落語の演目(お話)は上演回数の少ない珍しい古典落語を含めると、およそ500種類ほどと考えられています。
その中でも代表的な演目のひとつとして挙げられるのが「時そば」です。噺の中に出てくる「今、何時(なんどき)だい?」は有名なフレーズです。
このページでは落語の「時そば」のあらすじや、知らばさらに楽しめる知識、どの落語家の時そばがおすすめかなどを徹底解説いたします。
※このページは10年前に落語にはまって以来ほぼ毎日落語を聴いているミドケン氏による『落語初心者入門』の内容をWebon編集部がまとめたものです。
▼『落語初心者入門』(全23ページ)
あらすじ
天秤棒をかついで歩くそば屋を、ある男が呼び止める。
▼天秤棒をかつぐ人
男はそばを注文。男は、割り箸・どんぶり・つゆ・麺、とにかく何でもかんでも褒めまくりながらそばを食べる。
男は食べ終わり、勘定を支払う時になって
「細かい銭で払う。手の上に銭を置くから手を出してくれ」
と言い、一枚一枚銭を店主の手の上に置いていく。
「十六文だったね。ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー、なな、やー」
と8まで数えたタイミングでそば屋の店主に「今何時だい?」と尋ねる。
「9時」と店主が答えると、9を飛ばして「とお、じゅういち、じゅうに・・・」と数えはじめて勘定をごまかす。
その様子を陰からこっそり見ていた男がいた。
翌晩、男は小銭を用意し、昨晩見たの男の真似をしようとそばを食べに出かける。
昨晩の男のと同じように振る舞おうとするが、どうにもうまくいかない。
そして勘定を支払う段になって・・・。
–ネタバレ–
男「じゃあいいかい、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、いまなんどきだい?」
そば屋「へえ、四刻(よっつ)で」
男「いつつ、むっつ、ななつ、やっつ・・・」
–ネタバレ終わり–
みどころ・より楽しむための知識
「時そば」は上方落語の「時うどん」が東京に移植されてできた噺で、内容はほぼ同じです。
落語家さんが「扇子を箸に見立てて蕎麦をすする」というリアルな描写はみどころです。
「時そば」は「刻そば」「時蕎麦」と書かれる時もあります。
「時そば」は江戸時代を舞台に描かれている噺です。当時は長屋(ながや)と呼ばれる集合住宅にひとり暮らしをしている男性がたくさんおりそば屋さんは繁盛していたそうです。
また、落語は同じ噺でも江戸(東京)と上方(関西)ではタイトルや噺の内容が少し違うケースがあります。噺のタイトルが江戸では「時そば」で上方では「時うどん」になります。「時そば」はタイトルが違うだけでなく、江戸の場合だとある男が勘定をごまかしてそれを見ていた他の人が真似して失敗するという流れになり、上方の場合だと兄貴分が勘定をうまくごまかしたのを見て弟分が真似して失敗するという流れになります。
江戸時代のお金は金貨(両・分・朱)・銀貨(匁=もんめ)・銭貨(貫・文)の3種類の通貨が並行して利用されました。金貨は主に位の高い武士、銀貨は主に位の低い武士と商家、銭貨は主に庶民が利用していて、相互の換金は町の両替屋が行いました。
落語ではよく一獲千金を狙うストーリーが多く出てきますが、そこで使われるのはたいてい金貨(両)です。富くじが当たる『富久』も、高価なみかんを買う『千両みかん』も、登場人物の身分に関わらずすべて金貨です。恐らく昔は民間的にも「大金=金貨」だったのでしょう。
その一方では、庶民が主役の『時そば』はちゃんと一杯16文、つまり銭貨でした。
※こちらの解説は落語作家なかむら治彦氏の『読んで楽しい落語の演目と知識』の下記のページから引用。
おすすめ落語家
以下では、「時そば」を聴く上でおすすめの落語家さんを紹介いたします。
五代目 柳家小さん
名前 | 五代目 柳家小さん(ごだいめ やなぎや こさん) |
本名 | 小林 盛夫(こばやし もりお) |
生年月日 | 1915年(大正4年)1月2日/没年2002年 |
柳家小さんさんは昭和を代表する落語名人の1人であり落語会初の人間国宝です。
小さんさんは「禁酒番屋(きんしゅばんや)」「長屋の花見」など、滑稽噺(面白おかしい演目)を得意とする落語家でした。
その巧みなしぐさや表情の豊かさはまさに一級品で、普通に喋っているだけでも笑ってしまいそうになる独特の雰囲気を持っています。
特に蕎麦をすする動作は落語界随一ともいわれていました。
小さんさんが蕎麦屋に入るとお客さんから「実際にはどんなふうに食べるんだ」と注目されるため食べずらかったというようなこともあったようですが、それほどの名人芸であったということでしょう。
その芸を味わうなら、やはり小さんさんが寄席の定番ネタとしていた「時そば」はおすすめです。
▼小さんさんの「時そば」収録CD:昭和の名人 古典落語名演集 五代目柳家小さん 十二
柳屋小三治
名前 | 十代目 柳家小三治(やなぎやこさんじ) |
生年月日 | 1939年(昭和14年)12月17日 |
五代目柳家子さんさんの弟子である十代目柳家小三治さんの「時そば」もおすすめです。
小三治さんは存命する唯一の人間国宝の落語家であり「最後の名人」とも称されています。飄々とした表情でぶっきら棒にしゃべる語り口や、芸に厳しい姿勢などもあり「孤高の落語家」とも呼ばれています。
ぜひ、柳家小三治さんの「時そば」も聴いていただきたいです。
▼落語名人会(37)~柳家小三治13 初天神/時そば(CD)
時そばを聴く方法
「時そば」を聴くには、以上でおすすめしたCDを購入して聴く方法もありますが、音声の配信サービスを利用するという方法もあります。
以下では「時そば」が聴けるサービスを紹介いたします。
audible
audibleでは「時そば」を聴くことができます。
audibleはベストセラー小説からビジネス書、英字新聞まで、20以上の豊富なジャンルを音声で聴ける定額制サービスで、落語作品も数多く収録しています。人間国宝・五代目柳家小さん(やなぎや こさん)さんも収録。名だたるレジェンドたちの演目が手軽に聴けます。
▼audible公式サイト(プロナレーターの朗読配信サービス。無料お試し有)
Spotify
Spotifyでも「時そば」を聴くことができます。
「Spotify」は音楽ストリーミング配信サービスですが、落語のコンテンツも充実しているのでおすすめです。
立川志らく(たてかわ しらく)、春風亭一之輔(しゅんぷうてい いちのすけ)、三遊亭白鳥(さんゆうてい はくちょう)、など、今をときめく落語家のラインナップが豊富なのが特徴です。
Spotifi公式サイト (音楽ストリーミングサービス。無料。(有料版有))
以上「時そば」の紹介でした。その他落語の定番演目についてさらに詳しく知りたい方は下記のページをご覧くださいませ。
また『読んで楽しい落語の演目と知識』では落語の演目の中から、あなたの好みにピッタリと合った落語演目をご紹介いたします。
▼『読んで楽しい落語の演目と知識』(全10ページ)
さらに「落語のマクラって何?」「どこで落語は観れるの?」など基礎から落語を学びたい方は『落語初心者入門』をぜひご覧くださいませ。
▼『落語初心者入門』(全23ページ)