KANおすすめの名曲 【ポップ編】

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KANさんは200万枚を超える大ヒット曲「愛は勝つ」で有名ですが、この曲はKANさんのほんの一面に過ぎないのです。ファン歴30年がKANさんの魅力を人柄・ライブ・楽曲に分けて徹底解説!

『KAN』入門 ~「愛は勝つ」だけじゃない!天才であり変態!類まれなソングライター~はこちらから!

著者:しあ

40代後半女性。KANのファン歴30年。1988年「BRACKET」を聴いて感動したのが出逢い。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。

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KANさんの楽曲には、様々なテイストのものがあり、その才能の豊かさに驚かされます。

この章では私の個人的主観で、

【バラード・ミディアム編】
【ポップ編】
【おふざけ・変態・自虐編】
【オマージュ編】
【コラボ編】

と5つにジャンル分けしてぜひ聴いていただきたい楽曲をご紹介したいと思います。

こちらのページでは、KANさんのポップな楽曲のおすすめについてご紹介したいと思います。

 

① 愛は勝つ

 

言わずと知れたKANさんを代表する国民的大ヒット曲。

ただ、ファンの間ではこの曲を一番に挙げる人は少ないと思いますし、私自身もそう思っています。

KANさんは「愛は勝つ」だけのアーティストではなく、他にもたくさんの名曲があるからです。

 

でも、やっぱり改めて聴くととてもいい曲だと思います。

それは、自分の車の中や音楽プレーヤーなどで聴くよりも、お店の中などで不意に流れてきた時に実感します。

KANさんは「愛は勝つ」について

「この曲ばかりを言われるのは、この曲以外にヒット曲を持っていないというのもあるし…。でもヒット曲は出そうと思っても出せるものでもないし(笑)もっと頑張んなきゃな、と思うのと同時に、ヒット曲が何もないよりかはいいかな?(笑)」

と語っています。

▼「愛は勝つ」収録アルバム「野球選手が夢だった。」

 

② BRACKET

 

私がKANさんを好きになった出逢いの曲。

ピアノのイントロが、とにかくカッコよくて印象的。

この頃のKANさんって、すごくすごく歌が上手い!というわけでもなかったと思うのです。

でも、なんだかすごく引き込まれました。

間奏のスキャットやコーラスワーク、ブラスアレンジなどがとても素敵な曲で、すぐにアルバムを買いに行きました。ファンの間でも、秘かに人気の高い曲です。

音楽用語解説

・スキャット=主にジャズで使われる歌唱法で「ダバダバ」「ドゥビドゥビ」など意味のない音を即興的につないで歌うこと。

▼スキャットで有名な楽曲。スキャットマン・ジョン『スキャットマン』

・コーラスワーク=複数の人がそれぞれのパートに分かれて歌うこと

・ブラスアレンジ=金管楽器の音のアレンジのこと。金管楽器は唇の振動で音を鳴らす楽器で、トランペットやトロンボーンが代表的。

 

▼「BRACKET」収録アルバム「NO-NO-YESMAN」

 

③ 桜ナイトフィーバー

 

「桜」とついていますが、いわゆる桜ソングではありません。

この曲は「桜の気持ち」を歌った曲です。

一年中ここに立っているのに、春になるとこぞって騒ぎ立てられ、それ以外の季節は見向きもされない。

夜もライトアップされ…

 

僕らだって生き物なんだ、夜は眠りたい。

引用:KAN「桜ナイトフィーバー」作詞作曲 KAN

 

春になると「僕らの歌」が出るけど、悲しい曲ばかり。

心がウキウキするような出逢いの曲聴きたい。

 

春だけ騒がれる桜の気持ちを、KANさんが素晴らしい歌詞にして歌っています。

とても楽しい歌だけど歌詞は桜の嘆きというKANさんならではの楽曲。

サビでは「フィーバー フィーバー パンツ丸見え」のポーズでの振り付けがあって、とても楽しく盛り上がる曲なのです。

▼「桜ナイトフィーバー」(リンク先で試聴可能)

 

④ ロックンロールに絆されて

 

ロックンロールに乗せて、自分の生き様を歌った最高に格好いいナンバー。

歌が進んでいくほどに歌詞が心に染みて、いつも涙が出そうになります。

詩の内容はミュージシャン目線で描かれていますが、さまざまな職業、立場の人も自分の生き方、生き様と重ね合わせて詩に共感する人は多いのではないでしょうか。

 

この曲ではKANさんと、馬場俊英さんとで詩を共作していて、馬場さんはボーカルでも参加しています。

詩に

 

地元の祭りで 無邪気なバンドに 心奪われて

引用:KAN「ロックンロールに絆されて」作詞  KAN・馬場俊英/作曲 KAN

 

とあるのですが、このバンドはスターダスト・レビュー(スタレビ)のことです。

馬場さんが高校生の頃、埼玉県の「うちわ祭り」でスタレビを見たことによるもの。

 

歌詞に「ベスト電器」とあるのも福岡出身のKANさんならでは。

関東や関西ではどうなのかわかりませんが、私を含め九州の人間にとって、昔は電化製品を買うと言えば「ベスト電器」でした。

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今は、他にもたくさん家電量販店がありますが…。

 

どんな人生と問われれば 迷わずにこう言える 最高です!
胸を張って誇れるのは ジョンやポールと同じ職業 なあすごいだろう

引用:KAN「ロックンロールに絆されて」作詞  KAN・馬場俊英/作曲 KAN

※ジョン=ジョン・レノン、ポール=ポール・マッカートニー
共にザ・ビートルズのメンバー。

この歌詞には鳥肌が立ちます。

KANさんが憧れていたビートルズと同じ職業。

KANさんがビートルズと出逢い音楽の道を目指し、本当にプロのミュージシャンとなり「ジョンやポールと同じ職業」と胸を張って言えることに感動します。

そしてKANさんがミュージシャンになったおかげで、私もKANさんという素晴らしい人に出逢えたわけですから、 本当に「KANさん、ミュージシャンになってくれてありがとう」と思います。

▼「ロックンロースに絆されて」収録アルバム「6×9=53」

 

⑤ 健全 安全 好青年

 

「いい人」の歌を書かせたら天下一品のKANさん。

好きな女の子に対して、友達、いい人どまりの自分。

そんな健全、安全、好青年な自分をコミカルに歌った初期の人気ナンバー。

サビの終わりに早口になるところや、最後におもしろいセリフが入っていたりと、初めて聴いた時には、いい意味でぶっ飛びました。

私は一人車の中で「すご~い!」と叫んでました(笑)

曲は、フィル・コリンズの「Sussudio」にインスパイアされて創ったものだそう。

▼フィル・コリンズ「Sussudio」

 

▼「健全 安全 好青年」収録アルバム「野球選手が夢だった。」

⑥ Happy Birthday

 

とてもハッピーなバースデーソング。

バースデーソングは世の中にたくさんありますが、私が一番好きなバースデーソングかもしれません。

 

▼「Happy Birthday」収録アルバム「野球選手が夢だった。」

 

⑦ Happy Time Happy Song

 

タイトル通り、とてもハッピーな気持ちになれる曲。

歌詞は、KANさんらしく少しふざけているのですが、不思議と背中をそっと押してくれる曲。

▼「Happy Time Happy Song」収録アルバム「la RiSCOPERTA」(リンク先で試聴可能)

 

⑧ 孔雀

昔、KANさんがライブでカッコよくダンスをしたことでも話題のナンバー。

KANさんにはめずらしく、おふざけではないセクシーさが感じられます。

「そんなに見つめたら 男はすぐルール変えるよ」という詩がカッコいい。

▼「孔雀」収録アルバム「TOKYOMAN」

 

⑨ 香港SAYONARA

隠れた名曲で、私自身とても大好きな曲。

イントロからしてすごくカッコいい。

ボサノバテイストの曲調で、間奏のピアノが流れるようでとても心地よい。

2分半ぐらいの短い曲なのですが、ずっとエンドレスでリピートしていたいさわやかな曲。

▼「香港SAYONARA」収録アルバム「TOKYOMAN」

 

以上、KANさんのおすすめ名曲の【ポップ編】でした。

次のページではKANさんの「天才であり変態」である理由がわかる名曲を紹介します。

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KANおすすめの名曲【バラード・ミディアム編】

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KANさんは200万枚を超える大ヒット曲「愛は勝つ」で有名ですが、この曲はKANさんのほんの一面に過ぎないのです。ファン歴30年がKANさんの魅力を人柄・ライブ・楽曲に分けて徹底解説!

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KANさんの楽曲には、様々なテイストのものがあり、その才能の豊かさに驚かされます。

この章では私の個人的主観で、

【バラード・ミディアム編】
【ポップ編】
【おふざけ・変態・自虐編】
【オマージュ編】
【コラボ編】

と5つにジャンル分けしてぜひ聴いていただきたい楽曲をご紹介したいと思います。

まず、バラード、ミディアムナンバー(少しテンポの早いバラード)からご紹介します。

 

① Songwriter

 

この曲は本当に素晴らしく、KANさんの曲の中でも私の中でベスト5に入ります。
ピアノが奏でるイントロの美しさに心をつかまれます。

 

I’m a songwriter  ピアノを叩き 繰りかえす表現のみが唯一存在の意義です

引用:KAN「Songwriter」作詞作曲 KAN

 

歌詞からも人生観が感じられるこの曲は、KANさんを代表する1曲だと思います。

また、この曲はKANさんがリスペクトするビリー・ジョエルの「Piano Man」へのオマージュではないかと思います。

▼ビリー・ジョエル「Piano Man」

 

KANさんはもともと「誰々っぽい曲を創りたくて創ったんです~」という事が多いです。

確かに似ているけれど、アーティストへのリスペクトが感じられつつ、きちんとKANさんの曲になっている。それがKANさんの素晴らしさです。

▼「Songwriter」収録アルバム「TIGERSONGWRITER」(画像クリックで商品詳細へ)

 

② よければ一緒に

 

この曲も、ファンの間で人気の高い曲で、私も大好きな1曲。

「よければ一緒に」というタイトル。

決して、押しつけがましくなく「よければ」というところに、KANさんの人柄、やさしさが表れていると思います。

 

よければ一緒に その方が楽しい

引用:KAN「よければ一緒に」作詞作曲 KAN

 

本当に詩の内容が素晴らしい。

とてもほのぼのとした曲で、ほぼ同じメロディーの繰り返しですが、どんどん高揚していくんです。

ライブでは曲後半にKANさんが「はいっ」と言って、会場みんなで「ラララ~」の合唱をする曲でもあります。

CDにもこの「はいっ」は入っています。

この曲を聴けば、KANさんの人柄がわかるのではないかと思います。

▼「よければ一緒に」収録アルバム「弾き語りばったり ♯19 今ここでエンジンさえ掛かれば」

 

③ カレーライス

 

彼女、もしくは奥さんとケンカをして、女性の方が家から出て行ってしまった。

冷蔵庫のカレーを温め直して待つ。

外に探しに行ったら、やっぱりいつもの河原で待っていた。

手をつないで家に帰り、残り物のカレーを二人で分け合って食べる。

 

作りすぎたカレーを翌朝食べるように 一度冷めて また温めて それでいい

引用:KAN「カレーライス」作詞作曲 KAN

 

けんかした二人の仲直りをカレーになぞらえて歌った、KANさんの詩の深さが感じられる1曲なのです。

▼「カレーライス」収録アルバム「la RiSCOPERTA」

 

④ 安息

 

この曲では、Mr.Childrenの桜井和寿さんが作詩を手がけています。

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KANさんには歌詞がなかなかできないという弱点があり、詩の完成に何年もかかることがあるそうです。

この曲も曲は先に出来ていましたが、詩がなかなかできなくて、ライブなどでは全編「ラララ」で歌っていました。

でも「お客さんも、それじゃたまったもんじゃないな(笑)」と、KANさんは思ったそう。

 

とてもいい曲になりそうな予感がしていたので「桜井さんなら、きっといい歌詞を書いてくれるんじゃないか?」と思い依頼したところ、素晴らしい歌詞を書いてくれたとの事。

歌詞だけ見ると、Mr.Childrenの歌かな、と感じられる桜井さんっぽい詩。

桜井さんの詩と、KANさんの曲とのコラボで生まれた、人生の重みを感じる名曲です。

▼「安息」収録アルバム「6×9=53」

 

⑤ Regrets

 

Regrets = 後悔、のタイトル通り、過去の様々な出来事を、英語を交えて歌っています。

KANさんの、初期の名曲と言える失恋ソング。

洋楽テイストの曲調と、KANさんのあまり流暢ではない英語の発音が、何だかせつなさを感じさせ、KANさんの歌声との相乗効果で哀愁が感じられる1曲です。

KANさん曰く、詩の中に5人の登場人物が出てくる曲。

登場人物の5人を巡っては、さまざまな解釈の仕方があります。

ぜひ、ご自身でそれを確かめてほしい1曲です。

 

けやき通りがいろづく頃

引用:KAN「Regrets」作詞作曲 KAN

 

「けやき通り」はおそらく福岡のけやき通りを指していると思います。

KANさんは福岡出身ですし、この曲が収録されている「野球選手が夢だった」には「青春国道202」という、福岡の国道をタイトルにつけた曲もありますので。

私は、昔、初めて福岡のけやき通りを通った時に「ここがKANさんの歌のけやき通りか~」と感動しました。

▼「Regrets」収録アルバム「HAPPY TYTLE -幸福選手権-」

 

⑥ 50年後も

 

愛する人との50年後を想像した曲。

10代の人にとって50年後はまだ60代ですけど、50代の人にとって50年後の人生はどうなっているかわかりません。

暖かなメロディーで歌われる、歌詞の重みをかみしめながら聴いてほしい1曲。

▼「カレーライス」収録アルバム「la RiSCOPERTA」

 

⑦ プロポーズ

 

KANさんの優しさあふれるプロポーズソング。

「プロポーズ」といったタイトルから、とてもおしゃれな感じを想像してしまいそうですが、決しておしゃれなキラキラの歌ではありません。

とってもほのぼのとした落ち着く日常を切り取った詩の世界。

 

いますぐじゃなくてもいいから 思いきって僕のとこにおいで

引用:KAN「プロポーズ」作詞作曲 KAN

 

こんな人と結婚したら絶対に幸せな日々を送れそうです。

▼「プロポーズ」収録アルバム「ゆっくり風呂につかりたい」

 

以上、KANさんのおすすめ名曲の【バラード・ミディアム編】を紹介しました。

次のページではKANさんのポップな名曲についてお伝えします。

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KANさんの経歴を紹介 【誕生~「愛は勝つ」でブレイク~留学から帰国】

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KANさんは200万枚を超える大ヒット曲「愛は勝つ」で有名ですが、この曲はKANさんのほんの一面に過ぎないのです。ファン歴30年がKANさんの魅力を人柄・ライブ・楽曲に分けて徹底解説!

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このページではKANさんの経歴を紹介いたします。

経歴を紹介する中でザ・ビートルズとビリー・ジョエルの事に触れていますが、KANさんの音楽においてその存在が外せないからです。

 

KANさんの簡易年表

▼このページで紹介する主な出来事

出来事
1962年 誕生
1978年頃 ビリー・ジョエルと出会う(当時高校生)
1987年 「テレビの中に」でレコードデビュー
1990年 「愛は勝つ」収録アルバムリリース
1999年 結婚
2002年 フランスで音楽学校に通う
2004年 帰国

 

KANの経歴

誕生~10歳の頃

 

KANさんは1962年福岡県福岡市生まれです。

「かん」という名前は本名で「和」と書いて「かん」と読みます。

本名は木村和「きむらかん」です。

本名でデビューしたかったそうですが、読み間違いの可能性などの理由で「KAN」となったそうです。

 

幼稚園の頃からオルガンを学び、小学校に入学してからはクラシックピアノを習い始めます。

10歳の頃には、少年野球のチームに所属し野球でも活躍。

(ちなみに、この頃の将来の夢が野球選手だったかどうかは定かではありませんが、後に「野球選手が夢だった」というアルバムをリリースします。このアルバムに収録されていた「愛は勝つ」が、国民的大ヒットとなったのです。)

 

中学~高校 <ビリー・ジョエルと出会う>

 

中学校に入学すると自宅の近所にレコードショップが開店し、ずっと欲しい欲しいと思っていたザ・ビートルズのレコードを購入。中学生の頃は、ほぼザ・ビートルズばかり聴いていたそうです。

 

KANさんは、ビリー・ジョエルをリスペクトしています。

 

ビリー・ジョエル

1949年生まれ。アメリカ出身のシンガーソングライター。全世界で1億5000万枚以上のレコード・セールスを記録。1973年にリリースのアルバム「ピアノ・マン」が大ヒットとなる。

▼「ピアノ・マン」公式MV

 

高校生の時、友達が持っていたアルバム「52nd Street」を借りて聴いたのがビリー・ジョエル作品との出会い。「なんだこの音は!」と、大きな衝撃を受けたそうです。

▼1978年リリースアルバム「52nd Street」(画像クリックでamazon primeで視聴可能。

ビリー・ジョエルの「52nd Street」は、KANさんの人生において大きな影響を与えた一枚なのです。

 

KANさんの楽曲を聴けばビリー・ジョエルの音楽が、KANさんの音楽の基になっていることが感じられます。

KANさんの音楽や話などから、ビリー・ジョエルへのリスペクトがとても感じられるし、KANさんは「日本のビリー・ジョエル」と思える存在です。

 

ビリー・ジョエルの音楽が基になっていることがわかる楽曲は第3章で紹介!
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大学~デビュー

 

法政大学に進学するため福岡から上京したその足で、ビリー・ジョエル日本公演のチケットを購入。

その一週間後に行われた日本武道館でのビリー・ジョエルのコンサートは「自分にとって音楽家への志を更に強くしたものだった」との事。

1987年に4月25日に「テレビの中に」でレコードデビュー。

▼「テレビの中に」(画像クリックで商品詳細へ)

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当時は、KANさんはまだそんなに知られていなくて、ひっそりとデビューしていた気がします…。私は、2枚目のアルバム「No-No-YESMAN」に収録されている「BRACKET」を、テレビで歌っている姿を見たのが、KANさんとの最初の出逢い。

 

 

印象的なピアノのイントロ、激しくピアノを弾く姿、間奏でのスキャットなど、とても音楽センスを感じて、引き込まれました。

 

「愛は勝つ」がヒット

 

1990年に、5枚目のアルバム「野球選手が夢だった」をリリース。

▼「野球選手が夢だった」(画像クリックで商品詳細へ)

このアルバムに収録されていた「愛は勝つ」が、ラジオ局のヘビーローテーションに起用されたり、徐々に評価をされ始めていたところ、山田邦子さん出演の大人気テレビ番組「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」のテーマソングに起用されました。

それにより全国に知られ国民的大ヒットとなり、1991年の日本レコード大賞では大賞を受賞しています。

 

結果的にKANさんの出世作となったアルバム「野球選手が夢だった」。

このアルバムには「愛は勝つ」も収録されていますが、このアルバムは「愛は勝つ」が注目され大ヒットする前にリリースされています。

このアルバムは、本当に名曲ぞろいの素晴らしいアルバムなのです。

「愛は勝つ」が大ヒットする前に創られているアルバムなので、その事を踏まえて聴くと、よりKANさんの魅力、素晴らしさを感じられるのでは、と思っています。

本当に名曲ぞろいなので、KANさんの才能が感じられると思います。

「売れるべくして売れた」と思います。

認められる人はやはり認められるのだと思いました。「愛は勝つ」が大ヒットしたおかげでこのアルバムが多くの人に聴かれることになったので、とてもよかったと思っています。

 

結婚、音楽学校へ

 

その後も、コンスタントにアルバムをリリースしライブを行い、1999年にはバイオリニスト早稲田桜子さんと結婚。

▼早稲田桜子さん

 

KANさんは2002年には、クラシックピアノを基礎から勉強しなおすためにフランスへ移住し、音楽学校へ通います。

私はこの事にとても驚いたのと同時に、音楽活動を休止して渡仏し勉強する姿勢を「とても素晴らしいな」と思いました。

また、ピアノ留学以外の理由として「フランス人になるという夢を叶えるため」という、ふざけたコメントを出したのもKANさんらしいな、と思いました。

こういったおかしなことを言うのがKANさんという人なのです。

 

帰国後の活動

 

2004年に帰国してからは精力的に活動。

KANとしてのソロ活動だけではなく、いろいろなアーティストとのコラボレーションも。

 

コラボ楽曲は第3章で紹介!
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また、ロックやポップスだけではなく、弦楽器の譜面も書けるKANさん。弦楽四重奏のアレンジを自ら行ったセルフカバーアルバムも発売、ライブも行うなど才能豊かな人なのです。

▼弦楽四重奏のアレンジを自ら行ったアルバム「la RINASCENTE」(リンク先で視聴可能)

KANさんは音楽は本当に素晴らしく、聴けば聴くほど天才だと思います。

と、同時に詩の内容から変態(いい意味で)だと思うことも多々あります。

次のページではKANさんのキャラクターを紹介します。なぜ、KANさんを「天才であり変態」だと思うのかお伝えします。

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90年代J-POP界のムーブメント② 【ドラマタイアップ=ヒット】

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あなたにとっての“あの頃”はいつですか?著者にとってアツかった時代「90年代」のJ-popヒット曲を生粋の邦楽ファンの著者が分析します!読めば“あの曲”を聴きたくなる事間違いナシ!!

90年代J-popヒット曲入門 ~音楽で振り返る90年代!~(全11ページ)はこちらから!

著者 シン アキコ

30代前半女性。邦楽ファン歴25年。70年代、80年代、90年代の邦楽を愛しています。「歌詞」「曲が生まれた背景」「当時の流行との関連性」などを分析することが好き。

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『90年代J-popヒット曲入門』目次へ  (全11ページ)

 

この章では90年代のJ-POP界のムーブメントを

①【90年代に活躍したバンド
②【ドラマとのタイアップ
③【バラエティ発のヒット曲

という3つの主要なところにスポットを当てて解説いたします。

このページでは「ドラマタイアップ=ヒットの法則」について説明いたします。

1990年代のJ-POP界。ドラマタイアップ曲がヒットしたのが印象的な出来事でした。

1991年の2大ミリオンセラーがいずれも人気ドラマの主題歌。トレンディドラマ全盛期ともいえる90年代初頭は、タイアップありきで作られた主題歌が多く、ドラマとの相乗効果でCDの売り上げも加速したことがヒット曲が多く誕生した要因だったと思います。

 

1990年代タイアップドラマのヒット曲一覧

▼1990年代の高視聴率ドラマの例一覧

年代 ドラマ(最高視聴率) 曲/アーティスト
1990年 すてきな片想い(26.0) 愛してるっていわない!/中山美穂
1990年 世界で一番君が好き!(25.5) 今すぐKiss Me/LINDBERG
1991年 東京ラブストーリー(32.3) ラブ・ストーリーは突然に/ 小田和正
1991年 101回目のプロポーズ(36.7) SAY YES/ CHAGE&ASKA
1992年 ずっとあなたが好きだった(34.1) 涙のキッス/サザンオールスターズ
1992年 愛という名のもとに(32.6) 悲しみは雪のように/浜田省吾
1993年 ひとつ屋根の下(37.8) サボテンの花/チューリップ
1993年 誰にも言えない(33.7) 真夏の夜の夢/松任谷由実
1993年 高校教師(33.0) 僕たちの失敗/ 森田童子
1994年 家なき子(37.2) 空と君のあいだには/中島みゆき
1994年 妹よ(30.7) めぐり逢い/CHAGE&ASKA
1994年 人間・失格~たとえばぼくが死んだら~(28.9) 冬の散歩道/ サイモン&ガーファンクル
1995年 金田一少年の事件簿(29.9) Kissからはじまるミステリー/KinKi Kids
1995年 愛していると言ってくれ(28.1) LOVE LOVE LOVE/DREAMS COME TRUE
1995年 未成年(23.2) Top of the World/カーペンターズ
1996年 ロングバケーション(36.7) LA・LA・LA LOVE SONG/ 久保田利伸 withNaomi Campbell
1996年 協奏曲(28.2) ヴァネッサ・ウィリアムス/アルフィー
1997年 ひとつ屋根の下2(34.1) ひだまりの詩/Le Couple
1997年 ラブジェネレーション(32.5) 幸せな結末/大滝詠一
1998年 GTO(35.7) POISON 〜言いたい事も言えないこんな世の中は〜/反町隆史
1998年 眠れる森(30.8) カムフラージュ/竹内まりや
1999年 魔女の条件(29.5) First Love/宇多田ヒカル

 

1990年代前半はドラマタイアップ曲がヒットした

 

「月曜21時には、繁華街からOLが消える」

1991年1月より月曜21時に放送されたドラマ「東京ラブ・ストーリー」がヒットした際にメディアで用いられた言葉です。

この言葉はトレンディドラマ(=バブル景気前後の1988年~1991年に作られた都会の男女の恋愛などを描いたドラマ)全盛期である90年代前半を良く表していると思います。

老若男女問わず誰もがドラマのストーリーに一喜一憂し、毎週の展開を心待ちにしていた時代。

視聴率が跳ね上がるのと同じくして、主題歌や挿入歌もセールスを伸ばしていきました。当時はタイアップ至上主義とも言えるほど、タイアップありきのシングルリリースが多かった時代。

歌詞はドラマの内容ともリンクし、ストーリー展開をより一層盛り立てる役割を果たしていました。

主題歌や挿入歌に決まれば、リリース前からヒットは約束されたようなもの。この相乗効果により、実際に数々のミリオンヒットが生まれました。

 

1991年、2組のアーティストがダブルミリオンセラーという快挙を成し遂げました。

小田和正「ラブ・ストーリーは突然に」(東京ラブストーリー)と

CHAGE&ASKA(当時の表記)「SAY YES」(101回目のプロポーズ)です。

いずれも言わずと知れた大人気ドラマの主題歌。

とはいえ、90年代の年間CD売上枚数はドラマ主題歌以外にも今も愛される名曲が続々と名を連ねています。特に1991年は90年代J-POP創世期に相応しいヒット曲豊作の1年でした。

▼1991年オリコンシングルCD年間売上ランキング(3位~5位はドラマ主題歌ではない)

順位 歌手/曲
1位 小田和正「ラブ・ストーリーは突然に」
2位 CHAGE&ASKA「SAY YES」
3位 KAN「愛は勝つ」
4位 槇原敬之「どんなときも。」
5位 ASKA「はじまりはいつも雨」

 

そして、J-POP界はいわゆるCDバブル時代(カラオケブーム到来・タイアップ戦略により若者を中心に音楽需要が高まった時代)へと突入していきます。

以後99年までずっと、年間売り上げベスト10にもなるとミリオンセラーは当たり前、ダブルミリオンも続々と生まれるという、面白いほどCDが売れた時代。

その幕が開くきっかけには「ドラマタイアップ曲のヒット」がありました。

 

ヒットしたドラマタイアップ曲

 

以下ではヒットした4本のドラマとその主題歌をピックアップし、ドラマタイアップ曲がヒットした当時のJ-POP界について解説いたします。

 

▼以下で紹介するドラマ簡易年表

 

東京ラブストーリー「ラブ・ストーリーは突然に」

タイトル 東京ラブトーリー
放送枠 フジテレビ月曜9時
放送期間 1991年1月7日-3月18日
オープニング 小田和正『ラブ・ストーリーは突然に』(1991年間シングルチャート1位。CD売上270万枚を記録)
若い男女の恋愛の物語。複雑な三角関係が描かれる。平均視聴率は22.9%、最終回の視聴率は32.3%を記録する。鈴木保奈美演じる赤木リカの「セックスしよう!」というセリフはとても有名。

 

まずは「東京ラブストーリー」について。

「東京ラブストーリー」は鈴木保奈美・織田裕二のW主演のドラマです。

2019年には鈴木保奈美・織田裕二のW主演「SUITS」が放送され「東京ラブストーリー」の再放送もおおいに盛り上がったのは記憶に新しいですよね。

 

1991年放送当時は携帯電話もメールもなかった時代。

待ち合わせも、伝言も、たった一度のすれ違いが別れにもなり得た「ハラハラ感」。

ストーリーの山場では毎回、ギターのカッティングが特徴的な“あの”疾走感ある「ラブ・ストーリーは突然に」のイントロが流れ、視聴者を引き込みました。

 

あの日あの時あの場所で 君に会えなかったら

僕等はいつまでも 見知らぬ二人のまま

引用:小田和正「ラブ・ストーリーは突然に」作詞作曲 小田和正

 

いつの時代の恋愛にも通ずる歌詞ではありますが、ネットで誰とでも気軽につながることができる現代と比べ「出会う人の母数」は圧倒的に少なかったはず。

好きになれる人と出会える確率、出会えた奇跡は、今とは比較できないほど尊いものであったのだと思います。

だからこそ人々はドラマにも歌詞にも共感した。

結果、200万枚以上を売り上げ今も歌い継がれる名曲となったのでしょう。

小田和正氏が今も当時と変わらぬ歌声でこの曲を届けてくれることには感謝の言葉しかありません。

 

▼『ラブ・ストーリーは突然に』MP3(リンク先で試聴可)

 

101回目のプロポーズ「SAY YES」

タイトル 101回目のプロポーズ
放送枠 フジテレビ月曜9時
放送期間 1991年7月1日 – 9月16日
オープニング CHAGE&ASKA「SAY YES」(オリコンシングルチャート13週連続1位を記録)
恋愛に不器用な中年男が100回目のお見合いで出会った美女との恋愛が描かれる。平均視聴率23.6%、最終回36.7%。ドラマ内で武田鉄矢が演じる達郎がトラックの前に身を投げ出し放ったセリフ「僕は死にましぇん」は新語・流行語大賞(大衆部門・金賞)となる。

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「101回目のプロポーズ」も高視聴率(平均視聴率23.6%、最終回36.7%)を記録しました。

「僕は死にません あなたのことが好きだから」

ストーリーを知らないという人がいたとしても、この名シーンを知らない人はいないでしょう。

そして流れる「SAY YES」。またいいところで主題歌が流れるんですよね。

イントロを聴けば、今も条件反射のように胸がときめく。

そういう人も決して少なくないはず。

「SAY YES」は、デビュー12年目のCHAGE&ASKAがはじめてオリコンチャート1位、ミリオンセラーを達成した曲です。

その後93年にもCHAGE&ASKAの「YAH YAH YAH」も織田裕二主演「振り返れば奴がいる」の主題歌に起用され、ミリオンセラーを達成。

いずれも彼らを代表する曲となりました。

 

CHAGE&ASKAの曲は、ASKAが紡ぐ繊細な歌詞も魅力。

 

言葉は心を超えない とても伝えたがるけど 心に勝てない

引用:CHAGE&ASKA「SAY YES」作詞  飛鳥涼/青木せい子 作曲 飛鳥涼/CHAGE

 

「SAY YES」2番のこの歌詞は、ふっと心を揺さぶられた大好きな歌詞です。

ベタと言われればベタかもしれません。

曲を流すタイミングも、ひいてはドラマそのものも。

これは当時のドラマのほとんどに言えることで、決してドラマ自体が斬新なテーマを扱っていたわけではないのです。

むしろ今のドラマのほうがおもしろい切り口や奇抜なテーマが多く「作品」としては面白いのかもしれない。

でも、毎週夢中になって見て、泣いて、笑った。そこに明確な理由はなくとも「そうだった」のです。

 

▼「101回目のプロポーズ」DVD

 

野島伸司作品がドラマ界を席巻

 

「101回目のプロポーズ」は、当時ドラマ界を席巻していた野島伸司氏による脚本作品。彼も90年代を象徴する存在と言え「高校教師」「家なき子」「ひとつ屋根の下」「聖者の行進」「未成年」など、数々のヒットドラマを連発し、時にはその内容が物議を醸すこともありました。

 

物議の例
「高校教師」では教師と生徒の恋愛を描き、教室内での性行為を描き物議を醸した。「家なき子」では過激な暴力やいじめのシーンが批判の対象となった。

 

彼の作品では90年代中盤以降、タイアップありきの主題歌ではなく、ドラマの世界観に合った独特の選曲がなされることがありました。

「高校教師」では森田童子、「人間・失格~たとえばぼくが死んだら」ではサイモン&ガーファンクル、「未成年」ではカーペンターズ、「リップスティック」ではレベッカの楽曲を使用。それらもまた、リバイバル的にヒットしたものです。

 

【コラム】ドラマの世界に合った曲の例
 ◆ドラマ「高校教師」/森田童子「僕たちの失敗」 

「高校教師」というドラマじたいが、教師と生徒の禁断の恋愛を描き悲劇を詰め込んだような重苦しい空気をまとった作品でした。ハッピーエンドなど叶わないだろうなという。

ピアノのメロディと、森田童子のささやくような儚い歌声は、切なさを演出するのはもちろんのこと、どこか希望を見出したくなるような「ほっとする」ものがありました。

アンハッピーエンドが待ち構えていると知りつつも、桜井幸子(女子高生。本作のヒロイン)のピュアな姿や、主人公たちの純愛にひとときだけほっとするのと同じような感情です。

歌詞がすべて「過去形」というのも、ドラマの内容とは無関係ながら、悲劇的なこの作品には合っていたように思います。ラストシーンを見た後、ずっと頭のなかでリフレインするような曲でした。

 ◆ドラマ「人間・失格~たとえばぼくが死んだら」/サイモン&ガーファンクル「冬の散歩道」 

「人間・失格~たとえばぼくが死んだら」は個人的にたいへん好きなドラマなのですが、主に2曲が使用されていました。OP・EDには「冬の散歩道」、これは学校という閉ざされた空間をさまようような少年たちの喧騒、終わりの見えないいじめに疲弊していく少年の心、鬼と化していく父親の心情など「ザワザワする」気持ちをはやし立てるような曲でした。イントロをうまく活用した例だと思います。

最終回には「明日に架ける橋」という名曲が用いられています。このドラマの主要人物として、いじめにより自殺した「誠」という少年が登場するのですが、まさしく彼の心の優しさのとおりの歌詞であると思います。いじめの裏にあった「友情、偏愛」父による「復讐」が主なテーマであり、こちらもなかなか救いようのない悲劇ではあるのですが、誠の優しさだけが視聴者にとっても救いであったこの物語に「よくこの曲をセレクトしたな」と、とてつもないセンスを感じました。

 

家なき子「空と君のあいだに」

タイトル 家なき子
放送枠 1994年4月16日-7月2日
放送期間 日本テレビ土曜ドラマ(21時放送)
エンディング 中島みゆき『空と君のあいだには』(1994年度オリコン年間5位)
小学生の少女が家庭内暴力を受けならがらも力強く生きていく物語。過激な暴力やいじめのシーンは物議を醸した。「同情するなら金をくれ!」というセリフは新語・流行語大賞に選ばれる。シリーズ第一作目は平均視聴率24.7%、最高視聴率37.2%。

 

94年には野島伸司氏が企画・原案として参加した「家なき子」の主題歌、中島みゆき「空と君のあいだに」がミリオンセラーを記録しました。

有名な話ですが、この曲は「家なき子」の主人公・すずのそばに常に寄り添う愛犬・リュウの視点になって書いたものです。

日本テレビ「1分間の深イイ話(2007年9月14日放送回)」で中島みゆき氏本人が「犬の気持ちで見れば、犬が見えているのは『空』と『君』しかないんです」と語っています。

 

空と君とのあいだには 今日も冷たい雨が降る
君が笑ってくれるなら 僕は悪にでもなる

引用:中島みゆき「空と君のあいだに」作詞作曲 中島みゆき

 

理不尽、不条理、偽善、孤独…重いテーマを扱うドラマのなかで、視聴者の癒しにもなった忠犬・リュウ。

悲しき少女に常に寄り添い心をなぐさめた彼の気持ちになって曲を聴きなおすと、また新たな魅力が見えてくるかもしれません。

両A面として収録された「ファイト!」も必聴の一曲です。

 

▼「家なき子」(AmazonPrimeで視聴する)

 

トヨエツブームとキムタクブーム

 

95年 「愛していると言ってくれ」(DREAMS COME TRUE「LOVE LOVE LOVE」)ではトヨエツブームが到来。同年にヒットした「若者のすべて」(Mr.children「Tomorrow never knows」)ではいわゆるキムタクブームがやってきました。

 

トヨエツブーム

95年に放送された「愛していると言ってくれ」は最高視聴率28.1%の大ヒットドラマとなる。主演の豊川悦司(通称トヨエツ)は聴覚障害の画家を演じて人気を博した。

▼写真右 豊川悦司

キムタクブーム
1994年「若者のすべて」が放送され最高視聴率18.3%を記録。主演は萩原聖人と木村拓哉(通称キムタク)。木村拓哉がドラマ中で履いていたエンジニアブーツを履く男が急増した。

 

ロングバケーション「LA・LA・LA LOVE SONG」

タイトル ロングバケーション
放送枠 フジテレビ月曜9時
放送期間 1996年4月15日 -6月24日
オープニング 久保田利伸 withNaomi Campbell
『LA・LA・LA LOVE SONG』(オリコン1996年度年間3位)
結婚式当日に婚約者が失踪したヒロインと、ルームメイトだった年下のピアニストの同居生活を描いたラブ・ストーリー。週刊誌では「月曜日はOLが街から消える」などと騒がれ、主人公に影響されてピアノを習い始める男性が増えるなどの社会現象を起こし「ロンバケ現象」という言葉が流行語となった。最終回の視聴率は36.7%。

 

翌96年、久保田利伸「LA・LA・LA LOVE SONG」は木村拓哉、山口智子主演「ロングバケーション」の主題歌となり大ヒットを記録。

 

▼久保田利伸「LA・LA・LA LOVE SONG」

 

ドラマは初回視聴率がいきなり30%を超え「ロンバケ現象」として社会現象を巻き起こします。松たか子、竹野内豊、稲森いずみが助演に控えているというなんとも豪華なドラマでした。

ピアノを奏でる年下の美青年との同居を妄想した女性も多いことでしょう。この二人の恋も、とにかく何度もすれ違い、うまくいかない。「どうせくっつくんだろう」と安易に思えない、この二人はどうなってしまうんだろうというハラハラした気持ち。

あの気持ちを超える感情はもう自分には訪れないのではないかと、大人になってしまうたび少し悲しくなることもあります。

 

▼松たか子(1977年生まれの女優。日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞している)

▼竹野内豊(1971年生まれの俳優。映画「冷静と情熱のあいだ」ドラマ「ビーチボーイズ」など数多くの主演作を務める)

 

ドラマ主題歌のヒット曲の特徴

 

こうして書き連ねてみて思うのは、ドラマ主題歌としてヒットしたタイアップ曲は総じてイントロが特徴的でした。

イントロを聴くだけで、当時のブラウン管テレビの粗い画質や、家族と囲んだテーブル、翌日感想を言い合った教室など、当時の風景がありありと思い浮かびます。

そして私のなかでいつまでも、キムタクは24歳であり山口智子は31歳(ともにロンバケ出演時の年齢)であるし、トヨエツはよれっとしたシャツとサンダルでとんでもない色気を醸し出す男のままなのです。

ドラマのようなめくるめく世界などないことは、もうこの年齢になれば嫌というほど実感します。

ラブストーリーみたいな恋愛は現実にはない。木村拓哉とも、織田裕二とも、竹野内豊とも恋愛はできません。

電光掲示板にメッセージを流してくれる男性などいないし、実際いたらちょっと引いてしまうのが現実です。※「電光掲示板にメッセージ」は「ラブジェネレーション」第5話での告白シーン

 

でも、90年代ドラマには視聴者の「当たり前」「冷静」を超えてくるときめきとわくわくがあった。

月並みどころではなく単純な言葉を繰り返しますが、間違いなくトキメキとわくわくがあったのです。

そしてそこにも、欠かせない「音楽」という存在がありました。

『90年代J-popヒット曲入門』目次へ  (全11ページ)



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目次著者

著者 シン アキコ

30代前半女性。邦楽ファン歴25年。70年代、80年代、90年代の邦楽を愛しています。「歌詞」「曲が生まれた背景」「当時の流行との関連性」などを分析することが好き。

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KANとは ~稀有な存在のソングライター~

Webon紹介目次著者
KANさんは200万枚を超える大ヒット曲「愛は勝つ」で有名ですが、この曲はKANさんのほんの一面に過ぎないのです。ファン歴30年がKANさんの魅力を人柄・ライブ・楽曲に分けて徹底解説!

『KAN』入門 ~「愛は勝つ」だけじゃない!天才であり変態!類まれなソングライター~はこちらから!

著者:しあ

40代後半女性。KANのファン歴30年。1988年「BRACKET」を聴いて感動したのが出逢い。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。

お問い合わせはこちらから

『KAN入門』目次へ  (全12ページ)

 

KANとは ~基本情報~

名前 KAN
本名 木村 和(きむら かん)
生年月日 1962年9月24日
出身地 福岡県福岡市
デビュー年/曲 1987年4月アルバム『テレビの中に』でデビュー。
1990年9月にリリースされた8枚目シングル「愛は勝つ」がフジテレビ系「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」の挿入歌として人気を博す。累計売上201.2万枚を記録(1991年度オリコン年間3位)。1991年には第33回日本レコード大賞を受賞し、同年の紅白歌合戦にも出場。


▼『よければ一緒に』PV

 

「愛は勝つ」という国民的大ヒット曲を持つKANさん。

KANさんの名前は知らなくても「愛は勝つ」という楽曲は、多くの人が知っているのではないでしょうか。

この曲が大ヒットしてから、もう30年近くなりますので、当時のことを知らない若い世代の方はKANさんの事をよく知らないかも知れません。

また、あまりにも「愛は勝つ」が大ヒットしすぎて、KANさんの他の楽曲やKANさんというシンガーソングライターそのものについてもよくわからない、という方もいるかと思います。

 

日本の「ビリー・ジョエル」「天才であり変態」

 

私はKANさんの事を「日本のビリー・ジョエル」「天才であり変態」と思っています。

「変態」という言葉はいい意味で使っています。

大ヒット曲があるとそれに縛られて本来の自分が出せなくなることもあるかと思います。ただ、KANさんには「大ヒット曲の呪縛」というものがなく、自由に様々な楽曲を生み出しています。

「愛は勝つ」が、KANさんの全てではありません。

他の曲を知ることで「こんな素晴らしい曲があったのか」と、KANさんの才能に気づかされるかと思います。

KANさんを知れば知るほど「愛は勝つ」が、KANさんの一面にしかすぎないことがわかることでしょう。

KANさんはビリー・ジョエルとの出逢いで、本気で音楽を志すようになりました。KANさんは自らが尊敬するビリー・ジョエルのように、とてもピアノが上手で、ピアノ一本で音楽を伝えられる人です。

 

ビリー・ジョエル

1949年生まれ。アメリカ出身のシンガーソングライター。全世界で1億5000万枚以上のレコード・セールスを記録。1973年にリリースのアルバム「ピアノ・マン」が大ヒットとなる。

▼「ピアノ・マン」公式MV

 

ピアノをさらに勉強するために音楽活動を一時休止し、フランスへ留学していたこともありました。

その際には「フランス人になりたいという夢を叶えるため」という、KANさんらしいユーモア溢れるふざけたコメントも残しています。

実はKANさんは、とっても遊び心満載のエンターテインメント精神溢れる人なのです。

 

 

エンターテインメント精神溢れる人物

 

ライブは「弾き語り編」「バンド編」の2種類に分かれています。

弾き語り編は、KANさんのピアノ1本でライブ(またツアー)が行われます。

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バンド編では多くの趣向を凝らし、バンドメンバーと共にエンターテインメント性の高いステージを繰り広げています。

衣装に凝っていることでも有名。

でも、奇抜な衣装や、ちょっとしたおふざけがあっても、KANさんの基礎には素晴らしい音楽センスがあるから、何をやっても許されるのです。

▼奇抜な衣装の例

 

KANさんは、アーティストの友達も多く、若い世代のアーティストからはリスペクトされている存在。

 

KANさんをリスペクトするアーティストの例

Mr.Childrenの桜井和寿/TRICERATOPSの和田唱/山崎まさよし/ASKA(CHAGE and ASKA)/スターダスト・レビュー/杉山清貴/馬場俊英/などなど…。KANさんの仲間については詳しくは第1章にて紹介!

 

お互いのライブに参加したり、コラボ楽曲などもあります。

KANさんがいろいろなことをしているので、スターダスト・レビューの根本要さん※からは「才能の無駄遣い」と言われています。

また、KANさんは、中国語、イタリア語、フランス語も勉強していて、日常会話には困らないほど。

旅行にもよく行っていて、ラジオ番組では旅先でのエピソードや、現地で買ったCDなどをかけたりしています。

 

スターダスト・レビュー根本要

スターダスト・レビューの代表曲はシングル売上約15万枚の『木蘭の涙』。カルピスのCMに『夢伝説』が起用され世間に広く認知された。デビュー35周年を迎えた現在も年間70本を超える全国ツアーを展開してる。根本要は同バンドのボーカル。(関連;『スターダスト・レビュー入門』(全14ページ)

 

筆者とKANの出逢い

 

私が初めてKANさんを知ったのは、1987年のセカンドシングルでありアルバム「No-No-YESMAN」にも収録されている『BRACKET』という曲です。

▼「BRACKET」

 

NHKの人気音楽番組「JUST POP UP」でピアノを弾きながら歌っているのを見て「めちゃめちゃいい曲!」と感動しました。

イントロ、間奏にたっぷりピアノが使われていて、その軽快さ美しさに一目ぼれ、というか一聴ぼれしたのです。ボーカルはもちろん間奏のスキャットが新鮮で、激しく足を動かしながらピアノを弾く姿もとても印象的でした。

 

スキャットとは

主にジャズで使われる歌唱法で「ダバダバ」「ドゥビドゥビ」など意味のない音を即興的につないで歌うこと。

▼スキャットで有名な楽曲。スキャットマン・ジョン『スキャットマン』

 

すぐにアルバムを買って聴きこみましたが、この頃のKANさんは、まだそんなには世間に知られていませんでした。

後に「愛は勝つ」が大ヒットした時に、「才能がある人は、やはり世の中に出ていくのだな~」と思いました。

このWebonでは類まれなる才能の持ち主で、稀有な存在であるKANさんの魅力についてお伝えしたいと思います。

まず第1章では4ページにわたって、KANさんの人柄について紹介します。次のページではKANさんの経歴を紹介します。

『KAN入門』目次へ  (全12ページ)

 

 

目次著者

著者:しあ

40代後半女性。KANのファン歴30年。1988年「BRACKET」を聴いて感動したのが出逢い。ライブが大好きで今まで行ったライブは数百本。

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