國谷正明氏による『ノワール文学(ノワール小説)入門』はこちらから
第1章 ノワール文学とは
第2章 各国のノワール文学
第3章 ノワール小説傑作選
第4章 ポップカルチャーに潜むノワール
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目次
フランスのノワール文学
英米のハードボイルド文学が「セリ・ノワール」叢書(そうしょ・シリーズという意味)としてフランスのミステリファンに紹介されると、それらの作品に影響を受けた国内の作家たちの手によって、ロマン・ノワールは独自の文化へと昇華していきました。(この時代の詳細は第1章のこちらのページで解説しております。)
特筆すべきは、ロマン・ノワールの第一波ともいえる作家の中に、ただならぬ経歴の持ち主が少なからず存在していたことです。
フランスの代表的ノワール作家を紹介する前に、彼らに影響を及ぼしたフランスの歴史を少しだけご紹介します。これを知っておくとフランスのノワール小説について少し理解が深まるでしょう。
フランスの歴史とノワール
周知のとおり、第二次世界大戦はドイツ軍のポーランド侵攻によって幕を開けました。
1939年、ナチス・ドイツがポーランドに侵攻したことを受けて、フランスはイギリスとともにドイツに対して宣戦布告をします。
▼ナチス・ドイツ「アドルフ・ヒトラー」
by Bundesarchiv, Bild 146-1990-048-29A CC BY-SA 3.0 de
第二次世界大戦が開戦した後も、しばらくはフランスとドイツが戦火を交えることはありませんでした。
しかし、1940年にドイツ軍が宣戦布告なしでオランダとベルギーに同時に侵攻し両国を占領下におきました。すると間もなくドイツ軍がフランス・パリを占拠。
同年6月、フランス政府は休戦を申し入れ、ドイツ軍に降伏しました(独仏休戦協定)。
▼独仏休戦協定
その後、ドイツ軍が連合国軍によって駆逐(くちく)される1944年まで、フランスはナチス・ドイツの占領下におかれることとなります。
フランス政府が降伏すると、国内外でナチス・ドイツに対する抵抗運動(レジスタンスとも呼ばれます)が頻発します。
その運動はフランスのノワール文学に影響しました。
フランスノワールの代表的作家
ジョゼ・ジョヴァンニ(Jose Giovanni)
by François Alquier CC 表示-継承 3.0
ジョゼ・ジョヴァンニ(Jose Giovanni)は、1923年生まれのノワール作家/映画監督です。
彼は抵抗運動(レジスタンス)に身を投じた後、フランスがナチス・ドイツの占領から解放されると、ギャングの世界に足を踏み入れました。
強盗や殺人といった罪で刑務所への出入りを繰り返していた彼は、服役中にステファン・ニッケという弁護士の勧めで小説の執筆を始めます。
1957年、彼のデビュー作である「穴(Le Trou)」が刊行されると、
▼穴(画像クリックで書籍詳細へ)
「おとしまえをつけろ(Le Deuxi ème Souffle)」
「墓場なき野郎ども(Classe Tous Risques)」
「ひとり狼(L’excommuni è)」
「気ちがいピエロ(Histoire De Fou)」
など、暗黒街に生きる男たちの生態を生々しく描いた作品を精力的に発表し続けます。
また、自身の著作を原作とした映像作品をはじめとしてさまざまな映画の監督を務めており、映画監督としても高い評価を得ています。
ジャン=パトリック・マンシェット(Jean-Patrick Manchette)
ジャン=パトリック・マンシェット(Jean-Patrick Manchette)は、1942年生まれのノワール作家です。
大学で英語と英文学を専攻しましたが、学位を取得することなく学校を中退すると、統一社会党(フランスの社会主義政党)、学生共産主義同盟を経てトロツキスト※小集団で活動するという異色の経歴を辿ります。
▼レフ・トロツキー
その後、1968年には五月危機※を経験。
その後、映画の脚本や児童文学の執筆といった文筆活動を経て、1971年、映画学校時代の友人であるジャン=ピエール・バスティッドとの共著「Laissez bronzer les Cadavres !(未邦訳)」と、自身の処女作「L’Affaire N’Gustro(未邦訳)」が「セリ・ノワール」叢書(先述)より刊行されます。
その後も
「狼が来た、城へ逃げろ(Ô dingos, ô châteaux !)」
「地下組織ナーダ(Nada)」
「眠りなき狙撃者(La Position du Tireur couché)」
など、質の高いノワール作品を数多く発表しています。
ディディエ・デナンクス(Didier Daeninckx)
ディディエ・デナンクス(Didier Daeninckx)は、1949年生まれのミステリ作家です。
彼の幼少時、両親はアルジェリア戦争(フランスの支配に対するアルジェリアの独立戦争)の反対運動に参加していました。
また、ふたりの祖父のうちひとりは第一次世界大戦中に脱走したアナーキスト(無政府主義者)、もうひとりの祖父は共産党員として市長まで勤め上げたボリシェヴィキ※でした。
▼ウラジミール・レーニン
そうした家庭環境は、彼の作風に大きな影響を及ぼしました。
1983年発表の第二長編「記憶のための殺人(Meurtres pour mémoire)」ではアルジェリア独立戦争の抗議デモで起きた事件、
1989年発表の「死は誰も忘れない(La mort N’oublie personne)」ではレジスタンス元指導者の回顧録、
1998年発表の「カニバル(Cannibale)」ではフランス植民地時代のニューカレドニアで起きた事件をそれぞれ題材にして着想されました。
デナンクスは社会派ミステリの旗手として高い評価を得ていました。
また現代史の暗部を鋭く抉る彼の視点は、同時代にアメリカに登場したノワール作家ジェイムズ・エルロイ(第3章で紹介。現在第2章)のそれとよく似ているようにも感じられます。
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