フランスのノワール文学と代表的作家

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ノワール文学(小説)を知っている方も知らない方も。「ノワール文学とは」から「おすすめノワール作品」までをご紹介。読めばノワール作品に興味が出る事間違い無し。

國谷正明氏による『ノワール文学(ノワール小説)入門』はこちらから

著者:國谷正明

北関東在住の1児のパパ。フリーランスのライターとして、ゲームのシナリオや小説の執筆、記事作成を中心に活動しています。趣味は作曲と爬虫類飼育。好きな作曲家はエリック・サティ。好きな映画監督は深作欣二。好きなアニメはスポンジボブ。好きな学問は民俗学。苦手な調味料はマヨネーズ。敬愛する作家はジム・トンプスン。いいにおいのする文章を書こうと日々苦心しています。お問い合わせはこちらから
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フランスのノワール文学

 

英米のハードボイルド文学が「セリ・ノワール」叢書(そうしょ・シリーズという意味)としてフランスのミステリファンに紹介されると、それらの作品に影響を受けた国内の作家たちの手によって、ロマン・ノワールは独自の文化へと昇華していきました。(この時代の詳細は第1章のこちらのページで解説しております。)

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アメリカのノワール文学と代表的作家

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アメリカのノワール文学

 

第1章では、ノワール文学がどのようにして生まれ、発展し、現在に至ったのかということを駆け足ながらみなさんにご紹介して参りました。

 

ノワール文学の発展
ノワール文学はハードボイルド小説を発端にしてアメリカからフランスへ文化が広まり、ベトナム戦争などの大きな出来事を通して現在の形になっていった。詳しくは当Webon「第1章 ノワール文学とは」を参照。

 

ジャンルを問わず「文学」とはその土地の文化的な背景を色濃く反映するものであるため、同じ題材をとって描かれたものであっても、その時代や地域によってまったく異なる味わいを醸(かも)します。

本章(第2章)では、各国のノワール作家の経歴と彼らの代表作を簡単にご紹介しながら、その国におけるノワール文学(ノワール小説)の特色を概観していきます。

 

第1章で述べたように、ノワール文学は1920年代にアメリカで発表されたアーネスト・ヘミングウェイ、ダシール・ハメットらの著作をその源流とします。

彼らの作品は数多くのフォロワーを生み、ハードボイルドというジャンルが開拓されました。

 

▼アーネスト・ヘミングウェイ

▼ダシール・ハメットの代表作「血の収穫」

 

ノワール文学(ノワール小説)の起源とも言えるアメリカの代表的作家を見ていきましょう。

 

アメリカノワールの代表的作家

ウィリアム・P・マッギヴァーン(Willian Peter McGivern)

 

ウィリアム・P・マッギヴァーン(Willian Peter McGivern)は、1918年生まれのハードボイルド作家です。

イギリスの大学に在学中、第二次世界大戦に参戦し、復員後は警察担当として新聞記者を務める傍ら小説の執筆を続けます。

 

 

1948年に長編小説「囁く死体(But Death Runs Faster)」でデビューした後、年に一作のペースで「最後の審判(Heaven Ran Fast)」「虚栄の女(Very Cold for May)」といったハードボイルド小説を発表。

 

▼虚栄の女(画像クリックで書籍詳細へ)

 

続く1951年に発表された「殺人のためのバッジ(Shield for Murder)」は、悪徳警官小説の先駆としてアメリカのミステリ界に大きな衝撃を与えました。

その後も、「ビッグ・ヒート(The Big Heat)」「悪徳警官(Rogue Cop)」といった悪徳警官小説を次々と発表し、戦後を代表するハードボイルド作家としての地位を固めます。

 

▼ビッグ・ヒート(画像クリックで書籍詳細へ)

▼悪徳警官(画像クリックで書籍詳細へ)

 

権力構造の腐敗を鋭く抉(えぐ)る彼の視点は、後のノワール文学に大きな影響を与えました。

 

 

チャールズ・ウィルフォード(Charles Ray Willeford)

 

チャールズ・ウィルフォード(Charles Ray Willeford)は、1919年生まれのノワール作家です。

幼くして孤児となった彼は、16歳から36歳までの20年間を軍人として過ごし、さまざまな軍功を立てます。

1953年に「High Priest of California(未邦訳)」でデビューした後、1955年、彼の代表作のひとつにも数えられるノワールの傑作「拾った女(Pick-Up)」を発表。

 

▼拾った女(画像クリックで書籍詳細へ)

 

その後も精力的に執筆を続けましたが、陽の目を浴びることはありませんでした。

しかし、1984年に発表された「マイアミ・ブルース(Miami Blues)」に始まる「ホウク・モウズリー」シリーズ(刑事であるホウク・モウズリーが活躍する小説シリーズ)が翻訳されると、ウィルフォードは本国のみならず日本でも高い支持を得ます。

 

▼マイアミ・ブルース(画像クリックで書籍詳細へ)

 

1993年に発表された「危険なやつら(The Shark-Infested Custard)」は、アメリカのノワール文学を代表する名作として、後進の作家に強い影響を与えています。

 

▼危険なやつら(画像クリックで書籍詳細へ)

 

また、ウィルフォードはアメリカを代表する犯罪作家であるエルモア・レナード(Elmore John Leonard Jr.)から「誰もウィルフォード以上の犯罪小説を書けない」と、最高の賛辞を送られています。

 

▼エルモア・レナード

by Peabody Awards – FlickrPeabodys_CM_0382 CC BY 2.0

 

 

エドワード・バンカー(Edward Bunker)

 

エドワード・バンカー(Edward Bunker)は、1933年生まれの犯罪小説家・俳優です。

彼が4歳のときに父親のアルコール中毒が原因で両親が離婚すると、経済的な理由から養護施設に預けられます。

その後、非行を繰り返しながら養護施設を転々とし、ついには少年院に送致(そうち:送り届けられること)。

16歳で少年院を出所した彼は、窃盗や麻薬の密売、銀行強盗などに手を染め、プロの犯罪者として生きるようになります。

 

 

人生の大半を刑務所の中で過ごしながらも、生来の読書家であったバンカーは、獄中で小説の執筆に着手します。

そして1973年、自伝的犯罪小説「ストレートタイム(No Beast So Fierce)」が刊行されます。

 

▼ストレートタイム(画像クリックで書籍詳細へ)

 

その後も、

 

「アニマル・ファクトリー(The Animal Factory)」

「リトル・ボーイ・ブルー(Little Boy Blue)」

「ドッグ・イート・ドッグ(Dog Eat Dog)」

 

など、自身の経験を活かしたリアリティ溢れる犯罪小説を次々と発表し、犯罪小説家としての地位を確立しました。

また、エディー・バンカー名義で俳優としてさまざまな作品に出演しており、バンカーの熱心な読者であったクエンティン・タランティーノのオファーによって、彼のデビュー作「レザボア・ドッグス」にMr.ブルー役で出演しています。

 

▼レザボア・ドッグス(画像クリックで作品詳細へ)

クエンティン・タランティーノ
アメリカの映画監督。代表作に「キル・ビル」など。

監督二作目『パルプ・フィクション』でパルム・ドール(最優秀作品賞)と米アカデミー賞脚本賞を受賞。「暴力シーンの多用」「意味のない会話が長々と続く」「自身の好きな作品へのオマージュ」などが作品・演出の特徴。

▼クエンティン・タランティーノ

by Gage Skidmore CC 表示-継承 3.0

 

 

アンドリュー・ヴァクス(Andrew Henry Vachss)

 

アンドリュー・ヴァクス(Andrew Henry Vachss)は、1942年生まれの弁護士・ノワール作家です。

青少年犯罪と幼児虐待専門の弁護士として活動する傍ら、数多くの著作を執筆しました。

彼は幼児虐待が人類・神・自然の規律を冒涜するばかりでなく、すべての悪の根源になりうる、全世界的に重大な疫病であると語っています。

また、自分のメッセージをできるかぎり広い範囲の人々に伝える手段としてミステリ作家になったとも語っており、その言葉のとおり、彼の小説には児童虐待というテーマが常に濃い影を落としています。

 

 

1985年に発表された「フラッド(Flood)」に始まる「アウトロー探偵バーク」シリーズでは、ニューヨークの裏社会の実態が生々しく描かれており、世界中のミステリファンに大きな衝撃を与えました。

 

▼フラッド(画像クリックで書籍詳細へ)

 

また、彼の数少ないノン・シリーズ作品(シリーズ化されていない作品)である「凶手(Shella)」も、ノワール文学の名作として高い支持を受けています。

 

凶手(画像クリックで書籍詳細へ)

 

以上、このページではアメリカのノワール文学と代表的なノワール小説作家をご紹介しました。次のページではフランスのノワール文学と代表的なノワール小説作家をご紹介していきます。

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ノワール文学とは④ 【ノワール文学の現在】

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ノワール文学(小説)を知っている方も知らない方も。「ノワール文学とは」から「おすすめノワール作品」までをご紹介。読めばノワール作品に興味が出る事間違い無し。

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ノワール文学の現在

 

前のページで解説をしましたが、アメリカで誕生したハードボイルド小説がフランスに渡ってロマン・ノワールを生み、ベトナム戦争の落とした暗い影がハードボイルド小説をノワール小説へと変容させました。

 

ロマン・ノワールとは
フランスでの英米ハードボイルド小説の流入を機に書かれたフランスのミステリ小説。

 

フランスで評価されるアメリカ小説家

 

ベトナム戦争によりハードボイルド小説がノワール小説へと変容していく間にも、アメリカでは才能豊かな作家たちが「ブラックマスク」という雑誌をはじめとする『パルプ・マガジン』上で、現代のノワールにも匹敵するドス黒い作品を数多く発表しています。

彼らの多くはアメリカ国内よりも、むしろフランスにおいてより高い支持を得ました。

 

パルプ・マガジン
1900~1950年頃にアメリカで広く流通していた大衆娯楽雑誌の総称。粗悪なパルプ紙を使用していたことからそう呼ばれた。
ハードボイルドだけでなくホラーやSFなど、さまざまなジャンル小説の発展を大きく促した。代表的なものに、ウィアード・テイルズ、アメイジング・ストーリーズ、ダイム・ディテクティヴなどがある。

 

人間の心の闇を冷徹な態度で見据えたそれらの作品は、現在の価値観で言うところの「王道ハードボイルド小説」が蔓延る(はびこる)当時のミステリ界の中で強すぎる異彩を放っていました。

それが故に、本国アメリカでは長らく陽の目を浴びることはありませんでした。

フランスの読者が彼らの作品を高く支持したのは、彼らの作品が自然主義文学を生んだフランス文学の素因を強く内包していたからに他なりません。

 

自然主義文学
物事を美化せず、現実をありのままに描写しようとする立場から描かれた文学作品の総称。19世紀後半のフランスにおいて、小説家エミール・ゾラ(Émile François Zola)によって定義された。

日本の代表的な作家に、島崎藤村、田山花袋、永山荷風らがいる。

 

その代表的な作家のひとりがジム・トンプスン(James Meyers “Jim” Thompson)です。

 

▼ジムトンプソンの作品例「取るに足りない殺人」

 

彼こそフランスで最も高い評価を得たアメリカの犯罪小説家といっても過言ではないでしょう。

彼の晩年には著作のほとんどが絶版となっていましたが、死後10年近くが経ってようやく本国でも再評価の動きが起こりました。

現在では、最高のノワール作家として世界中のミステリファンからその功績を讃えられています。

 

他にも

フィルム・ノワール(ノワール映画)の名作として知られる「狼は天使の匂い(Black Friday)」「ピアニストを撃て(Down There)」の原作者である『デイヴィッド・グーディス(David Loeb Goodis)』

 

 

その多作ぶりから同業者たちに「オリジナル・ペーパーバック開拓者の王様」と呼ばれた『ハリィ・ホイッティントン(Harry Whittington)』

30以上の著作が「セリ・ノワール」から出版されている『デイ・キーン(Day Keene)』

 

セリ・ノワールとは
1945年に初めて刊行された英米のハードボイルド小説専門の叢書(そうしょ:シリーズという意味)。第一弾はピーター・チェイニー「この男危険につき(This Man Is Dangerous)」など。

 

史上最高の犯罪小説家との呼び声も高い『チャールズ・ウィルフォード(Charles Ray Willeford)』

など、錚々たる顔ぶれが筆を競っていました。

彼らの手によって数多くの名作がノワール文学史に刻まれ、今も後進の作家たちに多大なる影響を与えています。

 

ここに紹介した作家を含めたノワール小説のおすすめ作品は第3章で解説!(現在第1章) ここに紹介した作家を含めたノワール小説のおすすめ作品は第3章で解説!(現在第1章)

 

1980年代のノワール文学

 

そして1980年代に入ると、ある作家の登場によってノワール文学は大きく躍進することになります。

ジェイムズ・エルロイ(Lee Earle “James” Ellroy)という名のその作家は、比較的オーソドックスな探偵小説でデビューします。

 

▼ジェイムズ・エルロイ

by Amadalvarez CC 表示-継承 4.0

 

しかし著作を重ねるごとに独自性と暗黒度を強めていき、七作目にあたる「ブラック・ダリア(The Black Dahlia)」において、ついにその才能を横溢させました。

 

▼ブラック・ダリア

 

常軌を逸した執念で警察内部の巨悪を追う様を描いた、「ブラック・ダリア」に始まる「暗黒のL.A.」四部作と、アメリカ現代史の暗部を抉る「アンダーワールドUSA」三部作は、ノワールの枠を超えたアメリカ文学の名作として、世界中の読者に深い衝撃を与えました。

 

▼アンダーワールドUSA

エルロイからの影響を公言している作家に、「ハリー・ボッシュ」シリーズで知られるマイクル・コナリー(Michael Connelly)の他、我が国を代表するノワール作家である馳星周、東京在住のイギリス人ノワール作家デイヴィッド・ピース(David Peace)らがいます。

 

▼ハリー・ボッシュシリーズ第1弾『ナイトホークス』

▼マイクルコナリー

by Mark Coggins from San Francisco – Michael Connelly Uploaded by tripsspace CC 表示 2.0

 

馳星周(はせせいしゅう)
日本の代表的現代ノワール小説作家。代表作に「不夜城」など。
デイヴィッド・ピース(David Peace)
犯罪小説を主に執筆する日本在住のイギリス人小説家。代表作に「GB84」など。

by Krimidoedel Dr. Jost Hindersmann CC 表示-継承 3.0

 

その後も、彼らの影響を受けた作家たちが国内外で数えきれないほどの作品を著し、ノワールは今や一大ジャンルを形成するに至りました。

その範囲は小説だけにとどまらず、グラフィックノベルや漫画、TVドラマやアニメなど、さまざまな媒体の中にノワールの香りを嗅ぎとることができます。

 

以上、ノワール文学の誕生から現在までを解説してきました。続いては第2章、各国のノワール文学がどのようなものか、そして代表的な作家を紹介していきます。まずはアメリカからです。

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ノワール文学とは③ 【ノワール文学の発展】

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ノワール文学の発展

 

前のページで解説したようにフランスでロマン・ノワールが隆盛をみせる裏で、ハードボイルド小説の本場アメリカは激しく揺れ動いていました。ノワール文学の発展をこのページで解説する上で少しベトナムの歴史を解説します。

ベトナムの歴史を知る事でノワール文学についての知識が深まりますので少々お付き合いいただければと思います。

 

ロマン・ノワールとは
フランスでの英米ハードボイルド小説の流入を機に書かれたフランスのミステリ小説。

 

ベトナムの歴史

 

長らくフランスの植民地であったベトナムは、第二次世界大戦の影響を受け1945年に革命家ホー・チ・ミン率いるベトナム独立同盟がインドシナ半島北部にベトナム民主共和国を樹立し、独立を宣言します。

 

革命家ホー・チ・ミン
「ベトナム建国の父」と呼ばれるベトナム独立に貢献した革命家。ベトナム民主共和国・初代国家主席。ベトナム最大都市「ホーチミン市」は革命家ホー・チ・ミンからちなんで付けられた。(ちなみにベトナムの首都は「ハノイ」)

▼ホー・チ・ミン

▼インドシナ半島

 

ベトナムの独立を容認したくないフランスは中国と協定を結び、完全独立を要求するベトナム民主共和国に対して、フランス連合の一員に留まるよう交渉を続けました。

しかし首を縦に振らないベトナムに痺れを切らしたフランスはインドシナ南部を制圧し、傀儡国家(かいらいこっか・名目上独立しているが事実上他の者に支配された国家)である「コーチシナ共和国」を樹立。

 

 

1946年、フランス・ベトナム両国は交戦状態に入ります(第一次インドシナ戦争と呼ばれています)。

 

▼コーチシナ共和国国旗

 

1953年、ラオス国境近くのディエンビエンフー盆地で展開した交戦でフランス軍が降伏。

 

▼ディエンビエンフー盆地

 

ジュネーヴ協定の成立とベトコン

 

翌年には関係国間で和平協定(ジュネーヴ協定)が成立し、ベトナム民主共和国(北ベトナム)の独立が承認されます。それは同時に、南北ベトナムの分断を意味していました。

 

ジュネーヴ協定(1954)
第一次インドシナ戦争を終結させるためにスイスのジュネーヴで開かれた休戦協定。この協定ではベトナムの南北分断やベトナム軍・フランス軍の撤退、ベトナム南北統一のための選挙をすることなどの合意が成立した。

 

▼南北に分断されたベトナム

 

ソ連と中国の援助を受けていたベトナム民主共和国(北ベトナム)が独立したことにより、東南アジアで共産主義が台頭することを恐れた資本主義国家アメリカは、傀儡国家であるベトナム共和国(南ベトナム)を建国。

東南アジアにおける反共産主義の砦としました。

 

 

しかし、ジュネーヴ協定で決められた南北統一選挙の実施をベトナム共和国(南ベトナム)政府が拒否したことで事態は悪化します。

ジュネーヴ協定での取り決めが反故(ほご・無しになること)されたことに憤ったホー・チ・ミンは1960年、南ベトナム解放民族戦線(通称ベトコン)を結成し、武力による南北の統一を図りました。

 

南ベトナム解放民族戦線(通称:ベトコン)
南ベトナムで1960年に結成された反アメリカ・反帝国主義を掲げた統一戦線。「統一戦線」とは別の軍が共同して戦う事。ベトコンとも呼ばれる。アメリカに操られているサイゴン政権からの南ベトナムの「解放」とベトナム民族の統一を活動目的とした。

▼ベトコンの旗

 

ベトナム和平協定へ

 

それに対して、1961年第35代アメリカ大統領に就任したジョン・F・ケネディは対ベトナム政策の中で、ベトナム共和国(南ベトナム・傀儡国家)への支援を決定します。

 

▼ジョン・F・ケネディ

 

そして、1964年、ベトナム沖のトンキン湾において、北ベトナム海軍がアメリカ海軍の駆逐艦(軍艦の一種)を魚雷艇(魚雷を備えた軍船)で攻撃したことをきっかけに、アメリカは本格的な武力介入に乗り出します(これをトンキン湾事件と言います)。

 

▼トンキン湾

 

アメリカが武力介入した後も事態は好転せず、泥沼の戦いが続きます。

戦争が長引くにつれてアメリカ国民の間で反戦ムードが高まり、事態をあおるようにして、1968年アメリカ陸軍の小隊が無抵抗の村人504人を無差別に虐殺するという痛ましい事件が発生します(これをソンミ村虐殺事件と言います)。

事件が報道されると反戦ムードは一気に激化し、各地で大規模なデモが頻発します。

 

 

アメリカはその後も苦しい状況を戦い続けますが、1973年には和平協定(ベトナム和平協定)が成立し、アメリカ軍の撤退が決定します。

これはアメリカにとって事実上の敗戦を意味していました。

 

ベトナム和平協定(パリ和平協定)とは(1973)
パリで調停されたベトナム戦争終結の協定。ベトナム民主共和国(北ベトナム)・南ベトナム共和臨時革命政府(南べトナム解放民族戦線・ベトコン)・ベトナム共和国(南ベトナム)・アメリカ合衆国の四者によって調印された。しかしその後もベトナムの複雑に絡み合った対立構造は解決されず衝突は続いてしまった。

 

ネオ・ハードボイルドとベトナム戦争

 

長々と(と言ってもごく簡単にですが)ベトナム戦争の概要をご説明して参りましたが、これにはもちろん理由があります。

 

アメリカを祖国とするハードボイルド小説は、時代が下るにつれて大きな変貌を遂げました。

過酷な現実に直面しても感情に流されず、己の信念を貫くために命懸けで抗う強固な意志の持ち主であったハードボイルド小説の主人公が、過去のトラウマに苦しみアルコールや薬に溺れる、傷つきやすい神経の持ち主に取って代わられるようになったのです。

こうした流れは1970年代以降顕著になり、それら一連の作品は、日本におけるハードボイルド研究の大家である小鷹信光氏によって、ネオ・ハードボイルドと命名されました。

 

このような「ネオ・ハードボイルド」誕生の影には、ベトナム戦争が大きく影響しています。

ベトナム戦争は、アメリカが敗戦を喫した初の戦争であると同時に、多くの帰還兵を生みました。

帰還兵の中には後遺症を抱えている者も少なくなく、多くの国民が身体障害や精神的なトラウマに苦しむ帰還兵の現状を目の当たりにしています。また、国内で反戦ムードが高まっていたことから、帰還兵に非難の目が向けられることさえありました。

そういった環境がネオ・ハードボイルド小説の主人公の造型に大きな影響を与えたことは想像に難くありません。

 

 

2つの超有名暗殺事件

 

その他にも、ベトナム戦争が行われている間に、アメリカ人の心に大きな影を落とした事件がありました。

 

1 ケネディ大統領暗殺事件

▲ジョン・F・ケネディ

 

ひとつは、ケネディ大統領暗殺事件です。

アメリカが本格的な武力介入に乗り出す前年にあたる1963年11月22日、テキサス州ダラス市内をパレード中のジョン・F・ケネディ大統領を凶弾が襲いました

リー・ハーヴェイ・オズワルドによる犯行とされていますが、当のオズワルドが事件の二日後に警察署内でマフィアと繋がりのあるジャック・ルビーという男に射殺されるなど、いまだ多くの謎が残っています。

 

▼暗殺犯とされているリー・ハーヴェイ・オズワルド

▼オズワルドを殺害したジャック・ルビー

 

2 キング牧師暗殺事件

▲マーティン・ルーサー・キング牧師

 

もうひとつが、キング牧師暗殺事件です。

ソンミ村虐殺事件が発生した同年の1968年4月4日、テネシー州メンフィス市内で遊説を終え、モーテルのバルコニーで打ち合わせ中だったマーティン・ルーサー・キングが凶弾に斃れ(たおれ)ました。

犯人はジェイムズ・アール・レイという名の男で、強盗や詐欺・窃盗といった犯罪の常習者でした。

 

▼キング牧師を殺害したジェイムズ・アール・レイ

 

当時高い支持率を誇っていたケネディ大統領と、アフリカ系アメリカ人公民権運動の指導者であるキング牧師の死は、多くのアメリカ国民に大きな衝撃と深い悲しみをもたらしました。

 

アフリカ系アメリカ人公民権運動とは(1973)
1950年代から1960年代にかけて、アメリカ在住のアフリカ系アメリカ人が、黒人に対する公民権の適用を訴えた大衆運動。17世紀の奴隷制度に端を発する根強い人種差別が背景にある。

 

これらの出来事がミステリのみならず、さまざまな作品の題材となっていることからも、アメリカという国に与えた影響の大きさを窺い(うかがい)知ることができます。

 

また、ベトナム戦争がハードボイルド小説のノワール文学化を促したという点でも、ベトナム戦争の概要を知ることは、ノワール文学を理解する上でとても重要であるといえます。

 

ここまで第1章ではノワール小説が誕生した経緯や発展していった背景には戦争などの時代背景が絡んでいた事を解説してきました。次のページ、第1章の終わりに現在のノワール文学について解説をしていきます。

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著者:國谷正明

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ノワール文学とは② 【ノワール文学の発生】

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ノワール文学の発生

 

前のページ「ノワール文学とは <ノワール文学の定義>」で述べたように、ノワールという呼称はフランス語で黒を意味する「Noir」に由来し、そのルーツはアメリカのハードボイルド小説に遡ります。

このページでは、「ハードボイルド小説」がなぜ「ノワール小説」と呼ばれるに至ったのか、その経緯をご説明していきます。

 

ハードボイルド小説はヨーロッパへ

 

本国アメリカでハードボイルド小説の人気に火がつくと、その熱波はヨーロッパにも広がりました。

それは第二次世界大戦に揺れるフランスも例外ではなく、耳聡い(みみざとい・情報を聞きつけるのが早い)一部のミステリファンがハードボイルド小説の魅力に取り憑かれていきます。

そのうちのひとりが、後にノワール文学勃興(ぼっこう:盛んになる事)の立役者となるフランス人のマルセル・デュアメルです。

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ノワール文学とは 【ノワール文学の定義】

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ノワール文学(小説)とは

 

ノワール文学(小説)の定義には諸説あり、とてもひとくちに説明できるものではありません。

そもそも「ノワール」という言葉は、フランス語で『黒』を意味する「Noir」に由来しています。

そのため古くは日本語で「暗黒小説」と訳されていましたが、現在では「ノワール小説」という呼称が一般的です。

 

 

これから詳しく述べていきますが、ノワール文学の源流は1920年代にアメリカで隆盛を誇ったハードボイルド小説に端を発しています。

つまり、広く捉えるならば、ハードボイルド小説もノワール文学に含まれると考えることができます。

 

ハードボイルド小説とは

 

「ハードボイルド」という言葉は一般に広く認知されているため、ミステリ小説に馴染みのない方でも少なからず耳にしたことがあるものと思いますが、ハードボイルド小説もまたその定義を巡ってさまざまな議論が交わされてきました。

呼称の由来にも諸説ありますが、ハードボイルド(Hard-boiled)とは「手強い」「非情な」を意味する英語の俗語表現(教養として扱われない言葉や表現)です。

そしてそのような特徴(「手強い」「非情な」特徴)を備えた主人公の生きざまを描いた作品群を指して、「ハードボイルド小説」と称するようになったという説が有力です。

さらにハードボイルド小説の定義は、物語文体のふたつに大別することができます。

 

 

物語としてのハードボイルド小説

 

物語としてのハードボイルドは、アメリカの推理小説家ダシール・ハメット(Samuel Dashiell Hammett)から始まりました。

ハメットはアメリカの大衆雑誌であるパルプ・マガジン※の一つ、「ブラックマスク誌」にいくつかの短編小説を寄稿。そして1927年に同誌上で初の長編小説「血の収穫(Red Harvest)」を発表しました。

 

パルプ・マガジンとは
1900~1950年頃にアメリカで広く流通していた大衆娯楽雑誌の総称。粗悪なパルプ紙を使用していたことからそう呼ばれた。
ハードボイルドだけでなくホラーやSFなど、さまざまなジャンル小説の発展を大きく促した。代表的なものに、ウィアード・テイルズ、アメイジング・ストーリーズ、ダイム・ディテクティヴなどがある。

▼血の収穫

 

簡潔な文体で渇いた暴力を淡々と描いたその作風は、発表から一世紀近くが経った現代でも、世界中のミステリファンの間で絶大な人気を誇っています。

 

パルプ・マガジンとは
1900~1950年頃にアメリカで広く流通していた大衆娯楽雑誌の総称。粗悪なパルプ紙を使用していたことからそう呼ばれた。
ハードボイルドだけでなくホラーやSFなど、さまざまなジャンル小説の発展を大きく促した。代表的なものに、ウィアード・テイルズ、アメイジング・ストーリーズ、ダイム・ディテクティヴなどがある。

 

ハメットの後に続くようにして現れた

・ジェイムズ・M・ケイン(James Mallahan Cain)

・レイモンド・チャンドラー(Raymond Chandler)

・ロス・マクドナルド(Ross Macdonald)

・ミッキー・スピレイン(Mickey Spillane)

 

などの人気作家の手によって、ハードボイルド小説はミステリのサブジャンルとしての地位を確かなものとしました。

特に、チャンドラーが生みだした「フィリップ・マーロウ」というキャラクターは、シャーロック・ホームズに次ぐ世界で二番目に有名な私立探偵として、わたしたちが抱くハードボイルド像の確立に大きく寄与しました。

 

▼フィリップ・マーロウ登場小説の例

▼実写化されたフィリップ・マーロウ

 

 

文体としてのハードボイルド小説

 

対して、文体としてのハードボイルドは、ノーベル文学賞も受賞した文豪アーネスト・ヘミングウェイ(Ernest Miller Hemingway)によって確立されました。

 

▼アーネスト・ヘミングウェイ

▼アーネスト・ヘミングウェイの代表作の一つ「武器よさらば」

 

感情を排した簡潔な文章で登場人物の行動を淡々と描写し、人物の心情を浮かび上がらせるその手法は、物語としてのハードボイルド小説と高い親和性を有していました。

彼の文体は後進のハードボイルド作家たちに大きな影響を与え、ヘミングウェイが発明した文体こそがハードボイルドであると評価されるに至っています。

 

 

ハードボイルド小説とノワール文学(小説)の相違点

 

ハードボイルド小説とノワール文学(小説)は多くの共通項があると同時に、さまざまな点で異なっていることもまた事実です。

筆者の考えるハードボイルドとノワールの最大の相違点は、「主人公に感情移入ができるか否か」です。

いや、主人公が強固な意志の持ち主であるか否かと言い換えた方がわかりやすいかもしれません。

 

ハードボイルド小説の主人公は、過酷な現実に直面しても感情に流されず、己の信念を貫くために命懸けで抗います。

一方、ノワール文学の主人公の多くは、意志の弱さゆえにどこまでも転落し、破滅へとひた走ります

 

 

わたしたち人間は、理性と本能の狭間で絶えず葛藤しながら日々を生きています。生存本能に打ち克つほどの強い意志の持ち主が、わたしたちの中にどれだけいるでしょうか。

ハードボイルド小説はそういう意味で一種のファンタジーであると言えますが、ノワール文学は残酷なまでに自然主義的です。

 

自然主義文学とは
物事を美化せず、現実をありのままに描写しようとする立場から描かれた文学作品の総称。19世紀後半のフランスにおいて、小説家エミール・ゾラ(Émile François Zola)によって定義された。

日本の代表的な作家に、島崎藤村、田山花袋、永山荷風らがいる。

 

ノワールとハードボイルド、どちらに感情移入をしやすいかは火を見るよりも明らかでしょう。

 

次のページではノワール文学がどのように発生していったのかを解説していきます。

『ノワール文学入門』目次へ  (全16ページ)

 



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目次著者

著者:國谷正明

北関東在住の1児のパパ。フリーランスのライターとして、ゲームのシナリオや小説の執筆、記事作成を中心に活動しています。趣味は作曲と爬虫類飼育。好きな作曲家はエリック・サティ。好きな映画監督は深作欣二。好きなアニメはスポンジボブ。好きな学問は民俗学。苦手な調味料はマヨネーズ。敬愛する作家はジム・トンプスン。いいにおいのする文章を書こうと日々苦心しています。お問い合わせはこちらから
facebook(國谷)

ノワール文学(ノワール小説)入門

著者:國谷正明

北関東在住の1児のパパ。フリーランスのライターとして、ゲームのシナリオや小説の執筆、記事作成を中心に活動しています。敬愛する作家はジム・トンプスン。いいにおいのする文章を書こうと日々苦心しています。お問い合わせはこちらから
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ノワール小説というジャンルを知っていますか?読んでみれば誰でも少しは共感できる部分があるはずです。「ノワール文学とは何か」から「おすすめのノワール小説」までノワール文学が大好きな著者が解説をしていきます。

ノワールという言葉を始めて聞く方もノワール文学に既に興味がある方も読めばハマる事間違いなし!

 

~~ノワールの世界に触れることで、わたしたちは自分自身さえ自覚していない内面の奥深くを知ることができます。それは、わたしたちに新たな視点で世界を見るきっかけをもたらし、より味わい深い人生を送るための良い手助けとなることでしょう。~~
はじめに「はじめに ~ノワール文学を紹介するにあたって~」より

 

はじめに

ノワール文学を読んだ事がある方もノワール文学をまだ読んだ事が無い方もまずはノワール文学に対する著者の意見を聞いてみましょう。きっとノワール文学について興味が出て、読んでみたくなるはずです。

はじめに ~ノワール文学を紹介するにあたって~

 

第1章 ノワール文学とは

ノワール文学とは何か。ノワール文学の定義からノワール文学がどのようにして発生したのか、そして現在のノワール文学はどのようなものなのか。ノワール文学の基礎知識をここで学ぶ事でノワール文学により興味が出るでしょう。

ノワール文学とは 【ノワール文学の定義】

ノワール文学とは② 【ノワール文学の発生】

ノワール文学とは③ 【ノワール文学の発展】

ノワール文学とは④ 【ノワール文学の現在】

 

第2章 各国のノワール文学

世界各地で読まれているノワール文学。アメリカ・フランス、そして日本と地域によってノワール文学にどのような特色があるのかを知る事であなたにぴったりのノワール文学作家が見つかるかもしれません。

アメリカのノワール文学と代表的作家

フランスのノワール文学と代表的作家

日本のノワール文学と代表的作家

その他国々のノワール文学と代表的作家

 

第3章 ノワール小説傑作選

ノワール小説は警察や裏社会がテーマになっている物語が多く存在します。おすすめすべきノワール小説をテーマ別に紹介していますのでこちらの中から気になるノワール小説を是非お読みください!

ノワール小説おすすめ傑作20選 【警察編】

ノワール小説おすすめ傑作20選 【裏社会編】

ノワール小説おすすめ傑作20選 【一般市民編】

ノワール小説おすすめ傑作20選 【探偵編】

 

第4章 ポップカルチャーに潜むノワール

ノワールは小説だけにとどまりません。私たちが普段目にする映画やコミック、そして音楽の分野にまで影響を与えているのです。活字がどうしても苦手という方は映画や漫画・音楽からノワールに親しんでみてもいいかもしれません。

おすすめフィルム・ノワール傑作5選

おすすめノワールコミック(まんが)傑作5選

ブラックメタルとノワール文学の関係

 



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はじめに ~ノワール文学を紹介するにあたって~

Webon紹介目次著者
ノワール文学(小説)を知っている方も知らない方も。「ノワール文学とは」から「おすすめノワール作品」までをご紹介。読めばノワール作品に興味が出る事間違い無し。

國谷正明氏による『ノワール文学(ノワール小説)入門』はこちらから

著者:國谷正明

北関東在住の1児のパパ。フリーランスのライターとして、ゲームのシナリオや小説の執筆、記事作成を中心に活動しています。趣味は作曲と爬虫類飼育。好きな作曲家はエリック・サティ。好きな映画監督は深作欣二。好きなアニメはスポンジボブ。好きな学問は民俗学。苦手な調味料はマヨネーズ。敬愛する作家はジム・トンプスン。いいにおいのする文章を書こうと日々苦心しています。お問い合わせはこちらから
facebook(國谷)

 

『ノワール文学入門』目次へ  (全16ページ)

 

 

はじめに

 

ミステリ・SF・ファンタジー・ホラー・純文学やライトノベルなど、世界中にはさまざまなジャンルの小説があります。

一見するとまったく異なるように思えるそれらの小説ですが、どれも人間の営みを描いているという点に変わりはありません。

稀に、動物など人間以外の対象を主軸に据えている作品もありますが、それらは大抵の場合擬人化することで人間と同列の存在として描かれています。さらに踏みこんで言うならば、人間の手によって作られている以上、好むと好まざるとに関わらず、それがどんな作品であれ「人間の心の在り様を反映しているもの」と断言できます。

 

複雑怪奇きわまりない人間の心をどのような視点から見つめるか――

ジャンルの違いとは、その態度の違いに他ならないのです。

 

「ノワール」という小説ジャンルは一般にミステリのサブジャンル(下位に位置するジャンル)として分類されます。

しかし、日本においては純文学(娯楽性ではなく芸術性を追求して創作される文芸作品)の一派とされている自然主義文学※と重なる領域もあるなど、ミステリの枠には収まりきらない奥深い魅力を備えています。

 

自然主義文学とは
物事を美化せず、現実をありのままに描写しようとする立場から描かれた文学作品の総称。19世紀後半のフランスにおいて、小説家エミール・ゾラ(Émile François Zola)によって定義された。

日本の代表的な作家に、島崎藤村、田山花袋、永山荷風らがいる。

 

このWebonでは、ノワール文学(ノワール小説)の定義や歴史・各国のノワール文学の特徴および相違点、カテゴリ別のおすすめ作品や、ノワール文学が他のポップカルチャーに与えた影響など、ノワール文学の魅力をさまざまな角度からみなさんにご紹介していきます。

文学ファンからそうでない方まで、是非ご覧になっていってください。

 

 

ノワール文学(小説)を楽しむ

 

これから詳しく説明していきますが、ノワール文学(ノワール小説)とは人間の内面に潜む感情を冷徹な態度で見据えた作品群を指します。

 

倒錯(とうさく=感情などの異常による非社会的な)した愛情や激しい怒り、狂気や絶望といった作中の登場人物が抱える心の闇は、わたしたちにとって無縁のものではありません。

いつの日か、不条理な暴力衝動に駆られた人物に襲われることがあるかもしれませんし、自分自身が加害者にならないとも限りません。

 

自分が知らぬ間に狂気に染まっていないと、誰が言いきることができるでしょうか。

 

ノワール文学は高い普遍性を有しています。ノワールの世界はファンタジーではありません。

作品の登場人物の多くは、犯罪者やそれを取り締まる警察官ですが、彼らもわたしたちと同じ人間です。時代や土地が違えど、その営みはわたしたちの暮らす街の一角で当たり前のように行われているものと何ら変わりはないのです。

登場人物の心の闇を知ることは、わたしたち自身の心を知ることに繋がり、物語の舞台である腐敗した街を知ることは、わたしたちが生きている世界を知ることを意味しています。

「ノワール」とは、決して万人受けするようなジャンルではありません。

むしろ、その暗く破滅的な世界の一端を覗くことで気分を害する方もいらっしゃるでしょう。しかしながら、前述したとおり、その暗く破滅的な世界こそ、わたしたちの生きる舞台に他ならないのです。

 

ノワールの世界に触れることで、わたしたちは自分自身さえ自覚していない内面の奥深くを知ることができます。それは、わたしたちに新たな視点で世界を見るきっかけをもたらし、より味わい深い人生を送るための良い手助けとなることでしょう。

 

長々と御託を並べて参りましたが、ノワール文学も他の小説と同じように、読者を楽しませることを目的に作られたエンターテイメント作品です。

 

これからノワール文学に触れてみようという方へ――

小難しいことは抜きにして、まずは作品を純粋に楽しんでみてください。きっと素敵な読書体験となるはずです。

 

次のページから第1章「ノワール文学とは」です。まずは「ノワール文学の定義」について解説をしていきます。

『ノワール文学入門』目次へ  (全16ページ)

 



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著者:國谷正明

北関東在住の1児のパパ。フリーランスのライターとして、ゲームのシナリオや小説の執筆、記事作成を中心に活動しています。趣味は作曲と爬虫類飼育。好きな作曲家はエリック・サティ。好きな映画監督は深作欣二。好きなアニメはスポンジボブ。好きな学問は民俗学。苦手な調味料はマヨネーズ。敬愛する作家はジム・トンプスン。いいにおいのする文章を書こうと日々苦心しています。お問い合わせはこちらから
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