五代目 柳家小さん 【おすすめ落語名人9選】

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落語は誰が聴いてもわかりやすく面白い芸能です。落語の基本的な知識や初心者におすすめの演目の紹介、実際に落語を楽しむ方法などを通じて落語(特に古典)の魅力についてお伝えします。

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著者:ミドケン

落語が大好きなフリーライター。10年程前に落語にはまって以来、ほぼ毎日落語を聴いている。お問い合わせはこちらから

 

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この章では9ページにわたって落語名人を紹介しております。

このページでは「蕎麦をすする動作は落語界随一」と謳われた落語家「柳家小さん(やなぎや こさん)」を紹介します。

 

▼おすすめ落語名人9選!それぞれのページで詳しく紹介!

 

五代目 柳家小さんとは

名前 五代目 柳家小さん(ごだいめ やなぎや こさん)
本名 小林 盛夫(こばやし もりお)
生年月日 1915年(大正4年)1月2日/没年2002年
家族 息子:6代目柳家小さん
娘:小林喜美子(元タレント)
孫:柳家花緑
孫:小林十市(元バレエダンサー・俳優)
弟子 7代目立川談志(立川流の創設者)
10代目柳家小三治(人間国宝)
・5代目鈴々舎馬風(落語協会9代目会長)
昭和を代表する落語名人の1人であり、落語会初の人間国宝。描写力の巧みさから「蕎麦をすする動作は落語界随一」と称された。剣道の腕が立ち範士七段。芸術祭賞奨励賞、紫綬褒章、第12回日本放送演芸大賞功労賞などの受賞歴がある。

 

略歴

 

長野県生まれ浅草育ちの小さんさんは1933年「四代目 柳家小さん」に入門。

 

▼四代目 柳家小さん

 

栗のような顔をしていたことから「栗之助(くりのすけ)」という名前を師匠からつけられます。

前座時代の1936年(当時21歳の年)に徴兵され、陸軍二等兵となりますが、入営早々に同年に起きた「二・二六事件」に巻き込まれ、反乱軍の一員として警視庁を占拠。

 

▼落語家の階級

二・二六事件
1936年に起きたクーデーター未遂事件。陸軍の一部の青年将校が「昭和維新」と称して首相官邸、新聞社、警視庁を占拠した。子さんさんは、クーデーターのことを全く知らされておらず、上官に命じられるままに反乱軍の一員となった。

ちなみに、小さんさんは反乱軍に参加している時に上官より落語をやれと命じられ「子ほめ」を演じる。「面白くないぞッ!」のヤジに対して「そりゃそうです。演(や)っているほうだって、ちっとも面白くないんだから」と返したと言う。

 

その後、満州(日本が占領していた中国の東北部)へ送られますが無事に日本へ帰国し、3年3ヶ月の軍隊生活を終えます。

 

▼満州(赤枠内)

 

1939年(24歳の年)に「柳家小きん」の名で二つ目昇進を果たします。

軍隊生活での遅れを取り戻そうと必死になって落語修行に励んだ結果、三代目 三遊亭歌笑(さんゆうてい かしょう)と四代目 柳亭痴楽(りゅうてい ちらく)とともに「若手三羽烏」と呼ばれるまでになります。

しかし、1943年(28歳の年)に再び招集令状が来てしまい入隊。

ベトナムのハノイで捕虜になったとき、隣に座っていた兵士が流れ弾に当たって死亡し、わずか数十センチの差で助かった小さんさんは自らの「強運」に驚いたといいます。

 

 

1946年に無事帰国し、1947年(昭和22年:32歳の年)に九代目 柳家小三治(こさんじ)を襲名して真打昇進。

そして先代の急逝にともなって1950年(昭和25年:35歳の年)に「五代目 柳家小さん」を襲名します。

 

 

1972年(昭和47年:57歳の年)から落語協会会長に就任し、24年間にわたって会長の重責を果たします。

そして、1995年(平成7年:80歳の年)には落語界初の人間国宝となります。

 

人間国宝とは
文部科学大臣が認定した重要無形文化財(=音楽や工芸技術などで芸術的価値が高いもの)の保持者のこと。歌舞伎・陶芸・能楽などの分野に人間国宝は多数いる。

 

1996年(81歳の年)、脳梗塞で倒れますが、驚異的な回復を見せて数カ月で高座に復帰しています。

2002年(平成14年)、心不全のため死去。享年87歳。

 

五代目柳家小さんのココがすごい!

① 落語界初の人間国宝

 

五代目柳家小さんは、1995年(平成7年)に落語界初の人間国宝となります。

二度の軍隊生活によって同期からも大きく遅れをとってしまった小さんさんは、そのことをしばらく嘆いていたようです。そこから並々ならぬ努力で頭角を現し高評価を得るようになりました。

小さんさんは「人間性もすばらしい」と有名な師匠で「おおらかで優しく、心が温かい人」という評判です。

そのため門下も多く直弟子とそれぞれの孫弟子まで合わせると、現在の落語会の最大派閥です。

 

▼「直弟子」「孫弟子」とは

 

さらに小さん一門を離脱した立川談志一門(七代目 立川談志は小さんの元弟子)を含めると、その数は100人を軽く超えます。

小さんさんの人望あっての大派閥であるといえます。

落語協会会長として24年間その職務を勤め、落語界の発展に大きく貢献した実績なども含めて、まさになるべくしてなった人間国宝だと言えるのではないでしょうか。

 

② 描写力の巧みさ

 

小さんさんは「禁酒番屋(きんしゅばんや)」「長屋の花見」など、滑稽噺(面白おかしい演題)を得意とする落語家でした。

その巧みなしぐさや表情の豊かさはまさに一級品で、普通に喋っているだけでも笑ってしまいそうになる独特の雰囲気を持っています。

特に蕎麦をすする動作は落語界随一ともいわれていました。

小さんさんが蕎麦屋に入るとお客さんから「実際にはどんなふうに食べるんだ」と注目されるため食べずらかったというようなこともあったようですが、それほどの名人芸であったということでしょう。

その芸を味わうなら、やはり小さんさんが寄席の定番ネタとしていた「時そば」がおすすめです。

 

▼小さんさんの「時そば」収録CD:昭和の名人 古典落語名演集 五代目柳家小さん 十二

 

③ 剣道で学んだ「間」

 

小さんさんは小学生の頃から始めた剣道の道を、生涯にわたって追求してきた人です。

「北辰一刀流(ほくしん いっとうりゅう)」という流派の免許皆伝であり、範士七段(はんし ななだん)の位まで上り詰めた達人でもあります。

そんな小さんさんは剣道を通じて「噺の間」を学んだといっています。

 

「落語はお客さんに「ウケようウケよう」と思って演じると、かえって客からそれてしまう。そこで慌てて笑いをたたみかけるとさらに客は逃げる。

それは剣道も同じで「打とう打とう」と思って前に出ると打たれてしまう。逆に「さあ、どこでも打ちなさい」という気持ちで行くと、案外打たれないし、いい技も出てくる。」

というようなことをいっています。

小さんさんの落語を聴いていると「笑わせてやろう」という気負いがまったく感じられず、「力が抜けた自然体でそこに座っている」といった感じです。

だからこそ絶妙に面白い「すっとぼけた感」が登場人物に反映されているのだと思います。

 

その剣道に相通ずる「間」を味わうなら、小さんさんの十八番のひとつである「粗忽長屋(そこつながや)」をおすすめします。

荒唐無稽(こうとうむけい)な噺なので、お客さんに「バカバカしい」と思わせたらダメという難しい噺ですが、”八つぁん”と”熊さん”という2人のそこつ者(=そそっかしい人)を絶妙の会話の間で演じ分け、お客さんの笑いの波に乗ってトントンと噺を運んでいるところが実に見事です。

 

▼「粗忽長屋」は第2章で紹介!(現在第4章)

 

▼子さんさんの「粗忽長屋」収録CD:昭和の名人‾古典落語名演集 五代目柳家小さん 十三

 

次のページでは「粋な江戸っ子噺家」である「三代目古今亭志ん朝」を紹介します。

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