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はじめに
第1章 落語の定番
第2章 とにかく笑える落語演目集
第3章 色んなジャンルの落語演目集
第4章 落語をもっと楽しむ
著者:なかむら治彦
本業は4コマ漫画家兼イラストレーター。学生時代から筋金入りの落語ファン。1998年「第1回新作落語大賞」に落語脚本を投稿し、大賞を受賞。その後は「尾張家はじめ」のペンネームで落語作家兼ライターを副業に。現在、隔月パズル雑誌『漢字道』(イード)で落語4コマを連載中。著書は『落語まんが寄席』(新星出版社)他。
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落語を楽しむ為の基礎知識
落語はドラマや映画と違って、聴いている一人一人の頭の中に浮かぶ登場人物の顔や姿がすべて違います。
聴く人それぞれの想像力の中で、落語のキャラクターは自由にイメージされ、動き回り、活躍して、愛着のある存在に育つのです。
これもまた落語ならではの楽しみ方の一つで、かつ最大の特徴ともいえます。
このページでは、笑える面白キャラクターが登場する落語演目の数々を、滑稽噺(こっけいばなし=笑いの要素が強い落語)を中心に紹介していきましょう。
テレビの連続ドラマを見ていて、主人公のキャラクターが活躍すると、自然と心理的に肩入れしてしまうことがあります。主人公ががっかりしたら自分も一緒にがっかりし、主人公が激怒したら自分も一緒になって憤慨するというような。
キャラクターが登場する落語はそれと同じことを、画面が無い分、聴く者一人一人の頭の中で顔から衣装まですべての画を想像し、舞台も風景も想像して、画面割りまで想像しながらストーリーを聴き進めます。
このような「想像上のエンタテインメント」をキャラクターが出てくる落語では楽しめます。
与太郎
落語の世界から生まれた最も有名なキャラクターといえば、与太郎です。
与太郎はちょっとおバカであまり物事は考えない性格ながら、たまに鋭い指摘をして周囲の者を驚かせるという、子供がそのまま成人したようなキャラです。
落語の設定では、世話焼きな親戚のおじさんが与太郎に仕事を紹介する場面から始まることが多めです。
与太郎は代表的な落語の登場人物。間抜けでマイペースな性格をしている。一人称は「あたい」で現在でいうとニートのような存在で語られる事が多い。噺によっては女房がいることもある。落語には、口を半開きの状態でゆっくりとしゃべると間抜けな感じに聴こえるという技術があり「与太郎口調」と呼ばれる。
与太郎の魅力
与太郎というキャラは江戸の昔から「おバカ」として落語界全体が作り上げた共有財産です。
落語の中ではヘンなことを言ったりヘンな行動をしたりする「愚か者」という業務上の役割が任されていますが、数百年の時代を経て、人格が少し変貌していったのではないか、と思います。
親戚のおじさんをちょっと大人びたシニカルな視線で評したり、いきなり核心をついたりするのは、長い落語の歴史の中で、きっと与太郎に愛着を持った落語家さんが「こんなことを与太郎に言わせたい」とか考えて、ストーリーに盛り込んだのだと思います。
今の落語ファンの方々の中には、
「与太郎って有名人に例えたら〇〇かな?」
というキャスティング遊びをなさる方がおられます。落語のキャラクターにより親しんでもらう、わかりやすく想像してもらうには、最適の遊びでしょう。
与太郎が登場する落語演目
まずは世話焼きな親戚のおじさんが与太郎に仕事を紹介する場面から始まる演目を4つご紹介します。
1.かぼちゃ屋
~あらすじ~
20歳になってもろくに仕事もしない与太郎。面倒を見てくれているおじさんが見かねて与太郎にかぼちゃを売りに行かせる。元値を教え、そこに「上を見て売れ(売値をいくらか足して売れ)」と言われた与太郎であったが「上を見て売れ」の意味が分からず・・・
~概要~
人情噺『唐茄子屋政談』はまったく別の話。
展開のわかりやすいシンプルな構成で、与太郎の性格が最もわかりやすい落語です。おじさんとのやりとりの中で口にする与太郎のへらず口が素敵です。
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2.道具屋
~あらすじ~
20歳になっても働かない与太郎を見かねたおじさんが道具屋をやってみないかとすすめる。しかし何をやらせても上手くいかない与太郎はとことんお客さんに逃げられてしまう・・・
~概要~
小咄(短編話)を集めたオムニバス形式の話。その為寄席などでは途中で切り上げる事も多い。
これもシンプルですが、笑えるポイントの数ではこれがトップ。露天の古道具屋が舞台なのでいろいろな品物が出てきて、その品物の数だけ笑いがあります。
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3.孝行糖
4.厄払い
その他に与太郎が登場する落語演目を3つご紹介します。
父親が与太郎に「おじさんの家に出掛けて新築の家をほめて小遣いをもらって来い」とすすめる『牛ほめ(うしほめ)』、
『大工調べ』の大工のように最初から仕事に就いていたり、
『錦の袈裟(にしきのけさ)』のように所帯持ちだったりすることもあります。
5.牛ほめ
6.大工調べ
7.錦の袈裟
~あらすじ~
隣町に住んでいる仲の悪い若者たちが遊廓(ゆうがく)で大きく遊び「こんな真似は隣町のやつらにはできない」と言っていた、と町の若い衆が聞いてくる。そこで町の若い衆たちは質屋で10枚の錦(にしき:高価な布)を買い、それでふんどしを作って遊廓で遊んで隣町のやつらを見返そう、という話になるが11人で行くことになるので与太郎の分の錦が足りなくなる。そこで与太郎は和尚に錦の袈裟(けさ)を借りに行くが・・・
~概要~
戦時中には性的描写のある演目とされ、国により禁止されていた。別題に『金襴の袈裟(きんらんのけさ)』『錦の下帯(にしきのしたおび)』『ちん輪(ちんわ)』。
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今挙げた7つの演目はすべて与太郎が主役・準主役として活躍する落語ですが、脇役やチョイ役で登場する『長屋の花見』『寄合酒』『芋俵(いもだわら)』『佃祭(つくだまつり)』などもあります。
8.長屋の花見
9.寄合酒
10.芋俵
11.佃祭
喜六と清八
与太郎のおバカキャラは、いわば落語界全体の共通財産ですが、登場するのは江戸落語(東京の落語)限定で、上方落語(関西の落語)には登場しません。
落語は「上方落語」「江戸落語」で分けることができ、両者は「言葉遣い」や「演出」などが違う。例えば同じ内容の演目でもタイトルが違ったりする。
▼江戸と上方の違い一覧
江戸落語 | 上方落語 | |
発祥地 | 江戸 | 関西(上方) |
階級制度 | 見習い→前座→二つ目→真打ち | なし |
言葉 | 江戸弁 | 関西弁 |
道具 | 扇子・手ぬぐい | 扇子・手ぬぐい・見台・ひざ隠し・小拍子 |
噺の演出の特徴 | 特になし | ハメモノが入る演目が多い |
代わりに「喜六(きろく)」と「清八(せいはち)」というコンビがいて、喜六がボケ役、清八がツッコミ役を務めるのが上方スタイルです。
上方落語の喜六と清八は、東京の与太郎よりもさらにもう少し業務的で、よりリアルな大阪の庶民です。
喜六は何かと言うと人を笑わせたがるイチビリ(目立ちたがり)で、清八はそのたしなめ役。この2種類の人格をわかりやすく例えたのが、漫才におけるボケとツッコミです。
したがって、喜六と清八の魅力はそのままリアル大阪人の面白味と相通じます。キャラクター(人間性)だけで言いますと、ボケとツッコミという構成上の業務をこなす役割のイメージが強く、与太郎ほどの際立った個性や面白味はありません。
与太郎や喜六・清八以外にも、複数の落語に掛け持ちで登場するキャラというのは枚挙にいとまがありません。以下で6つご紹介します。
メインキャストが登場する落語演目
お人よしの「甚兵衛」さん⇒『鮑のし(あわびのし)』『火焔太鼓(かえんだいこ)』など
12.鮑のし
~あらすじ~
おめでたい男、甚兵衛(関西では喜六)がお腹を空かして帰り嫁さんに言うと「ご飯が食べたければお金を50銭借りてこい」と言われる。何とか借りて帰ると、その金で鯛を買い大家さんにプレゼントをして1円をお返しでもらってこい、と嫁さんに言われる。しかし甚兵衛が50銭で買えたのは鮑(アワビ)だけだった・・・
~概要~
別題『鮑貝(あわびがい)』『祝いのし』。オチ(サゲ)にはいくつかのバリエーションがある。
お人よしで恐妻家の甚兵衛さんが、口うるさい周囲の人たちからいろいろな挨拶やら喧嘩口上やらを教示されます。腹ペコなのに。その「困り」が笑いになっています。
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13.火焔太鼓
説教好きの「大家さん」⇒『一目上がり』『長屋の花見』(既出)など
14.一目上がり
~あらすじ~
長屋に住む職人が掛け軸の絵の横に書かれた字を見ていた。すると隠居が「あれは賛(さん)だ。お前も大家のところへ行き掛け軸を見て『良い賛ですね』の一言でも言ってこい」と言われる。そこで職人が大家さんの家に行ったが掛け軸に絵がなく文字しかない・・・
~概要~
別題『七福神(しちふくじん)』『軸ほめ(じくほめ)』。
長屋を舞台にした「長屋噺」の代表作の一つ。掛け軸に書かれた絵や字の呼称がすべて違っていて、一目上がりになっているのがこの演目のミソ。
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物知りの「ご隠居さん」⇒『やかん』など
15.やかん
「糊屋の婆さん」⇒『たらちね』など
16.たらちね
長屋の八っつぁんと熊さん⇒多数・・・
これらのキャラクターがいます。
これらの落語(同じキャラが登場する落語)はほんの一例です。
キャラとは別に、落語の演目は主人公の職種や特徴で類別されることが多く、
泥棒・若旦那・殿様・僧侶・たいこ持ち(幇間:ほうかん)などの職業、
粗忽者・ケチ・乱暴者などの性格、
さらに動物(狐・狸など)・幽霊・天狗、
など様々なジャンルに分かれます。
あなたが興味のあるジャンルにターゲットを絞り、そこから聴き始めるのも一つの手段かもしれません。
Q. なぜ古典落語では作者が違っても同じキャラが出てくるのでしょうか?
A. 江戸時代に生まれた古典落語は、歌舞伎やシェークスピアのように個人の著作が代々伝わっているわけでなく、数百数千もの落語家さんが年月をかけ、少しずつ工夫を織り交ぜて作り上げられたものです。先ほど『与太郎というキャラは江戸の昔から「おバカ」として落語界全体が作り上げられた共有財産』と書いたように落語界が年月をかけてキャラクターを作っていったのです。
唯一無二のキャラが登場する落語
落語は数多くのジャンルに分かれますが、中には、同じキャラが他の落語には登場しない唯一無二の演目というのもあります。
以下にそのような演目を古典落語と新作落語に分けてご紹介していきます。
まずは古典落語の代表例から。
17.元犬
~あらすじ~
ご隠居さんが白い犬に「白犬は人間に近く、信心すれば来世には人間に生まれ変われる」という俗信(迷信)を話した。そこで白い犬は寺院で「今生(今世)のうちに人間になりたい」と願う。するとみるみるうちに人間の見た目になっていった・・・
~概要~
『白犬は人間に近い』という俗信をもとにした落語。
犬が神社に願掛けの末に人間になるというSFチックな落語です。人間になった後の行動で、随所に犬っぽさが残ってしまうのが可愛く、また笑い所でもあります。
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18.弥次郎
19.天災
20.鉄拐(てっかい)
続いて新作落語ですが新作落語は古典落語よりも世界観が大幅に広がるため、さらにキャラの種類が多岐にわたります。
21.鯛
~あらすじ~
とある生け簀の中。20年生け簀にいるという鯛が処世術などを説く・・・
~概要~
桂文枝師匠の新作落語。絵本にもなっている。
▼桂文枝
By Ogiyoshisan – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, Link
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22.ぐつぐつ
23.母恋いくらげ(ははこいくらげ)
おすすめ落語家
最後に、面白キャラクター系落語を聴くにあたっての、おすすめ落語家さんをお教えしましょう。
キャラクター系落語を聴くとしたらオススメは上方落語の桂枝雀(かつら しじゃく)師匠です。
▼桂枝雀
枝雀師匠は生前、『代書屋』という演目の中で「松本留五郎(まつもと とめごろう)」という強烈なキャラクターを生み出しました。
▼桂枝雀の代書屋を聴く
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現役落語家では、人間国宝・柳家小三治(やなぎや こさんじ)師匠が演じるキャラクターの存在感が秀逸です。
▼柳家小三治
▼柳家小三治の落語を聴く
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その他、順不同で紹介しますと、立川志の輔師匠、三遊亭円楽師匠、柳亭市馬師匠、古今亭菊之丞師匠、春風亭一之輔師匠、瀧川鯉昇師匠、三遊亭遊雀師匠、桂文珍師匠、桂ざこば師匠などがおすすめです。
おすすめしている理由としてはいずれも、人物描写が卓越していることで定評のある落語家さんだからです。
できればCDや動画で終わらず、ライブの落語ではどのように演じられるかを確認するためにも、寄席や落語会にも出掛けてみてください。
きっと違う種類の感動が生まれるはずですから。
以上、落語を100倍楽しむ為の基礎知識でした。次のページから第2章。第2章ではとにかく笑える、爆笑落語(滑稽噺)をたくさん紹介していきます。
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はじめに
第1章 落語の定番
第2章 とにかく笑える落語演目集
第3章 色んなジャンルの落語演目集
第4章 落語をもっと楽しむ
著者:なかむら治彦
本業は4コマ漫画家兼イラストレーター。学生時代から筋金入りの落語ファン。1998年「第1回新作落語大賞」に落語脚本を投稿し、大賞を受賞。その後は「尾張家はじめ」のペンネームで落語作家兼ライターを副業に。現在、隔月パズル雑誌『漢字道』(イード)で落語4コマを連載中。著書は『落語まんが寄席』(新星出版社)他。
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