ノワール文学とは④ 【ノワール文学の現在】

Webon紹介目次著者
ノワール文学(小説)を知っている方も知らない方も。「ノワール文学とは」から「おすすめノワール作品」までをご紹介。読めばノワール作品に興味が出る事間違い無し。

國谷正明氏による『ノワール文学(ノワール小説)入門』はこちらから

著者:國谷正明

北関東在住の1児のパパ。フリーランスのライターとして、ゲームのシナリオや小説の執筆、記事作成を中心に活動しています。趣味は作曲と爬虫類飼育。好きな作曲家はエリック・サティ。好きな映画監督は深作欣二。好きなアニメはスポンジボブ。好きな学問は民俗学。苦手な調味料はマヨネーズ。敬愛する作家はジム・トンプスン。いいにおいのする文章を書こうと日々苦心しています。お問い合わせはこちらから
facebook(國谷)

 

『ノワール文学入門』目次へ  (全16ページ)

 

 

ノワール文学の現在

 

前のページで解説をしましたが、アメリカで誕生したハードボイルド小説がフランスに渡ってロマン・ノワールを生み、ベトナム戦争の落とした暗い影がハードボイルド小説をノワール小説へと変容させました。

 

ロマン・ノワールとは
フランスでの英米ハードボイルド小説の流入を機に書かれたフランスのミステリ小説。

 

フランスで評価されるアメリカ小説家

 

ベトナム戦争によりハードボイルド小説がノワール小説へと変容していく間にも、アメリカでは才能豊かな作家たちが「ブラックマスク」という雑誌をはじめとする『パルプ・マガジン』上で、現代のノワールにも匹敵するドス黒い作品を数多く発表しています。

彼らの多くはアメリカ国内よりも、むしろフランスにおいてより高い支持を得ました。

 

パルプ・マガジン
1900~1950年頃にアメリカで広く流通していた大衆娯楽雑誌の総称。粗悪なパルプ紙を使用していたことからそう呼ばれた。
ハードボイルドだけでなくホラーやSFなど、さまざまなジャンル小説の発展を大きく促した。代表的なものに、ウィアード・テイルズ、アメイジング・ストーリーズ、ダイム・ディテクティヴなどがある。

 

人間の心の闇を冷徹な態度で見据えたそれらの作品は、現在の価値観で言うところの「王道ハードボイルド小説」が蔓延る(はびこる)当時のミステリ界の中で強すぎる異彩を放っていました。

それが故に、本国アメリカでは長らく陽の目を浴びることはありませんでした。

フランスの読者が彼らの作品を高く支持したのは、彼らの作品が自然主義文学を生んだフランス文学の素因を強く内包していたからに他なりません。

 

自然主義文学
物事を美化せず、現実をありのままに描写しようとする立場から描かれた文学作品の総称。19世紀後半のフランスにおいて、小説家エミール・ゾラ(Émile François Zola)によって定義された。

日本の代表的な作家に、島崎藤村、田山花袋、永山荷風らがいる。

 

その代表的な作家のひとりがジム・トンプスン(James Meyers “Jim” Thompson)です。

 

▼ジムトンプソンの作品例「取るに足りない殺人」

 

彼こそフランスで最も高い評価を得たアメリカの犯罪小説家といっても過言ではないでしょう。

彼の晩年には著作のほとんどが絶版となっていましたが、死後10年近くが経ってようやく本国でも再評価の動きが起こりました。

現在では、最高のノワール作家として世界中のミステリファンからその功績を讃えられています。

 

他にも

フィルム・ノワール(ノワール映画)の名作として知られる「狼は天使の匂い(Black Friday)」「ピアニストを撃て(Down There)」の原作者である『デイヴィッド・グーディス(David Loeb Goodis)』

 

 

その多作ぶりから同業者たちに「オリジナル・ペーパーバック開拓者の王様」と呼ばれた『ハリィ・ホイッティントン(Harry Whittington)』

30以上の著作が「セリ・ノワール」から出版されている『デイ・キーン(Day Keene)』

 

セリ・ノワールとは
1945年に初めて刊行された英米のハードボイルド小説専門の叢書(そうしょ:シリーズという意味)。第一弾はピーター・チェイニー「この男危険につき(This Man Is Dangerous)」など。

 

史上最高の犯罪小説家との呼び声も高い『チャールズ・ウィルフォード(Charles Ray Willeford)』

など、錚々たる顔ぶれが筆を競っていました。

彼らの手によって数多くの名作がノワール文学史に刻まれ、今も後進の作家たちに多大なる影響を与えています。

 

ここに紹介した作家を含めたノワール小説のおすすめ作品は第3章で解説!(現在第1章) ここに紹介した作家を含めたノワール小説のおすすめ作品は第3章で解説!(現在第1章)

 

1980年代のノワール文学

 

そして1980年代に入ると、ある作家の登場によってノワール文学は大きく躍進することになります。

ジェイムズ・エルロイ(Lee Earle “James” Ellroy)という名のその作家は、比較的オーソドックスな探偵小説でデビューします。

 

▼ジェイムズ・エルロイ

by Amadalvarez CC 表示-継承 4.0

 

しかし著作を重ねるごとに独自性と暗黒度を強めていき、七作目にあたる「ブラック・ダリア(The Black Dahlia)」において、ついにその才能を横溢させました。

 

▼ブラック・ダリア

 

常軌を逸した執念で警察内部の巨悪を追う様を描いた、「ブラック・ダリア」に始まる「暗黒のL.A.」四部作と、アメリカ現代史の暗部を抉る「アンダーワールドUSA」三部作は、ノワールの枠を超えたアメリカ文学の名作として、世界中の読者に深い衝撃を与えました。

 

▼アンダーワールドUSA

エルロイからの影響を公言している作家に、「ハリー・ボッシュ」シリーズで知られるマイクル・コナリー(Michael Connelly)の他、我が国を代表するノワール作家である馳星周、東京在住のイギリス人ノワール作家デイヴィッド・ピース(David Peace)らがいます。

 

▼ハリー・ボッシュシリーズ第1弾『ナイトホークス』

▼マイクルコナリー

by Mark Coggins from San Francisco – Michael Connelly Uploaded by tripsspace CC 表示 2.0

 

馳星周(はせせいしゅう)
日本の代表的現代ノワール小説作家。代表作に「不夜城」など。
デイヴィッド・ピース(David Peace)
犯罪小説を主に執筆する日本在住のイギリス人小説家。代表作に「GB84」など。

by Krimidoedel Dr. Jost Hindersmann CC 表示-継承 3.0

 

その後も、彼らの影響を受けた作家たちが国内外で数えきれないほどの作品を著し、ノワールは今や一大ジャンルを形成するに至りました。

その範囲は小説だけにとどまらず、グラフィックノベルや漫画、TVドラマやアニメなど、さまざまな媒体の中にノワールの香りを嗅ぎとることができます。

 

以上、ノワール文学の誕生から現在までを解説してきました。続いては第2章、各国のノワール文学がどのようなものか、そして代表的な作家を紹介していきます。まずはアメリカからです。

『ノワール文学入門』目次へ  (全16ページ)

 



スポンサーリンク

 

目次著者

著者:國谷正明

北関東在住の1児のパパ。フリーランスのライターとして、ゲームのシナリオや小説の執筆、記事作成を中心に活動しています。趣味は作曲と爬虫類飼育。好きな作曲家はエリック・サティ。好きな映画監督は深作欣二。好きなアニメはスポンジボブ。好きな学問は民俗学。苦手な調味料はマヨネーズ。敬愛する作家はジム・トンプスン。いいにおいのする文章を書こうと日々苦心しています。お問い合わせはこちらから
facebook(國谷)

ノワール文学とは 【ノワール文学の定義】

Webon紹介目次著者
ノワール文学(小説)を知っている方も知らない方も。「ノワール文学とは」から「おすすめノワール作品」までをご紹介。読めばノワール作品に興味が出る事間違い無し。

國谷正明氏による『ノワール文学(ノワール小説)入門』はこちらから

著者:國谷正明

北関東在住の1児のパパ。フリーランスのライターとして、ゲームのシナリオや小説の執筆、記事作成を中心に活動しています。趣味は作曲と爬虫類飼育。好きな作曲家はエリック・サティ。好きな映画監督は深作欣二。好きなアニメはスポンジボブ。好きな学問は民俗学。苦手な調味料はマヨネーズ。敬愛する作家はジム・トンプスン。いいにおいのする文章を書こうと日々苦心しています。お問い合わせはこちらから
facebook(國谷)

 

『ノワール文学入門』目次へ  (全16ページ)

 

 

ノワール文学(小説)とは

 

ノワール文学(小説)の定義には諸説あり、とてもひとくちに説明できるものではありません。

そもそも「ノワール」という言葉は、フランス語で『黒』を意味する「Noir」に由来しています。

そのため古くは日本語で「暗黒小説」と訳されていましたが、現在では「ノワール小説」という呼称が一般的です。

 

 

これから詳しく述べていきますが、ノワール文学の源流は1920年代にアメリカで隆盛を誇ったハードボイルド小説に端を発しています。

つまり、広く捉えるならば、ハードボイルド小説もノワール文学に含まれると考えることができます。

 

ハードボイルド小説とは

 

「ハードボイルド」という言葉は一般に広く認知されているため、ミステリ小説に馴染みのない方でも少なからず耳にしたことがあるものと思いますが、ハードボイルド小説もまたその定義を巡ってさまざまな議論が交わされてきました。

呼称の由来にも諸説ありますが、ハードボイルド(Hard-boiled)とは「手強い」「非情な」を意味する英語の俗語表現(教養として扱われない言葉や表現)です。

そしてそのような特徴(「手強い」「非情な」特徴)を備えた主人公の生きざまを描いた作品群を指して、「ハードボイルド小説」と称するようになったという説が有力です。

さらにハードボイルド小説の定義は、物語文体のふたつに大別することができます。

 

 

物語としてのハードボイルド小説

 

物語としてのハードボイルドは、アメリカの推理小説家ダシール・ハメット(Samuel Dashiell Hammett)から始まりました。

ハメットはアメリカの大衆雑誌であるパルプ・マガジン※の一つ、「ブラックマスク誌」にいくつかの短編小説を寄稿。そして1927年に同誌上で初の長編小説「血の収穫(Red Harvest)」を発表しました。

 

パルプ・マガジンとは
1900~1950年頃にアメリカで広く流通していた大衆娯楽雑誌の総称。粗悪なパルプ紙を使用していたことからそう呼ばれた。
ハードボイルドだけでなくホラーやSFなど、さまざまなジャンル小説の発展を大きく促した。代表的なものに、ウィアード・テイルズ、アメイジング・ストーリーズ、ダイム・ディテクティヴなどがある。

▼血の収穫

 

簡潔な文体で渇いた暴力を淡々と描いたその作風は、発表から一世紀近くが経った現代でも、世界中のミステリファンの間で絶大な人気を誇っています。

 

パルプ・マガジンとは
1900~1950年頃にアメリカで広く流通していた大衆娯楽雑誌の総称。粗悪なパルプ紙を使用していたことからそう呼ばれた。
ハードボイルドだけでなくホラーやSFなど、さまざまなジャンル小説の発展を大きく促した。代表的なものに、ウィアード・テイルズ、アメイジング・ストーリーズ、ダイム・ディテクティヴなどがある。

 

ハメットの後に続くようにして現れた

・ジェイムズ・M・ケイン(James Mallahan Cain)

・レイモンド・チャンドラー(Raymond Chandler)

・ロス・マクドナルド(Ross Macdonald)

・ミッキー・スピレイン(Mickey Spillane)

 

などの人気作家の手によって、ハードボイルド小説はミステリのサブジャンルとしての地位を確かなものとしました。

特に、チャンドラーが生みだした「フィリップ・マーロウ」というキャラクターは、シャーロック・ホームズに次ぐ世界で二番目に有名な私立探偵として、わたしたちが抱くハードボイルド像の確立に大きく寄与しました。

 

▼フィリップ・マーロウ登場小説の例

▼実写化されたフィリップ・マーロウ

 

 

文体としてのハードボイルド小説

 

対して、文体としてのハードボイルドは、ノーベル文学賞も受賞した文豪アーネスト・ヘミングウェイ(Ernest Miller Hemingway)によって確立されました。

 

▼アーネスト・ヘミングウェイ

▼アーネスト・ヘミングウェイの代表作の一つ「武器よさらば」

 

感情を排した簡潔な文章で登場人物の行動を淡々と描写し、人物の心情を浮かび上がらせるその手法は、物語としてのハードボイルド小説と高い親和性を有していました。

彼の文体は後進のハードボイルド作家たちに大きな影響を与え、ヘミングウェイが発明した文体こそがハードボイルドであると評価されるに至っています。

 

 

ハードボイルド小説とノワール文学(小説)の相違点

 

ハードボイルド小説とノワール文学(小説)は多くの共通項があると同時に、さまざまな点で異なっていることもまた事実です。

筆者の考えるハードボイルドとノワールの最大の相違点は、「主人公に感情移入ができるか否か」です。

いや、主人公が強固な意志の持ち主であるか否かと言い換えた方がわかりやすいかもしれません。

 

ハードボイルド小説の主人公は、過酷な現実に直面しても感情に流されず、己の信念を貫くために命懸けで抗います。

一方、ノワール文学の主人公の多くは、意志の弱さゆえにどこまでも転落し、破滅へとひた走ります

 

 

わたしたち人間は、理性と本能の狭間で絶えず葛藤しながら日々を生きています。生存本能に打ち克つほどの強い意志の持ち主が、わたしたちの中にどれだけいるでしょうか。

ハードボイルド小説はそういう意味で一種のファンタジーであると言えますが、ノワール文学は残酷なまでに自然主義的です。

 

自然主義文学とは
物事を美化せず、現実をありのままに描写しようとする立場から描かれた文学作品の総称。19世紀後半のフランスにおいて、小説家エミール・ゾラ(Émile François Zola)によって定義された。

日本の代表的な作家に、島崎藤村、田山花袋、永山荷風らがいる。

 

ノワールとハードボイルド、どちらに感情移入をしやすいかは火を見るよりも明らかでしょう。

 

次のページではノワール文学がどのように発生していったのかを解説していきます。

『ノワール文学入門』目次へ  (全16ページ)

 



スポンサーリンク

 

目次著者

著者:國谷正明

北関東在住の1児のパパ。フリーランスのライターとして、ゲームのシナリオや小説の執筆、記事作成を中心に活動しています。趣味は作曲と爬虫類飼育。好きな作曲家はエリック・サティ。好きな映画監督は深作欣二。好きなアニメはスポンジボブ。好きな学問は民俗学。苦手な調味料はマヨネーズ。敬愛する作家はジム・トンプスン。いいにおいのする文章を書こうと日々苦心しています。お問い合わせはこちらから
facebook(國谷)