はじめに ~ロートレックという37年間の人生~

 

 

ロートレックという37年間の人生

 

「世紀末芸術」というものをご存知でしょうか。

 

幻想的な作品が印象的な「ルドン」

▼ルドンの作品「眼=気球」(1878年)

 

官能的であるけれど気品のあるモノクロ画が特徴的な「ビアズリー」

▼ビアズリーの作品『サロメ』の挿絵(サロメ=文学作品の題名)(1894年)

 

日本でも高い人気を誇る「ミュシャ」や「ムンク」。

▼ミュシャの作品『春』(1896年)

▼ムンクの作品『叫び』(1893年)

 

彼らは1890年代から20世紀初頭にかけて活躍した「世紀末芸術」と呼ばれる作品を描いた芸術家です。

彼らの「世紀末芸術」と呼ばれる作品の多くは抽象的ですが、幻想的で退廃的なものを美しく描いており、観る人の想像力がかき立てられます。

 

このWebonではそんな19世紀末に活躍した数多くいるヨーロッパの芸術家の中でも、37歳という短い生涯の中でインパクトの強い作品を多く残した画家

トゥールーズ=ロートレック

(正式名:アンリ・マリ・レーモン・ド・トゥールーズ=ロートレック・モンファ)

をご紹介します。

 

ロートレックとは

▼トゥールーズ=ロートレック

 

南フランスのアルビ(現:タルヌ県県庁所在地)で生まれたトゥールーズ=ロートレックは、由緒ある貴族の流れを引き継いだ家系出身の画家です。

 

▼フランス、アルビの風景(現在)

 CC BY-SA 2.0 fr, Link

 

そんなロートレックには彼だけに与えられたハンディがありました。

 

ロートレックは10代の頃に足を片足ずつ続けて骨折しています。

そして両足を骨折したロートレックは、10代の頃のままで足の成長が止まってしまうのでした。

ロートレックの骨折の原因は、大きな事故や病気ではなく、ほんのささいな出来事での骨折でした。おそらく、医学が発達した現代の私たちがロートレックと同じように骨折しても成長が止まるほど重篤にはならないでしょう。

おそらく現代の医療技術であれば、なぜ骨がもろいのかを当時よりも詳しく原因を突き止められると思います。

 

しかし、ロートレックの足の成長は止まってしまったのです。

ロートレックの両親はじめ、ロートレック家が近親結婚を繰り返していたことが足の成長を止めた原因、つまり彼の弱い体質の原因である、と言われています。

 

近親結婚

近親者同士の結婚が行われると病気や奇形などの症状が遺伝子の仕組みにより出現しやすくなる。この理由より日本では三親等以内(一親等:父母、子 二親等:祖父母、孫、兄弟姉妹 三親等:曾祖父母、曾孫、叔父叔母、甥姪)の結婚が禁止されている。

 

そんなハンディキャップを背負った彼が生涯にわたり衣食住から死の床にいたるまで、不自由なく過ごすことができたのは、一人息子の彼を不憫に思う母親のおかげであるところが大きかったようです。

 

ロートレックの作品

 

ロートレックはそんな自分の不遇な状況と重ね合わせたのか、夜の酒場や踊り子、娼婦など現代でも昼間には陽が当たらないものを偏愛しました。

 

彼は、雄大な自然の風景画や、身分の高い人の人物画などではなく、彼が愛する酒場や娼婦、踊り子を描き続け、時には自分さえも絵の中に描き入れました。

 

▼ロートレックの作品『ムーラン通りのサロン』(1894年)

 

ロートレックの特異的な身体と、誰もが二度見してしまうような絵は瞬く間にパリのモンマルトルで有名になりました。

 

▼1897年に別の画家によって描かれた「モンマルトル大通り」

 

ロートレックの絵は、生き写しのような正確な描写ではなく、諧謔的(かいぎゃくてき:気の利いた冗談のよう)かつ皮肉たっぷりに風刺絵のようでした。

時に彼の出来上がった絵を見て不愉快になったモデルもいたようでした。

ロートレックは自分の身に起きた偶然の不幸と「普通ではない」場所や彼女(または彼ら)とを重ね合わせていました。

しかし、ロートレックは自分のハンディキャップを悲嘆的に暮れて終わらせたわけではありませんでした。むしろ対峙し、時には挑戦するかのように短い生涯をかけて絵を描きに描き続けたのでした。

 

伝えたい事

 

このWebonではロートレックの37年間という短いながらも濃い人生を通じて、「表現活動における原動力」の大切さを伝えたいと思います。

表現者によっては、暗い過去をバネに、多くの人を喜ばせるような表現でポジティブに人生を歩む人もいます。

その一方で、ロートレックのように表現活動を続けながらも心の闇を抱えたまま人生を終えてしまう人もいます。

決して「表現をする上でこれが正しい」であるとか「こうしなければいけない」といったジャッジや指南をするつもりはありませんが、表現や活動を(アーティストでなくとも)する上で自身の経験やバックボーンは原動力として不可欠な要素だということを、ロートレックを紹介する事でお伝えしたいと思います。

 

次のページから第1章。第1章ではロートレックの時代や家族、そして生い立ちを紹介していきます。

まずは次のページでロートレックがどのような時代を生きたかを解説していきます。

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フランス画家 ロートレック入門

 

はじめに

はじめに ~ロートレックという37年間の人生~

 

第1章 フランス画家・ロートレックとは

ロートレックが生きた時代

ロートレックの生い立ち

ロートレックと家族

ロートレックに起きた1878年の悲劇

 

第2章 ロートレックの魅力と作品

パリでの生活

画家としての活躍

ロートレックと日本

ロートレックと酒場と娼婦

同時代の画家

 

第3章 ロートレックに触れるには

トゥールーズ・ロートレック美術館

ロートレックを題材とした映画

ロートレックを題材とした書籍

山下達郎おすすめの名曲④ 【ジャニーズへの提供曲編】

Webon紹介目次著者

山下達郎さんは『クリスマス・イブ』で有名なミュージシャン。達郎さんはテレビに出演しないため、動く姿を観れるのはライブだけ。チケットは入手困難であり「音の職人」と称される達郎さんのライブは「極上の音楽空間」。

『山下達郎』入門 ~極上の音楽空間~(全14ページ)はこちらから!

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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『山下達郎入門』目次へ  (全14ページ)

 

この章では達郎さんの楽曲を

定番】【隠れた名曲】【鈴木雅之への提供曲】【ジャニーズへの提供曲】【カバー

とジャンルに分けて5ページにわたって紹介します。

達郎さんは自身でも大ヒット曲を数多くリリースしております。ただ達郎さんは自身の曲だけでなく作曲家としても多くのヒット曲を手がけているのです。

またジャニーズへの提供曲には名曲が多いのです。

 

ジャニーズ提供曲が多い理由!?

 

山下達郎さんはジャニーズ事務所所属のアイドルへの楽曲提供が多いと思います。提供曲が多い理由は「小杉理宇造さん」がジャニーズ事務所とつながりがあったためかなと思います。

小杉さんは達郎さんが所属する事務所であるスマイルカンパニーの元代表取締役社長です。2003年にはジャニーズエンターテイメントの代表取締役社長に就任しています。

小杉さんは昔、レコード会社RCAにおり、そこの所属アーティストだった達郎さんと出逢いました。そして小杉さんはRCAにいる時にジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長とも知り合いになったそう。

 

そういったことから、達郎さんとジャニーズとのつながりが、自然と出来ていったのだと思います。

ジャニーズのアイドルへの楽曲提供は名曲が多いです。このページではその中でも私が大好きな曲をご紹介したいと思います。達郎さんがセルフカバーしているものもあります。

 

KinKi Kids

メンバー ・堂本剛(1979年4月10日生まれ)上記写真左
・堂本光一(1979年1月1日生まれ)上記写真右
デビュー 1997年7月21日にシングル『硝子の少年』でデビュー。
デビューからシングル39連続で初登場1位を記録しておりギネス記録に登録されている。

 

硝子の少年

リリース年月 1997年7月21日(シングル『硝子の少年』)
時間 4分39秒
備考 CD売り上げは170万枚以上でKinKi Kids最大のヒット曲。
収録アルバム B album
KinKi Single Selection
39
The BEST

 

『硝子の少年』は言わずと知れたKinKi Kidsの大ヒットデビュー曲。

松本隆さん作詞、達郎さん作曲、編曲。

 

松本隆

1949年生まれ。「日本語ロック」の先駆者で日本の音楽界に多大な影響を与えたバンド『はっぴぃえんど』の元ドラマーであり作詞担当。寺尾聰、松田聖子、薬師丸ひろ子、近藤真彦など数多くの有名アーティストやアイドルの楽曲を手がける。

 

私は達郎さんファンであるのはもちろんですが、KinKi KidsがCDデビューする前から彼らのファンでした。

そのためKinKi KidsのCDデビューが決まり、達郎さんが曲を提供すると知った時はすごくうれしかったです。

 

印象的なイントロから始まる『硝子の少年』は、松本隆さんのせつない詩とも相まって世代を超えて愛される名曲に。

KinKi Kidsの歌、ダンスもとってもよくて、白い衣装も『硝子の少年』というタイトル、曲にぴったりでした。

 

達郎さんバージョンはベストアルバム『OPUS』の初回限定盤のボーナストラックに収録されています。

 

▼ベストアルバム『OPUS』CD

 

セルフカバーではなくデモ音源(=関係者に曲の概要を伝えるために作られた曲)なのですが、達郎さんバージョンもすごく素敵。

KinKi Kidsの二人のお父さん世代と言っていい達郎さんが歌っても違和感がありません。

達郎さんが目指して創った「何十年後にも歌える歌」になっていると思います。

 

堂本光一さんは達郎さんから「君たちが、何年たっても、大人になっても歌える歌だよ」と言われたそうです。光一さんは今でも達郎さんが歌ったデモテープを大切に持っているようです。

達郎さんはライブでも『硝子の少年』を歌うことがあり、会場はすっごく盛り上がります。

初めてライブで聴いた時はとっても感動しました。

 

▼KinKi Kids『硝子の少年』収録アルバム『39』CD

 

Kissからはじまるミステリー

リリース年月 1997年7月21日(アルバム『A album』)
備考 ・KinKi Kidsのデビューアルバムである『A album』に収録されている。同アルバムはミリオンセラーを突破している。
・堂本剛主演の日本テレビ系ドラマ『金田一少年の事件簿 第2シーズン』主題歌。
収録アルバム A album
39

 

『Kissからはじまるミステリー』はKinKi Kidsの曲の中でも、私の中でベスト5に入る大好きな曲。

松本隆さん作詞、達郎さん作曲、編曲。

この曲は堂本剛さん主演ドラマ『金田一少年の事件簿』の主題歌で、CD化される前からテレビで流れていました。

その時から大好きな曲。

 

▼ドラマ『金田一少年の事件簿』DVD(画像クリックで商品詳細へ)

 

主題歌なのでフルでは流れなかったので、CD化された時はすっごくうれしかったです。

達郎さんバージョンはアルバム『SONORITE』にセルフカバーとして収録。

 

▼アルバム『SONORITE』

 

でも、セルフカバーと言うには結構生まれ変わっている印象。

KinKi Kidsが歌うラップ部分の詩が大きく変わっていて、そのラップ部分はケツメイシのRYOさんが歌っています。ラップ作詞もRYOさん。

 

ケツメイシ

日本のヒップホップグループ。1999年に初のインディーズ曲がリリースされる。アルバム『ケツノポリス4』はオリコンアルバム週間チャートで3週連続首位を獲得する。RYOは同グループのMC担当。

▼RYOは写真左から2番目

 

KinKi Kidsバージョンでは学園ドラマらしい「教室中」という詩が

達郎さんバージョンでは「一晩中」に。

「横断歩道」という詩が

達郎さんバージョンでは「一晩中」と変わっていたり。

 

KinKi Kidsの若さ溢れる曲の感じとはまた違って、とても大人な曲になっています。

「どちらもいい!」と思いますがKinKi Kidsのラップ部分込みで好きだったので、そこを達郎さんバージョンでも聴きたかったな~という気持ちもあります。

でも、あの部分を同じ歌詞で達郎さんが歌うのは無理があるし、もどかしいところです。

 

▼KinKi Kids『Kissからはじまるミステリー』収録アルバム『39』CD

 

HAPPY HAPPY GREETING

リリース年月 1998年12月9日(シングル『Happy Happy Greeting/シンデレラ・クリスマス』
時間 6分13秒
備考 ・CD売り上げ60.9万枚
・パナソニック『デジカム』CMソング
収録アルバム The BEST

 

『HAPPY HAPPY GREETING』はとっても暖かく幸せな気持ちになる、いろんなお祝いに使われるハッピーな曲。

松本隆さん作詞、達郎さん作曲、編曲。

「クリスマスに関する曲は多いけど、元日に関する曲がない」ということで創られた曲。

どうせならいろんなお祝いを入れよう、ということで誕生日やバレンタインなども詩に登場します。

堂本光一さんの誕生日が1月1日なので、それをお祝いする意味も。

達郎さんバージョンはアルバム『RARITIES』に収録されています。

 

▼アルバム『RARITIES』CD

 

KinKi Kidsよりもシンプルで大人な感じ。

難波弘之さんのピアノがとても心地いい。

 

難波弘之


1953年生まれの音楽家・SF作家。東京都音楽大学の教授を務めている。多くのアニメ・ドラマの音楽を担当する。山下達郎のコンサートツアーにも参加している。

難波弘之さんや他の達郎さんのライブに参加するアーティストについては次の章(第4章)で紹介いたします。

 

▼シングル『HAPPY HAPPY GREETING』CD

 

 近藤真彦

生年月日 1964年7月19日
出身地 神奈川県大和市
デビュー 1980年『スニーカーぶる~す』でソロデビュー
田原俊彦・野村義男とともに『たのきんトリオ』として人気を博した。1987年に『愚か者』で第29回日本レコード大賞を獲得する。

 

ハイティーン・ブギ

リリース年月 1982年6月30日(シングル『ハイティーン・ブギ』)
備考 映画『ハイティーン・ブギ』主題歌
収録アルバム THE MATCHY best song for you
近藤真彦 THE BEST
By Your Request
THE ROCK BEST
風街図鑑
MATCHY★BEST

 

ジャニーズ事務所の大御所でもあり、1980年代には大人気アイドルだったマッチこと近藤真彦さん。

私が初めて達郎さんの名前を知ったのはこの『ハイティーン・ブギ』から。

2018年のライブでは達郎さんがこの曲をカバーし大盛り上がりとなりました。

マッチの同名主演映画を観に行った事などを想い出しながら、今こうして達郎さんの音楽が私の人生に大きく関わっていることを感慨深く思いました。

 

▼『ハイティーン・ブギ』収録アルバム『THE MATCHY best song for you 』CD

 

少年隊

メンバー ・錦織一清(1965年5月22日生まれ)写真左
・植草克秀(1966年7月24日生まれ)写真中央
・東山紀之(1966年9月30日)写真右
デビュー 1985年『仮面舞踏会』でデビュー
ジャニーズ最長の活動歴のグループ。最大のヒットソングは『仮面舞踏会』で、1986年の年間シングル売り上げの第3位となる。

 

湾岸スキーヤー

リリース年月 1998年1月28日
時間 4分32秒
収録アルバム Prism

 

『湾岸スキーヤー』はフジテレビの長野オリンピックのテーマソングとなっていた曲。

よく中継で流れていたのを覚えています。

元々は、屋内スキー場「ららぽーとスキードーム」のCMソングとして制作されていたものです。

達郎さんの作品としてCD化する機会を逃していたところ、少年隊の作品として秋元康さん他の手が加わりフルバージョンが制作され少年隊の曲になりました。

達郎さんのCMバージョンは達郎さんの公式サイトのみで購入できる『山下達郎 CM全集Vol.2』に収録されています。

<Tatsuro Yamashita Official Websaite>https://www.tatsuro.co.jp/shop/

すごくさわやかな素敵な曲で少年隊のダンスもカッコよくて、大好きでした。

 

▼『湾岸スキーヤー』収録アルバムCD

 

達郎さんのジャニーズへの提供曲の中から、自身でも歌われたことがあるものをご紹介しました。

特にKinKi Kidsの曲は本当に素敵なので、どちらのバージョンも聴いてほしいなと思います。

 

さて、達郎さんの曲は他アーティストによってカバーされています。カバーされた曲もとても素晴らしいです。次のページで紹介いたします。

『山下達郎入門』目次へ  (全14ページ)

 

 

目次著者

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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山下達郎おすすめの名曲② 【隠れた名曲編】

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山下達郎さんは『クリスマス・イブ』で有名なミュージシャン。達郎さんはテレビに出演しないため、動く姿を観れるのはライブだけ。チケットは入手困難であり「音の職人」と称される達郎さんのライブは「極上の音楽空間」。

『山下達郎』入門 ~極上の音楽空間~(全14ページ)はこちらから!

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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この章では達郎さんの楽曲を

定番】【隠れた名曲】【鈴木雅之への提供曲】【ジャニーズへの提供曲】【カバー

とジャンルに分けて5ページにわたって紹介します。

達郎さんには有名な代表曲がよいのはもちろんですが、それ以外の曲も知っていいただきたい曲はたくさんあります。

こちらのページでは、私の独断と偏見でおすすめの曲、私の好きな曲をご紹介したいと思います。

 

メリー・ゴー・ラウンド

リリース年月 1983年6月8日
時間 6分17秒
収録 ・アルバム『MELODIES
・アルバム『JOY』(ライブバージョン)

 

『メリー・ゴー・ラウンド』はとにかくカッコいい!

カッコよすぎて、ずっとリピートしていても全然飽きない。

ファンクなドラムとベース。素晴らしすぎるコーラスワーク(=複数の人がそれぞれのパートに分かれて歌うこと)

 

ファンクとは

ブラックミュージックのジャンルの一つ。「ジェームス・ブラウン」はファンクの帝王と呼ばれ『Get on the Good Foot』はファンクの傑作と称される。リズムは16ビートを基本としている。リズムはファンクの重要な要素である。

 

一つ一つ、全ての音がカッコよく素敵すぎて…イヤフォンでじっくり聴いてほしいです。

音楽を聴く時に、ボーカル部分だけ聴いてしまう人もいるかもしれませんが、全てのいろんな音を聴いてほしいです。

 

好・き・好・き SWEET KISS!

リリース年月 1998年4月29日
時間 4分10秒
収録 ・シングル『いつか晴れた日に』B面
・ベストアルバム『RARITIES』(リンク先で試聴可)

 

『好・き・好・き SWEET KISS!』は、まずタイトルがとってもかわいい!

大人な達郎さんが、こんなかわいいタイトルと甘い歌詞の曲を歌っても全然おかしくないのは、年齢を感じさせない素晴らしい声の持ち主だから。(山下達郎:1953年2月4日生まれ。2019年3月現在66歳)

達郎さんの歌詞の中には「君が大好き」と語る男性が登場することがありますが、この曲もその一つで、私はこの曲の中の男性がとても好きです。

 

ラッキー・ガールに花束を

リリース年月 2004年8月4日(シングル『忘れないで』B面)
時間 4分24秒
タイアップ ・ホンダ・ライフDIVAのCM
・NHKアニメ『アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル』のオープニング
収録 シングル『忘れないで』

 

『ラッキー・ガールに花束を』はとってもハッピーでキラキラなポップチューンです。

跳ねるリズムとかわいい歌詞で、とってもテンションが上がります。

いくつになっても、こんな素敵なラブソングが書ける達郎さんが好きです。

「You are my lucky girl」と言う、この歌の中に出てくる男性も私は大好き。

こんなにストレートに愛情表現してくれるのって、とっても素敵です。

 

ずっと一緒さ

リリース年月 2008年3月12日(シングル『ずっと一緒さ』)
時間 5分
タイアップ フジテレビドラマ『薔薇のない花屋』主題歌
収録 ・シングル『ずっと一緒さ』(リンク先で試聴可)
・アルバム『OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜

 

『ずっと一緒さ』は達郎さん曰く

「若いころには決して書かなかったタイプのラブソング」

だそうです。

「あなたとふたりで生きて行きたい それだけで何もいらない」という詩は、自分が年齢を重ねていくほどに心に沁みます。

達郎さんの2018年のツアーでは『希望という名の光』に続けて『ずっと一緒さ』が歌われて…感動で涙涙涙…でした。

 

※『希望という名の光』は前ページの「山下達郎おすすめの名曲①【定番編】」で紹介しています。

 

FUNKY FLUSHIN’

リリース年月 1979年10月21日(シングル『永遠のFULL MOON』B面)
時間 5分40秒
収録 ・シングル『永遠のFULL MOON』
・アルバム『MOONGLOW
・ベストアルバム『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA
・ベストアルバム『OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜

 

『FUNKY FLUSHIN’』はファンクなディスコナンバー。

CDで聴いてもテンションが上がるし、ライブでみんなで盛り上がるのもとっても楽しい!

この曲は少年隊がカバーしています。

 

少年隊

ジャニーズ事務所所属の男性アイドル。1981年より活動を開始。ジャニーズで最長の活動歴。代表曲に『仮面舞踏会』(1986年オリコン年間シングル売り上げ第3位)などがある。

 

少年隊のバージョンも私は好きなんです。

少年隊はダンスがとっても上手いので、テレビで歌っているのを見て、とってもカッコよかったのを覚えています。

 

HOT SHOT

リリース年月 1979年10月21日(アルバム『MOONGLOW』)
時間 5分55秒
収録 アルバム『MOONGLOW

 

『HOT SHOT』は吉田美奈子さん作詞による、スナイパー(?)殺し屋(?)の歌。

 

吉田美奈子

1953年4月7日生まれ。シンガーソングライター。他アーティストへの楽曲提供を数多く行う。山下達郎の楽曲のコーラスをつとめ、また『潮騒』『SPARKLE』『CIRCUS TOWN』など山下達郎の楽曲の作詞を数多く手がける。

 

物騒な詩が出てきますが、最高にカッコいいナンバー。

めちゃめちゃギターがフィーチャーされていて、椎名和夫さんのギターが最高にカッコいい!

 

椎名和夫

1952年7月14日生まれ。吉田美奈子のバックミュージシャンとしてプロデビュー。1986年に中森明菜「DESIRE -情熱-」で日本レコード大賞編曲賞受賞。ギタリストとしても活動し、山下達郎のバンドのレギュラーメンバーとなっている。

椎名和夫さんなどの山下達郎のバンドのメンバーは次の章(第4章)で紹介しています。

 

ギター好きにはたまらない1曲であり、こんな歌詞を軽快に歌う達郎さんもカッコいい!

達郎さんが美奈子さんに作詩を依頼するときは全ておまかせだそう。

気心の知れた二人だからこそ歌詞で遊んでいるのかも。

 

SILENT SCREAMER

リリース年月 1980年9月19日(アルバム『RIDE ON TIME』)
時間 5分28秒
収録 アルバム『RIDE ON TIME

 

『SILENT SCREAMER』もギターがカッコいいファンクなナンバー。

1980年の曲ですが、今聴いても全く色褪せていません。

 

エンドレス・ゲーム -Endless Game-

リリース年月 1990年4月25日(シングル『Endless Game』)
時間 4分10秒
タイアップ TBSドラマ『誘惑』
収録 ・シングル『Endless Game
・アルバム『ARTISAN

 

『エンドレス・ゲーム-Endless Game-』は1990年のTBSドラマ『誘惑』の主題歌。家庭が壊れていく、ドロドロとしたドラマだったと思います。

 

TBSドラマ『誘惑』
1990年4月から放送。主演は篠ひろ子。魔性の女により家庭がバラバラにされていくラブサスペンス。

 

私は、主演の篠ひろ子さんが好きでしたし、当時、大人気だったTM NETWORKのボーカル宇都宮隆さんが出演、という事でも話題になっていました。

 

TM NETWORK

1984年デビュー。3人組のエレクトロニカ(電子音楽)バンド。代表曲に『Get Wild』『SEVEN DAYS WAR』がある。アルバム売上げ総数は1,600万枚を突破していると言われる。写真中央が宇都宮隆。

▼TM NETWORK

 

ドラマの内容と歌とがとっても合っていて、怪しく大人なムード漂う曲。

達郎さんがタイアップ作品を創る時は、いつもそのドラマなどにぴったりなものを創っていると思います。テーマや原作、脚本などを、創作イメージに当てはめているから。

この曲も、ドラマの原作である連城三紀彦氏の『飾り火』を読んで創ったそうです。

 

▼ドラマ原作『飾り火』(画像クリックで商品詳細へ)

 

FOREVER MINE

リリース年月 2005年1月19日(シングル『FOREVER MINE ⁄ MIDAS TOUCH』)
時間 4分50秒
収録 ・シングル『FOREVER MINE ⁄ MIDAS TOUCH』(リンク先で試聴可)
・アルバム『SONORITE

 

『FOREVER MINE』はとても美しいラブバラード。

でも、ただの愛する者同士の歌ではないことは、歌詞を深く読めばわかると思います。

「不倫の男女が心の中に常に抱えている、死の暗喩(メタファー)についての歌を創った」との事。

この詩の世界、すごいな~と思います。

「FOREVER MINE(永遠に私のもの)」という、言葉の重みを感じます。

 

このミュージックビデオ(MV)には、俳優の嶋田久作さんが出演しているのですが…そのMVがせつなすぎて、悲しすぎて…。

 

▼嶋田久作氏

この曲の世界をとってもとっても上手く表現しています。

とても素晴らしいMVなのだけど、せつなすぎて涙が止まらず、もう見たくないと思うほど…。

 

こちらのMVは、達郎さんサイドでのDVD発売等はありません。MVの監督を務めた丹下紘希さんの作品集「TANGE KOUKI VIDEO COLLECTION」に収録されているようです。

あとは、スカパー等の音楽チャンネルで流れる可能性があります。もしくはリクエストするのもいいかもしれません。

 

▼『FOREVER MINE』MV収録DVD

 

潮騒

リリース年月 1979年4月5日(シングル『愛を描いて -LET’S KISS THE SUN-)』カップリング)
時間 4分18秒
収録 ・シングル『愛を描いて -LET’S KISS THE SUN-)』
・シングル『風の回廊』ライブバージョン
・コンピレーション・アルバム『COME ALONG
・アルバム『GO AHEAD!
・ベストアルバム『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA
・ベストアルバム『OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜
・ベストアルバム『RARITIES』(リンク先で試聴可)

 

『潮騒』は達郎さんの隠れた名曲の一つ。

甘酸っぱい愛の詩に胸がキュンとなる。

ライブで達郎さんがピアノを弾きながら歌う姿はとても感動します。

 

いつか(SOMEDAY)

リリース年月 1980年9月19日
時間 5分49秒
収録 ・アルバム『RIDE ON TIME
・コンピレーションアルバム『COME ALONG2

 

『いつか(SOMEDAY)』はとっても暖かい曲。

ライブで聴くと明るい曲調なのに、その暖かさに涙がでてしまう。

「いつか」は来ないと言われることも多いけど、「いつか」がいつか来る事を信じられる、心によりそってくれる歌。

絡み合う吉田美奈子さんのコーラスが、さらにこの曲を素晴らしいものにしています。

 

 

達郎さんのおすすめの曲、今、私が好きな曲をご紹介しました。

達郎さんの曲は全部よすぎて、本当は選べません。

それに、好きな歌はその時々で変わったりもするので…。

とりあえず、達郎さんを聴いてみるなら『OPUS ALL TIME BEST 1975-2012』をおすすめします。

歴代の代表曲が収録されているので、山下達郎入門として最適です。

 

 

達郎さんは他アーティストへの楽曲提供を多数行っています。提供曲にも名曲は多いです。次のページでは私が一番好きなのが鈴木雅之さんへの提供曲を紹介いたします。

『山下達郎入門』目次へ  (全14ページ)

 

 

目次著者

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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山下達郎おすすめの名曲① 【定番編】

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山下達郎さんは『クリスマス・イブ』で有名なミュージシャン。達郎さんはテレビに出演しないため、動く姿を観れるのはライブだけ。チケットは入手困難であり「音の職人」と称される達郎さんのライブは「極上の音楽空間」。

『山下達郎』入門 ~極上の音楽空間~(全14ページ)はこちらから!

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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山下達郎さんの楽曲はたくさんあり、どれから聴いたらいいのか悩むかもしれません。この章では達郎さんの楽曲を

定番】【隠れた名曲】【鈴木雅之への提供曲】【ジャニーズへの提供曲】【カバー

とジャンルに分けて5ページにわたって紹介します。

このページでは、まずは知っておきたい達郎さんを代表する曲、定番の名曲を紹介します。

 

※このページで紹介する達郎さんの定番の名曲は全て『OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜』に収録されています。

▼アルバム『OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜』(画像クリックで商品詳細へ)

 

クリスマス・イブ

リリース年月 1983年12月14日(シングル『クリスマス・イブ』
時間 6分43秒
備考 1988年にJR東海のCMがきっかけで知名度が上昇。CD売上100万枚突破。「日本のシングルチャートに連続でチャートインした最多年数の曲」としてギネス世界記録に認定された。
収録アルバム ・アルバム『MELODIES
・アルバム『MELODIES (30th Anniversary Edition)
・ベストアルバム『TREASURES
・ベストアルバム『OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜
※リンククリックで商品詳細へ

▼山下達郎『クリスマス・イブ』特別映画版

 

『クリスマス・イブ』は日本のクリスマスのスタンダードナンバー。

達郎さん自身も「自分の全作品の中で、詩、曲、編曲、演奏、歌、ミックス、全ての要素がバランスよく仕上がった数曲の一つ。その曲が自分の代表曲となったことを神様に感謝している。」と語っています。

間奏で繰り広げられるコーラスが素晴らしすぎます。

ドイツの作曲家、ヨハン・パッヘルベルの曲『カノン』の原曲のメロディーを、間奏やコーラス部分にアレンジして取り入れています。コーラスの全ては達郎さん一人による多重録音(音を重ねて録音すること)です。

 

 

何度聴いても飽きないこの曲は、ライブで聴くと、さらにその素晴らしさが際立ちます。

 

RIDE ON TIME

リリース年月 1980年5月1日(シングル『RIDE ON TIME』
時間 4分22秒
備考 マクセルのCMで話題になる。シングルで50万枚を売り上げ、山下達郎の存在が世間に広く知れ渡るきっかけとなった曲。2003年に木村拓哉主演のフジテレビドラマ『GOOD  LUCK!!』のエンディングに起用され、再び話題となる。
収録アルバム ・アルバム『RIDE ON TIME
・ベストアルバム『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA
・ベストアルバム『OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜

 

「青い~」で始まるインパクト大のこの曲、鳥肌が立ちます…。

『RIDE ON TIME』は何度聴いても絶対に飽きない、山下達郎の魅力が詰まった曲。

 

ライブでも必ず終盤に演奏され、大盛り上がりになります。達郎さんが歌いだした瞬間、私はいつも「キター!」と涙が出そうになります。

この曲は達郎さんがマイクを使わず、生声を披露するのがライブでのお約束。

 

ステージに用意された大きな脚立に上ったり、ステージの高いところに上がったりして、達郎さんが生声で歌うシーンがあります。

脚立に行くまでの達郎さんの姿が「じゃ、例のアレいきますか?」「失礼しま~す」みたいな感じで、いそいそと動くのがおかしくてかわいい。

ファンもわかっているので、笑いと歓声で大盛り上がり。

そして、2階、3階まで生声でも届く達郎さんの声!

CDでもライブでも楽しめる曲なのです。

 

希望という名の光

リリース年月 2010年4月14日(シングル『希望という名の光』)
時間 5分15秒
備考 ・映画『てぃだかんかん〜海とサンゴと小さな奇跡〜』主題歌。カロリーメイトのCM、PS4『龍が如く6 命の詩。』挿入歌などのタイアップ曲になっている。
収録アルバム ・アルバム『 Ray Of Hope
・ベストアルバム『OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜

 

『希望という名の光』は決して「がんばれ」とは言わない歌。

でも、多くの人に希望と勇気を与えてくれる名曲。

この曲は2010年にナインティナイン(=日本の有名お笑いコンビ)の岡村隆史さんの主演映画『てぃだかんかん』の主題歌としてリリースされました。

▼2010年公開映画『てぃだかんかん』(画像クリックでDVD詳細へ)

 

『希望という名の光』がリリースされた1年後に東日本大震災が起こり、改めて注目されるようになりました。震災後、ラジオ等でこの歌が流れ、注目されリクエストなど多くあったそうです。

歌詞の内容が多くの人に勇気や希望を与えました。その理由は「運命に負けないで」「だからどうぞ泣かないで」など、がんばれという言葉でなく、人々の心によりそう歌だったからだと思います。

達郎さんは「歌は自分の手を離れた時、人々の手によって大きな意味を持つようになる」と語っていました。

達郎さんは『希望という名の光』について「昔はこういう歌を書くとは思っていなかった。でも、だんだんと年を重ねてくると自然でこういうものが出てくる。」と、ライブで語っていました。

 

岡村隆史さんと、達郎さんの友人のサザンオールスターズの桑田佳祐さんが、相次いで病気で休養したことがありました。

その時のライブでは、この曲の前に「桑田さん、岡村さんが早く良くなりますように。お二人にこの曲を捧げます」と言って歌ったのが印象的です。

言葉の一つ一つが心に響き、ライブで聴くといつも涙が出る曲です。

 

サザンオールスターズ

サザンオールスターズは日本のロックバンド。シングル『TSUNAMI』はCD売上200万枚を突破している。ボーカルは桑田佳祐。

▼桑田佳祐

 

 

SPARKLE

リリース年月 1982年1月21日(アルバム『For You』)
時間 4分13秒
収録アルバム ・アルバム『For You
・ライブアルバム『JOY
・ベストアルバム『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA
・ベスト・アルバム『OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜

 

『SPARKLE』を聴けば達郎さんの魅力がわかるのではないでしょうか?

「山下達郎を何か1曲聴くなら?」と聞かれたら私は、とりあえずこの曲をおすすめするようにしています。

実際、膨大な達郎さんの曲の中から一番好きな曲、おすすめの曲を選ぶのなんて無理なんです。

 

『SPARKLE』はライブでも、ほぼ必ず1曲目に演奏される達郎さんのライブの代名詞的な曲。

達郎さんのギターのカッティングから始まるこの曲のカッコよさと言ったら!達郎さん自身も「ギター・カッティングをフィーチャーした曲を書いてみた。」と語っています。

 

カッティングとは

ギターのテクニックで、弦を抑えて音を出さないような状態にして弦を弾いたりするなどして、歯切れよく演奏する手法。

 

元々ドラマーだった達郎さんは、シュガー・ベイブ結成時にギターをするように。

そのため、リードギターのテクニックを持ち合わせず、カッティングを特化するようにしたところ、それが自分の代名詞に。

 

【コラム】カッティングに特化した理由

リードギターだとバッキング(伴奏を弾くこと)やギターソロなど、技術的に大変だと思います。ギターソロはメロディー、フレーズも大切だし、難しかったのではないでしょうか。カッティングもセンスがいると思うので、それはそれで難しいのではないかと思いますが…。

 

私自身もギターのカッティングが大好きなのですが、それは達郎さんの影響かもしれません。

 

蒼氓

リリース年月 1988年10月19日(アルバム『僕の中の少年』)
時間 5分55秒
タイアップ ・JACCSカードCM
・PS4『龍が如く6 命の詩。』主題歌
収録アルバム ・アルバム『僕の中の少年
・ライブアルバム『JOY
・ベスト・アルバム『OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜

 

『蒼氓』(そうぼう)を初めて聴いた時、衝撃を受けました。

恋愛や日常の風景を切り取った歌ではなく、大きな深いテーマ、達郎さんの思想が感じられて…。

曲もゴスペルが折り込まれていて、とても壮大で、感動的な曲です。

 

ゴスペルとは

アメリカ発祥の音楽のジャンルであり宗教音楽が基になっている。4~5人のグループで歌う傾向にある。

▼ゴスペルを代表する曲『Oh Lord, Stand By Me』

 

私が達郎さんの新たな一面を感じた1曲であり、達郎さん自身も「自分の音楽人生において最も大事な1曲」だそう。

 

YOUR EYES

リリース年月 1982年1月21日(アルバム『FOR YOU』)
時間 3分14秒
タイアップ ・ニッスイのCMソング
収録アルバム ・アルバム『For You
・サウンドトラック・アルバム『BIG WAVE
・ベストアルバム『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA
・ベストアルバム『OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜

 

『YOUR EYES』は全編英詩のとってもロマンティックな曲。

ライブでも達郎さんが一人ステージに立ち必ずラストに歌う名曲。

達郎さんの詩ではないのですが、愛する人に出逢えた喜び、愛しさが描かれています。

この曲は元々、達郎さんの奥様の竹内まりやさん用に書いた曲でしたが、不採用となり達郎さん自身の曲としてリリース。しかし、その後まりやさんバージョンが2013年にリリースされました。

達郎さん、まりやさんと聴き比べてみるのもおすすめ。

 

▼『Your Eyes』の竹内まりやバージョンはレコチョクにて試聴可能

Your Eyes

 

※このページで紹介した達郎さんの定番の名曲は全て『OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜』に収録されています。

▼アルバム『OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜』(画像クリックで商品詳細へ)

 

達郎さんは定番の名曲以外にもおすすめしたい楽曲が数多くあります。次のページでは個人的におすすめしたい楽曲をご紹介いたします。

『山下達郎入門』目次へ  (全14ページ)

 

 

目次著者

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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竹内まりやとは ~山下達郎の妻であり大親友~

Webon紹介目次著者

山下達郎さんは『クリスマス・イブ』で有名なミュージシャン。達郎さんはテレビに出演しないため、動く姿を観れるのはライブだけ。チケットは入手困難であり「音の職人」と称される達郎さんのライブは「極上の音楽空間」。

『山下達郎』入門 ~極上の音楽空間~(全14ページ)はこちらから!

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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この章では2ページにわたって達郎さんの人柄やその魅力についてお伝えします。

山下達郎さんの奥様はシンガーソングライターの竹内まりやさんです。ご夫婦そろって素晴らしい音楽を創っています。

竹内まりやさんにとって達郎さんは公私にわたるパートナーであり「親友」のような存在です。まりやさん自身、そしてまりやさんと達郎さんの関係性を知ることで達郎さんの魅力をさらに深く知ることができるでしょう。

このページでは女性から見ても憧れの存在である竹内まりやさんについてお伝えします。

 

竹内まりやの基本情報

名前 竹内 まりや(たけうち まりや)
生年月日 1955年3月20日
出身地 島根県簸川郡大社町
職業 シンガーソングライター/音楽プロデューサー
デビュー曲 1978年11月シングル「戻っておいで・私の時間」アルバム「BIGINNING」でデビュー
1994年のベストアルバム『Impressions』は350万枚の大ヒット。その後リリースしたアルバム『Bon Appetit!』『Expressions』も100万枚を超える売上となっている。2014年のアルバム『TRAD』は第56回日本レコード大賞「最優秀アルバム賞」を受賞する。シングルでは資生堂化粧品のCMソングとなった『不思議なピーチパイ』が40万枚を超えるヒットとなった。数多くの楽曲提供を行っており、河合奈保子『けんかをやめて』広末涼子『majiでkoiする5秒前』などがある。

▼提供曲:広末涼子『majiでkoiする5秒前』

 

竹内まりやの略歴

デビュー

 

竹内まりやさんは1978年にシングル『戻っておいで・私の時間』アルバム『BIGINNING』でデビューしました。

 

▼1978年11月リリース『戻っておいで・私の時間』(画像クリックで商品詳細へ)

▼1978年11月リリース『BIGINNING』(画像クリックで商品詳細へ)

初期のヒット曲『SEPTEMBER(1979年8月リリース)』『不思議なピーチパイ(1980年2月リリース)』は今でも人気の高い曲。

 

▼『SEPTEMBER』(試聴可能)

▼『不思議なピーチパイ』(試聴可能)

 

かわいらしいルックスも相まって、デビュー当時はアイドル的な扱いを受けたところもあるようです。

当初は提供曲を歌ってましたが自ら作詞作曲をするようになりました。この頃にアレンジャーとして出会ったのが山下達郎さんです。

 

アレンジャー

編曲家。編曲を行う人のこと。作曲家が作ったメロディーに伴奏をつける。

 

もともと、まりやさんは達郎さんが所属していたバンド「シュガー・ベイブ」や達郎さんのライブを観に行っていたそうです。そんな二人が意気投合するのは、必然だったのかもしれないですね。

 

シュガー・ベイブ

山下達郎、大貫妙子を中心とした日本のロックバンド。1973年~1976年に活動。後世のアーティストに大きな影響を与えた。

▼デビューアルバム「SONGS」(画像クリックで商品詳細へ)

 

山下達郎と結婚後

 

1982年4月に達郎さんと結婚、1984年に長女を出産。1981年に音楽活動の一時休養宣言をしたこともあり、結婚、出産後は自身の活動はあまり多くありません。

自称「シンガーソング専業主婦」のまりやさん。まりやさんの想いから家庭を最優先に活動を行っております。

家庭を最優先に日々を過ごす中、まりやさんが楽曲提供を続けていたのは「子育てをしながら家でできる仕事だったから」だそうです。

 

まりやさんの結婚前のことは、その頃私は小学生だったのでリアルタイムではよく覚えていません。私にとっては結婚前の活動よりも、結婚・出産後の他アーティストへの楽曲提供をしていたことの方が印象深いです。

特に女性アイドルへの楽曲提供は印象的です。

河合奈保子さん、岡田有希子さん、中山美穂さん、中森明菜さんなど多くの女性アイドルへの楽曲提供を行いました。

私は河合奈保子(かわい なおこ)さんの『けんかをやめて』『Invitation』が大好きでした。

 

 

河合奈保子(かわい なおこ)

1967年生まれで80年代を代表するアイドルの1人。1983年にリリースした『エスカレーション』が30万枚を超える最大のヒットとなる。竹内まりやが提供した『けんかをやめて』は自身の曲の中で4番目のCD売上を記録する。

▼河合奈保子『けんかをやめて』(1982年9月リリース)

▼河合奈保子『Invitation』(1982年12月リリース)

 

特に岡田有希子(おかだ ゆきこ)さんへは楽曲提供が多く、岡田さんのデビューの時も「竹内まりやが作詞作曲!」と話題になっていました。

 

岡田有希子

1967年生まれのアイドル。同じ事務所の先輩に松田聖子がいたこともあり「第2の松田聖子」と称された。「日本レコード大賞最優秀新人賞」「日本歌謡大賞」など数多くの受賞歴を持つ。

▼竹内まりや提供曲。岡田有希子のデビュー曲『ファースト・デイト』1984年4月リリース

 

まりやさんは、楽曲依頼を受けた時は歌う人の年代や声などを考慮して創るそうです。

自分用に創る曲ではないため、その人にぴったりな曲となって多くのヒット作が生まれたのでしょうね。

 

家庭や日々の生活を最優先させながら、自身の音楽活動も徐々に再開。シングルやアルバムはヒット。1984年に『もう一度』をリリース。

 

 

そして1986年の『恋の嵐』はドラマ「となりの女」の主題歌でもあり私も大好きな曲です。

 

▼『もう一度』(試聴可能)

▼『恋の嵐』(試聴可能)



 

「となりの女」は妻、女性がテーマのドラマでした。そのため、曲とドラマ共に特に女性からの支持が大きかったと思います。

 

その後も

『駅』(1987年中森明菜に楽曲提供。1988年にセルフカバーでシングル発売)

『シングル・アゲイン』(1989年。「火曜サスペンス劇場」の8代目主題歌。70万枚のヒット)

『告白』(1990年。「火曜サスペンス劇場」の9代目主題歌。50万枚のヒット)

『マンハッタン・キス』(1992年。映画「マンハッタン・キス」の主題歌)

などヒット曲を多数リリース。

 

2001年にリリースされた『すてきなホリデイ』は毎年クリスマスシーズンになると、ケンタッキーフライドチキンのCMで流れる冬の風物詩となっています。

 

▼『すてきなホリデイ』(試聴可能)

 

また2007年にリリースされた『人生の扉』というとても素敵な歌があります。

 

▼『人生の扉』(試聴可能)

 

人生に終わりがあることを感じながらも、人生に希望を見いだす歌。

年齢を重ねてきたまりやさんだからこそ、生まれた曲なのでは。

この歌は私が人生の指標にしたいなと思っている曲です。

まりやさんの歌は、等身大の女性の気持ちや、女性ならではの悩みや葛藤に寄り添うものも多く、そんなところが人気の一つだと思います。

 

竹内まりやと山下達郎の関係性

 

竹内まりやさんに対してうらやましく思うのが達郎さんの音楽活動を間近で見ていること!

まりやさん自身が達郎さんのファンであり以下のように語っています。

「彼は日本のポップス界の人間国宝のような存在。そんな人をいかにいい音楽を生み出せる環境に置くか。私はそこにも生きがいを見いだしています。山下達郎の音楽活動を一番近くで見られる立場にあることは、役得であり、私の元気の元。」

私も達郎さんを人間国宝だと勝手に思っていたので、奥様のまりやさんがこう思っていることを知って「同じ気持ちだ!」と、とってもうれしかったです。

 

そんなまりやさんは達郎さんのことを親友と語っています。

「この人とずっと会話をしていたい。」

この気持ちはとってもよくわかります。私自身が夫のことをそう思っているので。

 

達郎さんのレギュラーラジオ番組「サンデーソングブック」では夏と冬に、まりやさんをゲストに「納涼夫婦放談」「年忘れ夫婦放談」が行われるのが恒例となっております。

 

サンデーソングブック

JFN (TOKYO-FM系 全国38局ネット)毎週日曜日 14:00~14:55。番組は「山下達郎の個人コレクションを使って発信される日本最高のオールディーズ・プログラム」と紹介されている。ちなみにオールディーズはアメリカやイギリスなどの英語圏で1950年代~1960年代にヒットしたポピュラー音楽のこと。

 

「まりや」「たっつぁん」と呼びあう姿が仲睦まじくてほほえましい。

昔は、達郎さんの方がまりやさんにベタぼれ…と思っていたのですが、もしかしたら逆かも?なんて思ったりして(笑)

夫婦そろって、大人気シンガーソングライターで、いくつになってもお互いを尊重し、とても仲の良いご夫婦。

そんなお二人だからこそ、人の心によりそう素晴らしい音楽が創れるのだと思うのです。私は音楽面だけではなく、人間としてもとても尊敬し憧れています。

 

以上、竹内まりやさんの紹介でした。

次の章からは山下達郎さんの名曲を【定番】【隠れた名曲】【鈴木雅之への提供曲】【ジャニーズへの提供曲】【カバー】とジャンル分けして5ページにわたってお伝えしていきます。

次のページでは達郎さんの定番の名曲を紹介いたします。

『山下達郎入門』目次へ  (全14ページ)

 

 

目次著者

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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山下達郎の歴史② 【1980年代後半から現在】

Webon紹介目次著者

山下達郎さんは『クリスマス・イブ』で有名なミュージシャン。達郎さんはテレビに出演しないため、動く姿を観れるのはライブだけ。チケットは入手困難であり「音の職人」と称される達郎さんのライブは「極上の音楽空間」。

『山下達郎』入門 ~極上の音楽空間~(全14ページ)はこちらから!

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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この章では【デビュー~1980年代前半】【1980年代後半~現在】という2ページにわたって山下達郎さんの歴史についてお伝えしています。

前のページでは【デビュー~1980年代前半】の活動についてお伝えしましたが、このページでは【1980年代後半~現在】の活動についてお伝えします。

 

年表

▼このページで紹介する出来事

年月 出来事
1986年4月 アルバム「POCKET MUSIC」
1988年9月 アルバム「僕の中の少年」
1988年12月 「クリスマス・イブ」JR東海のCM。
1991年6月 アルバム「ARTISAN」
1997年7月 KinKi Kidsへの提供曲「硝子の少年」ヒット。
2003年 TBSドラマ「GOOD LUCK!!」の主題歌
2008年~ ライブツアー

 

1980年代後半の活動

【1985年~】多くのタイアップ作品

 

1980代後半の山下達郎さんは「とてもタイアップ作品が多い」という印象です。

 

▼山下達郎のタイアップ曲の例

リリース 曲名 タイアップ
1985年3月 風の回廊(コリドー) ホンダの自動車インテグラのCM
1985年11月 土曜日の恋人 人気バラエティー番組「オレたちひょうきん族」エンディングテーマ
1987年5月 踊ろよ、フィッシュ 全日空、沖縄キャンペーンのCM
1988年4月 GET BACK IN LOVE TBSドラマ「海岸物語 昔みたいに…」の 主題歌。
1990年4月 Endless Game TBSドラマ「誘惑」の主題歌。

 

達郎さんの音楽はテレビを通じてよく流れてきたので、私はそれを通じて達郎さんの音楽に対する関心が高まっていきました。

達郎さんを現在のように好きになる前の私は、テレビから流れる達郎さんの音楽に対して「曲がすごくいいし、声がすごく素敵!」と思っていました。でも、メディアにあまり出ていない人だったので「大御所アーティスト」という印象でした。

 

【コラム】達郎さんを好きになったきっかけの角松敏生さん

そんな私が、達郎さんを好きになるきっかけとなったのが、角松敏生さん。高校1年の時に角松さんと出逢って大ファンになったのですが、角松さんが達郎さんの音楽に影響を受け、リスペクトしていると知って驚きました。

「私がリスペクトしている角松さんがリスペクトしているのだから、達郎さんは素晴らしいに違いない、聴かなければ!」と思ったのが、達郎さんを本格的に聴くきっかけ。私は、自分の好きなアーティストがリスペクトしているアーティストを聴きたいタイプです。達郎さんの曲を聴いてみて、角松さんが影響を受けているのがよくわかったし、私自身も達郎さんの音楽に魅了されていきました。

『山下達郎入門』筆者による『角松敏生入門』は下記より。

 

【1986年】アルバム「POCKET MUSIC」

 

1986年にアルバム『POCKET MUSIC』リリースしました。

 

▼8作目スタジオアルバム『POCKET MUSIC』1986年4月(画像クリックで商品詳細へ。試聴可能)

 

1980年代半ば音楽市場がアナログ製作だったものが、デジタル製作へと変わる転換期でした。その変化の中、達郎さんが試行錯誤して完成させたアルバムが『POCKET MUSIC』です。

 

【コラム】アナログ製作の時代

「アナログ」とは磁気テープに録っていた時代です。

▼磁気テープ


CC 表示 2.5, Link 

アナログだと音のゆがみなどが生じて、それがいい疾走感や音の厚みなどになったのだけど、デジタルだとそういった疾走感が出なくなるそうです。デジタル化して作業が楽になったけど、失われたものもあるよう。達郎さんはアナログの音をデジタルで再現することに苦戦していたようです。

 

アルバムブックレットには使用したコンピューターとして「PC-8801」の文字が書いてあります。音楽制作に使用したパソコンPC-8801は今のような薄い小さなパソコンではありません。当時は「コンピューター」と呼ばれていました。「PC-8801」という記載したことには、なんだか達郎さんの気概が感じられます。

 

▼PC-8801

 

1988年にリリースされたアルバム『僕の中の少年』は、それまでの「海、夏、タツロー!」というイメージからの転換ともなった作品です。

このアルバムには自分の中の大人と子供の部分のせめぎあいが反映されているそうです。また30代半ばを迎えた自分の立ち位置や、お子さんの誕生などがアルバム制作には影響を与えたとのこと。

 

▼9作目スタジオアルバム『僕の中の少年』1988年10月(画像クリックで商品詳細へ。試聴可能)

 

このアルバムに対して私は「僕の中の少年」の「少年」という言葉から受ける印象とは違う「上質な大人のポップス」という印象を抱きました。

アルバム「僕の中の少年」の収録曲『GET BACK IN LOVE』は、30代半ばを迎えた達郎さんが自身のピークを感じ「最後の花を咲かせるならバラードだ」と創った渾身の1曲。 『GET BACK IN LOVE』が大ヒットし、確固たる地位を築きます。

ちなみに私は『僕の中の少年』の収録曲『蒼氓』(そうぼう)にとても大きな感銘を受けました。達郎さんの書く詩の重みを感じた1曲です。

 

【1988年】『クリスマス・イブ』がJR東海のCMに

 

1988年には『クリスマス・イブ』がJR東海のCMに使用されたこともあって、シングルCDの売上は100万枚を突破する大ヒットとなりました。

 

▼山下達郎『クリスマス・イブ』

 

『クリスマス・イブ』は、もともと1983年のアルバム『MELODIES』に収録され、シングルとしてもリリースされていました。

 

▼1983年6月リリース『MELODIES』

 

『クリスマス・イブ』の大ヒット以降、毎年クリスマスシーズンになるとこの曲が街なかやテレビ、日本中のあらゆるところで流れます。『クリスマス・イブ』は今では達郎さんを代表する曲となっています。

 

ちなみにJR東海のCMが話題になっていた頃、このCMは私の住む九州では流れていませんでした…。そのため私の中では『クリスマス・イブ』については1989年に公開された「君は僕をスキになる」の主題歌となっていたことの方が想い出深いです。

 

▼映画「君は僕をスキになる」(画像クリックで商品詳細へ)

 

映画「君は僕をスキになる」は山田邦子さん、斉藤由貴さん、大江千里さん、加藤雅也さんの4人が繰り広げるラブコメディ作品です。映画館に観に行ったのですがラストシーンとそのシーンで流れる『クリスマス・イブ』がとっても胸キュンでした。

 

▼山田邦子

▼斉藤由貴

 

【1991年】日本レコード大賞のアルバム大賞獲得

 

1991年リリースのアルバム『ARTISAN』は日本レコード大賞のアルバム大賞を獲得しました。

 

日本レコード大賞

1959年に創設された日本で最も有名な音楽の賞。TBSテレビ年末に放送される。

 

アルバムタイトルの「ARTISAN(職人)」は「ARTIST」(芸術家)に対抗してつけられたそう。

 

▼10作目スタジオアルバム『ARTISAN』1991年6月(画像クリックで商品詳細へ。試聴可能)

ちなみに達郎さんは、アーティストと呼ばれることが嫌いなのだそう…。では何て呼べばいいのかとなると、シンガーソングライターになるでしょうか。

一番しっくりくるのは、やはり「音の職人」という言葉だと思います。

 

【コラム】達郎さんがアーティストと呼ばれるのが嫌いな理由

「アーティスト=芸術家。歌手やシンガーソングライターをアーティストと呼ぶこと自体間違った言い方。だから嫌い」だそうです。ちなみに、1980年代半ばぐらいからアイドル、歌謡曲の人たちと、その他の人たちを分けるために「アーティスト」という言葉で呼ばれるようになったと思います。 

 

10作目のスタジオアルバムリリース後は、リリース間隔は大きいもののコンスタントにアルバムをリリース。

他アーティストへの楽曲提供も多く、中でも1997年リリースのKinKi Kidsのデビュー曲『硝子の少年』は大ヒット。『硝子の少年』は世代や時代を超えて今も愛されています。

 

▼シングル『硝子の少年』1997年7月(画像クリックで商品詳細へ)

『硝子の少年』など山下達郎のジャニーズ提供曲は第3章で紹介! 『硝子の少年』など山下達郎のジャニーズ提供曲は第3章で紹介!

 

【2000年代】数多くのタイアップ作品

 

2000年代に入ってからも映画・ドラマ・CMなどのタイアップ作品が数多く発表されました。

 

▼2000年以降のCMタイアップ曲の例

年代 曲名 タイアップ
2000年 君の声に恋してる 「NTTコミュニケーションズ」CM
2001年 (SO MUCH IN LOVE アサヒビール スーパーモルト
2001年 アトムの子 スズキ エスクード ヘリー・ハンセンリミテッド
2002年 夏コイの味 カルピス カルピスウォーター
2004年 さよなら夏の日 ケンタッキーフライドチキン サマーバーレル
風がくれたプロペラ パナソニックカーナビ・Strada
2005年 風の回廊 明治製菓 アーモンドチョコレート
2005年 白いアンブレラ ホンダ ライフ
2006年 JODY アサヒビール アサヒ本生アクアブルー
2007年 クリスマス・イブ -English Version- スズキ シボレーMW
2011年 高気圧ガール アサヒビール アサヒSlat(すらっと)
2012年 希望という名の光 JA共済 3Q訪問活動「安心のかたち」編
2013年 LOVELAND, ISLAND サントリー のんある気分

 

▼2000年以降の映画・ドラマのタイアップ曲一覧

年月 曲名 映画・ドラマ
2000年 JUVENILEのテーマ〜瞳の中のRAINBOW〜 映画「ジュブナイル」
2003年 RIDE ON TIME ドラマ「GOOD LUCK!!」
2003年 2000トンの雨 映画「恋愛寫眞」
2005年 FOREVER MINE 映画「東京タワー」
2009年 僕らの夏の夢 映画「サマーウォーズ」
2010年 街物語 ドラマ「新参者」
2012年 愛を教えて ドラマ「遺留捜査 シリーズ2」
2013年 光と君へのレクイエム 映画「陽だまりの彼女」
2015年 マイ・ガーディアン・エンジェル ドラマ「京都人情捜査ファイル」
2016年 Let It Be Me ドラマ「早子先生結婚するって本当ですか?」
2016年 CHEER UP! THE SUMMER ドラマ「営業部長 吉良奈津子」
2017年 REBORN 映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」
2018年 ミライのテーマ 映画「未来のミライ」

 

達郎さんの場合、ドラマや映画などのタイアップ曲は「書き下ろし作品」が多いです。きちんとドラマや映画などへの理解と愛情をもって曲が創られていることがわかります。

だから、作品と曲とがぴったり合っていて、より作品が素晴らしいものになっているのではないかと思います。

(ちなみに私が好きなのが

・ドラマ「誘惑」の主題歌「Endless game」
・朝ドラ「ひまわり」の主題歌「DREAMING GIRL」
・ドラマ「冬のサクラ」の主題歌「愛してるって言えなくたって」
・ドラマ「新参者」の主題歌「街物語」など

です。)

タイアップ曲に関しては、達郎さん自身が我を強く出しすぎず、自分と依頼者との想いを融合させたうえで、きちんと「商業音楽」として成立させているように思います。タイアップ曲を聴けば、自分の創りたいものだけを安直に作っているのとは違う、という事が感じられるのではないでしょうか。

 

タイアップ曲では、1980年にヒットした『RIDE ON TIME』が2003年に木村拓哉さん主演のTBSドラマ「GOOD LUCK!!」の主題歌になり再びヒットします。改めて『RIDE ON TIME』の良さが認識されたのではないでしょうか。

 

▼TBSドラマ「GOOD LUCK!!」DVD(画像クリックで商品詳細へ)

 

【2008年~】ライブツアー

 

2008年からはコンスタントにライブツアーを行い、野外音楽フェスへの参加なども行いました。その圧倒的なパフォーマンスに、若い世代からも感動の声があがっています。

 

▼2008年以降の山下達郎のツアー・ライブ

ツアー・ライブ
2008年 ツアー「PERFORMANCE 2008-2009」
2010年 ツアー「PERFORMANCE 2010」
2010年 フェス「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2010 in EZO」野外ステージ出演
2010年 TOKYO FM・FM OSAKA開局40周年記念スペシャル『Souvenir again』竹内まりや LIVE 2010
2011年 ツアー「PERFORMANCE 2011-2012」
2012年 野外フェス「SWEET LOVE SHOWER 2012」
2013年 ライブ「山下達郎 LIVE at Festival Hall」
2013年 ツアー「PERFORMANCE 2013」
2014年 ツアー「Maniac Tour 〜PERFORMANCE 2014〜」
2014年 フェス「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2014 in EZO」野外ステージ出演
2014年 野外音楽イベント「SWEET LOVE SHOWER 2014」
2014年 ライブ「山下達郎 LIVE at THE BOTTOM LINE」
2015年 ツアー「PERFORMANCE 2015-2016」
2016年 ライブ「難波弘之 鍵盤生活40周年記念ライブ 〜一生鍵命〜」
2016年 ライブ『SHINJUKU LOFT 40TH ANNIVERSARY「40YEARSx40LIVES」』
2017年 ツアー「PERFORMANCE 2017」
2017年 フェス「氣志團万博2017 〜房総与太郎爆音マシマシ、ロックンロールチョモランマ〜」
2017年 ライブ「山下達郎のサンデー・ソングブック25th Anniversaryアコースティック・ライブ&トークショー」

 

近年は若い世代や海外からのファンも増えています。先日66歳となった達郎さんですが、年齢を感じさせない、素晴らしい歌声とパフォーマンス。

 

達郎さんの創り出す音楽は、日常を豊かなものにしてくれます。ぜひ、達郎さんの音楽に触れてみて欲しいと思います。

 

以上、山下達郎さんの歴史でした。

次の章では達郎さんの人柄についてお伝えいたします。テレビに出ない理由や、妻の竹内まりやさんについて知れば達郎さんの魅力とともに人物像を知ることができると思います。

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目次著者

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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山下達郎の歴史① 【デビュー~1980年代前半】

Webon紹介目次著者

山下達郎さんは『クリスマス・イブ』で有名なミュージシャン。達郎さんはテレビに出演しないため、動く姿を観れるのはライブだけ。チケットは入手困難であり「音の職人」と称される達郎さんのライブは「極上の音楽空間」。

『山下達郎』入門 ~極上の音楽空間~(全14ページ)はこちらから!

著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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この章では【デビュー~1980年代前半】【1980年代後半~現在】という2ページにわたって山下達郎さんの歴史についてお伝えします。

このページでは【デビュー~1980年代前半】の活動についてお伝えします。

 

年表

▼このページで紹介する出来事

年月 出来事
1972年 アルバム「ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY」を制作。
1973年 シュガー・ベイブ結成
1975年4月 アルバム「SONGS」
1976年 シュガー・ベイブ解散
1976年3月 アルバム「ナイアガラ・トライアングル」
1976年12月 ソロ・デビュー
1979年 アルバム「MOONGLOW」
1980年5月 シングル「RIDE ON TIME」。CMソングで話題。
1980年12月 アカペラアルバム「ON THE STREET CORNER」
1982年2月 アルバム「FOR YOU」
1983年6月 アルバム「MELODIES」
1984年6月 サウンドトラック「BIG WAVE」

 

山下達郎の歴史【デビュー~1980年代前半】

【1975年】デビュー

 

達郎さんは1972年にアマチュアバンドの友人とアルバム『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』を制作しました。

このアルバム制作をきっかけに、現在シンガーソングライターとして活躍する大貫妙子(おおぬき たえこ)さんらと知り合い1973年に「シュガー・ベイブ」を結成します。

 

▼大貫妙子さん

▼大貫さんの曲

 

『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』を聴いた、当時シンガーソングライターとして人気を博していた故・大瀧詠一(おおたき えいいち)氏と出逢い、達郎さんは「はっぴいえんど」の解散ライブでバックコーラスを務めます。

 

▼大瀧詠一氏

 

ちなみに「はっぴぃえんど」とは、細野晴臣氏、大瀧詠一氏、松本隆氏、鈴木茂氏で結成されたバンドで「日本のロックの原点」とも称されるバンドです。多くのアーティスト、ミュージシャンに影響を与えたと言われています。

 

▼はっぴぃえんどの代表曲『風をあつめて』

▼細野晴臣氏


By YMOHosono2008(wide).jpg: JJ Hall from Peckham Rye, London, UKderivative work: Solid State Survivor (talk) – YMOHosono2008(wide).jpg, CC 表示 2.0, Link 

▼松本隆氏

▼鈴木茂

 

1975年に「シュガー・ベイブ」は、大瀧詠一氏のナイアガラレーベル(レコード会社)からシングル『DOWN TOWN』アルバム『SONGS』でデビューしますが1年で解散します。

 

▼アルバム「SONGS」1975年4月(画像クリックで商品詳細へ。試聴可能)

 

【1976年】ソロデビュー

 

シュガー・ベイブ解散後、達郎さんは大瀧詠一氏、伊藤銀次氏との『ナイアガラ・トライアングル』の制作を行います。

 

伊藤銀次

1950年生まれのミュージシャン。フジテレビお昼の番組「笑っていいとも」の『ウキウキWatching』の作曲した。

 

▼『ナイアガラ・トライアングル」1976年3月(画像クリックで商品詳細へ。試聴可能)

 

そして1976年に達郎さんはアルバム『CIRCUS TOWN』をリリースしてソロデビューします。

 

▼デビューアルバム『CIRCUS TOWN』1976年12月(画像クリックで商品詳細へ)

 

このあたりの活動は、私は幼稚園ぐらいの時なのでリアルタイムでその活動を把握はしておりません。

ただ、自分が高校生の頃に音楽を好きになり、好きなアーティスト達がこの頃の話をするのを聞いて「音楽界において(はっぴぃえんど・シュガーベイブは)とても影響を与えた人たちだったんだな~」と思いました。

「はっぴぃえんどは言葉の選び方、音への日本語の、のせ方がすごい」

「シュガーベイブはキラキラとしたポップな音楽が衝撃的で、すっごくかっこよかった!日本のポップスの原点」

「シュガー・ベイブはフォークソングとは違う、おしゃれな輝きがあった」

などと今でも、嬉々としてこの頃の事を語るアーティストがたくさんいますので、日本の音楽の歴史を切り開いた人物、バンドだったのだな~と思います。

 

【1986年~】数多くのアルバムリリース

 

ソロデビューアルバム『CIRCUS TOWN』リリース後は、コンスタントにアルバムを発表し、人気を博していきます。

 

▼デビューから1980年代前半にリリースされたアルバム

作数 タイトル リリース年月 ジャンル
1 CIRCUS TOWN 1976年12月 スタジオアルバム
2 SPACY 1977年5月 スタジオアルバム
3 IT’S A POPPIN’ TIME 1978年5月 ライブアルバム
4 GO AHEAD! 1978年12月 スタジオアルバム
5 MOONGLOW 1979年10月 スタジオアルバム
6 COME ALONG 1980年3月 コンピレーションアルバム
7 RIDE ON TIME 1980年9月 スタジオアルバム
8 ON THE STREET CORNER 1980年12月 アカペラアルバム
9 FOR YOU 1982年1月 スタジオアルバム
10 GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA 1982年7月 ベストアルバム
12 MELODIES 1983年6月 スタジオアルバム
13 BIG WAVE 1984年6月 サウンドトラック

スタジオアルバム・・・スタジオで制作されたアルバム
ライブアルバム・・・生演奏を録音したアルバム
コンピレーションアルバム・・・既に発表された音源を再編集したアルバム。

 

1979年リリースのアルバム『MOONGLOW』は日本レコード大賞のベストアルバム賞を受賞。

 

▼4作目スタジオアルバム『MOONGLOW』1979年10月(画像クリックで商品詳細へ)

 

【1980年】『RIDE ON TIME』がヒット

 

1980年5月リリースのシングル『RIDE ON TIME』はマクセル(電池やCDなどの販売会社)のカセットテープのCMソングとなり話題になりました。このシングルCDは50万枚を売り上げるヒット曲となりました。

アルバム『RIDE ON TIME』も大ヒット。この曲のヒットにより達郎さんの存在が広く世間に認知されました。

 

▼マクセルのカセットテープ

▼5作目スタジオアルバム「RIDE ON TIME」1980年9月(画像クリックで商品詳細へ)

 

この頃の私は小学生でCMの記憶はありません。ただ後にこのCMを見て、すごくカッコいいと思いました!

長髪の達郎さんが手をピストルにして「バーン!」と打つ姿はインパクトがあります。マクセルのキャッチコピーの「いい音しか残れない」も、達郎さんのイメージとぴったり。

 

▼CMのイメージ

 

【コラム】マクセルのカセットテープ

私は1984年ぐらいから音楽に興味を持ち始めるのですが、色んなカセットテープメーカーの中ではマクセルがNO.1だと思っていました。CMのコピー通りに本当に音がいいから大好きで、好きなミュージシャンのアルバムは必ずマクセルで録っていました。

 

1980年12月には、後にシリーズ化される一人アカペラアルバム『ON THE STREET CORNER』がリリースされます。

 

▼1作目のアカペラアルバム『ON THE STREET CORNER』1980年12月(画像クリックで商品詳細へ。試聴可能)

 

1980年代前半にはアルバム『FOR YOU』『MELODIES』がヒット。

 

▼6作目スタジオアルバム『FOR YOU』1982年1月(画像クリックで商品詳細へ)

 7作目スタジオアルバム『MELODIES』1983年6月(画像クリックで商品詳細へ)

 

映画『BIG WAVE』のサウンドトラックを手がけるなど、精力的に活動し人気を不動のものにしていきます。

 

▼「BIG WAVE」のサウンドトラック。1984年6月(画像クリックで商品詳細へ)

 

筆者と山下達郎の出会い

 

ここまでは達郎さんのデビューから1980年代前半までの歴史をお伝えしてきました。

ちなみに、私が初めて山下達郎の名前を知ったのが中学1年の時(1982年)でした。当時大人気だったアイドル近藤真彦さん(マッチ)のシングル『ハイティーン・ブギ』を達郎さんが作曲したことがきっかけです。

 

▼1982年リリース。シングル「ハイティーン・ブギ」

「マッチの新曲は山下達郎作曲!」と、とても話題になっていたのを覚えています。マッチ主演映画『ハイティーン・ブギ』の主題歌でもあり、映画、シングル共に大ヒットしました。

確か、当時マッチが好きなアルバムとして、矢沢永吉さんと達郎さんのアルバムを挙げていて、その頃は「山下達郎ってすごい人なんだ~」ぐらいにしか思っていませんでした。

 

矢沢永吉

1972年~1975年に活動した「キャロル」のボーカル。同バンドは現在のロックシーンに大きな影響を及ぼし、「伝説のバンド」と称されている。1973年に発売された『ファンキー・モンキー・ベイビー』は当時のロックバンドとしては異例のヒットである30万枚を売り上げ、日本のロックの地位を確立した。

 

同時期に達郎さんのシングル『あまく危険な香り』がヒット。

同名ドラマの主題歌で、とてもアダルトな雰囲気のその曲を聴いて子供ながらに「素敵だな~」と思っていました。

 

次のページでは、達郎さんの1980年代半ば以降の活動についてご紹介します。

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著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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山下達郎とは

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山下達郎さんは『クリスマス・イブ』で有名なミュージシャン。達郎さんはテレビに出演しないため、動く姿を観れるのはライブだけ。チケットは入手困難であり「音の職人」と称される達郎さんのライブは「極上の音楽空間」。

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40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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山下達郎とは


By Aurelius2018投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, Link 

名前 山下 達郎(やました たつろう)
生年月日 1953年(昭和28年)2月4日
出身地 東京都豊島区池袋出身
職業 シンガーソングライター/作曲家/音楽プロデューサー
デビュー曲 1975年に「シュガー・ベイブ」のメンバーとしてシングル『DOWNTOWN』アルバム『ソングス』でデビュー。現在は主にソロで活動を行う。
1983年にリリースされた『クリスマス・イブ』はJR東海のCMに使用されて話題になり、CD売上185万枚を突破。同曲はオリコンチャート30年連続トップ100を記録しギネス世界記録にも認定される。近年は、2009年公開の映画『サマーウォーズ』や2018年公開の映画『未来のミライ』の主題歌を手掛ける。

▼代表曲「クリスマス・イブ」

他アーティストへの楽曲提供も行っており、近藤真彦『ハイティーン・ブギ』(1982年リリース)、KinKi Kidsのデビューシングル『硝子の少年』などヒット曲を数多く手がけている。

 

山下達郎さんは、1953年生まれのシンガーソングライターです。ソロデビュー前のバンド「シュガー・ベイブ」時代を含めると音楽キャリアは40年以上になります。

 

シュガー・ベイブ

1973年~1975年に活動していたバンド。山下達郎氏はボーカル・ギター・コーラスを担当した。伝説のバンドとして語り継がれ、現在ブームの「シティポップ」という音楽ジャンルの先駆けと言える存在。

▼アルバム「SONGS」(画像クリックで視聴可能リンクへ)

 

達郎さんの代表曲と言えば『クリスマス・イブ』が有名ですが、達郎さんの楽曲はバラエティに富んでいて様々なテイストの曲が楽しめます。

また、達郎さんはシンガーソングライターとしての活動のみならず、他アーティストへの楽曲提供もしています。

ジャニーズのアイドルへの提供曲もあり、また達郎さんがセルフカバーをしている曲もあります。

 

山下達郎さんのジャニーズへの提供曲については第4章で紹介! 山下達郎さんのジャニーズへの提供曲については第4章で紹介!

 

奥様であり大人気シンガーソングライターの竹内まりやさんとは、公私にわたるパートナーです。達郎さんはまりやさんの楽曲を多く手がけています。

 

竹内まりや

1955年生まれ。1979年にシングル『SEPTEMBER』で日本レコード大賞新人賞を受賞。1994年に発売された『impressions』は売上300万枚を超える大ヒットとなった。作詞・作曲家としても多くのヒット曲を手掛ける。

▼竹内まりや氏

竹内まりやさんについては第2章で詳しく紹介します。

 

以下では達郎さんのことを理解していただくため

「音の職人」「音楽界の宝」「極上の音楽空間」

という3つのキーワードに分けて達郎さんのことを紹介いたします。

 

山下達郎を理解するための3つのキーワード

① 音の職人

 

達郎さんの音楽創りは緻密で「音の職人」とも称されます。達郎さんの音楽の緻密さは、実際に曲を聴けば伝わるかと思います。

今もライブの1曲目にほぼ必ず披露する『SPARKLE』という曲があります。

一つの曲を構成するものには多くの要素があります。ギター・ブラス・コーラスアレンジ・ボーカル、その他・・・。達郎さんの『SPARKLE』は、それら一つ一つの要素が細部に至るまで心地よく感じるのです。

 

▼『SPARKLE』リンク先で試聴可能

 

また、1980年に発売されたアルバム『ON THE STREET CORNER』では、ボーカルのみならずコーラスも山下達郎さん1人で行っております。

音楽オタクぶりが伺える「アカペラの極み 」と言える音楽になっています。(曲の一部に女性ボーカルの吉田美奈子さんが参加しております。)

 

▼アルバム『ON THE STREET CORNER』(画像クリックで商品詳細へ)

 

② 音楽界の宝

 

達郎さんは「音楽界の宝」とも言える存在だと思えます。

「音楽界の宝」と思えるのは、達郎さんは大御所から若手、多くのアーティストに影響を与えているからです。数々のアーティストに影響を及ぼした達郎さんの音楽は「日本の音楽の礎」を築いたのではないかと思っております。

 

山下達郎さんをリスペクトするアーティスト一覧
スターダスト・レビュー/角松敏生/鈴木雅之/KAN/槇原敬之/ジャンク・フジヤマ/星野源など

 

達郎さんの音楽界に与えた影響や、その音楽の素晴らしさから私は「○○褒章などをもらってもいいのでは」と思っています。

達郎さんはそういったものにこだわっていないだろうし、もちろん私も本当にもらって欲しいと思っているわけではありません。ただ、日本の音楽界においてそのくらいの存在であると思っているのです。

 

「音楽界の宝」であり、神様のような存在とも言える達郎さんには「手の届かない人」のように感じるかもしれません。

ただ、実際の達郎さんは素晴らしい音楽を創りながら決して奢ったところがなく、音楽の中でも特にドゥーワップが好きな生粋の音楽マニアという印象です。

 

ドゥーワップとは

R&Bのコーラスの一種。1950年代半ばから1960年台初頭のアメリカ合衆国で流行した。メロディー以外の旋律は「ドゥーワ」「シュピデゥビ」などハミング風のコーラスを歌う。

下記、代表的なドゥーワップの曲。

▼ The Penguins『Earth Angel』

▼The Platters『Only You』

 

音楽が大好きで、人の曲を聴くことも、音楽を創り自分で歌うことも好きなので、アーティストとリスナーの両方の気持ちがわかるのではないかと思います。

そんな達郎さんが創りだす音楽はカッコよく、素晴らしいです。好き嫌いは別にして音楽に興味がある人なら、誰しもがその実力やすごさを認めるところでしょう。

 

③ ライブは極上の音楽空間

 

「音の職人」である達郎さんのこだわりを堪能できるのはやっぱりライブだと思います。

達郎さんはライブで表現する音に高いクオリティを求めていると思います。

アーティストのライブと言えば「アリーナ」「ドーム」を連想する方も多いと思いますが、達郎さんは音が悪いから「ライブをやる場所じゃない」として、アリーナやドームでのライブを実施しておりません。

 

また、スタジオで作る音と違って、ライブで表現できる音には限界があるので、そのレベルに達していないとライブではやれない曲もあるみたいなのです。(CDの曲をそのままそっくりライブ演奏するわけではありません)

「テレビに出ない」「映像を解禁しない」というこだわりがあるため動く達郎さんを見られるのはライブだけです。ライブは立ち見が出るほどのプラチナチケットとなっています。

 

テレビに出ない理由などは第1章で詳しく解説! テレビに出ない理由などは第1章で詳しく解説!

 

達郎さんのライブは「極上の音楽空間」だと私は思っております。

達郎さんはライブで最高のバンドメンバーと共に、その日のお客さんのためだけに最高のパフォーマンスをします。

ライブは同じツアーでも会場、その日のお客さんによって、全然違うものになります。これは本当に行った人しかわかりません。

私は、今まで色々なアーティストのライブに何百回と行きましたが、達郎さんの創り出すライブは「最高峰」だと思います。

 

 

達郎さんのライブは私の思う「ライブとはこうあってほしい」というようなものが全て詰まったパラダイスみたいなもの。

最高の歌、演奏が聴けて、アーティストの想いが感じられ、観客もそれに応え、アーティストとファンの想いが一つになる、そんな感動と楽しさが詰まったライブとなっていると思います。

 

 

あまりメディアに登場しないので「山下達郎さん自体がどんな人なのか」「どういった活動をしているのか」なんだかつかめない印象もあるかと思います。

このWebonでは、達郎さんのライブの魅力やライブへのこだわり、自他ともにバラエティに富んだ作品などをご紹介したいと思います。

達郎さんをよく知らない方も、現在は少し達郎さんから離れてしまっている方も、ぜひ彼の素晴らしさに触れていただきたいです。そして達郎さんの言う「音楽は人の心に寄り添うことはできる」を感じていただければと思います。

私はアーティストの本質が一番表れるのがライブだと思っております。達郎さん自身、そしてライブの魅力を知って、CDだけでは味わえない達郎さんの魅力を会場で堪能していただきたいと思います。

 

次の章(第1章)では山下達郎さんの歴史についてお伝えいたします。歴史を知ることで山下達郎さんがどのような存在かをより明確に知っていただければと思います。

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著者:しあ

40代後半女性。音楽が大好きでJ-POP、K-POP、洋楽、演歌歌謡曲とさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。全部チケットの半券をとっているのでとても大切な想い出です。音楽はとても生活を豊かにしてくれるもの。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。

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『山下達郎』入門 ~極上の音楽空間~

 

はじめに

山下達郎さんと言えば『クリスマス・イブ』で有名ですが、達郎さんの魅力を最も感じることができるのは「ライブ」なのです。

テレビに出演しない、ライブの映像を解禁しないというこだわりがあるため動く達郎さんを見れるのはライブだけなのです。「音の職人」と称される達郎さんのライブはまさに「極上の音楽空間」。このWebonでは山下達郎さんの「歴史」「人柄」「おすすめの名曲」「ライブ」についてお伝えします。

山下達郎とは

第1章 歴史

この章では山下達郎さんのデビューから現在までの歴史をお伝えします。歴史を知れば楽曲も異なる聴こえ方がするでしょう。

歴史① 【デビュー~1980年代前半】
歴史② 【1980年代後半から現在】

第2章 人柄

山下達郎さんはテレビに出演していないためどんな人物かわからない方も多いと思います。テレビに出演しない理由や、奥さんである竹内まりやさんとの関係性を知れば人物像が見えてくるかと思います。

テレビに出ない理由
妻・竹内まりやを知る

第3章 名曲

山下達郎さんは多くの名曲を生み出しています。自身の楽曲のみならず提供曲や、カバーされた曲も名曲揃いです。この章では山下達郎さんのおすすめの名曲をジャンル別に紹介します。

おすすめの名曲① 【定番編】
おすすめの名曲② 【隠れた名曲編】
おすすめの名曲③ 【鈴木雅之への提供曲編】
おすすめの名曲④ 【ジャニーズへの提供曲編】
おすすめの名曲⑤ 【カバー編】

第4章 ライブ

「音の職人」である達郎さんのこだわりを堪能できるライブ。この章ではその魅力についてお伝えします。山下達郎さん本人だけでなくライブに参加しているミュージシャンについて知ることで、さらにライブの楽しみ方広がることでしょう。

ライブの基本情報と魅力
ライブで感動した言葉
ライブ参加ミュージシャンの魅力
ギタリスト佐橋佳幸

著者 しあ

40代後半女性。音楽が大好きでさまざまな音楽を聴いています。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。私の好きなアーティストの魅力を知っていただければ、と思います。お問い合わせはこちらから