『読んで楽しい落語の演目と知識 ~人気の演目から泣ける演目まで~』はこちらから!
はじめに
第1章 落語の定番
第2章 とにかく笑える落語演目集
第3章 色んなジャンルの落語演目集
第4章 落語をもっと楽しむ
著者:なかむら治彦
本業は4コマ漫画家兼イラストレーター。学生時代から筋金入りの落語ファン。1998年「第1回新作落語大賞」に落語脚本を投稿し、大賞を受賞。その後は「尾張家はじめ」のペンネームで落語作家兼ライターを副業に。現在、隔月パズル雑誌『漢字道』(イード)で落語4コマを連載中。著書は『落語まんが寄席』(新星出版社)他。
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何かの折にたまたま聴いた落語にものすごく感銘を受けて、友達に「あの落語よかったー、感動したー」と吹聴したり、SNSやブログで感想を書いたりする人は結構います。
その際、笑いの多い落語はあまりその対象になりません。爆笑した落語を「よかったー」と絶賛する人より、感動的な落語の方がストレートに「よかったー」と絶賛できるようです。
どういうことかと言いますと、笑いは人それぞれ好みが違うため、可笑しさの感情を共有しづらい面があるのです。その点、感動の要素はほとんど個人差がありませんから、人と気持ちを共有しやすいわけです。
このページでは、心の機微や心理面が絡むいさかいなど、登場人物の内面描写に優れたドラマチックな落語の数々を項目別に紹介していきましょう。
親子・肉親の感動ドラマ演目
落語における感動のシチュエーションとしてまず筆頭に挙げたいのが、親子、兄弟姉妹、祖父祖母など、肉親同士の家族愛が描かれた作品です。
親子愛がテーマの落語で代表的なのが『子別れ』(別題『子は鎹』)でしょう。
離縁して父母が離れ離れになった子供とその父親が偶然再会し、その子供の橋渡しによって夫婦が再会し、よりを戻すというストーリーです。
父と子、母と子、それぞれの間に互いを思う心が別れた後も強く残っている描写が劇的です。
このストーリーの前段として、父親が葬式の帰りに吉原へ出かけるくだりと、それが原因で夫婦喧嘩になり母親が子供を連れて家を出るくだりの落語があります。前者は『子別れ・上』(別題『強飯=こわめしの女郎買い』)、後者は『子別れ・中』、さらに前述した部分は『子別れ・下』と通常は呼ばれています。
1.子別れ
こうしたストレートなまでの親子愛を描いた落語は、古典・新作を問わずあります。
火事が好きで自ら町火消しの人足になった後継ぎ息子を勘当した父親が、近所で起きた火事をキッカケに、全身刺青だらけになった息子と再会する『火事息子』。
2.火事息子
昔は年に二日しか無かった商家の奉公人の休日、しっかり成長して帰ってきた息子の姿に父親が涙する『藪入り』。
3.藪入り
留置所に入るつもりで無銭飲食をした男が、優しい屋台のラーメン屋夫婦に気に入られ、次第にお互い親子同様の感情を抱く仲になるという『ラーメン屋』。
4.ラーメン屋
両親が自殺して身寄りを無くした幼い姉弟を引き取る貧しい八百屋が登場する『人情八百屋』など、泣きの要素が強い演目が多めです。
5.人情八百屋
次に、兄弟を扱った落語として、『妾馬(めかうま)』と『鼠穴(ねずみあな)』を紹介しましょう。
『妾馬』は、妹のお鶴が大名の側室になった長屋の八五郎が、妹の男子出生を祝いに屋敷へ挨拶に出向き、殿様と酒を酌み交わすうちに気に入られて家来に取り立てられるというストーリーで、『八五郎出世』という別題もあります。
八五郎が慣れない屋敷でオロオロする前半部分は笑いもたっぷりありますが、後半になると、荒っぽい八五郎が酔うにつれて母親の嘆きを吐露するなど、ホロリとさせられるような人情味のある展開が続きます。
6.妾馬
一方の『鼠穴』は『妾馬』とはまったく逆で、仲が悪い男兄弟の話。
江戸で成功した兄を追って弟が金を借りに来たが突き放され、意地を見せて成功したことで仲直りしたかに見えたものの、弟の店が火事で焼けてしまったことで再び兄弟仲に亀裂が走って…という、山あり谷ありの人生を描いた激しいストーリー。
中盤以降はさらにハラハラドキドキの要素が増して、一層引き込まれます。
7.鼠穴
そしてもう一作、肉親もので紹介したいのが、祖父と孫のとある夏の情景を描いた新作落語『孫、帰る』です。
演じているのは数々の話題の新作落語を世に出した柳家喬太郎(やなぎや きょうたろう)師匠ですが、この作品は喬太郎師匠ではなく落語作家・山崎雛子さんによる作品です。
喬太郎師匠の持ちネタの中でも特に泣きの要素が強い人間ドラマで、ライブで演じると客席からすすり泣く声があちこちから聞こえてくるほどです。
内容はここではこれ以上書けませんが、CDやDVDにも収録されていますので、是非一度聴いてみてください。
8.孫、帰る
夫婦の感動ドラマ演目
夫婦愛がテーマの落語として最も有名なのが、暮れによく高座にかかる『芝浜』でしょう。
酒好きで仕事をしない魚屋の亭主を女房がなだめすかして市場に行かせると、亭主が大金の入った財布を拾って帰宅。
こんな大金があると仕事をしないから…と、女房は「財布は夢だった」と亭主に思い込ませて働かせ、三年後の大晦日に一部始終を告白するという話。
登場人物は亭主と女房の二人だけですが、演者によってはディテールをみっちり描写して40分以上かけた迫真の高座を繰り広げます。
9.芝浜
『芝浜』以外では、7歳年上の女房が働かない亭主に腹を立てつつ内心は愛しているという『厩火事(うまやかじ)』
亭主が女房に「もしおまえが死んだ後、私が再婚したら化けて出てこい」と告げる『三年目』などが有名です。
先に紹介した『子別れ』も、夫婦が題材の落語の一つです。
10.厩火事
11.三年目
さらにもう一作、寄席でよく演じられる夫婦ネタの短い落語『代り目』を加えましょう。
亭主が酔っ払って帰宅して女房をいろいろと困らせる、全編コメディタッチの演目なのですが、ラストで亭主が「こうして偉そうに言ってはいるけど、陰では『すまねえ』と手を合わせてるんだよ…」と涙ぐむ懺悔のシーンが感動的で、聴く人の心を鷲づかみにします。
寄席ではかなり頻繁にかかるネタですので、寄席で聴ける確率は高いでしょう。
12.代り目
主従や師弟の感動ドラマ演目
今と昔を比べますと、上司と部下(主従)のあり方はかなり変わりました。現代は部下が上司に直接パワハラを宣告するケースもあり、立場がだいぶ対等に近づきつつあるようです。
しかし古典落語の舞台となる時代は、雇い主の使用人への命令は絶対でした。その分「よそからお預かりしている子だから」と親身になって一切合切の面倒を見る一面もありました。
血のつながっていない他人同士でありながら、総合的には今と比較にならないほど関係が密接なのでした。
そうした雇い主と使用人の関係を如実に表している落語が『百年目』です。
主人公である大店の番頭は、今で言う中間管理職。仕事に対して厳しく、目下の使用人に嫌われていますが、実は内緒で売り上げをごまかして芸者遊びをしていました。
しかしこれが店の主人にばれてしまい、眠れない夜を過ごしていた所へ、主人から呼び出されます。この時、主人が番頭を諭す説教の言葉が『百年目』の聴き所。
例え話あり、皮肉あり、しかし最終的には番頭を思う心が滲み出ていて、心が動かされる内容です。
13.百年目
続いてもう一作、師弟の落語『浜野矩随(はまののりゆき)』を紹介しましょう。江戸中期に活躍した実在の職人・浜野矩随がモデルであり主役の落語です。
名人と呼ばれた父の跡を継いで腰元彫り(刀に付ける装飾品)の二代目職人になった矩随(のりゆき)でしたが、腕前がまるで上達せず、父の代からの常連にも見限られてしまいます。
ある日、そんな矩随が一念発起する衝撃的な出来事があり、それを契機に矩随も名工と呼ばれるようになるという話です。
この噺は、ただの師弟ではなく親子の職人なのですね。近年テレビで二世タレントが苦労話をしているシーンをたまに見かけますが、いつの時代も二世は私たち一般人からは想像もつかない苦労を背負わされるようです。
14.浜野矩随
肉親・夫婦・主従・師弟以外にも、様々な立場や職業の中の人間関係が落語になっていて、それぞれのジャンルに名作落語は存在します。
しかし残念ながら、とても全部は書き切れません。まずはここに挙げた落語を何本か聴いてみていただければと思います。
ベストシチュエーション
では最後に、これら感動系の落語を聴くにあたって、ベストのシチュエーションをお教えしましょう。
ここで取り上げた落語の多くは、「人情噺(にんじょうばなし)」に類型されます。寄席や落語会では、おもにトリ(一番最後の出番)に登場する、その興行の主役の落語家さんが演じるものばかりです。
ここでは落語家の誰々さんという個人のおすすめはありません。
トリの落語家さんが演じる、キャリアと技術を備えた一流の話芸を、寄席や落語会でじかに味わってみてください。
以上、泣けるドラマチック落語演目を紹介しました。
次のページでは落語が題材となったドラマ・映画・舞台を紹介します。観ればもっと落語を深く知る事ができるでしょう。
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第1章 落語の定番
第2章 とにかく笑える落語演目集
第3章 色んなジャンルの落語演目集
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