角松敏生の歴史① 誕生・デビュー・80年代

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角松敏生氏をご存知ですか?洗練されたサウンドを今もなお創り続けるシンガーソングライターです。高校一年生から角松氏を追いかける著者が角松敏生氏の魅力に迫ります!

『角松敏生』入門 ~こだわり抜かれたサンウンドの世界~はこちらから!

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP K-POP 洋楽 演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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このページでは、角松敏生の1960年~1980年の活動について解説いたします。角松敏生の歴史を誕生から紐解くことで、角松さんが音楽を興味を持ち、どのようなアーティストに影響を受けたか、そしてデビューに至った過程を知ることができます。

 

▼このページで解説する時代

 

角松敏生の歴史 1960年~1988年

 

年表

年齢 出来事
1960年 角松敏生誕生
1969年頃 「雨にぬれても」に出会う
1970年頃(小学生時代) ギターを始める
「ビートルズ」を聴くようになる
1970年代半ば(中学~高校) 「はっぴぃえんど」に衝撃
「シュガーベイブ」に夢中に
1979年 大学入学
1980年 デモテープがビクターへ
1981年 デビュー
1982 2作目アルバム
1983年 3作目アルバム
1984年 4作目アルバム
1985年 ニューヨーク最先端の音楽アルバム
1987年 中山美穂への提供曲「CATCH ME」
1988年 中山美穂への提供曲「You’re My Only Shinin’ Star」

 

角松敏生誕生~音楽との出逢い

 

角松敏生さんは1960年8月12日生まれのシンガーソングライターです。

角松さんの父親が放送関係の仕事をしていたこともあり、幼少期からポップス(ポピュラーソング)に触れる機会が多かったそうですが、母親は角松さんがポップスにのめり込むことをあまりよく思わなく、クラシックを聴かせていたそうです。

 

そんな角松さんが最初に魅了された曲が、バート・バカラックの「雨にぬれても」でした。

 

「雨にぬれても」
「雨にぬれても」の原題は「Raindrops Keep Fallin’ On My Head」。バート・バカラックはこの曲の作曲者であり、歌っているのはB.J.トーマス。西部劇「明日を向かって撃て!」の挿入歌として使われた。

 

この曲の素晴らしさに感動したことは今でも印象に残っており、自分と音楽との出逢いとして事あるごとにこの曲をあげています。

 

小学生時代

 

角松さんは、小学生の時にギターを手にします。

今でもとても細身の角松さんですが、小さい頃は体も細く弱いところがあり「みそっかす」だったと本人談。

 

それが

「謝恩会でギターをバーン!と弾いたら、みんなの目が変わって。あいつすげえ!って(笑)人間、何か一つ武器を持つと周りの目が変わるんですね。」

と語っていました。

そして、小学生の頃にビートルズを聴くようになります。

 

<編集部コラム>ビートルズと角松敏生
角松さんは5、6歳くらいの時にビートルズの音楽に触れて、本格的にハマりだしたのは小学5年生頃だと言います。小学生でLPレコードを買えなかったため、ラジカセでラジオを録音して聴いていたそうです。

 

中学~高校時代

 

小学生で、ビートルズを聴くようになり『日本のビートルズ』と称された、「はっぴいえんど」に衝撃を受けます。

 

はっぴいえんど
日本語のロックの歴史を変えたと言われるバンド。1969年~1972年活動。「風をあつめて」は「ロスト・イン・トランスレーション」というアメリカ映画のエンディングにも使用される。

 

 

そこから、当時の角松さんは日本の音楽にも興味を持ち

 

「センチメンタル・シティ・ロマンス」

▼曲例

 

「サディスティック・ミカ・バンド」

▼曲例

 

「井上陽水」

▼曲例

 

「四人囃子」

▼曲例

 

など様々な音楽を聴くようになり、山下達郎氏が在籍した「シュガー・ベイブ」に角松さんは夢中になります。

 

シュガー・ベイブ
山下達郎・大貫妙子を中心とした日本のロックバンド。1973年~1976年に活動する。山下達郎のソロシングルである「クリスマス・イブ」は、「日本のシングルチャートに連続でチャートインした最多年数の曲」としてギネス世界記録に登録されている。

▼デビューアルバム「SONGS」(画像クリックで商品詳細へ)

 

細野晴臣氏、松任谷正隆氏、鈴木茂氏などが在籍した「ティン・パン・アレー」の音楽にも深い感銘を受けます。

角松さんが山下達郎氏、鈴木茂氏を敬愛していることはファンの間では有名。

 

 

鈴木茂

日本のロックシーンを代表するギタリスト。「ティン・パン・アレー」だけではなく「はっぴぃえんど」のギターも担当する。

 

【1979年~1981年】大学入学~デビュー

 

日本大学文理学部哲学科在学中はバンド活動に力を入れ、1980年に自作曲のデモテープがレコード会社のビクターに渡ったことがデビューのきっかけとなります。

1981年6月21日、シングル「YOKOHAMA Twilight Time」アルバム「SEA BREEZE」同時リリースでデビューしました。

 

▼シングル「YOKOHAMA Twilight Time」(画像クリックで商品詳細へ)

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▼アルバム「SEA BREEZE」(画像クリックで商品詳細へ)

 

この頃の角松さんは、ソングライターとしての評価はありましたが、まだレコーディングの経験が乏しかったため、サウンドプロデュース(音楽制作)の面では自分の意向が反映されませんでした。

この時の悔いが、後のアルバム「SEA BREEZE 2016」のリメイクへと繋がっています。

 

▼アルバム「SEA BREEZE 2016」(画像クリックで商品詳細へ)

 

「SEA BREEZE 2016」では、当時のアナログマルチマスターの、各チャンネルがバラバラに録られている素材をデジタルアーカイブしたとの事(=要するにテープに録音してたものをデジタル情報として記録しなおしたということ)。

当時の演奏はそのままに、音源をデジタルアーカイブしているので音の厚みや、良さが際立っています。

角松さん自身が「ボーカルスキルが低すぎてあまり好きではなかった」というこのデビューアルバムも、角松さんの今の素晴らしいボーカルによって新しい作品として蘇っていると思います。

 

角松敏生のリメイクアルバムを4枚リリースしています!詳しくは第3章にて解説!

 

デビュー当時は、角松さんを「シティポップス界の貴公子」というキャッチコピーのもと売り出しますが、それほどのブレイクはできませんでした。

 

【1982年~1985年】2作目~4作目のアルバムをリリース・ブレイク

 

デビューから3枚のアルバム

「SEA BREEZE」(デビューアルバム)

「WEEKEND FLY TO THE SUN 」(2ndアルバム)

「ON THE CITY SHORE」(3rdアルバム)

は夏、海をイメージさせるリゾートシティポップスの印象。

 

▼アルバム「WEEKEND FLY TO THE SUN 」1982年4月(画像クリックで商品詳細へ)

▼アルバム「ON THE CITY SHORE」1983年5月(画像クリックで商品詳細へ)

 

ブレイクしたといえるのは1984年にリリースした4枚目のアルバム「AFTER 5 CRASH」。

洗練された夜の街がイメージの、都会派シティポップス が人気を博します。

 

▼アルバム「AFTER 5 CRASH」1984年4月リリース(画像クリックで商品詳細へ)

 

1983年に角松さんは前事務所「トライアングルプロダクション」から「マーマレード」へ移籍しています。

角松さんが事務所を移籍した後のトライアングルプロダクションでは「杉山清貴&オメガトライブ」がデビューし数々の名曲を大ヒットさせています。

 

杉山清貴&オメガドライブとは
1983年「サマーサスピション」でデビュー。杉山清貴は80年代Jポップのカリスマとも呼ばれる。

 

角松さんも事務所に残り、夏、海路線で行っていたら、もっと早くにより大きくブレイクしていたのでしょうか…。

 

【1985年】ニューヨークの最先端の音楽を取り込んだアルバムリリース

 

角松さんは、自分のやりたいことを更に追い求め、ニューヨークの最先端の音楽を取り込みます。

ニューヨークの最先端の音楽である、ターンテーブルのスクラッチやラップなどを取り入れたダンスミュージック、ファンクなナンバーを収録した1985年の5枚目のアルバム「GOLD DIGGER」は角松さんの出世作と言っていいと思います。

 

ファンクとは
ブラックミュージックのジャンルの一つ。「ジェームス・ブラウン」はファンクの帝王と呼ばれ「Get on the Good Foot」はファンクの傑作と称される。リズムは16ビートを基本で、リズムはファンクの重要な要素である。

 

▼アルバム「GOLD DIGGER」1985年5月(画像クリックで商品詳細へ)

 

ここから先の角松さんは、自分のこだわりを音楽に十二分に注ぎ込むことができ、その洗練されたカッコいいサウンドは多くのファンを獲得していきます。

私が角松さんと出会ったのもこの頃です。

 

ツアーでも、多くの動員を得て、ミュージシャンと共に最高の音を届ける角松さんのパフォーマンスは、音楽ファンから一目置かれていたと思います。

 

【1985年~】中山美穂への曲提供

 

大人気アイドル中山美穂さんに角松さんが提供した「CATCH ME」「You’re My Only Shinin’ Star」は大ヒットしました。

 

▼シングル「CATCH ME」1987年10月リリース

▼シングル「You’re My Only Shinin’ Star」1988年2月リリース

 

美穂さんと同い年の私は美穂さんのファンでもあり、ヘアスタイルやファッションなどを真似していました。

 

▼中山美穂のヘアスタイルの例

 

そんな美穂さんが、私の憧れの角松さんに曲を提供してもらっていたことは、うれしく思うと同時に、とってもうらやましかったのでした。

「大人な角松さんと何を話すんだろう~」と思っていました。

この頃の角松さんはミュージックシーンではまさに飛ぶ鳥を落とす勢いだったと思います。

 

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著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP K-POP 洋楽 演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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角松敏生とは

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「角松敏生」基本情報

名前 角松敏生(かどまつ  としき)
生年月日 1960年8月12日
出身地 東京都渋谷区代々木
デビュー年/曲 1981年にシングル『YOKOHAMA Twilight Time』アルバム『SEA BREEZE』でデビュー
キラキラとしたおしゃれなサウンドが特徴で「シティポップの貴公子」と称されることも。長万部太郎名義で手掛けた『WAになっておどろう』は長野オリンピックのテーマソングになる。杏里に提供した『悲しみがとまらない』が大ヒット。インストアルバム『SEA IS A LADY』をリリースしフュージョン界に大きな影響を及ぼす。

▼楽曲提供

 

こだわり抜かれたサウンド

▲デビュー・アルバム『SEA BREEZE』

 

角松敏生さんは、1981年デビューのシンガーソングライターです。

自身の活動だけでなく、他アーティストへの楽曲提供、プロデュース、映画音楽のサントラなど、様々な活動をしています。

角松さんにはとても熱狂的なファンが多いのが特徴。

 

また、音楽創りに対するこだわり、そのクオリティの高さなどから、音楽関係者のファンも多いです。

ですが、世間一般的にはあまり知名度がありません。

 

音楽好きな人でも、角松敏生の名前はよく聞くけど、実際に音楽を聴くまでには至っていない・・・という人も多いと思います。

なにしろ、長い音楽生活の中で、代表曲というものがないので、世間での評価につながっていないと思いますし、この辺りは角松さん本人も自虐的に語る部分です。

 

 

しかし、一度、角松敏生のサウンドに触れてもらえれば、その素晴らしさにきっと感動してもらえるはずだと思います。

こだわりにこだわりぬき、決して妥協しないその音創りは、音楽マニアにはたまらないもの。

角松さんの楽曲やライブの特徴として、数多くの名だたるミュージシャンが参加しています。

豪華ミュージシャン陣は、角松さんの追い求めるサウンドを具現化するべく、その緻密な要求にも応え、素晴らしいプレイで彼の音楽を支えます。

 

ギタリストとしても人気

 

また、角松さんはシンガーとしてだけでなく、ギタリストとしても人気なんです。

1987年、1990年に2枚のインストゥルメンタルアルバムを発表し、とても高い評価を受けました。

 

インストゥルメンタルとは
通称「インスト」。歌のない曲のこと。

 

▼1987年リリース「SEA IS A LADY」(画像クリックで商品詳細へ)

▼1990年リリース「Legacy of You」(画像クリックで商品詳細へ)

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インストアルバムをシンガーソングライターが出すということは、とても異例なことであり、日本のフュージョン界にも大きな旋風を起こしました。

1980年代前半に、ザ・スクエア(現T-SQUARE)、カシオペアなどのフュージョンブームが起こりましたが、角松さんがインストアルバムをリリースしたことでフュージョンファン層の拡大につながりました。

 

フュージョンとは
フュージョンは音楽のジャンルで電子楽器を使用したジャズのようなもの。

▼日本で活躍するフュージョンバンド「T-SQUARE」の代表曲

 

 

改めて、フュージョン、インストゥルメンタルの素晴らしさが注目され、角松さんの音創り、そしてギタープレイもとても注目されました。

 

1987年リリースの1枚目のインストアルバム「SEA IS A LADY」は、2017年に「SEA IS A LADY 2017」としてリメイクされたのですが、このアルバムがとても高い評価を受け、日本ゴールドディスク大賞の「インストゥルメンタルアルバム・オブ・ザ・イヤー」を受賞しました。

 

▼アルバム「SEA IS A LADY 2017」(画像クリックで商品詳細へ)

 

多くの有名楽曲

 

「みんなのうた」やV6が歌ってヒットし、楽曲自体はよく知られている「WAになっておどろう」は、実は角松敏生の作詞作曲ですが、作者名を「長万部太郎」としてしまっているため、角松敏生の名前を知ってもらう絶好の機会を逃しています(笑)

こういった不運なところも、角松さんによくあることです。

名義変更もJASRAC(日本音楽著作権協会)への手続きが、非常にややこしいのでしないそう(笑)

こんなところも角松さんらしい。

 

この曲は、角松さんが活動凍結期間中に自身の覆面バンド、AGHARTA(アガルタ)としてリリースした曲。

 

▼シングル「ILE AIYE~WAになっておどろう」(画像クリックで商品詳細へ)

長野オリンピックの閉会式にもAGHARTAとして出演しています。

 

杏里さん、中山美穂さん、中森明菜さん、岩崎宏美さん、故・西城秀樹さんなどへの楽曲提供、プロデュース。

故・西城秀樹さんは角松さんの音楽をとても高く評価して、アルバム制作に起用。

西城さんが亡くなった時には、角松さんはとても感謝の言葉を語っていました。

 

西城秀樹
トップ男性アイドル歌手として活躍し、郷ひろみ・野口五郎と合わせて「新御三家」と呼ばれる。1972年に「恋する季節」でデビュー。代表曲「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」が大ブームとなる

 

伝えたい角松敏生の魅力

 

私は、1980年代半ばに角松さんの音楽と出会い、なんてカッコいいんだろう~と感動しました。

高校生の私には、10歳ほど違う角松さんの音楽はとても大人で、憧れの象徴でした。

 

長い活動の中で、さまざまな音楽の変化がありますが、変わらないのは、角松さんの決して揺らがず、妥協しない作品創り。

そんな角松さん自身の作品はもちろん、プロデュース作品、ライブなど、さまざまな角松敏生の魅力を知っていただければと思います。

 

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シベリウス「フィンランディア」 初心者にもわかりやすく解説

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「クラシック音楽」と聞くとなんだか難しそうで敷居も高い。でもクラシック音楽を作っている作曲家だって人間です。面白いエピソードもたくさんあるんです。有名曲と作曲家を知りクラシック音楽を楽しみましょう!

「クラシック音楽初心者入門 ~有名曲・作曲家を学ぼう!~」はこちらから!

著者:めーぷる

国立大学医学部で大学生活を楽しみつつ、プログラマーとライターの仕事も手掛けています。幼少期からピアノとヴァイオリンを習っており、クラシック音楽、ジャズ、洋楽と幅広いジャンルの音楽に親しんでいます。趣味は幅広く、音楽の他にもバドミントン、スキー、スポーツ観戦、海外ドラマ、料理、カフェ巡りなど多岐にわたります。お問い合わせはこちらから

 

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<まずは聴いてみよう!>

クラシックの名曲を通じてクラシック音楽の魅力を学んでいきましょう!

今回はシベリウス「フィンランディア」です。最初に音楽を聴いてから、記事を読むことでクラシックへの理解が増すことでしょう。また、聴きながら読むことでさらに理解が増すと思いますので是非。

 

 

さて、このページでクラシック音楽初心者入門もいよいよ最後です。

最後を飾るのにふさわしいドラマティックな曲として、今回は作曲家シベリウスの「フィンランディア」をご紹介します。

 

シベリウスという作曲家はクラシック音楽の作曲家であるとはいえ、20世紀後半まで生存していた比較的最近の作曲家であるということができるでしょう。

これまでにご紹介してきた他の作曲家の曲と比べてどのような違いがあるのかも考えながらお楽しみください。

 

ジャン・シベリウス

▲ジャン・シベリウス

 

ジャン・シベリウスは19世紀の半ばごろにフィンランドで生まれました。

 

 

幼いころから音楽演奏に親しみ、姉や弟とともに合奏(がっそう:2つ以上の楽器)で一緒に演奏するなどして楽しんだりしていたそうです。

 

シベリウスは20歳の時ヘルシンキ音楽院に入学し、本格的に音楽を学び始めました。

 

ヘルシンキ音楽院(シベリウス音楽院)
ヘルシンキ音楽院はスウェーデンの首都であるヘルシンキにある音楽学校のこと。フィンランド内の優秀な音楽家の全てがこの学校から輩出されていると言っても過言ではないと言われている。シベリウスを輩出したことから「シベリウス音楽院」に改称されている。

▼シベリウス音楽院

 

在学中、フィンランドを飛び出して、ウィーンやベルリンに留学して様々なコンサートやオペラ公演に通ったり、様々な音楽家との交流を深めたりと積極的に活動していたようです。

そうして、他国の音楽への知見も深まったシベリウスはだんだんと自分の祖国であるフィンランドの音楽に着目するようになります

 

 

フィンランドに帰国した後はフィンランドの民族叙事詩「カレワラ」をモチーフにした「クレルヴォ交響曲」という楽曲を発表し、大成功をおさめます。

その功績も認められ、ヘルシンキ音楽院の作曲の教師として採用されました。

 

民族叙事詩「カレワラ」
「カレワラ」は、民間説話をまとめたもので、フィンランド語の文学の中で最も重要な位置の一つを占める。シベリウスをはじめ、多くの知識人に大きな影響を与えた。

▼カレワラ物語―フィンランドの国民叙事詩 単行本(画像クリックで商品詳細)


 

演奏禁止になる程の影響力

 

このように作曲家として順調にキャリアを歩んでいたシベリウスですが、30歳の半ばになると時代の荒波に揉まれることとなります。

 

ロシア(当時ロシアはフィンランドを支配していました)とフィンランドの関係が悪化し、国内では愛国運動が盛んになっていったのです。

そのような中シベリウスは歴史劇の音楽を担当し、劇の成功に多大な貢献し、彼の音楽も聴衆や評論家から熱狂的な賞賛と強い支持を獲得しました。

 

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シベリウスはその功績によって国内では英雄として扱われることとなります。

このときの曲を交響詩としてまとめた曲こそが今回ご紹介する「フィンランディア」なのです。

また、当時フィンランドを支配していたロシアは「フィンランディア」によって愛国運動が加速することを恐れ、演奏禁止処分としたそうです。

そのようなエピソードからもこの曲の影響力の大きさが伺えます。

 

ロシアのフィンランドの関係悪化の背景と「フィンランディア」の影響力
当時フィンランドはロシアに支配されており圧政に苦しんでいました。

1899年にはロシア語の習得を強制する政策が進められました。こういった背景もあって、芸術家たちが作品によってフィンランドの民族的文化の尊さを主張する行動に乗り出すようになったそうです

シベリウスの「フィンランディア」もこうした背景があって誕生し、国民の士気を高めることに大いに貢献し、精神的な支柱の役割を果たしたと言われています。

 

「フィンランディア」の大成功の後も、シベリウスは交響曲やフィンランドの神話に基づいた交響詩、室内楽、ピアノ曲、ヴァイオリン協奏曲、声楽曲と非常に多岐にわたるジャンルの曲を開拓していきました。

 

「フィンランディア」の構成と魅力

▼フィンランディア

 

「フィンランディア」は先ほども述べた通り、支配国ロシアに対する敵対心・母国フィンランドへの愛国心の高まりが表現された曲です。

 

冒頭は金管楽器(きんかんがっき:ラッパなどの唇の振動によって音を出す管楽器)によって重厚で陰鬱な旋律が奏でられ、そこにティンパニと木管楽器もそこに加わっていきます。

 

▼ティンパニ

▼木管楽器の例

 

その後、金管楽器とティンパニがこの曲の行く先を暗示しつつ、テンポも上がっていき、緊迫感が高まっていきます。

闘争への機運の高まりを表現しているのでしょう。

 

その後、曲調は一転し、非常にエネルギッシュな展開へと移行していきます。

途中の勝利を祝うかのようなメロディーは「フィンランド賛歌」と呼ばれています。

「フィンランド賛歌」は非常に有名なフレーズであり、「第二の国歌」とも言われています。

 

 

この曲の魅力はやはりエネルギッシュな主部にあるということができるでしょう。

シベリウスが主部において明るい曲調を選んだのは、国家間の険悪なムードに引きずられることなく、逞(たくま)しく時代を生き抜いていこうというシベリウスのメッセージであるということができるでしょう。

 

 

さて、今回はシベリウス「フィンランディア」についてご紹介いたしましたがいかがでしたでしょうか。

支配国との対立に翻弄された難しい時代の中でも逞しく生き抜いたフィンランド人たちの姿を想像しつつお楽しみください。

 

Amazon PrimeAmazon Music Unlimited会員でも聴くことができます。

 

以上、「クラシック初心者入門 ~有な曲・作曲家を学ぼう!~」でした!いかがでしたでしょうか?

名曲や作曲家には必ず背景があり、それを知って聴くと違う角度からクラシックを楽しむことができると思います。是非今後も様々な曲を聴き、そしてその背景を知り、クラシックを存分に楽しんでいただければと思います!

 

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著者:めーぷる

国立大学医学部で大学生活を楽しみつつ、プログラマーとライターの仕事も手掛けています。幼少期からピアノとヴァイオリンを習っており、クラシック音楽、ジャズ、洋楽と幅広いジャンルの音楽に親しんでいます。趣味は幅広く、音楽の他にもバドミントン、スキー、スポーツ観戦、海外ドラマ、料理、カフェ巡りなど多岐にわたります。お問い合わせはこちらから

ベートーヴェン「交響曲第7番」 初心者にもわかりやすく解説

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<まずは聴いてみよう!>

クラシックの名曲を通じてクラシック音楽の魅力を学んでいきましょう!今回はベートーヴェン「交響曲第7番」です。こちらの曲はドラマ『のだめカンタービレ』でも使われていたので、聴いたことがある方も多いかと思います。

最初の15秒程聴けば「あっ!聴いたことあるかも!」と思うのでは?

交響曲第7番

 

 

さて、今回もオーケストラの曲についてご紹介していきましょう。

このページでは満を持してべート―ヴェンの登場です。音楽室の壁で怖い顔をした肖像画がかけられいるのを見覚えがる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

肖像画からも感じられる通り、彼の人生というのは激動に満ちたものです。彼の人生についても触れつつ、「交響曲第7番」についてご紹介いたします。

 

また、漫画「のだめカンタービレ」には今回ご紹介する「交響曲第7番」が登場します。ドラマ版でも登場しました。

のだめカンタービレのファンの方であれば、もしかすると耳にしたことのあるメロディーであるかもしれません。

▼漫画「のだめカンタービレ」(画像クリックで商品詳細へ)

 

ベートーヴェン

▲ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 1803年

 

ベートーヴェンはもともと宮廷音楽(宮廷で演奏される音楽)に携わる音楽一家のもとに生まれました。

ベートーヴェンの父も宮廷音楽のテノール(高い声域の男声歌手あるいはその声域のこと)を務めていました。

 

彼の父も息子の音楽家としての将来に大変期待をかけていたといいます。しかし、ベートーヴェンの父は酒におぼれるなど、私生活が荒れていました。

ベートーヴェンへの音楽教育も暴力まがいのものであったため、ベートーヴェンは幼少期に音楽が好きであるとは言えなかったそうです。

 

ベートーヴェンは16歳でウィーンへと赴き、憧れていたモーツァルトのもとを訪ねます。

しかし、せっかく憧れの存在と出会うことができたにもかかわらず、その直後にベートーヴェンの母が死没したという悲報が届きます。

急遽ベートーヴェンは故郷のボンへと戻らざるをえなくなってしまいました。

 

ウィーン
クラシック音楽が盛んなオーストラリアの首都。ベートーヴェン・シューベルト・モーツァルトなど多くの作曲家が活躍し「音楽の都」とも呼ばれる。

 

モーツァルト
モーツァルトは、幼い頃から音楽の才能を発揮し、3歳で鍵盤楽器を弾き、5歳の時作品の制作を始めたと言います。幼い子供の視点に立っているかのような穢れのないクリアーな楽曲を数多く生み出しました。

▼モーツァルト

 

さらに既に失職していた父と幼い弟たちの面倒も見なければならなくなったため、ベートーヴェンは様々な仕事をしてお金を稼ぐ必要性に迫られ、音楽活動に費やす時間というのも奪われてしまいました。

 

 

ベートーヴェンの転機と悲劇

 

そんなベートーヴェンにも転機が訪れます。

当時の大作曲家であるハイドンがたまたま旅の途中でベートーヴェンの暮らすボンを訪れたのです。

 

▼ハイドン(現在のドイツ国家のメロディーを作曲した)

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ハイドンに会ったベートーヴェンはその実力を認められ、弟子入りを許されます。

これがきっかけとなり、ベートーヴェンはヴィルトゥオーゾ(名手)としての道を歩み始めます。

 

ヴィルトゥオーゾ(名手)とは
超一流の演奏家のこと。また、超一流の作曲家もこれに該当する。

 

ところが20代後半になると、またしてもベートーヴェンは悲劇に襲われることになってしまいます。

重度の難聴が発症してしまったのです。ベートーヴェンは音楽家として窮地に立たされることになってしまいました。

しかし、ベートーヴェンは諦めませんでした。難聴によりピアニストとしての活動は断念したものの、作曲家に専念して新たな道を歩み始めたのです。

 

難聴ではあったものの、ピアノに耳を当てることでわずかに音を感じることができたため、作曲することは可能だったようです。

40歳頃になると心身ともにあらゆる部分がむしばまれていき、作曲が困難になることも多々ありました。

それでも、彼の音楽への情熱が揺るぐことはなく、そうした多難の時期に残された作品の一つこそが「交響曲第7番」です。

 

 

「交響曲第7番」の構成と魅力

 

ベートーヴェンは生涯で9つの交響曲を残しているのですが、「交響曲第7番」は唯一タイトルを持たない曲として知られています。

 

「タイトルを持たない曲」とはどういうこと?
ベートーベンの交響曲第5番には「運命」というサブタイトルがついています。このようなサブタイトルがついていないということを意味します。

他のタイトルを持たない曲の例>ラフマニノフ「交響曲第2番」など。(第1章ピアノ編にて解説)

 

また、「交響曲第7番」は4つの楽章から構成されています。

 

交響曲第7番

<第1楽章>

▼前半

▼後半

<第2楽章>

<第3楽章>

<第4楽章>

 

ベートーヴェンはこの曲の作曲においてリズムを重視したといいます。

実際、各楽章に特異的なリズムが用いられています。

例えば、第一楽章は最初から最後までずっと同じリズムで進行し、その独特のリズムこそが、明るさと高揚感を実現しているということができるでしょう。

最初から最後までリズムが一貫している曲というのは極めて珍しいです。一般的なクラシックであればがリズムは変わるものなのです。

 

 

ベートーヴェンがリズムに着目して制作したこの曲は、ワーグナーも「舞踏の聖化」という独自の言葉で絶賛されていたことは有名。

 

ワーグナー
ドイツの作曲家。「楽劇」という劇と音楽を一体化させた新たなジャンルを産み出した人物。「舞踏の聖化」というのは理解しずらい表現ではありますが、要はリズムを絶賛しているというようなこと。

▼ワーグナー

 

また、ベートーヴェンの交響曲第7番は、第5番,6番で共に暗いテーマが続いていたのとは対照的で、9つあるベートーヴェンの交響曲の中でも明るくワクワクするような旋律が際立っています。

リズムで新たな挑戦を試みたことも述べた通りです。

 

▼参考:ベートーヴェンの交響曲第5番(第1楽章)

 

これらを考えると、多難の時期であったにも関わらず、ベートーヴェンの交響曲に対する姿勢、延いては音楽のとらえ方に何らかの変化があったのだと感じられるでしょう。

したがって、他の交響曲と聞き比べてみると、違いが感じられて興味深いと思います。

 

さて、今回はベートーヴェンの交響曲第7番についてご紹介いたしましたがいかがでしたでしょうか。

ベートーヴェンが強調したリズム感とはどのようなものなのかを感じながら楽しんでください。

 

 

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著者:めーぷる

国立大学医学部で大学生活を楽しみつつ、プログラマーとライターの仕事も手掛けています。幼少期からピアノとヴァイオリンを習っており、クラシック音楽、ジャズ、洋楽と幅広いジャンルの音楽に親しんでいます。趣味は幅広く、音楽の他にもバドミントン、スキー、スポーツ観戦、海外ドラマ、料理、カフェ巡りなど多岐にわたります。お問い合わせはこちらから

「作曲家」岡村靖幸の活動② ~渡辺美里への提供曲~

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歌手として強烈な個性を放ち、時には「気持ち悪い」とも称される「岡村靖幸」。デビュー前から岡村靖幸をリアルタイムで見てきた筆者が、その魅力を紐解きます。

『岡村靖幸』入門 ~超個性的シンガーの魅力に迫る~ はこちらから

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP K-POP 洋楽 演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。お問い合わせはこちらから

 

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渡辺美里への楽曲提供

▼岡村靖幸簡易年表

1984年(19歳) 岡村靖幸作曲家になる
1986年1月1日 吉川晃司「キャンドルの瞳」リリース
1986年7月2日 渡辺美里「Lovin’you」リリース
1986年12月 岡村靖幸歌手デビュー

 

▲渡辺美里氏

 

吉川晃司さんへの提供曲は「奪われたWink 」(1986)の一曲だけですが、岡村さんの提供曲と言えば、何よりも渡辺美里さんだと思います。

1980年代から90年代にかけて、渡辺美里さんだけで23曲提供しています。

渡辺美里さん2枚目のオリジナルアルバムで2枚組の「Lovin’ you」(1986)においては、20曲中8曲の作曲をしています。(このページの文末に提供曲一覧を記載しています)

 

 

この渡辺美里さんの「Lovin’ you」は岡村さんはまだ歌手としてのデビュー前でしたが、当時とても勢いに乗っていた小室哲哉氏、大江千里氏などを作家として起用していて、とてもクオリティの高いアルバムです。

とにかく名曲ぞろいなので、美里さんファンでなくても岡村さんファンならぜひとも聴いてほしいアルバムです。

 

 

大江千里とは

1993年に「ワラビーをぬぎすてて」でデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」がヒットする。

 

美里さんへの提供曲の印象

 

美里さんへの提供曲は、いわゆる岡村靖幸感を感じないものもあります。

それは、やはり美里さんのイメージに合ったものを、と求められていたからなのかな、と思います。

岡村さんは、作曲家という仕事に対して

「自分のエゴを出す仕事ではない。このアーティストのイメージに合ったこんな曲を創ってほしい、というニーズに応えて創るもの。」

と語っていました。

 

シンガー岡村靖幸として認知されてからは、岡村さんっぽい曲を創ってくださいとオファーされることが多かったのではないかと思いますが、まだデビュー前の岡村さんは「美里さんにぴったりの曲を」と思い創っていたのでしょう。

しかし、そのどれもが名曲ぞろいで、改めて岡村さんのソングライティングの高さを知ることができるのです。

 

岡村さんは

「ソロの自分の曲を創る際は、いかに自分を出すかが大事」

と言っています。

自分の曲と提供曲とでソングライティングを使い分けていて、高いクオリティを保っているのは、もしかすると商業作曲家としても成功出来ていたのでは、と思ってしまいます。

 

下記では、美里さんへの提供曲で、私の好きなベスト3をご紹介します。

 

著者の好きな「岡村靖幸」の渡辺美里への提供曲ベスト3

1 虹をみたかい

 

岡村靖幸テイスト満載の曲です。

美里さんの歌詞に岡村さんのメロディがバッチリとハマっていて、さらに美里さんのパンチのあるボーカルがこの曲を更に際立たせています。

美里さんへの初期の提供曲はあまり岡村節を感じさせませんが、これは作、編曲、コーラスと関わっており、とてもパワフル、ソウルフルでファンキー!

めちゃめちゃカッコいい曲になっています。

 

脳内で岡村さんが歌っているのを想像してみると、何だかクセが強い感じがして・・・やはり美里さんへ提供した美里さんボーカルだからこそ、より輝く曲なのかな、と思います。

でも、岡村さんバージョンも聴いてみたいなあ~~ライブで聴いたらすっごくカッコいいと思うのです。

▼「虹をみたかい」Amazon Music Unlimitedで聞き放題

 

2 跳べ模型ヒコーキ

 

シンプルだけど、心にとても響くせつないメロディ。

美里さんの作詩で、最初の「路面電車の~」の歌詞とメロディに一気に心を掴まれます。

この曲が収録されているアルバム「Flower bed」が大好きで、その中でもこの曲が一番好きでした。

夏に発売されたアルバムで、歌詞にも「夏のにおいが~」とあり、今でも夏が来るとこの曲が無性に聴きたくなります。

岡村さんが創り出す美しいメロディラインに、とても魅了される曲です。

▼アルバム『Flower bed』Amazon Music Unlimitedで全曲聞き放題

 

3 Lovin’ you

 

美里さんの曲の中でも大人気の、名バラードだと思います。

美里さんバージョンを聴くとあまり岡村さんぽさを感じないのだけど、岡村さんが歌っているのを聴くと(岡村さんバージョンのCDはありません)不思議・・・とてもとても岡村さんぽいのです。

Bメロ、サビのところはうわ~岡村ちゃんだな~と思います。

 

ちなみに、岡村さんバージョンの「Lovin’you」は1988年のテレビ番組で披露されていたようです。

▼アルバム『Lovin’you』Amazon Music Unlimitedで全曲聞き放題

 

作曲家岡村靖幸も高評価

 

小中学校と田原俊彦さん、近藤真彦さん、松田聖子さん、中森明菜さんなど、アイドルが好きだった私も、前ページで書いたように、吉川晃司さんとの出逢いによって音楽への興味がとても湧いてくるようになりました。

 

中学3年生ぐらいからは、いろいろな音楽を聴くようになりました。

今でこそ、クラス中みんなが音楽を聴いたり、ライブに行ったりが当たり前だと思いますが、この時代はまだそんな感じではなく、はっきりと音楽ファンとそうでない子の違いがありました。

私を含め、音楽ファンの子たちの間では美里さんは大人気で、アルバムをみんな聴いていました。

 

その中で、岡村靖幸の創った曲いいよね、という話に当然なっていました。

また、当時私たち音楽ファンの愛読書「PATi PATi (パチパチ)」には若い世代のアーティストがたくさん載っており、大人気の雑誌でした。

美里さんも毎月載っており、アルバム制作秘話などが聞けました。

そこで、美里さんからまだデビュー前の岡村さんの話なども少しだけ聞けたりして、だんだんと岡村靖幸の輪郭が見えてきた感じです。

▼「PATi PATi (パチパチ)」2012年5月号

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渡辺美里への提供曲一覧

 

文中に紹介している曲や、下記で紹介しているアルバムの曲は全てAmazon Music Unlimitedで聴くことができます。

 

アルバム『eyes』

▼画像クリックで商品詳細へ

・GROWIN’ UP(1985年 作曲、コーラス)
・すべて君のため(1985年 作曲)
・Lazy Crazy Blueberry Pie(1985年 作曲、編曲、コーラス)
・Bye Bye Yesterday(1985年 作曲)

 

アルバム『Lovin’you』

▼画像クリックで商品詳細へ


<ディスク1>

・Long Night(1986年 作曲)
・素敵になりたい(1986年 作曲、コーラス)
・19才の秘かな欲望(1986年 作曲)
・Resistance(1986年 作曲

<ディスク2>

・悲しき願い (Here&There) (1986年 作曲)
・みつめていたい (Restin’InYourRoom) (1986年 作曲)
・A Happy Ending(1986年 作曲)
・Lovin’ You(1986年 作曲)

 

シングル『BELIEVE / Half Moon』

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・Half Moon(1986年 作曲、編曲、コーラス)

 

アルバム『ribbon』

▼画像クリックで商品詳細へ

・シャララ(1988年 作曲)
・19才の秘かな欲望 (The Lover Soul Version) (1988年 作曲)

 

アルバム『Flower bed』

▼画像クリックで商品詳細へ

・跳べ模型ヒコーキ(1989年 作曲)
・冷たいミルク(1989年 作曲)

 

シングル『虹をみたかい』

▼画像クリックで商品詳細へ

・虹をみたかい(1989年 作曲、編曲)
・虹をみたかい (Honey-bee Version) (1990年 作曲、編曲、コーラス)←こちらの曲を聴きたい場合は、下記リンクより。

 

 

アルバム『tokyo』

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・虹をみたかい (tokyo mix) (1990年 作曲、編曲、コーラス)

 

アルバム『Lucky』

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・はだかの気持(1991年 作曲、編曲、コーラス)

 

シングル『泣いちゃいそうだよ』

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・泣いちゃいそうだよ(1992年 作曲)

 

アルバム『BIG WAVE』

▼画像クリックで商品詳細へ

・ジャングルチャイルド(1993年 作曲、コーラス)
・BIG WAVEやってきた(1993年 作曲)
・若きモンスターの逆襲(1993年 作曲、コーラス)
・さえない20代(1993年 作曲)

 

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【岡村靖幸のアルバムが多数聴ける。30日間無料体験有】

 

目次著者

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP K-POP 洋楽 演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。お問い合わせはこちらから

『岡村靖幸』入門 ~超個性的シンガーの魅力に迫る~

はじめに

「岡村靖幸」は、DAOKO、小出祐介などと若手アーティストとのコラボで再び注目を集めていますが、「あのスーツのおじさんは誰?」と思っている方も多いかと思います。
数百本以上の音楽ライブを鑑賞し、デビュー前から岡村靖幸をリアルタイムで見てきた筆者が「岡村靖幸」の魅力をお伝えします。

はじめに ~人々が岡村靖幸に魅了される理由~

第1章 基礎知識

岡村靖幸は作曲家としてデビューし、有名アーティストを多く手掛けます。ダンスが注目され歌手デビュー、衝撃の問題作「家庭教師」をリリース、3度の逮捕・・・。波乱万丈の「岡村靖幸」の音楽家人生についてお伝えします!

吉川晃司への楽曲提供
渡辺美里への提供曲
歌手デビューから「家庭教師」
三度の逮捕、復帰から現在

第2章 深く知る

ここでは「岡村靖幸」という人物をあらゆる角度から紐といていきます。当時のPV上映会の様子や、吉川晃司と尾崎豊との友情、EPICソニーというレコード会社に入ったことで伝わった岡村靖幸の魅力など、お伝えします。

デビュー当時
吉川晃司・尾崎豊との関係性
伝説のライブ『BEAT CHILD』有料会員
EPICソニーのPV創り有料会員

第3章 パフォーマンス

岡村靖幸は若いミュージシャンとのコラボもあって、幅広い年代にその魅力を伝えいてます。岡村靖幸の楽曲、ダンス、その魅力を知っていただきたいです。

コラボ楽曲有料会員
おすすめの名曲
岡村靖幸復帰後の活動

おわりに

最後に筆者が参加した岡村靖幸のライブ「マキャベリンツアー」の様子をお伝えします。

岡村靖幸のライブ ~大分初開催「マキャベリンツアー」~有料会員

著者 しあ

40代後半女性。音楽が大好きでさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。お問い合わせはこちらから

当Webon著者
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チャイコフスキー「くるみ割り人形」 初心者にもわかりやすく解説

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「クラシック音楽」と聞くとなんだか難しそうで敷居も高い。でもクラシック音楽を作っている作曲家だって人間です。面白いエピソードもたくさんあるんです。有名曲と作曲家を知りクラシック音楽を楽しみましょう!

「クラシック音楽初心者入門 ~有名曲・作曲家を学ぼう!~」はこちらから!

著者:めーぷる

国立大学医学部で大学生活を楽しみつつ、プログラマーとライターの仕事も手掛けています。幼少期からピアノとヴァイオリンを習っており、クラシック音楽、ジャズ、洋楽と幅広いジャンルの音楽に親しんでいます。趣味は幅広く、音楽の他にもバドミントン、スキー、スポーツ観戦、海外ドラマ、料理、カフェ巡りなど多岐にわたります。お問い合わせはこちらから

 

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<まずは聴いてみよう!>

クラシックの名曲を通じてクラシック音楽の魅力を学んでいきましょう!

今回はチャイコフスキー「くるみ割り人形」です。最初に音楽を聴いてから、記事を読むことでクラシックへの理解が増すことでしょう。

こちらの曲はとても有名なので、聴き覚えがある方は多いと思います。

▼金平糖の踊り

▼葦笛の踊り←ソフトバンクのCMなどにも使われていました。

 

 

さて、前のページに引き続き、オーケストラの曲の紹介をしていきましょう。このページでご紹介するのはチャイコフスキーの「くるみ割り人形」です。

この曲はチャイコフスキーの代表作ともいうべき作品です。

チャイコフスキーの童心に返ったようなかわいらしい世界を存分に楽しんでいきましょう。

 

チャイコフスキー

▲ピョートル・チャイコフスキー

 

ピョートル・チャイコフスキーは19世紀半ば(1840年)に生まれた作曲家です。

彼の音楽家としての人生というのは他の偉大な作曲家とは違った始まり方をしています。

 

彼は幼少期のころから音楽的才能の片鱗を見せていたようですが、両親の意向によって、音楽家になるという選択肢は与えられることはありませんでした。

チャイコフスキーは10歳で法律学校に進学し、卒業後も法務省の文官として地道なキャリアを築いていきました。

しかし、チャイコフスキーは文官という仕事に対して、あまり前向きな姿勢で取り組むことはできなかったようです。

 

 

21歳のある日、チャイコフスキーに転機が訪れます。

ペテルブルグ音楽院に入学し、初めて音楽を本格的に学び始めることとなるのです。2年後には法務省を辞職し、本格的に音楽に専念することとなります。

 

ペテルブルグ音楽院とは
世界三代音楽院の一つであるモスクワ音楽院とともにロシアの音楽学校の中心を担う。チャイコフスキーをはじめ、数々の有名音楽家の出身校である。

▼ペテルブルク音楽院

 

そして、ペテルブルグ音楽院を卒業したチャイコフスキーはモスクワ音楽院で教鞭(きょうべん)をとる傍ら、ようやく作曲家としての活動も開始します。

このようにチャイコフスキーは一般高等教育をうけたのちに音楽教育を受けた非常に珍しい一面を持っているのです。

 

モスクワ音楽院
ロシアの音楽学校。世界三大音楽院の一つ。

▼1901年のモスクワ音楽院

 

純粋な感性の持ち主

 

チャイコフスキーは繊細な感性の持ち主であったことがさまざまな文献から明らかになっています。

彼は非常に優しい心を持っており、子供やか弱い動植物、同性愛者の人に対しても、心を開いて接していたようです。

そうして霞(かすみ)のない純粋な感性というのが彼の中で形成されていったのでしょう。

 

チャイコフスキーの楽曲は彼独自の純粋な感性が存分に生かされており、抒情的(じょじょうてき:非常に感慨深い様子)な側面にその特徴があるということが言えるでしょう。

また、交響曲の他にもバレエ音楽(バレエで使われる音楽)も手掛けており、バレエ音楽独特のメルヘンチックな世界を見ることができる曲も多いです。

 

交響曲
交響曲というのは、管弦楽という下記のような楽器を使って奏でられる音楽の中で最も規模が大きいものです。「規模が大きい」というのはオーケストラの中でもとりわけ管楽器の種類・パートごとの人数が多いということを指すのが一般的です。

<管弦楽に使用される楽器>

「管楽器」・・・口に加えて音を出すような楽器。フルート、トランペットなど

「弦楽器」・・・糸を引いて音を鳴らすような楽器。バイオリン、ギターなど

「打楽器」・・・打ったり、こすったりするなどして音を鳴らすような楽器。カスタネット、木琴、ギロなど

 

今回ご紹介する「くるみ割り人形」もチャイコフスキーが手掛けたバレエ音楽のひとつであり、おとぎ話の世界のようなかわいらしさというのが感じられることでしょう。

 

 

くるみ割り人形

▲くるみ割り人形

 

「くるみ割り人形」はチャイコフスキーの3大バレエ音楽の一つにも数えられる大作です。くるみ割り人形というのは人形の形をしたくるみを割る道具のことを指します。

この曲は8つの小曲を通して、一つの物語が語られるような構成となっています。

 

その物語というのはくるみ割り人形に関する非常にファンタジックな内容です。

それに呼応するように音楽自体もまるで童心に帰ったようなかわいらしいものとなっています。

「くるみ割り人形」を聴く際にはこの物語を読みながら聴いてみるとより楽しむことができるでしょう。

 

「くるみ割り人形」の物語のあらすじ
クリスマスイブの夜、自宅でパーティを開催中に、少女クララはおじさんから「くるみ割り人形」をプレゼントされますが、兄弟で取り合いになり人形はこわれてしまいました。

クララが修理されている人形を見に来たところ時計が真夜中の12時を指します。すると、クララの体は小さくなり人形ほどの大きさになりました。

そんな最中どこからともなく現れたねずみの大群とおもちゃの兵隊たちが戦争を始めます。おもちゃの兵隊のリーダーは、例のくるみ割り人形で、クララの助けもあっておもちゃの兵隊たちは勝利。

するとくるみ割り人形は王子の姿になっており、王子は助けてくれたお礼にクララをお菓子の国に招待。

お菓子の国ではお菓子の国の女王「金平糖の精」にも歓迎されて宴が催されました。(「金平糖の踊り」はお菓子の国にて披露される)その後の展開は、夢から覚めるエンディングとお菓子の国で終わるタイプのエンディングがあります。

<8つの小曲>

第1曲 小序曲

第2曲 行進曲

第3曲 金平糖の踊り

第4曲 ロシアの踊り

第5曲 アラビアの踊り

第6曲 中国の踊り

第7曲 葦笛の踊り

第8曲 花のワルツ

 

また、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」の注目ポイントとして、第3曲「金平糖の踊り」に登場する「チェレスタ」という楽器が挙げられます。

 

▼チェレスタ

photo by Larissa Kirillina Some rights reserved

 

このチェレスタという楽器は一見オルガンのような見た目をしているのですが、実際はまるで鉄琴のような音を奏でます。

▼鉄琴

鍵盤を押すことによって鉄の板が振動して音を出す仕組みになっているのです。

チェレスタは「天使の楽器」とも言われるほど、きらびやかな音を奏でます。ぜひ、チェレスタの音にも注目しつつ聴いてみましょう。

 

▼第3曲「金平糖の踊り」を実際に聴いてみればチェレスタの鉄琴のような音がわかることでしょう

 

さて、今回はチャイコフスキーの「くるみ割り人形」についてご紹介いたしましたがいかがでしたでしょうか。

ぜひ、純粋だった子供のころを思い出しながらお楽しみください。

 

Amazon Music Unlimitedで聴き放題です

 

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著者:めーぷる

国立大学医学部で大学生活を楽しみつつ、プログラマーとライターの仕事も手掛けています。幼少期からピアノとヴァイオリンを習っており、クラシック音楽、ジャズ、洋楽と幅広いジャンルの音楽に親しんでいます。趣味は幅広く、音楽の他にもバドミントン、スキー、スポーツ観戦、海外ドラマ、料理、カフェ巡りなど多岐にわたります。お問い合わせはこちらから

ラフマニノフ「交響曲第2番」 初心者にもわかりやすく解説

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<まずは聴いてみよう!>

クラシックの名曲を通じてクラシック音楽の魅力を学んでいきましょう!

今回はラフマニノフ「交響曲第2番」です。最初に音楽を聴いてから、記事を読むことでクラシックへの理解が増すことでしょう。また、聴きながら読むことでさらに理解が増すのでおすすめです。

【第1楽章】

【第2楽章】

【第3楽章】

【第4楽章】

 

 

さて、これまで第1章ではピアノ編、第2章ではヴァイオリン編をご紹介してきましたが、最後はいよいよ「オーケストラ編」です。

オーケストラの曲は多種多様な楽器が一堂に会して演奏されるため、さまざまな音色が重なり合うことで独自の世界観が織りなされます。

 

▼オーケストラの例

photo by Jordan Fischer from Chicago – Chicago Symphony Orchestra, featuring the Marcus Roberts Trio CC 表示 2.0

 

今回はオーケストラ編の最初を飾る曲として、ラフマニノフの「交響曲第2番」についてご紹介いたします。

ラフマニノフの交響曲第2番はクラシック音楽をあまり聴く機会がないという人でも比較的親しみやすいメロディーが多いのが特徴です。

オーケストラの曲を知る上での最初の一歩としてはうってつけの曲であるということができるでしょう。

 

作曲家ラフマニノフ

▲セルゲイ・ラフマニノフ

 

第1章ピアノ編ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」にてラフマニノフについてご紹介した際、ラフマニノフのピアニストとしての技量はクラシック音楽の歴史上でも有数のレベルであったということに触れました。

今回はラフマニノフの作曲家としての人生について見ていきましょう。

 

ラフマニノフはもともと不良少年でしたが、実力は確かであったために、12歳でモスクワ音楽院に進学します。

モスクワ音楽院ではチャイコフスキーから薫陶を受ける(くんとくをうける:人徳や品格のある人から影響を受けて人格が磨き上げられること)など、その実力は際立っていたようです。

 

モスクワ音楽院とは
ロシアの音楽学校。世界三大音楽院の一つ。

▼1901年のモスクワ音楽院

チャイコフスキー(1840-1893)
ロシアの作曲家。有名な曲に「ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23」「くるみ割り人形」など。

▼ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー

▼ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23

 

ラフマニノフはモスクワ音楽院を首席で卒業しました。

さらに、卒業制作として残した、「前奏曲嬰ハ短調」という曲は彼を代表する名作となります。

 

前奏曲嬰ハ短調
ラフマニノフの中でも最も有名な楽曲として挙げられる。この曲をきっかけにラフマニノフの名はロシア中に知れ渡りました。

▼前奏曲嬰ハ短調

 

しかし、作曲家としての人生は挫折を迎えることになります。

勢いに乗ったラフマニノフは「交響曲第1番」という作品を書き上げるのですが、これが評論家たちの酷評にさらされることとなってしまったのです。

 

▼交響曲第1番ニ短調 第1楽章

 

ラフマニノフはショックのあまり作曲に手がつかなくなってしまいました

さらに、この後に挽回を期して書いた曲でも再び批判に遭うなど散々な時期を過ごしました。

 

しかし、彼は第1章ピアノ編でご紹介した「ピアノ協奏曲第2番」で華麗なる復活を遂げると、作曲家としての活動も息を吹き返します。

彼の作曲家としての人生のピークに執筆された曲こそが今回ご紹介している「交響曲第2番」なのです。

この曲によってラフマニノフはグリンカ賞という作曲家としての名誉も手に入れ、充実の時意を迎えることとなります。

 

 

交響曲第2番

 

交響曲とは

 

「交響曲」と言えばクラシック音楽でよく聞く言葉ですが、その意味についてまずは解説いたします。

交響曲というのは管弦楽のための音楽の中で最も規模が大きいものです。「規模が大きい」というのはオーケストラの中でもとりわけ管楽器の種類・パートごとの人数が多いということを指すのが一般的です。

 

管弦楽
「管弦楽」とは、楽曲の種類を表す言葉。管弦楽には下記のような楽器を使ってオーケストラによって演奏されます。

「管楽器」・・・口に加えて音を出す楽器。フルート、トランペットなど

▼トランペット

「弦楽器」・・・糸を引いて音を鳴らす楽器。バイオリン、ギターなど

▼バイオリン

「打楽器」・・・打ったり、こすったりするなどして音を鳴らす楽器。カスタネット、木琴、ギロなど

▼木琴

 

また交響曲では、「標題」というサブタイトルを持たず、4つの楽章から構成されるのが一般的です。

あとは「ソナタ形式」を採用しているのも特徴であるということができるでしょう。

 

「ソナタ形式」を噛み砕いて解説!

クラシック音楽の曲にはいくつかのパターンがあります。パターンを知っていれば聴く側も展開がわかるので飽きずに長い曲を聴くことができます。「もうそろそろサビだ」と思いながら曲を聴くところを想定すれば理解しやすいかもしれません。

「ソナタ形式」というのは、クラシックの曲のパターンのうちの一つです。

ソナタ形式は「序奏・提示部・展開部・再現部・結尾部」からなる音楽の形です。これらの意味をしっかりと理解しようと思うとなかなか大変かと思います。ソナタ形式は音楽をドラマ化する形式とも言われているので、いくつかの展開がある曲という認識でよいかとも思います。

下記で、ラフマニノフ交響曲第2番の構成について解説いたしますが、曲の展開が目まぐるしいことが伝わり、「ソナタ形式」のニュアンスがわかるかもしれません。

 

 

「交響曲第2番」の構成とその魅力

 

この曲は交響曲の基本に従って4つの楽章から構成されています。

 

第1楽章は弦楽器(バイオリンなどの糸を引いて音を鳴らすような楽器)や管楽器(トランペットなどの口にくわえて音を鳴らすような楽器)が代わる代わる陰鬱(いんうつ)なメロディーを担当していきます。

メロディーの中に何か秘密が込められているような神秘性を感じることができるのはこの曲の特徴であるということができるでしょう。

 

<第1楽章>

 

第2楽章は冒頭からなにかふつふつとこみ上げるようなエネルギッシュな雰囲気が醸し出されており、怒りの気持ちというのがひしひしと伝わってきます。

ところが、だんだんと音楽は思わぬ方向に進んでいき、急に行進曲風のメロディーが現れるなど、常に聴衆の先を行ってしまうような展開が特徴であるということができるでしょう。

 

<第2楽章>

 

ちなみに、第2楽章では「グレゴリオ聖歌<怒りの日>」が全体のベースとなっています。

 

グレゴリオ聖歌<怒りの日>
グレゴリオ聖歌とはローマ=カトリック教徒の礼拝などの時に用いられる音楽。グレゴリオ聖歌の中で最も有名なのが、死者のために行われる集会(ミサ)の時に用いられる曲は「レクイエム」と呼ばれる曲。グレゴリオ聖歌のレクイエムの中で最も有名なのが<怒りの日>。

▼グレゴリオ聖歌<怒りの日>

 

第3楽章では哀愁漂うメロディーが主体となり進行していきます。

全体的にゆるやかな流れの中で進行していきますが、落ち着きの中に存在する美しさを存分に感じることができるでしょう。

 

<第3楽章>

 

第4楽章は冒頭からフィナーレを飾るのにふさわしい華やかさをもって始まります。数ある交響曲の中でも特にゴージャスな雰囲気を感じることのできる終楽章であるということができるでしょう。

 

<第4楽章>

 

 

さて、今回はラフマニノフの「交響曲第2番」についてご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。

「ピアノ協奏曲第2番」の時とはまた違った彼の一面を感じることができるはずです。

ぜひ、この曲独自の目まぐるしく変化する展開をお楽しみください。

 

▼ラフマニノフ「交響曲第2番」

 

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ブルッフ「ヴァイオリン協奏曲第1番」 初心者にもわかりやすい解説

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著者:めーぷる

国立大学医学部で大学生活を楽しみつつ、プログラマーとライターの仕事も手掛けています。幼少期からピアノとヴァイオリンを習っており、クラシック音楽、ジャズ、洋楽と幅広いジャンルの音楽に親しんでいます。趣味は幅広く、音楽の他にもバドミントン、スキー、スポーツ観戦、海外ドラマ、料理、カフェ巡りなど多岐にわたります。お問い合わせはこちらから

 

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<まずは聴いてみよう!>

クラシックの名曲を通じてクラシック音楽の魅力を学んでいきましょう!今回はブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」です。最初に音楽を聴いてから、記事を読むことでクラシックへの理解が増すことでしょう。

▼ブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」

<第1楽章>

<第2楽章>

<第3楽章>

 

 

さて、このページでヴァイオリン編もいよいよ最後となります。

フィナーレを飾るに相応しい曲として、ブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」についてご紹介していきましょう。

 

「ブルッフ」というと、おそらくほとんどの方がご存知ない作曲家ではないでしょうか。事実、彼がクラシック音楽の歴史に残した有名な曲というのはそれほど多くはないため、どちらかというとマイナーな存在でしょう。

しかし、今回ご紹介するブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」は彼の作曲家としてのキャリアを代表する非常に有名な曲です。

そこで、今回はこの曲の魅力について解き明かしていきましょう。

 

ブルッフ

▲マックス・ブルッフ

 

マックス・ブルッフは19世紀半ばにドイツのケルンで生まれた作曲家です。

 

 

マックス・ブルッフの母は当時有名な歌手であり、母から音楽の手ほどきを受けたマックスは早くから作曲面においてその才能を発揮し始めます。

彼は作曲において「旋律は音楽の魂である。」という言葉を残しているほど、皆が親しみやすい旋律(メロディー)にこだわりを持っていた作曲家です。

「旋律を歌うのに向いていないピアノはあまり魅力的ではない。」という意見も持っていたため、彼の楽曲というのは主にピアノ以外の楽器の曲を中心に作曲しました。

 

 

民族音楽への造詣

 

クラシック音楽における彼のアイデンティティともいえる特徴として、民俗音楽への造詣(ぞうけい)というのが挙げられます。

彼は主にヨーロッパの民俗・風土・伝統というものに非常に興味を持っていたようです。

彼は音楽の力によって、それらをまるでキャンパスに描かれた一枚の絵のようにわかりやすく表現することに熱中していたようです。

 

「民族音楽」とは
民族(共通の宗教、言語、生活様式などの文化を共有する集団)が、固有に伝承したきた音楽のこと。

ヨーロッパの民族音楽の例で言えば「フラメンコ(スペイン)」「コサックダンス(ウクライナ)」「ヨーデル(フランス)」などが挙げられます。ヨーロッパでは、キリスト教を信仰している国がほとんどなので、教会の聖歌なども民族音楽に影響を与えています。

 

特に彼の作品の一つである「スコットランド幻想曲(Schottische Fantasie)」というのは彼の民族音楽への情熱を見事に表現した曲であるということができるでしょう。

ぜひ、こちらの曲もお聴きになってみると、彼の感性の鋭敏さ、そして、それを的確に音楽に表現するセンスが感じられることでしょう。

 

▼スコットランド幻想曲(Schottische Fantasie)

 

なぜブルッフはあまり有名でない?

 

ところで、彼は素晴らしい曲をいくつも残しているにも関わらず、それに相応しい名声を得ているとは言い難いのには理由があります。

彼は第二次世界大戦の際にユダヤ教徒の疑惑をかけられてしまい、ナチスから彼の楽曲の演奏を禁止するという指令が下されました。

その結果、彼の才能に見合うような評価を得るための機会が奪われてしまったのです。

今回、ブルッフについて興味をお持ちいただけたのであれば、ぜひ彼の他の作品もお聴きになってみてください。有名ではなくとも親しみやすい旋律の曲が多いはずです。

 

第二次世界大戦のナチス
ナチスは第二次世界大戦の際のドイツの政治を行っていた政党・国家社会主義ドイツ労働者党。第二次世界大戦の際ドイツはナチスはユダヤ教徒を迫害しており、ブルッフのように文化の弾圧も行った。

 

ヴァイオリン協奏曲第1番

 

「ヴァイオリン協奏曲」とは

 

第1章ピアノ編のラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」のページをお読みになった方であれば、大体の想像はつくのではないでしょうか。

「ピアノ協奏曲」ではソリスト(一人で演奏する人:ソロ)がピアニストであるのに対して、「ヴァイオリン協奏曲」ではヴァイオリニストがソリストを担当します。

 

ピアノ協奏曲
ピアノ協奏曲の場合、ソリスト(1人演奏する人)用のピアノがオーケストラの前に設置されており、オーケストラの伴奏(補助的な演奏)に合わせて、ソリストが旋律(メロディー)を奏でていくという形態が基本になる。

つまり「バイオリン協奏曲」ではソリストの楽器がバイオリンになるのでオーケストラの前に一人のバイオリニストが立っている事が普通。

▼ピアノ協奏曲の様子(一番前にいるピアノの奏者が「ソリスト」)

photo by Justin Ruckman from Charlotte, NC, USA – Rachmaninov Piano Concerto No. 2, Mvt. I CC 表示 2.0

 

ソリストはピアノ協奏曲の時と同様に、ステージの前で演奏します。

また、オーケストラの奏者は座って演奏するのに対して、ヴァイオリン協奏曲ではソリストが立ったまま演奏することが多いというのが、ピアノ協奏曲との最大の違いであるということができるでしょう。

 

▼ブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番<第1楽章>」黒地に金の花柄のドレスの女性が「ソリスト」

 

「ヴァイオリン協奏曲第1番」の構成とその魅力

 

ブルッフのヴァイオリン協奏曲は3つの楽章から構成されており、3つの楽章を端的に表現するならば、動・静・動という構成になっています。

ブルッフは「ヴァイオリン協奏曲第1番」の題名として、「幻想曲」という言葉を用いることも検討していたと言われており、とてもファンタジックな展開が魅力であるということができるでしょう。

 

この曲の第1楽章は特に迫力に満ちており、まるで今にも獲物に掴みかかろうとする獰猛な鷲を想起させるような旋律が印象的です。

 

<第1楽章>

 

第2楽章では一転して甘美なメロディーを披露。

 

<第2楽章>

 

第3楽章でこの曲のフィナーレを飾るのに相応しいエネルギッシュで明るいメロディーを奏でることによって幕を閉じます。

 

<第3楽章>

 

 

どの楽章も非常に物語性に満ちており、目を閉じて聞いてみると様々な場面頭の中に浮かんでくることでしょう。

 

 

さて、今回はブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」についてご紹介いたしましたが、いかがでしたでしょうか。

ぜひ他のブルッフの作品とも聴き比べることで、ブルッフ独自の世界観を堪能してください。

 

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著者:めーぷる

国立大学医学部で大学生活を楽しみつつ、プログラマーとライターの仕事も手掛けています。幼少期からピアノとヴァイオリンを習っており、クラシック音楽、ジャズ、洋楽と幅広いジャンルの音楽に親しんでいます。趣味は幅広く、音楽の他にもバドミントン、スキー、スポーツ観戦、海外ドラマ、料理、カフェ巡りなど多岐にわたります。お問い合わせはこちらから

バッハ「トッカータとフーガ」 初心者にもわかりやすく解説

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「クラシック音楽」と聞くとなんだか難しそうで敷居も高い。でもクラシック音楽を作っている作曲家だって人間です。面白いエピソードもたくさんあるんです。有名曲と作曲家を知りクラシック音楽を楽しみましょう!

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<まずは聴いてみよう!>

クラシックの名曲を通じてクラシック音楽の魅力を学んでいきましょう!今回はバッハの「トッカータとフーガ」です。最初に音楽を聴いてから、記事を読むことでクラシックへの理解が増すことでしょう。

▼「トッカータとフーガ」ニ短調(オルガン版。今回紹介するのはバイオリン版です。詳しくは後述します。)

 

 

さて、前回に引き続き、今回もヴァイオリンの曲についてご紹介いたしましょう。

今回ご紹介する曲はバッハの「トッカータとフーガ」です。

「なんだかお堅そうな曲が登場したなあ……」

と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、心配は要りません。

なぜなら、この曲というのはみなさんの多くが耳にしたことのあるフレーズであるからです。

テレビ番組などで、何かで失敗したシーンに流れるあのBGMこそ、バッハの「トッカータとフーガ」なのです。

きっとみなさんも一度お聴きになれば、「ああ、あのメロディーか!」と腑に落ちることでしょう。では、詳しい曲の解説に移っていきましょう。

 

バッハ

▲ヨハン・セバスティアン・バッハ

 

バッハは「音楽の父」とも称されるほどクラシック音楽の発展において多大な貢献を果たした音楽家です。みなさんも一度はその名前を耳にしたことがあるのではないでしょうか。

クラシック音楽というのは大まかに分けると、古い順に、バロック期、ロマン派の時代、近現代の3つの大きなジャンルに分かれます。

バロック期というのはその3つのジャンルの中でもっとも最初に生まれたものです。

 

 

そのバロック期に多くの楽曲を手がけ、構成に多大な影響をもたらしたのがバッハなのです。

 

バロック期
1600年からバッハが亡くなる1750年の150年間をバロック音楽の時代と呼びます。「バロック」は真珠や宝石などが歪んだ様子を意味するポルトガル語が由来となっていると言います。ルネサンス以前の装飾すぎる様を揶揄するような意味で「バロック」という名がついたと言われています。

 

バッハは幼少期から突出した才能を見せていたというわけではありませんが、子供の頃からヴァイオリンとオルガンの手ほどきを受けていました。

 

▼オルガンの例

photo by h.ina

 

そして、18歳の時に教会のオルガンの試奏に立ち会い、その時の演奏によって、オルガニストとしての実力を認められます。

結果的にバッハはその教会のオルガニストを任されるようになり、また聖歌隊の指導も担うようになりました。

この活動こそバッハの音楽人生の原点となります。

 

その後ヴァイマル教会(ドイツの教会)など、様々な教会を転々としつつ、バッハは音楽隊長などとして精力的な活動をしました。

その一方で、次第に作曲面においても成果を上げていきます。

バッハの音楽というのは、いくつか聞いてみると何か独特な雰囲気というのを感じるかと思いますが、これは教会音楽の影響を強く受けていたのだと考えられています。

 

 

その後、バッハは生涯にわたっておよそ1000曲にも上る作品を手がけ、60歳半ばにしてこの世を去りました。

 

トッカータとフーガ

 

オルガン版とヴァイオリン版

 

バッハの「トッカータとフーガ」は元々はオルガン用の曲として作曲されました。

そのため、原曲はヴァイオリン版よりも音の数も多く、オルガンならではの重厚感を生かした強弱の変化などが魅力です。

しかし、今回はあえてヴァイオリン版の「トッカータとフーガ」をご紹介しています。

 

オルガンの方が音の数が多い理由
ヴァイオリンは、基本的には単音、もしくは2つ以上の音で構成される和音で進行し、最大でも同時に出せる音は4つの音で構成される和音が限界です。(弦が4本なので)

それに対して、オルガンは両手で鍵盤を押すことができるので、それよりも多くの音を出すことができるということです。

 

ヴァイオリン版のトッカータとフーガはオルガン版のものに比べてより技巧的(技術が必要)な側面が強く、演奏者が様々な難所を弾いていく姿というのは大変ドキドキハラハラとするものです。

聴いている側も思わず演奏に集中してしまいます。

また、ヴァイオリン版の場合は最初の一番有名なメロディーも、伴奏がなくなったことによって、よりすっきりとした印象となり、かえって聞き手に鮮烈な印象を残すものとなっています。

ヴァイオリン版はオルガン版よりも音は少ないものの、それによって迫力が失われるということはなく、むしろソリッド(密)になった分、一つ一つのメロディーがより際立ったものとなっている点が最大の魅力であるということができるでしょう。

 

 

▼ヴァイオリン版『トッカータとフーガ』

▼オルガン版『トッカータとフーガ』

 

 

さて、今回はバッハの「トッカータとフーガ」についてご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。

バッハの音楽というのは、ドラマティックな展開も少ない曲が多いためか、どうしてもクラシック音楽の中でも敬遠されがちなところがあるのは否めません。

しかし、「トッカータとフーガ」はそのようなバッハの作品の中でも比較的親しみやすい曲であるということができるでしょう。

この作品を聴くことがバッハのその他の作品を楽しむきっかけになればと思います。

 

▼バッハの名曲を聴いてみましょう!

 

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