) 【カンフー映画スター俳優9選⑨】

第3章 カンフー映画を観る方法

カンフー映画を観る方法 【動画配信サービス比較】

第4章 おすすめカンフー映画13選

燃えよドラゴン(1973) 【おすすめカンフー映画13選①】

片腕カンフー対空飛ぶギロチン(1975) 【おすすめカンフー映画13選②】

酔拳(1978) 【おすすめカンフー映画13選③】

豚(とん)だカップル拳(1979) 【おすすめカンフー映画13選④】

ユン・ピョウinドラ息子カンフー(1981) 【おすすめカンフー映画13選⑤】

少林寺(1982) 【おすすめカンフー映画13選⑥】

霊幻道士(1985) 【おすすめカンフー映画13選⑦】

プロジェクトA(1983) 【おすすめカンフー映画13選⑧】

スパルタンX(1984) 【おすすめカンフー映画13選⑨】

七小福(夢に生きた子供達)(1988) 【おすすめカンフー映画13選⑩】

シティーハンター(1993) 【おすすめカンフー映画13選⑪】

イップ・マン 序章(2008) 【おすすめカンフー映画13選⑫】

捜査官X(2011) 【おすすめカンフー映画13選⑬】

第5章 カンフー映画の寄り道話

『七小福』とは 【ジャッキー達の子供時代】

アンジェラ・マオ 【女性カンフー映画スター3選①】

ノラ・ミャオ 【女性カンフー映画スター3選②】

ムーン・リー 【女性カンフー映画スター3選③】

千葉真一 【日本のアクションスター俳優①】

真田広之 【日本のアクションスター俳優②】

第6章 カンフーを習おう!

カンフー(功夫)とは

カンフーの種類 【長拳・南拳・太極拳】

大阪のカンフー教室・カンフー漫画「拳児」

著者:HARUKA

大阪府出身。趣味はドラム。中国武術は現在見習い中です。好きな映画ジャンルはダントツでカンフー映画!小学生の頃にジャッキー映画にはまり、今に至る。カンフースターは映画「霊幻道士」の道士役ラム・チェンイン氏が一番好きです。多くの人に新旧問わずカンフー映画に興味を持ってもらえたら嬉しいです。

お問い合わせはこちらから

 

『カンフー映画入門』目次へ  (全38ページ)

 

この章(第2章)ではカンフー映画のスター俳優をご紹介。

このページでは少林寺ブームを巻き起こしたカンフー映画スター俳優、ジェット・リー氏を紹介します。

 

▼紹介する9人のカンフー映画スター俳優

名前 人物概要 主な出演作品
1 ジミー・ウォング カンフー映画界のレジェンド 「片腕必殺剣」
2 ブルース・リー 「本物」のアクションスター 「燃えよドラゴン」
3 サモハン カンフー映画界の主要人物 「燃えよデブゴン」
4 ジャッキー・チェン 世界のジャッキー 「酔拳」「プロジェクトA」
5 ユン・ピョウ カンフー映画アイドルスター 「ユン・ピョウinドラ息子カンフー」
6 ユン・ワー 中華圏芸能界屈指の名バイプレイヤー 「霊幻道士」
7 ラム・チェンイン 詠春拳の達人 「霊幻道士」
8 ジェット・リー⇐当ページ 少林寺ブームの立役者 「少林寺」
9 ドニー・イェン 遅咲きのカンフー映画スター 「イップマン」

 

ジェット・リー

生年月日 1963年4月26日
本名 リー・リンチェイ(李連杰)
出身 中国北京
初期ヒット作 「少林寺」(1982)
現在 俳優として活動

 

【ジェット・リーってどんな俳優?】

友人が、ジェット・リー氏に憧れてジェット・リー氏と同じ長拳(太極拳などと共に親しまれる中国武術)を習っていたのがきっかけで知りました。

友人は武術団体の選手としても中国へよく強化訓練で渡っており、ジェット・リー氏は中国でも有名だったと話していました。

跳躍や身体を大きく動かす長拳を実際に私自身も現在習っているのですが、高い柔軟性を必要とし、動きもとても難しく、映画「少林寺」等の劇中で見せるアクションはかなり高度な身体能力だと実感をせざるを得ません。

 

主な出演作品

発表年 タイトル
1982 「少林寺」
1983 「少林寺2」
1986 「阿羅漢」
1988 「ファイナルファイター」
1991 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ天地黎明」
1998 「リーサル・ウェポン4」
2001 「キス・オブ・ザ・ドラゴン」
2002 HERO
2010 「エクスペンダブルズ」「海洋天堂」
2017 「攻守道」
第4章ではジェット・リー氏出演作品を詳しくご紹介!

 

ジェット・リー氏の略歴

デビュー

 

兄2人姉2人、5人兄妹の末っ子。

8歳から武術を学び、11歳の時に中国全国武術大会で個人総合優勝。以後、5年連続にわたって優勝し「中国の至宝」と呼ばれた。

本名のリー・リンチェイ名義で出演した中国・香港合作の「少林寺」(’82)にてデビュー。

 

▼少林寺(画像クリックでDVD詳細へ)

 

華麗かつ鮮やかなカンフーと純朴な風貌で少林寺ブームを巻き起こした。

続いて「少林寺2」(’83)、「阿羅漢」(’86)と続けて少林寺シリーズがヒットする。

 

▼少林寺2(画像クリックでDVD詳細へ)

▼阿羅漢(画像クリックでDVD詳細へ)

 

「ファイナルファイター」(’88)では、当時24歳のジェット・リー氏自身が監督に初挑戦した。

 

▼ファイナルファイター(画像クリックでDVD詳細へ)

 

ツイ・ハーク監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ天地黎明」(’91)において中国の伝説的武術家である黄飛鴻(ウォン・フェイフォン)を演じ、これが当たり役となる。

同作品はシリーズ化され、ジェット・リー氏の代表作となった。

 

▼ツイ・ハーク監督

photo by Edmund Yeohttps://www.flickr.com/photos/edmundyeo/3147079208/

▼ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ天地黎明(画像クリックでDVD詳細へ)

 

ハリウッドデビュー

 

1990年代後半にはメル・ギブソン氏主演の「リーサル・ウェポン4」(’98)でハリウッドデビューし、ずば抜けたアクションと存在感で注目を浴びる。

 

▼メル・ギブソン氏

photo by Georges Biard

▼リーサル・ウェポン4(画像クリックでDVD詳細へ)

 

「キス・オブ・ザ・ドラゴン」(’01)、ドニー・イェン氏・マギー・レオン氏・チャン・ツィイー氏など中華圏豪華キャストの「HERO」(’02)に出演。

 

▼キス・オブ・ザ・ドラゴン(画像クリックでDVD詳細へ)

▼ドニー・イェン氏

photo by Roger Wo [1]https://www.flickr.com/photos/rogerwo/754841756/

▼チャン・ツィイー氏

photo by Georges Biard

▼HERO(画像クリックでDVD詳細へ)

 

シルヴェスター・スターローン監督の「エクスペンダブルズ」(’10)などの作品にも出演し、国際的アクション俳優として活躍をする。

 

▼シルヴェスター・スターローン

photo by Michael Schilling

▼エクスペンダブルズ(画像クリックでDVD詳細へ)

 

チャリティ活動

 

家族との休暇中にスマトラ島沖地震(2004年)に被災したことがきっかけで、2007年にチャリティ基金である「ワン基金One Foundation」を設立。

 

ワン基金One Foundation

2007年にジェットリーによって設立されたチャリティー基金。中国で起こった災害などで既に何度も支援が行われている。物質支援だけではなく、災害者の心理的ケアにも心が配られている。

公式サイト:http://www.onefoundation.cn/

 

1人が毎月1元(1ドル)を、地球に暮らす一大家族のために寄付しよう」という理念のもと、災害救援などのチャリティ活動を行う。

2008年5月には四川大地震が発生し、ボランティア活動に専念するために、1年間映画への出演はしないと発表した。

 

四川大地震

2008年5月に中国四川省で起きたマグニチュード8.0の大地震。死者6万人を超えるなど大きな被害が及んだ。

 

2010年には、「海洋天堂」(’10)において初めてアクションを封印し、自閉症の息子を男手ひとつで育てる父親役を好演している。

 

▼海洋天堂(画像クリックでDVD詳細へ)

 

この頃、体重が激減する等の体調不良に悩まされ、甲状腺機能亢進(こうじょうせんきのうこうしん)と診断され、2013年に闘病中であることを公表。

2016年に病を克服したと発表したが、今後は俳優業を控えて、チャリティ活動を中心に活動すると宣言している。

 

近年の活動

 

2017年には、中国一の大富豪であるアリババグループの創業者と共に

「中国武術の本質が攻めることではなく、文化や誇り、家族を守るためにあることを知らしめ、中国武術と太極拳に対する理解を深めてもらうため」

という目的から、ジェット・リー自身が総監督を務めた20分のショートフィルム「功守道」を製作。

 

アリババグループ

中国のITビジネスを手掛ける大企業。国内・海外に向けオンラインビジネスのサポート事業などを展開している

 

この作品は、主演がアリババグループ創業者のジャック・マー氏、中華圏映画界のトップスター、サモハン氏、ドニー・イェン氏、ウー・ジン氏、また、アクション監督にユエン・ウーピン氏等々の豪華布陣が参加している。

 

▼ジャック・マー氏(アリババグループの創業者)

photo by World Economic Forum at en.wikipedia

▼ウー・ジン氏

photo by celinahoran

▼ユエン・ウーピン監督

photo by Slackerwood [Photo Credit: Debbie Cerda, for use with attribution]Master Yuen Woo-ping Uploaded by Teemeah

 

2018年現在の最新情報によると、2020年公開予定の「ムーラン」では、中国の皇帝役にて出演予定と報じられている。

 

▼ムーラン原作(画像クリックでDVD詳細へ)

 

ジェット・リー氏作品の視聴方法

 

各動画配信サービスの料金とジェット・リー氏作品の取り揃え数を表した表です!

TSUTAYA TV Amazon Prime Netflix Hulu dTV U-NEXT
料金(税込/月額) 1007円~ 400円 864円~ 1007円~ 540円 2149円
ジェットリー

※〇:豊富 △:ややあり ×:ほぼ無し

 

以上、ジェット・リー氏の紹介でした。

次のページでは「宇宙最強」と呼ばれたカンフー映画スター俳優、ドニー・イェン氏を紹介します。

『カンフー映画入門』目次へ  (全38ページ)

 

【カンフー映画の取り揃えが豊富なのは「TSUTAYA TV」&「TSUTAYA DISCAS」!】

 

目次著者

はじめに

はじめに ~カンフー映画を楽しもう!~

第1章 カンフー映画とは

カンフー映画とは 【カンフー映画の歴史①】

ジミー・ウォング氏の時代 【カンフー映画の歴史②】

ブルース・リー氏の時代 【カンフー映画の歴史③】

ジャッキー・チェン氏の時代「酔拳・蛇拳」 【カンフー映画の歴史④】

ジャッキー・チェン氏の時代「プロジェクトA」 【カンフー映画の歴史⑤】

ジェット・リー氏とドニー・イェン氏の時代 【カンフー映画の歴史⑥】

第2章 カンフー映画スター俳優9選

ジミー・ウォング(王羽) 【カンフー映画スター俳優9選①】

ブルース・リー(李小龍) 【カンフー映画スター俳優9選②】

サモハン(洪金寶、サモ・ハン・キンポー) 【カンフー映画スター俳優9選③】

ジャッキー・チェン(成龍) 【カンフー映画スター俳優9選④】

ユン・ピョウ(元彪) 【カンフー映画スター俳優9選⑤】

ユン・ワー(元華) 【カンフー映画スター俳優9選⑥】

ラム・チェンイン(林正英) 【カンフー映画スター俳優9選⑦】

ジェット・リー(李 連杰) 【カンフー映画スター俳優9選⑧】

ドニー・イェン(甄子丹) 【カンフー映画スター俳優9選⑨】

第3章 カンフー映画を観る方法

カンフー映画を観る方法 【動画配信サービス比較】

第4章 おすすめカンフー映画13選

燃えよドラゴン(1973) 【おすすめカンフー映画13選①】

片腕カンフー対空飛ぶギロチン(1975) 【おすすめカンフー映画13選②】

酔拳(1978) 【おすすめカンフー映画13選③】

豚(とん)だカップル拳(1979) 【おすすめカンフー映画13選④】

ユン・ピョウinドラ息子カンフー(1981) 【おすすめカンフー映画13選⑤】

少林寺(1982) 【おすすめカンフー映画13選⑥】

霊幻道士(1985) 【おすすめカンフー映画13選⑦】

プロジェクトA(1983) 【おすすめカンフー映画13選⑧】

スパルタンX(1984) 【おすすめカンフー映画13選⑨】

七小福(夢に生きた子供達)(1988) 【おすすめカンフー映画13選⑩】

シティーハンター(1993) 【おすすめカンフー映画13選⑪】

イップ・マン 序章(2008) 【おすすめカンフー映画13選⑫】

捜査官X(2011) 【おすすめカンフー映画13選⑬】

第5章 カンフー映画の寄り道話

『七小福』とは 【ジャッキー達の子供時代】

アンジェラ・マオ 【女性カンフー映画スター3選①】

ノラ・ミャオ 【女性カンフー映画スター3選②】

ムーン・リー 【女性カンフー映画スター3選③】

千葉真一 【日本のアクションスター俳優①】

真田広之 【日本のアクションスター俳優②】

第6章 カンフーを習おう!

カンフー(功夫)とは

カンフーの種類 【長拳・南拳・太極拳】

大阪のカンフー教室・カンフー漫画「拳児」

著者:HARUKA

大阪府出身。趣味はドラム。中国武術は現在見習い中です。好きな映画ジャンルはダントツでカンフー映画!小学生の頃にジャッキー映画にはまり、今に至る。カンフースターは映画「霊幻道士」の道士役ラム・チェンイン氏が一番好きです。多くの人に新旧問わずカンフー映画に興味を持ってもらえたら嬉しいです。

お問い合わせはこちらから

ラム・チェンイン(林正英) 【カンフー映画スター俳優9選⑦】

Webon紹介目次著者

カンフー映画を見たことがありますか?ブルース・リー氏やジャッキー・チェン氏は「俳優が武術をする」というよりは、「武術家が演技をする」と表現したほうがしっくりきます。カンフー映画鑑賞歴27年の著者が語ります!

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はじめに

はじめに ~カンフー映画を楽しもう!~

第1章 カンフー映画とは

カンフー映画とは 【カンフー映画の歴史①】

ジミー・ウォング氏の時代 【カンフー映画の歴史②】

ブルース・リー氏の時代 【カンフー映画の歴史③】

ジャッキー・チェン氏の時代「酔拳・蛇拳」 【カンフー映画の歴史④】

ジャッキー・チェン氏の時代「プロジェクトA」 【カンフー映画の歴史⑤】

ジェット・リー氏とドニー・イェン氏の時代 【カンフー映画の歴史⑥】

第2章 カンフー映画スター俳優9選

ジミー・ウォング(王羽) 【カンフー映画スター俳優9選①】

ブルース・リー(李小龍) 【カンフー映画スター俳優9選②】

サモハン(洪金寶、サモ・ハン・キンポー) 【カンフー映画スター俳優9選③】

ジャッキー・チェン(成龍) 【カンフー映画スター俳優9選④】

ユン・ピョウ(元彪) 【カンフー映画スター俳優9選⑤】

ユン・ワー(元華) 【カンフー映画スター俳優9選⑥】

ラム・チェンイン(林正英) 【カンフー映画スター俳優9選⑦】

ジェット・リー(李 連杰) 【カンフー映画スター俳優9選⑧】

ドニー・イェン(甄子丹) 【カンフー映画スター俳優9選⑨】

第3章 カンフー映画を観る方法

カンフー映画を観る方法 【動画配信サービス比較】

第4章 おすすめカンフー映画13選

燃えよドラゴン(1973) 【おすすめカンフー映画13選①】

片腕カンフー対空飛ぶギロチン(1975) 【おすすめカンフー映画13選②】

酔拳(1978) 【おすすめカンフー映画13選③】

豚(とん)だカップル拳(1979) 【おすすめカンフー映画13選④】

ユン・ピョウinドラ息子カンフー(1981) 【おすすめカンフー映画13選⑤】

少林寺(1982) 【おすすめカンフー映画13選⑥】

霊幻道士(1985) 【おすすめカンフー映画13選⑦】

プロジェクトA(1983) 【おすすめカンフー映画13選⑧】

スパルタンX(1984) 【おすすめカンフー映画13選⑨】

七小福(夢に生きた子供達)(1988) 【おすすめカンフー映画13選⑩】

シティーハンター(1993) 【おすすめカンフー映画13選⑪】

イップ・マン 序章(2008) 【おすすめカンフー映画13選⑫】

捜査官X(2011) 【おすすめカンフー映画13選⑬】

第5章 カンフー映画の寄り道話

『七小福』とは 【ジャッキー達の子供時代】

アンジェラ・マオ 【女性カンフー映画スター3選①】

ノラ・ミャオ 【女性カンフー映画スター3選②】

ムーン・リー 【女性カンフー映画スター3選③】

千葉真一 【日本のアクションスター俳優①】

真田広之 【日本のアクションスター俳優②】

第6章 カンフーを習おう!

カンフー(功夫)とは

カンフーの種類 【長拳・南拳・太極拳】

大阪のカンフー教室・カンフー漫画「拳児」

著者:HARUKA

大阪府出身。趣味はドラム。中国武術は現在見習い中です。好きな映画ジャンルはダントツでカンフー映画!小学生の頃にジャッキー映画にはまり、今に至る。カンフースターは映画「霊幻道士」の道士役ラム・チェンイン氏が一番好きです。多くの人に新旧問わずカンフー映画に興味を持ってもらえたら嬉しいです。

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この章(第2章)ではカンフー映画のスター俳優をご紹介。

このページでは詠春拳の達人であるカンフー映画スター俳優、ラム・チェンイン氏を紹介します。

 

▼紹介する9人のカンフー映画スター俳優

名前 人物概要 主な出演作品
1 ジミー・ウォング カンフー映画界のレジェンド 「片腕必殺剣」
2 ブルース・リー 「本物」のアクションスター 「燃えよドラゴン」
3 サモハン カンフー映画界の主要人物 「燃えよデブゴン」
4 ジャッキー・チェン 世界のジャッキー 「酔拳」「プロジェクトA」
5 ユン・ピョウ カンフー映画アイドルスター 「ユン・ピョウinドラ息子カンフー」
6 ユン・ワー 中華圏芸能界屈指の名バイプレイヤー 「霊幻道士」
7 ラム・チェンイン⇐当ページ 詠春拳の達人 「霊幻道士」
8 ジェット・リー 少林寺ブームの立役者 「少林寺」
9 ドニー・イェン 遅咲きのカンフー映画スター 「イップマン」

 

ラム・チェンイン(林正英)

▲真ん中で座っているのがラム・チェンイン氏

生年月日 1952年12月27日
本名 林根寶(ラム・ガン・ボウ)
出身 香港
享年 1997年11月8日(45歳)
ヒット作 「霊幻道士」「香港発活劇エクスプレス 大福星」
備考 著者が最も好きなアクションスター。詠春拳の達人。

 

【ラムチェンインってどんな俳優?】

どのアクションスターよりも衝撃が強かったです。

私が小学生の頃に「霊幻道士」という映画を観て「このおじいちゃん誰よりも強いし、他の演者を早くキョンシーから助けてあげて!」と思って観ていました。(本当はおじいちゃんなんて言う年齢ではなかったのですが)。

時系列バラバラで当時は映画を観ていたので、「あ、この人ここにも出てる!」と気づきが多くなるにつれ他の俳優と同様ファンになっていました。

「霊幻道士」の道士様の印象が強かったのですが、映画「ユン・ピョウ・inドラ息子カンフー」を観て、京劇(中国の伝統的な音楽劇)で女形役を演じたり、華麗な武術(詠春拳:えいしゅんけん)を見せたりする様に釘付けとなりました。

真面目そうな風貌に似合わずおちゃめな面が垣間見えるところもとても良いです。

もう他界してしまいましたが、画面に出てくると安心する存在で、私の最も好きなアクションスターです。

 

主な出演作品

発表年 タイトル
1982 「ユン・ピョウinドラ息子カンフー」
1985 「霊幻道士」
1994 「青蜂狭(グリーンホーネット)」
1995 「霊幻道士」(テレビドラマ)

 

ラム・チェンイン氏の略歴

ブルース・リー氏の右腕時代

 

7人兄弟の3番目に生まれる。

小学校を2年で退学し、京劇の名門校の一つである春秋戯劇学院(しゅんじゅう ぎげき がくいん)にて5年間の修行を積み、17歳でスタントマンとして映画界へ進む。

 

京劇

京劇は歌、舞踊、セリフ、アクロバティックな立ち回りから成る中国の総合芸術であり、オペラやミュージカルに近い音楽劇。

役者のきらびやかな衣装や派手な化粧に訓練された演技力、そして中国の伝統的な民族楽器の生演奏が舞台を華やかに盛り立てる。

▼京劇の様子

photo by d’n’c Some rights reserved

 

体格がやせていたため、女優のスタントを行うことが多かった。

武術指導のアシスタントとして、ブルース・リー氏の「ドラゴン危機一髪」(’71)に携わる。

 

▼ブルース・リー氏

▼ドラゴン危機一髪(画像クリックでDVD詳細へ)

 

ここで、ブルース・リー氏に実力を評価され、「ドラゴン怒りの鉄拳」(’72)、「燃えよドラゴン」(’73)でも武術指導のアシスタントを務め、ブルース・リー氏の右腕として絶大なる信頼を得た。

 

▼ドラゴン怒りの鉄拳(画像クリックでDVD詳細へ)

▼燃えよドラゴン(画像クリックでDVD詳細へ)

 

ユン・ワー氏等と共に、ブルース・リー氏のお気に入り10人のうちの一人に選ばれる。

ブルース・リー氏のプロデュースによってアメリカでのデビューの話が持ち上がるが、1973年7月20日にブルース・リー氏の死亡によって話が流れてしまった。

 

▼右上がユン・ワー氏

 

俳優として活躍

 

その後、武術指導として数作品に携わり、映画会社ゴールデン・ハーベスト作品を中心として、端役で出演するようになる。

 

ゴールデン・ハーベスト社
1970年に設立された映画製作会社。大手香港映画会社ショウ・ブラザーズの制作本部長を務めていたレイモンド・チヨウ氏とプロデューサーのレナード・ホー氏らが設立。

 

1970年代末ごろから、これまでにも共演機会が多かったサモハン氏率いるアクションチーム「洪家班(こうかはん)」へ入り、サモハンの右腕的存在となる。

 

▼サモハン氏

(出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/サモ・ハン・キンポー#/media/File:SammoHung.jpg)

 

ラム・チェンイン氏はジャッキー氏やユン・ピョウ氏よりも少し年上で、遅咲きながらも遂に俳優として目覚ましく活躍する時期が1980年代に訪れる。

 

▼ジャッキー・チェン氏

 

ユン・ピョウ氏の主演映画「ユン・ピョウinドラ息子カンフー」(’82)では、カンフーの達人である京劇の女形役を演じる。

 

▼ユン・ピョウinドラ息子カンフー(画像クリックでDVD詳細へ)

 

この作中でラム・チェンイン氏が見せるカンフー(詠春拳)は、カンフー映画史上最高の一つとされており、ラム・チェンイン氏出演映画の中でも最も華麗なカンフー(詠春拳)を見ることができる作品である。

 

▼詠春拳のイメージ

 

また、ユン・ピョウ氏が炎で燃え盛る大きな旗を振るシーンにおいて、華麗に旗を翻って避ける立ち回りも素晴らしく、ジャッキー氏、サモハン氏、ユン・ピョウ氏だけでなく、ラム・チェンイン氏、ユン・ワー氏等の本格的な武術家がこの時代の香港のカンフー映画シーンには多く存在したという事が印象付けられる作品の一つでもある。

この「ユン・ピョウinドラ息子カンフー」において、第2回香港電影金像奨(ほんこん でんえい きんぞうしょう)“最佳動作設計”(アクション指導賞)をサモハン氏、ユン・ピョウ氏、ビリー・チャン氏と共に受賞する。

 

香港電影金像奨

日本では香港アカデミー賞ともいわれる中華圏で最も有名な映画賞式典の一つ。1982年より毎年行われている。

 

道士役でヒット

 

翌年にも「五福星」(’83)において、第3回香港電影金像奨最佳動作設計(アクション指導賞)をユン・ピョウ氏、ビリー・チャン氏と共に受賞した。

 

▼五福星(画像クリックでDVD詳細へ)

 

そして、サモハン氏がプロデュースのキョンシー(中国の妖怪)映画「霊幻道士」(’85)において、道士役を務めるが、これが当たり役となる。

日本においても大ヒットし、「ラム・チェンイン=道士」というイメージが定着した。以後、数々のキョンシー映画において道士役を演じることになった。

 

▼霊幻道士(画像クリックでDVD詳細へ)

 

引退へ

 

1990年代に入るとキョンシーブームも過ぎ去り、様々なアイデアで巻き返しを図るものの再興は叶わなかった。

1994年に自ら製作、監督、出演を務めた「青蜂狭(グリーンホーネット)」を最後に映画界から退いた。

 

▼青蜂狭(グリーンホーネット)(画像クリックで作品詳細へ)

 

その後、テレビドラマ界へ活動を移し、テレビシリーズ「霊幻道士」(’95)にてヒットとなるものの、かねてからの体調不良により検査のために渡米する。

 

▼テレビシリーズ霊幻道士(画像クリックでDVD詳細へ)

 

結果は肝臓癌で、すでに手遅れの状態だった。

1997年11月8日、44歳の若さで逝去する。

死の直前には、自身の「変わり果てた姿を見せたくない」と友人や自身の子供2人の面会をも拒否していた。

遺言として愛用のサングラスと遺骨はアメリカへ埋葬された。

 

ラム・チェンイン氏作品の視聴方法

 

発表年 タイトル 視聴可能動画配信サービス
1982 「ユン・ピョウinドラ息子カンフー」
1985 「霊幻道士」 Hulu
1994 「青蜂狭(グリーンホーネット)」
1995 「霊幻道士」(テレビドラマ)

 

以上、詠春拳の達人、ラム・チェンイン氏の紹介でした。

次のページでは少林寺ブームを巻き起こしたカンフー映画スター俳優、ジェット・リー氏を紹介します。

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はじめに

はじめに ~カンフー映画を楽しもう!~

第1章 カンフー映画とは

カンフー映画とは 【カンフー映画の歴史①】

ジミー・ウォング氏の時代 【カンフー映画の歴史②】

ブルース・リー氏の時代 【カンフー映画の歴史③】

ジャッキー・チェン氏の時代「酔拳・蛇拳」 【カンフー映画の歴史④】

ジャッキー・チェン氏の時代「プロジェクトA」 【カンフー映画の歴史⑤】

ジェット・リー氏とドニー・イェン氏の時代 【カンフー映画の歴史⑥】

第2章 カンフー映画スター俳優9選

ジミー・ウォング(王羽) 【カンフー映画スター俳優9選①】

ブルース・リー(李小龍) 【カンフー映画スター俳優9選②】

サモハン(洪金寶、サモ・ハン・キンポー) 【カンフー映画スター俳優9選③】

ジャッキー・チェン(成龍) 【カンフー映画スター俳優9選④】

ユン・ピョウ(元彪) 【カンフー映画スター俳優9選⑤】

ユン・ワー(元華) 【カンフー映画スター俳優9選⑥】

ラム・チェンイン(林正英) 【カンフー映画スター俳優9選⑦】

ジェット・リー(李 連杰) 【カンフー映画スター俳優9選⑧】

ドニー・イェン(甄子丹) 【カンフー映画スター俳優9選⑨】

第3章 カンフー映画を観る方法

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第4章 おすすめカンフー映画13選

燃えよドラゴン(1973) 【おすすめカンフー映画13選①】

片腕カンフー対空飛ぶギロチン(1975) 【おすすめカンフー映画13選②】

酔拳(1978) 【おすすめカンフー映画13選③】

豚(とん)だカップル拳(1979) 【おすすめカンフー映画13選④】

ユン・ピョウinドラ息子カンフー(1981) 【おすすめカンフー映画13選⑤】

少林寺(1982) 【おすすめカンフー映画13選⑥】

霊幻道士(1985) 【おすすめカンフー映画13選⑦】

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七小福(夢に生きた子供達)(1988) 【おすすめカンフー映画13選⑩】

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イップ・マン 序章(2008) 【おすすめカンフー映画13選⑫】

捜査官X(2011) 【おすすめカンフー映画13選⑬】

第5章 カンフー映画の寄り道話

『七小福』とは 【ジャッキー達の子供時代】

アンジェラ・マオ 【女性カンフー映画スター3選①】

ノラ・ミャオ 【女性カンフー映画スター3選②】

ムーン・リー 【女性カンフー映画スター3選③】

千葉真一 【日本のアクションスター俳優①】

真田広之 【日本のアクションスター俳優②】

第6章 カンフーを習おう!

カンフー(功夫)とは

カンフーの種類 【長拳・南拳・太極拳】

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著者:HARUKA

大阪府出身。趣味はドラム。中国武術は現在見習い中です。好きな映画ジャンルはダントツでカンフー映画!小学生の頃にジャッキー映画にはまり、今に至る。カンフースターは映画「霊幻道士」の道士役ラム・チェンイン氏が一番好きです。多くの人に新旧問わずカンフー映画に興味を持ってもらえたら嬉しいです。

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ユン・ワー(元華) 【カンフー映画スター俳優9選⑥】

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第2章 カンフー映画スター俳優9選

ジミー・ウォング(王羽) 【カンフー映画スター俳優9選①】

ブルース・リー(李小龍) 【カンフー映画スター俳優9選②】

サモハン(洪金寶、サモ・ハン・キンポー) 【カンフー映画スター俳優9選③】

ジャッキー・チェン(成龍) 【カンフー映画スター俳優9選④】

ユン・ピョウ(元彪) 【カンフー映画スター俳優9選⑤】

ユン・ワー(元華) 【カンフー映画スター俳優9選⑥】

ラム・チェンイン(林正英) 【カンフー映画スター俳優9選⑦】

ジェット・リー(李 連杰) 【カンフー映画スター俳優9選⑧】

ドニー・イェン(甄子丹) 【カンフー映画スター俳優9選⑨】

第3章 カンフー映画を観る方法

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第4章 おすすめカンフー映画13選

燃えよドラゴン(1973) 【おすすめカンフー映画13選①】

片腕カンフー対空飛ぶギロチン(1975) 【おすすめカンフー映画13選②】

酔拳(1978) 【おすすめカンフー映画13選③】

豚(とん)だカップル拳(1979) 【おすすめカンフー映画13選④】

ユン・ピョウinドラ息子カンフー(1981) 【おすすめカンフー映画13選⑤】

少林寺(1982) 【おすすめカンフー映画13選⑥】

霊幻道士(1985) 【おすすめカンフー映画13選⑦】

プロジェクトA(1983) 【おすすめカンフー映画13選⑧】

スパルタンX(1984) 【おすすめカンフー映画13選⑨】

七小福(夢に生きた子供達)(1988) 【おすすめカンフー映画13選⑩】

シティーハンター(1993) 【おすすめカンフー映画13選⑪】

イップ・マン 序章(2008) 【おすすめカンフー映画13選⑫】

捜査官X(2011) 【おすすめカンフー映画13選⑬】

第5章 カンフー映画の寄り道話

『七小福』とは 【ジャッキー達の子供時代】

アンジェラ・マオ 【女性カンフー映画スター3選①】

ノラ・ミャオ 【女性カンフー映画スター3選②】

ムーン・リー 【女性カンフー映画スター3選③】

千葉真一 【日本のアクションスター俳優①】

真田広之 【日本のアクションスター俳優②】

第6章 カンフーを習おう!

カンフー(功夫)とは

カンフーの種類 【長拳・南拳・太極拳】

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大阪府出身。趣味はドラム。中国武術は現在見習い中です。好きな映画ジャンルはダントツでカンフー映画!小学生の頃にジャッキー映画にはまり、今に至る。カンフースターは映画「霊幻道士」の道士役ラム・チェンイン氏が一番好きです。多くの人に新旧問わずカンフー映画に興味を持ってもらえたら嬉しいです。

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この章(第2章)ではカンフー映画のスター俳優をご紹介。

このページでは中華圏芸能界屈指の名バイプレイヤーであるカンフー映画スター俳優、ユン・ワー氏を紹介します。

 

▼紹介する9人のカンフー映画スター俳優

名前 人物概要 主な出演作品
1 ジミー・ウォング カンフー映画界のレジェンド 「片腕必殺剣」
2 ブルース・リー 「本物」のアクションスター 「燃えよドラゴン」
3 サモハン カンフー映画界の主要人物 「燃えよデブゴン」
4 ジャッキー・チェン 世界のジャッキー 「酔拳」「プロジェクトA」
5 ユン・ピョウ カンフー映画アイドルスター 「ユン・ピョウinドラ息子カンフー」
6 ユン・ワー⇐当ページ 中華圏芸能界屈指の名バイプレイヤー 「霊幻道士」
7 ラム・チェンイン 詠春拳の達人 「霊幻道士」
8 ジェット・リー 少林寺ブームの立役者 「少林寺」
9 ドニー・イェン 遅咲きのカンフー映画スター 「イップマン」

 

ユン・ワー(元華)

▼右上がユン・ワー氏

生年月日 1950年9月2日
出身 香港
主な配役 師匠・ラスボス・悪役・キョンシー
スタント ブルース・リー氏のスタントを多く務める
現在 俳優として活動中

 

【ユン・ワーってどんな俳優?】

初めは著者も全く知らない存在でした。

後々、カンフー映画を調べるようになって「霊幻道士」という映画のキョンシー役であったり、ブルース・リー氏の専属スタントマンであったり、七小福というチームのメンバーであった事実を知って追うようになりました。

その後、映画「サイクロンZ」などで名悪役としても活躍するユン・ワー氏を観てファンになりました。

 

主な出演作品

発表年 タイトル
1973 「燃えよドラゴン」
1978 「死亡遊戯」
1985 「霊幻道士」
1987 「イースタンコンドル」
1988 「サイクロンZ」
1991 「香港魔界大作戦」
2004 「カンフー・ハッスル」

 

ユン・ワー氏の略歴

映画界へ

 

母子家庭で育つ。香港映画界、及び中華圏芸能界屈指の名バイプレイヤー。

日本でいうところの大杉漣や遠藤憲一といったバイプレイヤーを思い浮かべてもらえばよいだろう。家庭をとても大切にする人柄で有名。

 

▼大杉漣氏

▼遠藤憲一氏

 

サモハン氏、ジャッキー氏、ユン・ピョウ氏と同じく中国戯劇学院の「七小福(学内優秀成績者で構成されるグループ)」メンバーの一人。

 

中国戯劇学院・七小福

中国の京劇役者養成学校。著名な卒業生にジャッキー・チェン氏など。親元を離れた幼い子供が集った全寮制の学院。入学後には身体技を中心に演技力や表現力などかなり厳しい訓練を受けた。

「七小福」とは学院内で優秀な生徒が所属するチーム。

 

七小福の中でもユン・ワー氏は身体能力が群を抜いて秀でていた。

学院修了後には映画界へ進み、京劇の訓練で培った身体能力を生かし、難易度の高いスタントをこなしていく。

 

ブルース・リー氏のスタント

 

ブルース・リー氏ができなかったスタントができた上に、ブルース・リー氏と背格好も似ていたため、ブルース・リー氏に気に入られ、本人直々にスタントの指名を受ける。

 

▼ブルース・リー氏

 

中華圏では、「李小龍的御用替身(ブルース・リー氏のご指名専門スタントマン)」として名高い。

そのため、「燃えよドラゴン」(’73)のブルース・リー氏自身ができなかった空中で翻るシーン(バク転やバク宙)は全てユン・ワー氏がスタントを務めた。

 

▼燃えよドラゴン(画像クリックでDVD詳細へ)

 

ブルース・リー氏の死後、未完成であった「死亡遊戯」(’78)を完成させるにあたり、映画会社ゴールデン・ハーベストからサモハン氏等と共に起用された。

 

ゴールデン・ハーベスト社

1970年に設立された映画製作会社。大手香港映画会社ショウ・ブラザーズの制作本部長を務めていたレイモンド・チヨウ氏とプロデューサーのレナード・ホー氏らが設立。

▼死亡遊戯(画像クリックでDVD詳細へ)

 

「死亡遊戯」では、ユン・ピョウ氏もブルース・リー氏の吹き替えスタントを務めているが、メインでのスタントはほぼユン・ワー氏が務めた。

カンフー映画俳優ラム・チェンイン氏等と共に、ブルース・リー氏のお気に入り10人のうちの一人に選ばれ、ブルース・リー氏のプロデュースによってアメリカでのデビューの話が持ち上がるが、1973年7月20日のブルース・リー氏死亡によって話が流れてしまった。

 

▼真ん中で座っているのがラム・チェンイン氏

 

キョンシー役でヒット

 

1970年代は「蛇拳」「酔拳」(どちらもジャッキー・チェン氏主演作品)の監督でも知られるユエン・ウーピン氏率いるアクションチーム「袁家班」にて下積み時代を過し、映画会社シヨウ・ブラザーズと専属契約を結び悪役等で多くの作品に出演した。

 

▼蛇拳(画像クリックでDVD詳細へ)

▼酔拳(画像クリックでDVD詳細へ)

▼ユエン・ウーピン氏

photo by Slackerwood [Photo Credit: Debbie Cerda, for use with attribution] – Master Yuen Woo-ping Uploaded by Teemeah

ショウ・ブラザーズ社

1958年に設立された香港映画会社。カンフー映画の基礎を作った会社。ヒット作を多く制作し「東洋のハリウッド」と呼ばれた。

 

1980年代にはシヨウ・ブラザーズ社を離れ、サモハン氏率いるアクションチーム「洪家班(こうかはん)」の正式メンバーとなり、ゴールデン・ハーベスト社の作品中心に活動する。

日本でも大ヒットしたアクションホラーコメディ映画「霊幻道士」(’85)ではメイクなどでわかりづらいが、中国の妖怪「キョンシー」役を演じた。

 

▼霊幻道士(画像クリックでDVD詳細へ)

▼キョンシーのイメージ

 

「イースタンコンドル」(’87)、「サイクロンZ」(’88)ではインパクトの強い悪役を演じ、個性派俳優として一躍脚光を浴びる。

 

▼イースタンコンドル(画像クリックでDVD詳細へ)

▼サイクロンZ(画像クリックでDVD詳細へ)

 

その後、ユン・ピョウ氏監督・主演「香港魔界大作戦」(’91)の出演を最後にゴールデン・ハーベスト社から離脱する。

 

▼香港魔界大作戦(画像クリックでDVD詳細へ)

 

テレビドラマ中心の活動

 

活躍の場を求めて、香港の放送局であるTVBと契約し、2000年代半ばころまでテレビドラマを中心に活動していた。

 

▼TVB本部

 

2004年には有名な映画監督ユエン・ウーピン氏(先述)とサモハン氏が武術指導を務め、チャウ・シンチー氏主演の映画「カンフー・ハッスル」に豚小屋砦と呼ばれるボロアパートの大家役として出演。

 

▼チャウ・シンチー氏

photo by Kit Liewhttps://www.flickr.com/photos/kitliew/3674929881/

▼カンフーハッスル(画像クリックでDVD詳細へ)

 

本作品で自身初となる香港電影金像奨(ほんこん でんえい きんぞうしょう)の助演男優賞を受賞する。

 

香港電影金像奨

日本では香港アカデミー賞ともいわれる中華圏で最も有名な映画賞式典の一つ。1982年より毎年行われている。

 

2014年には16年間にわたり契約をしていたTVBを離れ、他局である香港電視へ移籍した。

2018年現在も香港をはじめ、中華圏で映画、テレビドラマ、バラエティ番組やCMに出演するなど意欲的に俳優活動を行っているが、ユン・ワー氏出演作品は日本未公開作品である事が多い。

 

ユン・ワー氏作品の視聴方法

 

発表年 タイトル 視聴可能動画配信サービス
1973 「燃えよドラゴン」
1978 「死亡遊戯」 Hulu
1985 「霊幻道士」 Hulu
1987 「イースタンコンドル」
1988 「サイクロンZ」 Hulu
1991 「香港魔界大作戦」
2004 「カンフー・ハッスル」

 

以上、中華圏屈指の名バイプレイヤー、ユン・ワー氏の紹介でした。

次のページでは詠春拳の達人であるカンフー映画スター俳優、ラム・チェンイン氏を紹介します。

『カンフー映画入門』目次へ  (全38ページ)

 

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はじめに

はじめに ~カンフー映画を楽しもう!~

第1章 カンフー映画とは

カンフー映画とは 【カンフー映画の歴史①】

ジミー・ウォング氏の時代 【カンフー映画の歴史②】

ブルース・リー氏の時代 【カンフー映画の歴史③】

ジャッキー・チェン氏の時代「酔拳・蛇拳」 【カンフー映画の歴史④】

ジャッキー・チェン氏の時代「プロジェクトA」 【カンフー映画の歴史⑤】

ジェット・リー氏とドニー・イェン氏の時代 【カンフー映画の歴史⑥】

第2章 カンフー映画スター俳優9選

ジミー・ウォング(王羽) 【カンフー映画スター俳優9選①】

ブルース・リー(李小龍) 【カンフー映画スター俳優9選②】

サモハン(洪金寶、サモ・ハン・キンポー) 【カンフー映画スター俳優9選③】

ジャッキー・チェン(成龍) 【カンフー映画スター俳優9選④】

ユン・ピョウ(元彪) 【カンフー映画スター俳優9選⑤】

ユン・ワー(元華) 【カンフー映画スター俳優9選⑥】

ラム・チェンイン(林正英) 【カンフー映画スター俳優9選⑦】

ジェット・リー(李 連杰) 【カンフー映画スター俳優9選⑧】

ドニー・イェン(甄子丹) 【カンフー映画スター俳優9選⑨】

第3章 カンフー映画を観る方法

カンフー映画を観る方法 【動画配信サービス比較】

第4章 おすすめカンフー映画13選

燃えよドラゴン(1973) 【おすすめカンフー映画13選①】

片腕カンフー対空飛ぶギロチン(1975) 【おすすめカンフー映画13選②】

酔拳(1978) 【おすすめカンフー映画13選③】

豚(とん)だカップル拳(1979) 【おすすめカンフー映画13選④】

ユン・ピョウinドラ息子カンフー(1981) 【おすすめカンフー映画13選⑤】

少林寺(1982) 【おすすめカンフー映画13選⑥】

霊幻道士(1985) 【おすすめカンフー映画13選⑦】

プロジェクトA(1983) 【おすすめカンフー映画13選⑧】

スパルタンX(1984) 【おすすめカンフー映画13選⑨】

七小福(夢に生きた子供達)(1988) 【おすすめカンフー映画13選⑩】

シティーハンター(1993) 【おすすめカンフー映画13選⑪】

イップ・マン 序章(2008) 【おすすめカンフー映画13選⑫】

捜査官X(2011) 【おすすめカンフー映画13選⑬】

第5章 カンフー映画の寄り道話

『七小福』とは 【ジャッキー達の子供時代】

アンジェラ・マオ 【女性カンフー映画スター3選①】

ノラ・ミャオ 【女性カンフー映画スター3選②】

ムーン・リー 【女性カンフー映画スター3選③】

千葉真一 【日本のアクションスター俳優①】

真田広之 【日本のアクションスター俳優②】

第6章 カンフーを習おう!

カンフー(功夫)とは

カンフーの種類 【長拳・南拳・太極拳】

大阪のカンフー教室・カンフー漫画「拳児」

著者:HARUKA

大阪府出身。趣味はドラム。中国武術は現在見習い中です。好きな映画ジャンルはダントツでカンフー映画!小学生の頃にジャッキー映画にはまり、今に至る。カンフースターは映画「霊幻道士」の道士役ラム・チェンイン氏が一番好きです。多くの人に新旧問わずカンフー映画に興味を持ってもらえたら嬉しいです。

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ベートーヴェン「交響曲第7番」 初心者にもわかりやすく解説

Webon紹介目次著者
「クラシック音楽」と聞くとなんだか難しそうで敷居も高い。でもクラシック音楽を作っている作曲家だって人間です。面白いエピソードもたくさんあるんです。有名曲と作曲家を知りクラシック音楽を楽しみましょう!

「クラシック音楽初心者入門 ~有名曲・作曲家を学ぼう!~」はこちらから!

著者:めーぷる

国立大学医学部で大学生活を楽しみつつ、プログラマーとライターの仕事も手掛けています。幼少期からピアノとヴァイオリンを習っており、クラシック音楽、ジャズ、洋楽と幅広いジャンルの音楽に親しんでいます。趣味は幅広く、音楽の他にもバドミントン、スキー、スポーツ観戦、海外ドラマ、料理、カフェ巡りなど多岐にわたります。お問い合わせはこちらから

 

『クラシック音楽初心者入門』目次へ  (全13ページ)

 

<まずは聴いてみよう!>

クラシックの名曲を通じてクラシック音楽の魅力を学んでいきましょう!今回はベートーヴェン「交響曲第7番」です。こちらの曲はドラマ『のだめカンタービレ』でも使われていたので、聴いたことがある方も多いかと思います。

最初の15秒程聴けば「あっ!聴いたことあるかも!」と思うのでは?

交響曲第7番

 

 

さて、今回もオーケストラの曲についてご紹介していきましょう。

このページでは満を持してべート―ヴェンの登場です。音楽室の壁で怖い顔をした肖像画がかけられいるのを見覚えがる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

肖像画からも感じられる通り、彼の人生というのは激動に満ちたものです。彼の人生についても触れつつ、「交響曲第7番」についてご紹介いたします。

 

また、漫画「のだめカンタービレ」には今回ご紹介する「交響曲第7番」が登場します。ドラマ版でも登場しました。

のだめカンタービレのファンの方であれば、もしかすると耳にしたことのあるメロディーであるかもしれません。

▼漫画「のだめカンタービレ」(画像クリックで商品詳細へ)

 

ベートーヴェン

▲ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 1803年

 

ベートーヴェンはもともと宮廷音楽(宮廷で演奏される音楽)に携わる音楽一家のもとに生まれました。

ベートーヴェンの父も宮廷音楽のテノール(高い声域の男声歌手あるいはその声域のこと)を務めていました。

 

彼の父も息子の音楽家としての将来に大変期待をかけていたといいます。しかし、ベートーヴェンの父は酒におぼれるなど、私生活が荒れていました。

ベートーヴェンへの音楽教育も暴力まがいのものであったため、ベートーヴェンは幼少期に音楽が好きであるとは言えなかったそうです。

 

ベートーヴェンは16歳でウィーンへと赴き、憧れていたモーツァルトのもとを訪ねます。

しかし、せっかく憧れの存在と出会うことができたにもかかわらず、その直後にベートーヴェンの母が死没したという悲報が届きます。

急遽ベートーヴェンは故郷のボンへと戻らざるをえなくなってしまいました。

 

ウィーン
クラシック音楽が盛んなオーストラリアの首都。ベートーヴェン・シューベルト・モーツァルトなど多くの作曲家が活躍し「音楽の都」とも呼ばれる。

 

モーツァルト
モーツァルトは、幼い頃から音楽の才能を発揮し、3歳で鍵盤楽器を弾き、5歳の時作品の制作を始めたと言います。幼い子供の視点に立っているかのような穢れのないクリアーな楽曲を数多く生み出しました。

▼モーツァルト

 

さらに既に失職していた父と幼い弟たちの面倒も見なければならなくなったため、ベートーヴェンは様々な仕事をしてお金を稼ぐ必要性に迫られ、音楽活動に費やす時間というのも奪われてしまいました。

 

 

ベートーヴェンの転機と悲劇

 

そんなベートーヴェンにも転機が訪れます。

当時の大作曲家であるハイドンがたまたま旅の途中でベートーヴェンの暮らすボンを訪れたのです。

 

▼ハイドン(現在のドイツ国家のメロディーを作曲した)

 

ハイドンに会ったベートーヴェンはその実力を認められ、弟子入りを許されます。

これがきっかけとなり、ベートーヴェンはヴィルトゥオーゾ(名手)としての道を歩み始めます。

 

ヴィルトゥオーゾ(名手)とは
超一流の演奏家のこと。また、超一流の作曲家もこれに該当する。

 

ところが20代後半になると、またしてもベートーヴェンは悲劇に襲われることになってしまいます。

重度の難聴が発症してしまったのです。ベートーヴェンは音楽家として窮地に立たされることになってしまいました。

しかし、ベートーヴェンは諦めませんでした。難聴によりピアニストとしての活動は断念したものの、作曲家に専念して新たな道を歩み始めたのです。

 

難聴ではあったものの、ピアノに耳を当てることでわずかに音を感じることができたため、作曲することは可能だったようです。

40歳頃になると心身ともにあらゆる部分がむしばまれていき、作曲が困難になることも多々ありました。

それでも、彼の音楽への情熱が揺るぐことはなく、そうした多難の時期に残された作品の一つこそが「交響曲第7番」です。

 

 

「交響曲第7番」の構成と魅力

 

ベートーヴェンは生涯で9つの交響曲を残しているのですが、「交響曲第7番」は唯一タイトルを持たない曲として知られています。

 

「タイトルを持たない曲」とはどういうこと?
ベートーベンの交響曲第5番には「運命」というサブタイトルがついています。このようなサブタイトルがついていないということを意味します。

他のタイトルを持たない曲の例>ラフマニノフ「交響曲第2番」など。(第1章ピアノ編にて解説)

 

また、「交響曲第7番」は4つの楽章から構成されています。

 

交響曲第7番

<第1楽章>

▼前半

▼後半

<第2楽章>

<第3楽章>

<第4楽章>

 

ベートーヴェンはこの曲の作曲においてリズムを重視したといいます。

実際、各楽章に特異的なリズムが用いられています。

例えば、第一楽章は最初から最後までずっと同じリズムで進行し、その独特のリズムこそが、明るさと高揚感を実現しているということができるでしょう。

最初から最後までリズムが一貫している曲というのは極めて珍しいです。一般的なクラシックであればがリズムは変わるものなのです。

 

 

ベートーヴェンがリズムに着目して制作したこの曲は、ワーグナーも「舞踏の聖化」という独自の言葉で絶賛されていたことは有名。

 

ワーグナー
ドイツの作曲家。「楽劇」という劇と音楽を一体化させた新たなジャンルを産み出した人物。「舞踏の聖化」というのは理解しずらい表現ではありますが、要はリズムを絶賛しているというようなこと。

▼ワーグナー

 

また、ベートーヴェンの交響曲第7番は、第5番,6番で共に暗いテーマが続いていたのとは対照的で、9つあるベートーヴェンの交響曲の中でも明るくワクワクするような旋律が際立っています。

リズムで新たな挑戦を試みたことも述べた通りです。

 

▼参考:ベートーヴェンの交響曲第5番(第1楽章)

 

これらを考えると、多難の時期であったにも関わらず、ベートーヴェンの交響曲に対する姿勢、延いては音楽のとらえ方に何らかの変化があったのだと感じられるでしょう。

したがって、他の交響曲と聞き比べてみると、違いが感じられて興味深いと思います。

 

さて、今回はベートーヴェンの交響曲第7番についてご紹介いたしましたがいかがでしたでしょうか。

ベートーヴェンが強調したリズム感とはどのようなものなのかを感じながら楽しんでください。

 

 

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目次著者

著者:めーぷる

国立大学医学部で大学生活を楽しみつつ、プログラマーとライターの仕事も手掛けています。幼少期からピアノとヴァイオリンを習っており、クラシック音楽、ジャズ、洋楽と幅広いジャンルの音楽に親しんでいます。趣味は幅広く、音楽の他にもバドミントン、スキー、スポーツ観戦、海外ドラマ、料理、カフェ巡りなど多岐にわたります。お問い合わせはこちらから