ノワール文学とは③ 【ノワール文学の発展】

Webon紹介目次著者
ノワール文学(小説)を知っている方も知らない方も。「ノワール文学とは」から「おすすめノワール作品」までをご紹介。読めばノワール作品に興味が出る事間違い無し。

國谷正明氏による『ノワール文学(ノワール小説)入門』はこちらから

著者:國谷正明

北関東在住の1児のパパ。フリーランスのライターとして、ゲームのシナリオや小説の執筆、記事作成を中心に活動しています。趣味は作曲と爬虫類飼育。好きな作曲家はエリック・サティ。好きな映画監督は深作欣二。好きなアニメはスポンジボブ。好きな学問は民俗学。苦手な調味料はマヨネーズ。敬愛する作家はジム・トンプスン。いいにおいのする文章を書こうと日々苦心しています。お問い合わせはこちらから
facebook(國谷)

 

『ノワール文学入門』目次へ  (全16ページ)

 

 

ノワール文学の発展

 

前のページで解説したようにフランスでロマン・ノワールが隆盛をみせる裏で、ハードボイルド小説の本場アメリカは激しく揺れ動いていました。ノワール文学の発展をこのページで解説する上で少しベトナムの歴史を解説します。

ベトナムの歴史を知る事でノワール文学についての知識が深まりますので少々お付き合いいただければと思います。

 

ロマン・ノワールとは
フランスでの英米ハードボイルド小説の流入を機に書かれたフランスのミステリ小説。

 

ベトナムの歴史

 

長らくフランスの植民地であったベトナムは、第二次世界大戦の影響を受け1945年に革命家ホー・チ・ミン率いるベトナム独立同盟がインドシナ半島北部にベトナム民主共和国を樹立し、独立を宣言します。

 

革命家ホー・チ・ミン
「ベトナム建国の父」と呼ばれるベトナム独立に貢献した革命家。ベトナム民主共和国・初代国家主席。ベトナム最大都市「ホーチミン市」は革命家ホー・チ・ミンからちなんで付けられた。(ちなみにベトナムの首都は「ハノイ」)

▼ホー・チ・ミン

▼インドシナ半島

 

ベトナムの独立を容認したくないフランスは中国と協定を結び、完全独立を要求するベトナム民主共和国に対して、フランス連合の一員に留まるよう交渉を続けました。

しかし首を縦に振らないベトナムに痺れを切らしたフランスはインドシナ南部を制圧し、傀儡国家(かいらいこっか・名目上独立しているが事実上他の者に支配された国家)である「コーチシナ共和国」を樹立。

 

 

1946年、フランス・ベトナム両国は交戦状態に入ります(第一次インドシナ戦争と呼ばれています)。

 

▼コーチシナ共和国国旗

 

1953年、ラオス国境近くのディエンビエンフー盆地で展開した交戦でフランス軍が降伏。

 

▼ディエンビエンフー盆地

 

ジュネーヴ協定の成立とベトコン

 

翌年には関係国間で和平協定(ジュネーヴ協定)が成立し、ベトナム民主共和国(北ベトナム)の独立が承認されます。それは同時に、南北ベトナムの分断を意味していました。

 

ジュネーヴ協定(1954)
第一次インドシナ戦争を終結させるためにスイスのジュネーヴで開かれた休戦協定。この協定ではベトナムの南北分断やベトナム軍・フランス軍の撤退、ベトナム南北統一のための選挙をすることなどの合意が成立した。

 

▼南北に分断されたベトナム

 

ソ連と中国の援助を受けていたベトナム民主共和国(北ベトナム)が独立したことにより、東南アジアで共産主義が台頭することを恐れた資本主義国家アメリカは、傀儡国家であるベトナム共和国(南ベトナム)を建国。

東南アジアにおける反共産主義の砦としました。

 

 

しかし、ジュネーヴ協定で決められた南北統一選挙の実施をベトナム共和国(南ベトナム)政府が拒否したことで事態は悪化します。

ジュネーヴ協定での取り決めが反故(ほご・無しになること)されたことに憤ったホー・チ・ミンは1960年、南ベトナム解放民族戦線(通称ベトコン)を結成し、武力による南北の統一を図りました。

 

南ベトナム解放民族戦線(通称:ベトコン)
南ベトナムで1960年に結成された反アメリカ・反帝国主義を掲げた統一戦線。「統一戦線」とは別の軍が共同して戦う事。ベトコンとも呼ばれる。アメリカに操られているサイゴン政権からの南ベトナムの「解放」とベトナム民族の統一を活動目的とした。

▼ベトコンの旗

 

ベトナム和平協定へ

 

それに対して、1961年第35代アメリカ大統領に就任したジョン・F・ケネディは対ベトナム政策の中で、ベトナム共和国(南ベトナム・傀儡国家)への支援を決定します。

 

▼ジョン・F・ケネディ

 

そして、1964年、ベトナム沖のトンキン湾において、北ベトナム海軍がアメリカ海軍の駆逐艦(軍艦の一種)を魚雷艇(魚雷を備えた軍船)で攻撃したことをきっかけに、アメリカは本格的な武力介入に乗り出します(これをトンキン湾事件と言います)。

 

▼トンキン湾

 

アメリカが武力介入した後も事態は好転せず、泥沼の戦いが続きます。

戦争が長引くにつれてアメリカ国民の間で反戦ムードが高まり、事態をあおるようにして、1968年アメリカ陸軍の小隊が無抵抗の村人504人を無差別に虐殺するという痛ましい事件が発生します(これをソンミ村虐殺事件と言います)。

事件が報道されると反戦ムードは一気に激化し、各地で大規模なデモが頻発します。

 

 

アメリカはその後も苦しい状況を戦い続けますが、1973年には和平協定(ベトナム和平協定)が成立し、アメリカ軍の撤退が決定します。

これはアメリカにとって事実上の敗戦を意味していました。

 

ベトナム和平協定(パリ和平協定)とは(1973)
パリで調停されたベトナム戦争終結の協定。ベトナム民主共和国(北ベトナム)・南ベトナム共和臨時革命政府(南べトナム解放民族戦線・ベトコン)・ベトナム共和国(南ベトナム)・アメリカ合衆国の四者によって調印された。しかしその後もベトナムの複雑に絡み合った対立構造は解決されず衝突は続いてしまった。

 

ネオ・ハードボイルドとベトナム戦争

 

長々と(と言ってもごく簡単にですが)ベトナム戦争の概要をご説明して参りましたが、これにはもちろん理由があります。

 

アメリカを祖国とするハードボイルド小説は、時代が下るにつれて大きな変貌を遂げました。

過酷な現実に直面しても感情に流されず、己の信念を貫くために命懸けで抗う強固な意志の持ち主であったハードボイルド小説の主人公が、過去のトラウマに苦しみアルコールや薬に溺れる、傷つきやすい神経の持ち主に取って代わられるようになったのです。

こうした流れは1970年代以降顕著になり、それら一連の作品は、日本におけるハードボイルド研究の大家である小鷹信光氏によって、ネオ・ハードボイルドと命名されました。

 

このような「ネオ・ハードボイルド」誕生の影には、ベトナム戦争が大きく影響しています。

ベトナム戦争は、アメリカが敗戦を喫した初の戦争であると同時に、多くの帰還兵を生みました。

帰還兵の中には後遺症を抱えている者も少なくなく、多くの国民が身体障害や精神的なトラウマに苦しむ帰還兵の現状を目の当たりにしています。また、国内で反戦ムードが高まっていたことから、帰還兵に非難の目が向けられることさえありました。

そういった環境がネオ・ハードボイルド小説の主人公の造型に大きな影響を与えたことは想像に難くありません。

 

 

2つの超有名暗殺事件

 

その他にも、ベトナム戦争が行われている間に、アメリカ人の心に大きな影を落とした事件がありました。

 

1 ケネディ大統領暗殺事件

▲ジョン・F・ケネディ

 

ひとつは、ケネディ大統領暗殺事件です。

アメリカが本格的な武力介入に乗り出す前年にあたる1963年11月22日、テキサス州ダラス市内をパレード中のジョン・F・ケネディ大統領を凶弾が襲いました

リー・ハーヴェイ・オズワルドによる犯行とされていますが、当のオズワルドが事件の二日後に警察署内でマフィアと繋がりのあるジャック・ルビーという男に射殺されるなど、いまだ多くの謎が残っています。

 

▼暗殺犯とされているリー・ハーヴェイ・オズワルド

▼オズワルドを殺害したジャック・ルビー

 

2 キング牧師暗殺事件

▲マーティン・ルーサー・キング牧師

 

もうひとつが、キング牧師暗殺事件です。

ソンミ村虐殺事件が発生した同年の1968年4月4日、テネシー州メンフィス市内で遊説を終え、モーテルのバルコニーで打ち合わせ中だったマーティン・ルーサー・キングが凶弾に斃れ(たおれ)ました。

犯人はジェイムズ・アール・レイという名の男で、強盗や詐欺・窃盗といった犯罪の常習者でした。

 

▼キング牧師を殺害したジェイムズ・アール・レイ

 

当時高い支持率を誇っていたケネディ大統領と、アフリカ系アメリカ人公民権運動の指導者であるキング牧師の死は、多くのアメリカ国民に大きな衝撃と深い悲しみをもたらしました。

 

アフリカ系アメリカ人公民権運動とは(1973)
1950年代から1960年代にかけて、アメリカ在住のアフリカ系アメリカ人が、黒人に対する公民権の適用を訴えた大衆運動。17世紀の奴隷制度に端を発する根強い人種差別が背景にある。

 

これらの出来事がミステリのみならず、さまざまな作品の題材となっていることからも、アメリカという国に与えた影響の大きさを窺い(うかがい)知ることができます。

 

また、ベトナム戦争がハードボイルド小説のノワール文学化を促したという点でも、ベトナム戦争の概要を知ることは、ノワール文学を理解する上でとても重要であるといえます。

 

ここまで第1章ではノワール小説が誕生した経緯や発展していった背景には戦争などの時代背景が絡んでいた事を解説してきました。次のページ、第1章の終わりに現在のノワール文学について解説をしていきます。

『ノワール文学入門』目次へ  (全16ページ)

 



スポンサーリンク

 

目次著者

著者:國谷正明

北関東在住の1児のパパ。フリーランスのライターとして、ゲームのシナリオや小説の執筆、記事作成を中心に活動しています。趣味は作曲と爬虫類飼育。好きな作曲家はエリック・サティ。好きな映画監督は深作欣二。好きなアニメはスポンジボブ。好きな学問は民俗学。苦手な調味料はマヨネーズ。敬愛する作家はジム・トンプスン。いいにおいのする文章を書こうと日々苦心しています。お問い合わせはこちらから
facebook(國谷)